ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第638話 手のかかる二人

「八幡、ちょっと頼みがある、ダイシーカフェまで来てくんねーか?」

「ん、分かった、今から行くわ」

「悪いな」

 

 遼太郎に突然そう呼び出され、八幡は二つ返事でダイシーカフェへと向かっていた。

 

「一体何の用事だろうな、キット」

『どうでしょう、普通に考えれば結婚絡みの何かだと思いますが』

「ああ、そういうのもあるのか、ってかあいつはいつ先生と結婚するんだろうな」

『結婚資金を貯めるのに苦労していたはずですから、

案外そっち方面の頼みかもしれませんね』

「なるほど、確かにそうかもしれないな」

 

 果たしてダイシーカフェに到着した八幡を待っていたのは、土下座状態の遼太郎であった。

 

「八幡、俺に仕事を紹介してくれ!」

「あ、やっぱり金の問題だったか、キットの予想通りだな」

 

 八幡のその言葉に遼太郎はやや面食らいながらも、真摯な表情でこう言った。

 

「恥ずかしながらその通りだ、今の会社だと結婚資金が貯まるのがいつになるか分からねえ、

確かに静さんと俺、二人の給料を合わせれば何の問題も無いんだが、

やっぱり俺は、結婚資金くらいは全額俺が出す事に拘りたいんだ!」

「国からの援助金はどうしたんだ?」

「それは俺が稼いだ金じゃねえ!」

「まあそれは確かにそうなんだが……」

 

 八幡は困った顔でエギルの方を見た。だがエギルは肩を竦めるだけだった為、

既に二人の間では、同じような問答が繰り返された後なのだと推測された。

 

「どうだろう、やっぱり無理か?」

 

 その間を否定だと受け取ったのか、遼太郎がそう問いかけてきた。

だが八幡は八幡で、遼太郎や他の者に頼みたい仕事を丁度抱えていたのである。

 

「いや、そもそもこっちからクラインに頼みたい仕事があったんだよ、

仕事が忙しいかもだから遠慮してたんだが、そういう意味では丁度良かったな」

「そうなのか?」

「おう、もちろん冗談でも今作った話でもなく、例のGGOとの合同イベントな、

あれのテストプレイをクラインに頼みたいと思ってたんだ、

というかエギルにもなんだが、要するに本番に参加出来ないうちのメンバーに、

ネタバレ禁止でテストプレイをやってもらいたいと、まあそういう訳だ」

「ああ、確かに本番に参加する奴らにそんな事をさせる訳にはいかないよな」

「だろ?」

「それじゃあお願いしてもいいか?」

「こっちから頼みたいくらいだ、宜しく頼むぜ、相棒」

「分かった、キッチリ頑張らせてもらうぜ、相棒!」

「俺も少しなら手伝えるぞ、年末は何かと入り用だしな」

 

 エギルも横から会話に参加し、八幡は頷いた。

 

「で、クラインはいくら必要なんだ?」

「残りの費用が三十万くらい、普通にやってれば半年はかかっちまうんだが……」

「ふむ、一ヶ月間、死ぬ気で働けるか?まあ日曜以外だが」

「任せろ、愛する静さんの為なら俺は無敵だぜ!」

「とはいえ一日四時間だけどな」

 

 その八幡の言葉に遼太郎はキョトンとした。

 

「え、それだけでいいのか?それなら余裕だけどよ……」

「もちろん途中で休憩もちゃんと挟むからな、一日四時間のテストプレイ、

ゲームにログインしてのバイトになるから肉体疲労は無い、

疲れるとしたら頭だけだろうな。時給はうちの規定で三千円、

それを二十五日で三十万、どうだ?」

「乗った!というか是非やらせてくれ!」

「オーケー、俺も先生には早く幸せにってもらいたいからな、それで頼む」

 

 こうして静との結婚の為、遼太郎はソレイユでバイトをする事になった。

ちなみにエギルは、店の休日に八時間コースという事が決まった。

こちらは週一であり、まあ一ヶ月程度休み無しという事になるが、

体力のあるエギルなら多分大丈夫なのだろう。

そもそもノリで言えば、休日に少し長くゲームをするのとまったく変わりはないのだ。

 

 

 

「と、言う事がありまして」

 

 そう八幡から説明を受けた静は、呆気にとられた顔でため息をついた。

 

「それで私のところに来たのかね?

普通そういう事は本人には秘密にしておくものだと思うんだが」

「確かにそうなんですけど、

先生ならあいつ一人に頑張らせるのは嫌なんじゃないかと思ったもんで」

 

 その言葉に静は感心したような表情をした。

 

「ふむ、確かにそうだな、一緒に苦労するという事は、夫婦にとっては必須事項だ」

「先生、結婚するのはこれが始めてですよね?何でドヤ顔で夫婦生活を語ってるんですか?」

「う、うるさい、とにかく話は分かった、で、私は何をすればいい?」

「やばいと思ったら俺が連絡するんであいつを支えてやって下さい、

毎日じゃなくていいです、先生もそれは大変だと思うんで」

「ふむ、つまりどうすれば?」

「それは先生の裁量にお任せしますが、

仕事が終わったあいつに膝枕でもしてあげればいいんじゃないですかね、

多分それで最後までもつと思います」

 

 その八幡の提案に、静は再びドヤ顔でこう答えた。

 

「分かった、任せろ、そういうのは得意だ」

「本当ですか?間違っても鉄拳制裁とかはしないで下さいよ」

「君は何を言っているのだ、そんな事はたまにしかしないさ」

「たまにでもやめて下さい」

 

 こうして八幡は遼太郎からの頼みを静にご注進し、

静に遼太郎のフォローをしてもらう事となった。

 

 

 

「さてアルゴ、そんな訳でクラインをこき使ってくれ」

「あいヨ」

「宜しく頼む!」

 

 こうして遼太郎のアルバイトが始まった。

最初の頃は余裕そうな顔でこなしていたが、見えない疲れがたまっていったのだろう、

遼太郎は徐々に元気が無くなっていき、八幡はここで静を投入する決断をした。

 

「そうかそうか、ついに私の出番か!」

「よ、宜しくお願いします」

 

 八幡は一抹の不安を覚えながらも、静に遼太郎の事を託した。

そして次の日、遼太郎はかなり衰弱した様子で姿を現した。

 

「………おい、昨日何があった」

「いや、帰ったら静さんがいて、手料理を振舞ってくれたんだけどよ、

それが妙にスタミナ食ばっかりで、しかも量が多くてな……」

 

 それを聞いた八幡のこめかみに、ビシッと筋が入った。

 

「で、風呂に入った後に膝枕をしてくれるっていうから、

せっかくだししてもらったんだけどよ、ついでに耳かきをしてくれる事になって、

それで頼んだら、力加減のせいなのか、耳が痛くてな……

それであまり眠れなかったと、まあそんな訳でよ……」

「ほほう?」

 

 八幡のこめかみの筋は益々深くなり、遼太郎は慌てて静のフォローに入った。

 

「で、でも俺は嬉しかったんだよ、静さんに愛されてるっていうか、

俺を元気付けようと必死なのは凄く伝わってきたからよ!

だから今日の俺は元気百倍だ、仕事の方は任せてくれ!」

「………分かった、ちょっと先生の所に行ってくる」

「お、おい、今の俺の話を聞いてたか!?」

「ああ、大丈夫、ちゃんと聞いてた」

 

 そして八幡は、明日奈を伴って総武高校に奇襲をかけた。

さすがのリアル拳闘士である静も、二人がかりで奇襲を受けてはひとたまりもなく、

静は二人に捕獲され、そのまま遼太郎の家に連行された。

 

「さて先生、何でこうなったかはちゃんと理解してますよね?」

「こ、これは何の真似だ比企谷、事と次第によってはいくらお前でも……」

「ちゃんと、リ・カ・イ、してますよね?」

「う……た、確かに昨日はちょっと失敗しちゃったかなって……てへっ」

「てへっ、じゃねえ、少しは自分の年を考えろ!もう崖っぷちなんだよ崖っぷち!」

「そ、そこまで言わなくても……」

 

 静は涙目で明日奈に助けを求めたが、そんな静に明日奈は笑顔でこう言った。

 

「大丈夫ですよ静さん、クラインさんが帰ってくるまであと三時間くらいあります、

それまでに特訓すればきっと大丈夫ですよ………スパルタで………ふふっ」

 

 その明日奈の最後の笑い方に、静は背筋が寒くなる思いがした。

もっとも二人はそこまでおかしな事をさせるつもりは無かったのだが、

それで静が素直に教えを請う気になり、結果的に集中する事が出来たのは幸運であった。

 

「そ、それで私は何を……」

「まず料理の特訓です、先生には何種類か、心が安らぐ類の料理を覚えてもらいます、

下手でもいいんです、カロリーが過剰じゃなければね。

いいですか?世の中はスタミナが全てじゃないんですよ?」

「あっ、はい……」

 

 そして静の特訓がはじまった。最初は簡単なものからスタートしたが、

静はどうしてもアレンジしたがり、結果的にそのほとんどが、

いかにもスタミナ抜群の料理に化ける事となった。

 

「………よし、これは自分で全部食べて下さい」

「なっ……そ、そんな!こんなに食べたら豚になってしまうではないか!」

「そんな物をクラインに食べさせるつもりだったのかあんたは!」

「うっ……」

「いいから食え、自分で食わないと分からないだろ」

「うぅ……」

 

 そして静は泣きながら自作の料理を完食し、直後にトイレにこもった。

 

「………」

「………」

「まあこれで分かっただろ」

「胸をおさえてたから、きっとひどい胸焼けがしてるんだろうね」

 

 そして数分後、静がよろよろとトイレから戻ってきた。

 

「さて、これである程度は理解してくれましたよね?」

「あ、ああ、情けない姿を見せてしまってすまない」

「とりあえずレシピから逸脱する事を禁止します、もしそれに反したら、

あえて痛くなるように先生の足裏を俺がマッサージします」

「マッサージ?ふふん、それでは気持ち良くなってしまうだけではないか」

「本当にそう思いますか?」

 

 そして八幡は明日奈に頷き、明日奈は静をうつ伏せにさせ、

その背中の上に乗って静の両手をおさえつけた。

 

「な、何故私の上に乗るのかね?」

「静さんが暴れないようにですよ?」

「私がこのくらいで暴れたりする訳がないだろう?」

「八幡君、入門編」

「おう」

 

 そして八幡は、静の足裏をいきなりぐいっと押した。

 

「うぎゃあああああああああ!」

 

 その瞬間に静は、女性が上げてはいけない声を上げ、本気で泣き始めた。

 

「うっ……ううっ……」

 

 そんな静に八幡は、内心で謝りながら、表面上はとても冷たい態度でこう言った。

 

「先生、今のは手加減しましたからね」

「う………」

「さて、分かってくれたみたいなので、ちゃんとレシピ通りに料理をしましょうね」

「は、はい……」

 

 そして静は再び料理にチャレンジしたが、よほど痛かったのだろう、

今度は一切アレンジをする事なく、正確にレシピ通りの料理を作り上げた。

 

「さて、それじゃあみんなで頂きましょうか」

「わ、私一人で食べなくてもいいのか?」

「ええ、もちろんですよ、それでは頂きます」

「頂きます」

 

 そして二人は静が作った料理に躊躇なく口を付け、満面の笑顔でこう言った。

 

「うん、美味い」

「美味しいです、先生」

「そ、そうか、そうか……」

 

 静は思わず顔を綻ばせ、その瞬間に八幡は静の表情を写真に撮った。

 

「い、いきなり何を!」

「それです先生」

「ど、どれだね?」

「その自然な笑顔がいいんです、いつもみたいに作った笑顔じゃなくていいんですよ」

「し、失礼な、私は別にそんな事は……」

「それじゃあこれを見て下さい」

 

 八幡は自分のスマホを操作し、交互に二枚の写真を静に見せた。

一枚は今撮った写真、もう一枚は、以前撮ったのだろう、いかにも笑顔ですといった、

相手に媚びるようなそんな笑顔だった。

 

「う………」

「どうですか?どれだけ自分の作り笑顔が駄目か理解しましたか?」

「ひ、比企谷、今日は私にきつくないか?」

「いいえ、これは俺なりの先生への愛情の表現です」

「八幡君は本当に先生の事を大切に思ってるんですよ?」

「そ、そうか……」

 

 静は顔を赤くしながら下を向き、黙って自分の作った料理を食べ始めた。

 

「うん、美味い……」

 

 それから静はあと何品か、レシピ通りに料理を作り、

その全てを普通に美味しく完成させる事に成功した。

 

「いいですか先生、背伸びとかする必要はないんです、

あいつと一緒にレシピを見ながら料理してもいいんです、

愛情は一番の調味料だっていうのは本当の事なんですよ?」

「あ、ああ、今回は本当に反省した」

「それじゃあ料理に関してはここまでで、後は耳かきですが……」

 

 その明日奈の言葉を聞いた八幡は、黙って静の前に横になった。

 

「さあ、ひと思いにやってくれ」

「まず最初に私がお手本を見せますね、力加減もちゃんと見てて下さいね」

 

 そして明日奈がお手本を見せ、静は愕然とした顔で二人を見た。

 

「そ、そんな軽くでいいのか?」

「もちろんです、耳ってのは敏感な部分ですからね」

「先生はいつもどれくらいの力加減でやってるんですか?

試しに俺の手でやってみて下さい」

 

 そして静は八幡の手に耳かきを押し当て、擦り始めた。

 

「多分このくらいだな」

「………先生」

「ん、どうしたね?」

「ちょっと横になって下さい、今のを先生の耳の浅い部分で再現します」

「わ、分かった」

 

 そして八幡が力をこめた瞬間、静はその身をもって、自分の認識の間違いを理解した。

 

「痛い痛い痛い!」

「これで分かりましたか?」

「はい……」

「それじゃあ明日奈、先生の耳でお手本を」

「うん」

 

 そして明日奈が耳かきを始め、静はぶるっと震えながら、気持ち良さそうに目を閉じた。

 

「ここが天国か……」

「どうですか?ちゃんと理解出来ましたか?」

「あ、ああ」

「上手くやろうとしなくていいんです、優しくやろうとするだけでいいですからね」

「分かった、ありがとう二人とも」

「いえいえ」

「どういたしまして」

 

 そして最後に八幡が実験台となり、静は手を震わせながらも、

無難に優しく耳かきをこなす事に成功した。

 

「うん、大丈夫みたいですね」

「ああ、本当にありがとう二人とも、確かに私は色々と勘違いしていたようだ」

「分かってもらえて何よりです、あ、そろそろあいつが帰ってくる時間ですね、

余った食材は自由に使ってくれていいんで、そろそろ料理を始めた方がいいですよ。

それじゃあ俺達はここで帰りますので」

「そうか、分かった、一人で頑張ってみるよ」

 

 そして帰り際に、八幡は静と向かい合い、少し涙目になりながらこう言った。

 

「先生、俺、先生の事を凄く尊敬してます、絶対に幸せになって下さいね」

「比企谷……私もお前の事を、手がかかるがとてもかわいい生徒だと思っているよ」

 

 そして二人は抱き合い、ぽろぽろと泣き始めた。

明日奈はそんな二人を穏やかな目で見守っていた。

 

 

 

 そして次の日、元気いっぱいな様子で遼太郎が姿を現した。

 

「おうクライン、今日は元気そうだな」

「ああ、聞いてくれよ八幡、昨日また静さんが料理を作ってくれたんだが、

それが今までとはうってかわって何か安心するっていうか、そんな料理でよ!」

「そうか、それは良かったな」

「で、また耳かきをしてもらったんだけど、

それが妙に心地よくてよ、俺もうっかり寝ちまってな」

「ほうほう」

「で、気がついたらベッドに寝かされててな、

多分静さんが俺を持ち上げて、運んでくれたんだろうな」

「お、おう、そこは男前なのな」

「で、置き手紙があって、『遼太郎、頑張ってね』なんつってな!」

「はいはい、分かった分かった、それじゃあ今日も頑張れよ」

「任せろ、今日の俺は一味違うぜ!」

 

 こうして遼太郎は、静の支えもあり、一ヶ月間のアルバイト生活を乗り切った。

こうして結婚資金もたまり、遼太郎と静は結婚式の日取りを決め、

数ヶ月後に式場の予約を入れた。




やっと二人の結婚が秒読みに入りました!式は内部時間で数ヶ月後になる予定です!

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