八幡と明日奈が温泉でのんびりしていたその日、
双葉理央は、どんよりとした気分でソレイユへと向かっていた。
それは出発前の咲太との会話のせいであった。
「なぁ双葉、ソレイユはどうだ?」
「もう凄い、とにかく凄い。用はそれだけ?それじゃあ私はもう行くから」
「取り付く島もねえ……ちょっと待てって、八幡さんはどうしてる?」
「彼女と二人で軽井沢に行ってる」
「ああ、だから双葉は今不機嫌なのか……」
そう咲太に言われた理央は、咲太の事を凄い目で睨んだ。
「はぁ?どうして梓川はそうやって何でも恋愛に結び付けようとするの?
本当に相変わらずのブタ野郎だね」
「いやいや、だってお前のその態度はどう見ても……」
「うるさい、とにかく私はもう行くから、またね梓川」
「お、おう、またな………」
それ以上何を言っても無駄と悟ったのか、咲太は理央を黙って見送った。
理央は理央で、先ほど言われた言葉が胸に突き刺さり、この上なく不機嫌な状態であった。
「もう、もう……梓川の癖に生意気だっての、
それは確かに事実だけど、別に口に出す必要は無いじゃない」
そんな理央も、さすがに電車に乗る頃には落ち着きを取り戻していた。
(そういえば今夜は室長から社乙会ってのに誘われているんだった、
どんな人達が来るんだろ、ちょっと楽しみだな……)
そう考えながらソレイユに到着した理央は、かおりの姿を見つけて思わず頬が緩んだ。
「かおりさん!」
「あ、理央ちゃん、今日も精が出るね」
「かおりさん、その言い方はちょっとおばさん臭い……」
「えっ!?た、確かにそうかも、やばっ、気をつけないと……」
「八幡さんにもそう言われちゃう?」
「う、うん、それが私的に一番やばい!」
「あはははは、かおりさんって本当にそういうところ、隠さないよね」
「理央ちゃんも隠す必要は無いと思うけどなぁ?」
「う……反撃された……」
「ふふっ、それじゃあ今日も頑張ってね」
「うん!」
理央はかおりとそんな会話を交わしながら、次世代技術研究部へと到着し、
そこで待っていた人物を見つけ、ほっこりとした。
「あ、理央ちゃん」
「真帆さんは今日もかわいいなぁ……」
「い、いきなり何を言い出すのよ!さあ、今日もしっかりしごくわよ!」
「はい、宜しくお願いします!」
理央はこの背の小さな先輩の事が大好きだった。
その小さな体をちょこまかと動かしながら、面倒見がよく親身に自分の相手をしてくれる、
そんな真帆と一緒にいる時間は、とても楽しかったからだ。
「そういえば真帆さん、今日は何かを体験させてくれるって話でしたけど」
「そうよ、覚悟しておきなさい、人生観が変わるわよ」
「そ、それほどですか?」
「ええ、それほどよ」
「分かりました、楽しみにしておきます」
そして真帆は何かの準備を始め、そこに舞衣とレヴェッカが顔を出した。
「イヴ、レヴィ、わざわざごめんね」
「いいよいいよ、今は部長もダル君もいなくて仕事も進めづらいし」
「俺もボスがいなくて暇だしな、ノープロブレムだ」
そして二人は手早く部屋のカーテンを閉め始めた。
「うわ、そこまでの機密なんだ……」
「そうだよ理央ちゃん、これは本当に社外秘だから、
漏らしたら本気で殺されるかもしれないよ」
「おう、俺が殺す」
舞衣とレヴェッカにそう脅された理央は、逆にわくわくするような顔をした。
「逆に凄く興味が沸いてきた」
「はっ、さすがはボスがスカウトしてきただけあって、根性すわってんなおい」
「まあ実は外から見ても、何をしてるのか絶対に理解出来ない類の代物なんだけどね」
「そうなんですか?」
「本来は部外者の俺が知ってるくらいだしな」
「それは八幡さんがレヴィの事を、プロとして信頼してるからでしょ」
その雑談の間に真帆の作業は終わり、
理央は頭にアミュスフィアとは違うヘルメットのような物を被せられた。
「さて理央ちゃん、この時計を見て、長針が0時を指した瞬間にこう叫んでね、
『バーストリンク!』って。一秒でもずれると困った事になるから、
絶対に零時になった瞬間に、早口で言ってね」
「わ、分かりました」
そして理央は時間になった瞬間に、言われた通りにこう叫んだ。
「「バーストリンク!」」
その言葉が真帆とハモった瞬間、世界が青く染まった。
「こ、これは……」
「ようこそ加速世界へ、ってこのセリフ、一度言ってみたかったのよね!」
「加速世界?ええとつまり……時間が加速している?いや、そんな事は絶対に不可能……
だとすると、もしかして思考が加速しているんですか!?」
「おお、正解よ、さすがよねぇ」
「これがソレイユの研究ですか?」
「ええそうよ、これがニューロリンカープロジェクトの成果よ。
私やレスキネン部長や紅莉栖がここにいるのも、突き詰めればこれを見せられたからよ」
「す、凄い……一体どんな仕組みなんですか?」
理央は普段の様子とはうって変わり、とても興奮した様子で質問してきた。
「今ここにいるあなたは本当の双葉理央じゃない」
「えっ?」
「とりあえず自分で考えてみなさい、アマデウスは見たんでしょう?」
「アマデウス……?ま、まさか………」
「説明してみなさい」
「は、はい、さっきバーストリンクと叫んだ瞬間に、
私の記憶がおそらくアマデウスにコピーされて、
本来の私の体は多分気を失うか何かさせられて、
なので今ここにいる私はアマデウスで、おそらくAIの性能次第だと思いますが、
処理速度を極限まで上げる事で、擬似的な加速状態を作り出している?」
「正解、さすがにヒントが大きすぎたかしらね」
「なるほど……」
そして理央は、いくつかの質問を真帆に投げかけ、
それでやっと完全に今の状態を把握する事が出来た。
「記憶の継続性に関しては、書き戻す事で対応すると」
「そういう事」
「よくこんな事、実現出来ましたね……」
「それは紅莉栖一人のおかげと言う他ないわ、記憶の呼び出しはともかく、
書き込みはどうしても人体実験を行わないと駄目だからね」
「ま、まさかここで人体実験を!?」
「ええ、紅莉栖が自分自身でね」
「そこまでやりますか……」
「まあ紅莉栖だからね……」
そして限界時間が訪れ、自動でログアウトした二人は、正常な世界へと帰還した。
「理央ちゃん、ニューロリンカーの初体験はどうだった?」
「す、凄く興奮しました!」
「そう、ちなみにこのアイデアは、紅莉栖と八幡さんが考えた事だからね」
「えっ、八幡さんが?素人なのに?」
「ええそうよ、どう?もっと八幡さんの事を好きになった?」
「え、えっと………」
理央は突然舞衣にそう言われ、もじもじする事しか出来なかった。
肯定しても否定しても負けのような気がしたからである。
「あはははは、理央はかわいいなおい!さすがはバストが大きいだけの事はあるぜ!」
「レヴィ、そういう事を私達の前で言わないの!」
「そうよそうよ、私達の年だともう先がほとんど無くて辛いんだからね!」
真帆と舞衣のその抗議を受け、レヴェッカは素直に謝った。
「悪い悪い」
「まったくもう……まあいいわ、
それじゃあ理央ちゃん、今日の体験授業はここまでにして、これから座学に入るわよ」
「はい、お願いします!」
「よろしい、イヴ、レヴィ、何かあった時の待機役を引き受けてくれてありがとね」
「おう、また何かあったら呼んでくれ、俺は受付の所にいるからな」
「私も出来る事を進めておこっと」
そして二人が立ち去った後、理央は真帆の授業を受ける事となった。
理央は特に勉強が嫌いという訳ではなかったが、
この日の授業は加速世界を体験した直後という事もあり、
自分がこの研究に参加するんだという興奮で、とても勉強に身が入る事となった。
そしてそろそろ八時になろうかという頃、薔薇が理央を呼びに来た。
「入るわよ、真帆」
「あれ室長、もうそんな時間ですか?」
「あら、今日は随分授業に熱が入ったみたいね、
時間をオーバーしてる事に気がつかないなんて」
「す、すみません!」
「いいのよ、理央ちゃんの顔を見れば、どれだけ充実してたのか分かるもの」
そして真帆は、また明日ねと言って理央を送り出した。
理央は社乙会に参加しないのかと真帆に聞いたが、
真帆はその言葉に苦笑しながらこう言った。
「興味はあるけど、私は別にあいつに恋しちゃってないからね」
そう言われた理央は、頬を赤らめながら真帆に別れを告げ、薔薇の後に続いて歩き出した。
「室長、今日は何人くらい参加する予定なんですか?」
「ええと……私、南、クルス、かおり、舞衣、詩乃、雪乃、結衣、優美子、いろは、
あなたを入れれば十一人という事になるのかしら」
「うわ、凄いですね……」
「まあ潜在メンバーはもっと沢山いると思うんだけどね」
「せ、潜在メンバーですか!?」
十一人でも多いと思っていた理央は、その言葉にとても驚いた。
「だってあいつを好きな女の子って、こんなもんじゃないのよ?
その他にもうちの社長とか、今日はここにいないアルゴ部長とか、
めぐり、珪子、フェイリス、千佳もかしら、あとは沙希、エルザ、萌郁、
ああ、後は北海道組の美優と舞さんもか……それに一番手強い香蓮さんと優里奈ちゃん、
自衛隊からは茉莉と志乃もかな、それに噂の双子と、多分絶対他にもいると思うわよ」
その言葉に理央は少し顔を青くした。
「つ、つまり三十人弱はいると……?」
「ええそうよ、何となく分かってたでしょ?」
「そ、そうですね……改めて数えてみると、愕然としますが……
正妻の明日奈さんもいますしね」
「まあでもあなたは多分、八幡のお気に入りだと思うから、
簡単に諦めるとか思わない方がいいわよ」
「そ、そうなんですか?」
理央はその言葉に食いつき、薔薇は苦笑した。
「な、何か根拠が?」
「だって理央ちゃんは、絶対にクビにしないって言われたんでしょ?」
「あ、はい」
「それってあいつと一生一緒にいられるってお墨付きじゃない。
それをハッキリ口に出してもらったのって、
明日奈以外だと私と優里奈ちゃんと、クルスもかな……あとはあなたしかいないのよ?」
「えっ?」
その言葉に理央は嬉しさを感じつつも、とある事実に気付き、愕然とした。
「つ、つまり一生片思いを続けろと……?」
「どうかな、私達の最終目標は一夫多妻制だから、どうなるかはまだ分からないけど、
でもきっと、たまに飴がもらえると思うわよ」
「飴……ですか?」
「ええ、あいつはたまに無自覚に、こっちの恋心を満たしてくれることがあるの。
だから他に好きな人が出来るまでは、諦めない方がいいわよ」
「他に好きな人………」
理央はそれについては無いと断言出来た。
伊達に年齢イコール片思い女子をやっている訳ではないのだ。
思えば小学生の時から、理央は色々な人に片思いを続けていた。
それが多少長くなるだけの話なのである。
「私、諦めません」
「いい返事ね、さあ着いたわ、社乙会へようこそ!」
そして理央は参加者に改めて紹介され、まずは乾杯する事になった。
「理央ちゃん、乾杯の発声は、バカヤロー!だからね」
「わ、分かりました」
そして薔薇の音頭で乾杯が行われた。
「この会もついに八回目、これからどんどん大きくなっていくと思うけど、
今日も思う存分あいつへの愚痴をぶちまけてやりましょう!
泥酔は禁止なので、飲みすぎないようにね。それじゃあいくわよ、八幡の?」
「「「「「「「「「「バカヤロー!!!」」」」」」」」」」
参加者は皆楽しそうにそう言い、そして第八回社乙会が開始された。
理央は戸惑いながらも他の人の体験談などを聞き、
みんな苦労してるんだなと今更のように理解する事となった。
「大体何であの男がこんなにモテるのよ……
高校の時にもっと積極的にいっておくべきだったかしらね」
「だよねゆきのん、私達、その点は大失敗しちゃったよね」
「それを言ったら私、私はどうなるの?」
「かおりは本当に愚かだったわよね、この中で唯一彼に自分から告白されたっていうのに」
「い、言わないで!人の黒歴史をえぐらないで!」
「あーしは意外といい目をみさせてもらってる気がする」
「確かに彼の目覚めの時、丁度傍にいられたなんて、最高の体験よね」
「でも優美子先輩は、高校の時先輩に怖がられてましたよね」
「し、仕方ないじゃん、高校の時は本当に興味が無かったんだし」
「それを言ったら私だって……」
「南は明確に敵対してたもんね……まあドンマイ」
「うぅ……昔の馬鹿な自分を殴りたい……」
「この中で一番不遇なのって私じゃないですか!?」
「まあ舞衣はそもそもの接点がそんなに無いからね……」
「それに関しては、詩乃とクルスは恵まれてるわよね」
「ふふん、命を助けてもらいました!」
「努力が実った、頑張って良かった」
「私もお姫様抱っこをされたい!」
「あ、私、この前されました、お姫様抱っこ」
理央がおずおずとそう言い、途端に全員の注目が理央に移った。
「理央ちゃん、それってどんな状況?」
「えっと……」
そして窓から逃げようとして足を滑らせたという理央の言葉を聞いて、
参加者達はどよめいた。
「相変わらずあの男はいい場面をかっさらっていくわね……」
「その後に心配そうな姿を見せるなんて、絶対に落としにきてるじゃない!」
「さすがは無自覚ラブコメ野郎……」
そんな感想に一緒に笑いながら、理央はこの日、
思う存分仲間達と一緒に八幡への愚痴をぶちまけたのだった。
ちなみにその後の状況については、多分に性的な表現が含まれる為、
彼女達の名誉の為に、一切外に漏らされる事はやめておく。
こうして理央は、適度に片思いのストレスを解消しつつ、
たまに八幡に優しくしてもらう事でその恋心を成長させ、
勉強と恋に邁進していく事となるのであった。
明日も単話となります!