ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第063話 大切な決断

 その日の夜は、秘密基地で宴会が行われた。名目は、

ハチマンの血盟騎士団入団祝いとキリトの残念会、そしてアスナの引っ越し祝いである。

まず最初に、会社でよく幹事をやらされていたというクラインが音頭を取って、乾杯した。

庭に置いたテーブルにはアスナが作った料理が並べられ、

交流を深めるための雑談が、あちこちで行われるだけのシンプルな宴会だったが、

それでも皆楽しそうにしていた。

ちなみにこの日の参加者は、ハチマン、アスナ、キリト、リズベット、シリカに加え、

クライン、エギル、アルゴの八人であった。

 

「醤油だ……」

「味噌もあるぞ!」

「アスナ、ついに完成させたんだな」

「やっと味の再現に成功したよ。どう?ハチマン君」

「おお……完璧だ。次は是非ラーメンを頼む」

 

 この日は、アスナが苦労の末に開発に成功した醤油味と味噌味の調味料を使った料理が、

サプライズとして振舞われていた。

一同は、懐かしさのあまりしばらく目を潤ませながら食事に没頭していた。

その後はいくつかのグループに分かれて雑談タイムとなった。

アスナの紹介で武器を作ってもらった事以外、ほぼ接点の無かったシリカとリズベットは、

キリトを挟んで楽しそうに談笑していた。

残りの四人は、どうやらアスナを囲んで先ほどの調味料について話をしているらしい。

アルゴはアスナに高額の情報量を払い、レシピを拡散する許可を得たようだ。

エギルとクラインは、しきりにアスナの料理の腕を褒め称えていた。

そしてハチマンは、どこで手に入れたのかはわからないが、

ビーチチェアのようなものを取り出し、そこに寝そべっていた。

 

(平和だな……)

 

 最近のハチマンはヒースクリフ関連の問題で色々と考える事が多く、

頭の休まる暇が無かったため、トロピカルドリンクの代わりに例のドリンクを飲みながら、

頭を休める事にしたようだ。

 

 

 

「………君……マン君」

 

 誰かに呼ばれたような気がして、ハチマンは目を覚ました。

どうやらあのまま寝てしまったようだ。

 

「あ、起きたみたいだね」

「ようやく起きたのか、ハチマン」

「疲れてたみたいだったから起こさなかったけど、よく寝れたか?」

「あんまり一人で根をつめるなよ!」

 

 皆、ハチマンを気遣うそぶりをみせていた。

 

(こいつらいとも簡単に俺に踏み込んできやがる……だが俺もそれを許しちまってるな)

 

 仲間の顔を順番に眺めたハチマンの脳裏に、残してきた人達の顔が浮かんできた。

 

(雪ノ下、由比ヶ浜。本物と呼んでいいのかは分からないが、俺にも大切な仲間が出来たぞ。

お前達は今どうしてるんだ?小町は総武高校に合格できただろうか。

一色は今年受験か。俺がいなくなって、生徒会活動で苦労させちまったかもしれないな。

ああ、平塚先生と一緒にラーメン食べにいかないとだった……)

 

 ハチマンは彼女達の顔を思い浮かべ、決意を新たにした。

 

(必ず戻って、多分昔よりは多少ましになったはずの、今の俺を見てもらいたい。

そしてここで出来た仲間をあいつらに紹介して……最後に……)

 

 最後にハチマンは、ただの仲間ではありえない、自分にとって特別な人、

目の前でこちらを見ているアスナの事を考えた。

 

(雪ノ下は何とも言えないが、由比ヶ浜はもしかしたら、俺の事が好きだったかもしれない。

ここに来なければ最終的にどういう関係になったかは分からないが、

少なくともあの時点では、俺の中ではあの二人はそういう関係じゃなく、

信頼出来る仲間だという意識の方が明らかに強かった。だが……)

 

 ハチマンは、アスナをじっと見つめた。アスナは、何かな?という風に首を傾げた。

 

(アスナは明らかにそれとは違う。ゲーム開始からずっと一緒にいて、

血盟騎士団に入団してからも、アスナが俺から離れる事は一度も無かった。

友達だからと結論付けるのは簡単だが、それは逃げだろう。

さすがの俺も、そんな理由ではないと今ははっきりと自覚している。

どんな時でもしっかりと俺を見つめて、一緒に喜び、悲しみ、時には叱ってくれる。

アスナはきっと、こんな欠点だらけな男である俺の事が好きなのだろう。そして俺も……)

 

「ハチマン君。そろそろみんな帰るって」

 

 ハチマンが、それに続く言葉を考える前に、アスナが話しかけてきた。

ハチマンはその言葉を聞き、ここで色々とはっきりさせようと決断した。

ここにはちょうど今、彼の大切な仲間が全員揃っているのだ。

 

「ああ、わかった。その前に俺から大事な話をする。全員リビングに集合してくれ」

 

 その言葉を聞いた皆は、ハチマンの指示に素直に従い、リビングへ向かい始めた。

 

「おいお前ら、何でそんな素直に俺の言う事を聞くんだよ」

「いや、だってなぁ」

「ハチマンの言う事だしね」

 

 そう言って皆は、笑いながら歩いていった。

 

(まったくこいつらは……)

 

 やれやれと肩を竦めつつもハチマンは、すぐにその後を追った。

 

 

 

「まずこの機会に、クラインとアルゴにも鍵を渡しておく。

これで今ここにいるのは、全員がこの家への侵入を許可された者だけという事になる」

「何かおかしな言い方だな。まあありがたくもらっておくヨ」

「ありがとな、ハチマン!」

「侵入うんぬんってのは、まあ、あれだ。今ここにいる全員が、俺が信頼する……

つまりその……大切な仲間だって事を言いたかったんだ」

 

 そのハチマンの言葉を聞き、場が静寂に包まれた。あのアスナでさえ一言も喋らなかった。

考えていた反応と違ったので、少し動揺しつつハチマンは、恐る恐る皆の様子を伺った。

最初に動いたのは、当然アスナだった。アスナはハチマンに、正面から抱きついた。

 

「ハチマン君!」

 

 それを皮切りに、全員がハチマンに抱きついてきた。

キリトやクラインや、エギルさえもがそうしていた。

 

「……は?何これ?」

「当たり前だよ。普段絶対にそんな事は言わないハチマン君が自分から言ったんだよ?

その事を知ってるから、本当の気持ちが聞けて、全員すごく喜んでるんだよ」

 

 そのアスナの言葉に、一堂は頷いた。

 

「お、おう、そうか……今までちゃんと言えなくて、その、悪かったな……」

「気にすんなよハチマン」

「そんな事分かった上で付き合ってんだからいいんだよ!」

「そうそう、ハチマンは気にしすぎ!」

「こういうハー坊も新鮮でいいナ」

 

 ハチマンはそのまま囲まれていたが、少しして落ち着いたのか、解放してもらえたようだ。

 

「よし、話を戻すぞ。そんな信頼するお前達に、今回の経緯について、全て話す」

 

 ハチマンはそう言って、詳しい説明を始めた。

 

 

 

 ハチマンの長い説明が終わり、知らなかった者は皆その内容に驚愕した。

 

「まさか……まじなのか?」

「ヒースクリフって攻略組のリーダーみたいな人なんだよね?」

 

 それはやはり衝撃的すぎる内容だったようだ。

皆が落ち着いた頃を見計らって、ハチマンは説明を続けた。

 

「つまり俺達はこれから、そういう前提で動く事になる。

危険もあるかもしれないが、ここに来てからもう二年だ。そろそろ時間が無い。

なので、隙を見てヒースクリフの正体をバラすように仕向け、

その上でどんな反応を見せるかを見極め、場合によってはその場であの人を倒す」

 

 キリトは少し考え込み、疑問を呈した。

 

「……それで全て終わるか?」

「そうだな。考えられるのは二つ。その場でラスボスとして振舞うか、

姿を消して第百層で待ち構えるか、だけだと思う。俺は前者だと思ってる」

「根拠はあるのか?」

「ああ。姿を消したら、自分の作った世界での、

プレイヤーの行く末をもう観察出来ないだろう?

それに多分あの人の性格上、よくぞ見破った、褒美だとか言い出して、

そのまま私を倒したらクリアにしてやろうとか言い出すに違いない。

そして多分、負けたら自身も死ぬ設定でここに潜っているはずだ」

 

 その言葉に、一堂は息を呑んだ

 

「まさか……」

「そこは確信がある。自分だけが安全なんて卑怯な事をする人じゃない。

もっとも最後の決戦までは、万が一モンスターに倒されたりしないように、

今は一時的に不死状態にしていると思うがな」

「強引な考えの気もするが、知り合いのハチマンが言うんだからそうなのかもしれないな」

「もっとも上手く行けば、あの人も死ななくてすむんだよな」

「何か手があるのか?」

「まあな。蘇生アイテムの説明文からも、

おそらくここで死んだ後十秒が経過するまでは、現実でも死ぬ事はない」

「そうか、あの説明文は確かにそういう意味だよな」

「ああ。だから攻略組の皆は、覚悟をしていてくれ。何が起こっても動じるな。

もし誰かが倒れたその時は、十秒以内にクリアする事だけを考えろ」

 

 ハチマンの言葉に、攻略組の四人は頷いた。

 

「これは絶対に失敗が出来ないミッションとなる。決行がいつになるかは分からないが、

必ずやりとげなければならない。リズとシリカは、成功を祈っててくれ」

 

 その言葉に、リズベットとシリカも頷いた。

 

「アルゴは裏側からのサポートを頼む」

「分かった。このアルゴ様が全力でサポートしてやるヨ」

「みんなすまない」

 

 ハチマンは、頭を下げた。

 

「このまま普通に攻略を続けていてもいいのかもしれない。

だがこのままいくと、百層が近付くほど、皆ヒースクリフに依存してしまうかもしれない。

そうなったらもうクリアは絶対に不可能だ。

だから、まだそうなりきっていない今のうちに、手を打っておきたいんだ」

「おう!やってやろうぜ!」

「絶対に一人も欠ける事なく現実へ帰還しようぜ!」

「おう!」

「私達は待つ事しか出来ないけど、出来るだけ事前のサポートはするよ!」

「はい、頑張りましょうリズさん!」

 

 ハチマンは頭を上げ、そのまま話を続けた。

ハチマンは、先ほどまでよりもかなり緊張しているように見えた。。

 

「もう一つ、ここにいる全員の前で俺が言わなくてはいけない事がある」

 

 そんなハチマンの様子に、皆これは只事ではないと感じたようだ。

 

「とりあえず話してくれよ」

「お、おう……それじゃアスナ、ちょっとこっちに来てくれ」

「う、うん」

「あー……皆も知っての通り、アスナはここに住む事になった」

 

 ハチマンの言葉は、先ほどまでとは方向性がまったく違う発言だったので、皆驚いた。

 

「それで、だ。さすがの俺も、これはアスナの安全のためだとか、

そんな馬鹿な言い訳を続けるのはもうやめる事にした」

「……っ」

 

 アスナの顔が、何かを期待する表情に変わった。皆それを見て、お、ついにか?と思い、

それでも誰も冷やかしもせず、真剣に話を聞いていた。

 

「あー………………」

 

 ハチマンはしかし、緊張して何も言い出せないようだった。

 

「おいハチマンしっかりしろ」

「男でしょ!」

「お前ここで言わなくてどうするんだよ!」

「ハー坊、格好悪いぞ」

「ハチマン君、しっかり!」

 

 当のアスナにまで励まされてしまい、ハチマンは顔を赤くしながら続けた。

 

「分かってるよ。ちっ、俺はこういうのが上手くいった事が一度も無いんだよ。

当然緊張するし、怖いに決まってるだろ」

「大丈夫、大丈夫だからハチマン君!きっと上手くいくから!」

 

 さすがにそのアスナの言葉には、全員から突っ込みが入った。

 

「アスナ、お前何言ってんだよ……」

「アスナはハチマンが絡むと時々おかしくなるよね……」

 

 アスナも突っ込まれて気が付いたのか、顔を赤くした。

そんなアスナを見たハチマンは、深呼吸をして、ついにその言葉をアスナに告げた。

 

「こんな欠点だらけで情けない俺だが、その、これからもずっと一緒にいてくれないか。

アスナ、俺はお前の事が好きだ」

「やっと言ってもらえた……」

 

 アスナは嬉し涙を流しながら、はっきりと返事をした。

 

「うん!私も大好きよ、ハチマン君!」

 

 その光景に、場は今日一番の盛り上がりを見せた。

 

「よくやったぞハチマン!」

「やったなハチマン!」

「ハチマン、格好いいぞ!」

「ハー坊、男を見せたナ」

「私はずっと知ってたけどね」

「羨ましいです!おめでとうございます、お二人とも!」

 

 二人はしっかりと手を繋ぎ、並んでお礼を言った。

 

「お、おう……ありがとな」

「ありがとう!」

 

 盛大な拍手が巻き起こり、ついにハチマンとアスナは、正式に付き合う事になった。

だがその直後、アルゴから爆弾発言が投下された。

 

「それでは次に、二人の結婚式を執り行うとするカ」

「なっ……」

「け、結婚?」

「オレっち思うんだが、今後誰かに余計な茶々を入れられないためにも、

はっきりと形にしちまった方が面倒も無くていいんじゃないのカ?」

「確かにそうかもしれないが、結婚か……」

「結婚かぁ」

 

 ハチマンは考え込み、アスナは考えるまでもないと言わんばかりに、

ハチマンをじっと見つめていた。

 

「何だ、ハー坊は嫌なのカ?」

「そんなわけないだろ」

「そんなわけないよ」

「何故そこでアスナが答える……」

 

 キリトがすかさず突っ込み、アルゴが皆に問いかけた。

 

「みんなも大賛成だよナ?」

「二人がそうしたいなら、いいと思う」

「賛成!賛成!」

「いいんじゃないか?」

「いきなりすぎる気もするけど、本人達がいいならいいんじゃない?

 

 この世界での結婚は、現実世界とは微妙に意味合いが違う。

この世界でストレージを共有すると言う事は、相手に全てを委ねる事にもなる。

つまり、お互いの気持ちも大事だが、命を預けるくらいの覚悟も必要になるのだ。

ハチマンは、結婚は段階を踏んでと思っていたので、やや困っていた。

そんなハチマンを見てアスナが猛然と、押しの一手に出た。

 

「せっかくハチマン君が勇気を出して告白してくれたんだから、

それに負けないように今度は私がしっかりと勇気を出さないとね!

もしプロポーズしてくれるなら、私喜んで受けるよ!ハチマン君!」

「アスナ、さすがにそれは強引すぎだろ……」

「アーちゃんやるなぁ……ハー坊はこうなったら絶対断れないゾ」

「ハチマンを落とすには、とにかく押しが大事って教育した甲斐があったよ」

「リズ、いつの間にそんな教育を……」

「はぁ……やっぱり段階とか余計な事を考える必要は無かったな。

最初から自分の気持ちを余す事なく伝えれば、自然とそうなるに決まってるよな。

俺もまだまだ未熟だって事だ……よし……もう一回やり直すぞ、アスナ」

 

 ハチマンはそう言い、アスナをしっかりと抱き締めて言った。

 

「俺は歯の浮くようなセリフは言えないからな。言うのは一言だけだ。

愛してる。俺と結婚してくれ」

「はい。こんな私でも良ければ、ずっとあなたの傍にいさせて下さい」

「こんな俺でもいいなら、ずっと離さん」

 

 そして二人は仲間達の前で、誓いの口付けを交わした。

その後ハチマンがウィンドウを操作し、アスナに結婚を申し込んだ。

アスナもウィンドウを操作し、それを受諾した。

その瞬間二人のアイテムストレージに指輪が出現し、二人はその指輪を交換して、

お互いの指に、それをはめた。

その瞬間、先ほどよりもはるかに大きな歓声と拍手が沸き起こった。

皆泣きながら、とても嬉しそうに二人を祝福していた。

この日ハチマンとアスナは、アスナがぐいぐい押す形だったのは否定できないが、

ともかくお互いの気持ちをしっかりと確かめあい、ついに夫婦となったのであった。


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