ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第633話 調査を終えて

 次の日の昼過ぎ、軽井沢の保養所に、今回の件に関係する全員が集合していた。

この日の午前中、八幡と明日奈は駅前周辺を散策し、熱心に土産を選んでいた。

調査チームは朝早くから活動を開始し、十時くらいには全ての調査を終えていた。

思ったよりも早く終わったのは、成果がほとんど無かったからである。

 

「まあ成果が無かった事が確認出来ただけでも良かったんじゃないか」

「それよりも気になる事が出来ちまったけどナ」

「重村教授か……」

「教授の様子がおかしくなったのは、夕食の後くらいからかしら?」

「夕食で何かあったか?」

「ええと、あの時話したのは……」

「はちまんくんの事だけだお」

「ふむ……詳しく聞かせてくれ」

「うん」

 

 そしてその説明を聞いた八幡は、腕組みをしながらいくつかの事を質問してきた。

 

「話したのははちまんの概要だけ、で、教授が持っていったのは、

プレイヤーの詳しい個人データだけって事でいいんだな?」

「といってもあれで分かるのは、誰が誰と会っていたとかそういう部分だけだゾ」

「ふむ………はちまんの奴の事は、

教授の手元にも技術協力の一環として茅場製AIがあるはずだから、

自分でも同じ事をやってみようかと考えたってところだろうな。

あと個人データは、何かに悪用したりとかそういった心配はしなくていいんだよな?」

「ああ、だからオレっち達も不問にした。あそこからリアルの正体を探るのは無理だからナ」

「外見データとかは無かったのか?」

「ああ、それはオレっちが保証するぜ、そういったデータは全部削除されていタ」

「削除……晶彦さんの仕業って事か」

「だな、最大限プライベートに配慮したんだろうサ」

「ふ~む……そのデータについて、他のみんなはどう思う?」

 

 その八幡の問いに、ダルがこう答えた。

 

「一応話し合った結果、教授は実はSAO内に知り合いがかなり多くいて、

その中の相当数の人間が死んでるんじゃないかって結論に至ったお」

「普通に考えればそうだよな、よし、この件に関しては様子見とするか」

「一応……調査する?」

「そうだな……教授の気持ちも分からなくはないし、

元教え子あたりでどれくらい被害者がいるのかFBに調べてもらってくれ」

「分かりました」

 

 この時重村本人の家族関係などについて詳しく調べるように指示を出さなかったのは、

八幡のミスといえばミスであった。だがそれは責められない。

この後、重村があんな犯罪に手を染める事になるなどとは誰も想像していなかったのだ。

実際FBの調査により、十数人の重村の教え子が死亡している事が確認されたせいもある。

これは偶然ではなく自分の兄弟子、弟弟子にあたる人物が作ったゲームをやってみようと、

多くの重村ゼミの元、現生徒達がこぞってSAOをプレイしようとしたせいであった。

 

「報告はそのくらいだな、それじゃあ明日まで全員休みって事で、

今夜はここに泊まって各自のんびり過ごしてくれ」

 

 その言葉に四人はとても嬉しそうな反応をした。唯一の例外が萌郁である。

 

「ん、萌郁、どうかしたのか?」

「肩こりがひどくて……」

 

 その言葉に八幡は思わず萌郁の胸を見た後、

胸の事はさすがに関係ないかと首を振りながらこう言った。

 

「何かあったのか?」

「動画を撮影する為にロッカーに潜んでて、ずっと窮屈だったから」

「ああ、そういう事か」

「胸も圧迫されて、血行が悪く」

「あ~………」

 

 八幡は他人の目もあり、どう反応すればいいのか迷って曖昧にそう言った。

そんな八幡に、明日奈が助け船を出した。

このメンバーの中ではそれなりに胸がある方な明日奈は、

その状況がどれだけつらいのか理解したらしく、萌郁に向かってこう言った。

 

「それじゃあ萌郁さん、一緒にお風呂に入ろう!きっとかなり楽になるよ!」

「え、でも……」

「で、その後は八幡君にマッサージしてもらえばいいよ、

八幡君はこう見えて、マッサージが凄く上手なんだよ!」

「で、でもそれは……」

 

 明日奈の顔を見て遠慮がちにそういう萌郁に、明日奈は大丈夫だという風にこう言った。

 

「大丈夫大丈夫、私も立ち会うから、私公認なら何も問題はない、ね?」

 

 明日奈に正面からそう言われた八幡は、頷く事しか出来なかった。

 

「お、おう」

「それじゃあこっちね、ここのお風呂、凄く広いんだよ!」

「う、うん」

 

 そして萌郁は明日奈に連れていかれ、八幡はその後ろ姿を呆然と見送った。

 

「明日奈の奴、珍しく強引だったな」

「どうやら明日奈は萌郁さんの境遇に気を遣ったみたいね」

 

 横から紅莉栖がそう言い、八幡は何の事か紅莉栖に質問した。

 

「萌郁さんが一時期自殺を考えるほど絶望していた事は、一部の人間は知ってるから、

だから明日奈はそれを踏まえてあんな行動に出たんじゃないかしら」

「ああそうか、そういう事もあるのか……」

「だからあんたも夕方向こうに帰るまでは、少しは気を遣ってあげなさいよね」

「分かった、そうする事にする」

 

 八幡は紅莉栖にそう頷き、ダルもさすがにこの状況では、

リア充爆発しろなどと言い出す事もなかった。

 

「さて、それじゃあボクは近場の観光に行ってくるよ、いやぁ、実に楽しみダネ」

「あ、教授、私が案内しますね、それなりにこの辺りの事は知ってるので」

 

 紅莉栖は以前、この辺りの知り合いの別荘に来た事があるらしく、そう案内をかって出た。

 

「あ、それじゃあ僕もご一緒しても?」

「別に構わないわよ、アルゴさんはどうする?」

「オレっちもたまには観光でもしてみっかなぁ」

「オーケー、それじゃあ四人で行きましょ」

 

 そして四人が出ていった後、八幡はリビングの椅子に座りながら、

萌郁と明日奈が風呂から出てくるのを待っていた。

 

 

 

「うわぁ、萌郁さん、肌が綺麗……とても色々訓練を受けてた人だとは思えない」

「ど、どうも……」

 

 萌郁の背中を流しながら、明日奈は感心したようにそう言った。

萌郁は萌郁で、交代で明日奈の背中を流しながら、

その艶々した肌を羨ましそうに見つめていた。

 

「すべすべ艶々……」

「あ、昨日はここの他にもう一ヶ所、隣の駅の温泉に入ったから、そのせいかもね」

「でもそれだけじゃないような……」

「き、気のせいじゃないかな!」

 

 明日奈は昨晩の事を思い出したのか、赤面しながら慌ててそう言った。

 

「それじゃあ湯船につかろっか!」

「うん」

 

 萌郁もさすがにこの状況ではリラックス出来ているのだろう、少し嬉しそうにそう言った。

萌郁は確かに感情が乏しいように見えるが、よく見ると微妙に感情を出してくる事があり、

明日奈はそれを嬉しく感じていた。

 

「萌郁さん、八幡君はどう?」

「ええと……」

 

 萌郁はその質問に困ったような顔をしながらも、ハッキリとこう言った。

 

「色々よくしてくれて、その、感謝してる」

「そう、それなら良かった!」

 

 明日奈は満面の笑みでそう言いつつも、少し探るような口調で萌郁にこう質問した。

 

「萌郁さんも、やっぱり八幡君の事が好きなんだよね?」

「えっ?それは……ご、ごめんなさい」

 

 そこで謝罪する事が、萌郁の気持ちを端的に表していた。

 

「だよね、あ~あ、うちの旦那様はやっぱりモテちゃうんだな」

「ごめんなさい、でも私はその……」

 

 萌郁はそこで、何か考え込むようなそぶりを見せた。

明日奈はそれで、何を言おうか真面目に考えているんだなと考え、

萌郁が何か言うのを辛抱強く待っていた。

 

「わ、私は……」

「うん」

「何かやり終えた時にあの人が頭を撫でてくれて、それで褒めてもらえるのが嬉しくて……」

「あ~!」

 

 明日奈はそれで、萌郁の気持ちが愛情というよりは、慕情なのだと悟り、

思わず萌郁の頭に手を伸ばし、その頭を撫で始めた。

 

「えっと……」

「うんうん」

「その……」

「うんうん!」

「………」

 

 そのまま萌郁は頬を赤らめながらも、とてもリラックスしたような表情をした。

 

(萌郁さんの事はこれで大体分かったかな、今後の扱いに関しては何も問題なし、

それにしても八幡君に対する忠誠心が凄いね)

 

 明日奈は内心で、そう若干黒い事を考えながらも、

萌郁の事は幸せにしてあげたいなと、本気でそう男前な事を考えてもいた。

そしてのんびり温まった後、十数分後に二人は浴衣を来て八幡の前に戻ってきた。

 

「八幡君、お待たせ!」

「おう、二人ともゆっくり出来たか?」

「うん」

「はい」

「そうか、それなら良かった。それじゃあ早速始めるか」

 

 そう言って八幡は明日奈の顔を見た。明日奈が萌郁の背中を押して前に出してきた為、

八幡は萌郁からマッサージしろって事なんだなと思いながら、

二人を伴って寝室に移動し、萌郁をベッドに横たわらせた。

 

「さてと……」

 

 八幡は萌郁の上に陣取り、体の色々な部分のチェックを始めた。

若干触りにくい場所に関しては、明日奈が気を遣い、ここは?ここは?と確認してきた為、

八幡はそういった事を迷う事もなく、萌郁の体全体のチェックを終える事が出来た。

 

「やっぱり肩、それに太ももからふくらはぎのラインが凄い事になってるな」

「萌郁さんってよく歩く方?」

「いや、これは多分バイクのせいだな、山道を走るのは大変だろうしな」

「ああ、そっか、そうかもしれないね」

 

 その言葉に萌郁もコクリと頷いた。だがその顔はかなり赤くなっており、

八幡はその色っぽさにドキリとしつつも施術を開始した。

 

「とりあえず足裏から上にいくか」

「出た~、足裏!萌郁さん、最初は痛いと思うから、

気にしないでいくらでも声を出しちゃっていいからね!」

「う、うん」

 

 萌郁はそれなりに痛み等への耐性も備えていたが、足裏マッサージの痛みは、

またそういった痛みとは別種の痛みであり、さすがの萌郁も思わず声を上げた。

 

「あっ、あっ!」

「効いてる効いてる」

「だな、もう少しで楽になるからそれまで頑張れよ、萌郁」

「く、くふっ……」

 

 そしてその場にはしばらく萌郁の嬌声が響き渡り、さすがの明日奈も思わず顔を赤くした。

 

「萌郁さんがエロい……」

「その分今までのコリが凄かったって事なんだろうさ」

「八幡君はどうしてこの状況で平然としてるの?」

「俺は明日奈で慣れてるからな」

「っ!?」

 

 明日奈はその言葉に赤かった顔が更に赤くなった。

そして施術が続けられ、次は太ももの施術を行う事となった。

 

「八幡君、変な事を考えないようにね」

「明日奈の方が変な気分になってるように見えるけどな」

「うっ……」

 

 八幡はそう明日奈をからかいながらも、真面目な表情で萌郁の太ももを揉み続けた。

時には明日奈の了解を得ながら直接素足に触り、その度に萌郁はビクッとしたが、

やがてそれも収まり、萌郁はとてもリラックスしたような表情になっていった。

 

「どうだ?」

「凄く……気持ちいいです」

「そうか、試しにちょっと立ってみるか?」

「は、はい」

 

 そして萌郁は立ち上がり、驚いたような表情をした。

 

「足が軽い……まるで自分の足じゃないような」

「それなら良かった、でも萌郁、浴衣の裾を捲り上げるのはやめてくれ、

見えちゃいけない部分が見えそうだからな」

「もう、八幡君のえっち!」

「だからそうならないように先に言ってるんだっての」

 

 そう言いながらも明日奈は上機嫌であり、萌郁はそんな二人を見て思わず笑顔を見せた。

 

「さて、それじゃあ次は肩だな、また横になってくれ」

「はい」

 

 そして萌郁は八幡に肩周りを揉み解してもらい、

先ほどと同じように、自分の肩がまるで羽根のように軽い事に驚いた。

 

「どう?八幡君はマッサージが上手いでしょ?」

「うん、上手……」

「そうだろうそうだろう、まめに明日奈で練習してるからな」

「八幡君、一言多いから!」

「わ、悪い」

 

 そして次は明日奈がマッサージをしてもらったが、

明日奈の全身はそれほど凝ってはいない為、短時間で終わる事となった。

 

「萌郁、お前は明日まで仕事の事は忘れてゆっくりするんだぞ」

「い、いいのかな……」

「八幡君がいいって言うんだからいいんだって」

「う、うん」

「とりあえず萌郁も着替えて外に遊びにいってくるといい、

色々な物を見る事も、お前の活動には必要な事だからな」

「分かった、行ってくる」

 

 そして萌郁は外に出て、旧軽井沢の町並みをきょろきょろ眺めながら、

こちらに戻ってくる紅莉栖達を見つけた。

 

「あ、桐生氏、マッサージは終わったん?」

「うん」

「どうだった?気持ち良かった?」

「凄く体が軽くなった」

「そっかぁ、アルゴさん、私達もやってもらう?」

「それもいいかもナ」

「それじゃあ萌郁さん、ゆっくりと楽しんできてね」

「うん、行ってくる」

 

 そして一行の背中を見送りながら、萌郁はこう呟いた。

 

「これが、仲間………」

 

 そして萌郁は軽い足取りで街へと繰り出し、十分楽しんだ後に保養所に戻り、

夕食を食べた後に八幡と明日奈を見送った。

そして夜は紅莉栖とアルゴと一緒に再び風呂につかり、その夜は幸せな気分で眠りについた。

 

 萌郁が悪夢を見る事は、もう無い。




このエピソードはここまで!丁度一月末で終わりました!明日、明後日は単話となります!

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