ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第637話 理央、覚悟を決める

「ところで理央、まだ結構早い時間だが、ご両親はもう家にいるのか?」

「う、うん、昨日ね、八幡さんが今日家に来るって言ったら、二人とも今日は休むって」

「ほうほう、普段は理央は、ほとんど一人で家にいるんだよな?」

「うん、だから卒業したら、会社の寮に入りたいなって思って」

「なるほど、そういう事情なら確かにそれはありだろうな」

「それにほら、家から会社に通うのは、ちょっと時間がかかりすぎるしね」

「まあ確かにそうだよな」

「あ、別に両親が嫌いな訳じゃないからね?」

「分かってるって」

「本当に?」

「ああ、本当だ」

「ならいい」

 

 二人ともそれ以上は特に何も言わず、キットは順調に理央の家へと向かっていた。

そして家の前に着いた瞬間に、理央の両親が家から飛び出してきた。

 

「比企谷さんお久しぶりです、わざわざお越し頂いて申し訳ありません」

「初めまして、理央の母です」

「こちらこそいきなり来てしまって申し訳ありません、

今日は色々とお嬢さん絡みでお願いがありまして、参上致しました」

「はい、娘から伺っております、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます、それではお邪魔します」

 

 そんな堂々とした八幡の姿を見て、理央は内心でさすがだなと感心していた。

以前咲太と佑真がたまたま家に来た時は、家の大きさに驚いてくれたものだが、

八幡はまったくそんなそぶりを見せる気配がない。

なので理央は、何となく八幡にその事を尋ねる事にした。

 

「ねぇ八幡さん、うちってそんなに大きい方じゃないのかな?」

「いきなり何だ?まあ大きい方なんじゃないか?」

「……それにしては全然驚かないんだね」

「そりゃそうだろ、姉さんの家なんか、この十倍くらいあるんだぞ」

「うわ、それは凄いね」

「まあ何でそんな事を聞いてきたのかは分からないが、そんな事は気にするなって、

家がどうだろうと、俺達がやる事は変わらないさ」

「そうだね、ごめん」

 

 そして居間に通された八幡は、おもむろに眼鏡をかけ、何か資料のような物を取り出した。

 

「比企谷さん、それは?」

「これはこれからお二人を説得するのに使う資料です」

「なるほど、それではお話を伺いましょう」

 

 そして八幡は、開口一番にこう言った。

 

「今日はお二人に無理なお願いをしにやってきました。

どうか理央の進学を諦めて頂いて、

高校卒業後にうちに就職するのを認めてやってもらえませんでしょうか」

 

 そのストレートな物言いに、理央はぎょっとし、両親の反発を覚悟したが、

予想に反して二人は穏やかな声で、八幡にこう話しかけてきた。

 

「その前にひとつお詫びを、私は以前から貴社にはコネがあるなどと吹聴しておりましたが、

それは全て撤回致します、ご不快な思いをさせてしまったら申し訳ありません」

「いえ、うちにもコネはやっぱりありますからね、

例えばこの理央は、完全に俺のコネでの入社になりますからね」

「ぶっ……」

 

 その言葉に理央は思わず噴き出した。確かにそうだと思ったからだ。

 

「なのでお気になさらず、悪気が無かった事は分かってますから」

「そう言って頂けると助かります、それでは詳しいお話をお願いします」

「分かりました」

 

 そして八幡は、先ほどの資料を二人に提示した。

だがよく見るとそれは、契約書のような物であった。

 

「まずはこちらをお読み下さい、これはわが社が理央さんに提示する雇用条件です」

「拝見します」

 

 そして二人はそれを読み始めた。理央もその内容が気になったが、

二人がたまに驚いたような顔をしたり、うんうんと頷いたような表情を見せていた為、

多分いい条件を提示してくれたんだろうなと思い、じっと二人の決断を待つ事にした。

そしてどれくらいの時間が経っただろうか、二人は顔を上げ、戸惑ったような表情を見せた。

その様子に理央は、一抹の不安を感じたのだが、それはまったくの杞憂だった。

 

「本当にこの条件でいいんですか?」

「ええ、もちろんです」

「でもこれはさすがに、一介の高校生に提示するには破格すぎるのではないかと……」

 

 その言葉に理央はぎょっとした。

もしかして、想像以上のとんでもない事が書かれているんじゃないだろうか、

そう思った理央は、慌ててその契約書を両親の手から奪い去り、目を通した。

その間に八幡は、二人にあっさりとこう言った。

 

「そうですね、正直賭けの要素はあります、でも多分そうはならないでしょう、

何せ理央はうちの機密を知って尚、是非参加したいとファイトを燃やしたらしいですからね」

「ソレイユの機密ですか……」

「ええ、世界を変える技術だと自負しております、

まあそっちの公開はかなり先になると思いますが、

うちにはそれ以外にも、双葉先生もご存知のアレがありますからね、

理央に払う以上の利益を簡単に増やし続ける事が可能ですので」

「ああ、アレですか……アレなら確かに……」

「はい、アレです」

 

 八幡はそう言って、ただニコニコと微笑んでいた。

 

「分かりました、娘を宜しくお願いします」

「ありがとうございます、必ず幸せにしてみせます」

 

 八幡のその言葉に、理央は思わず噴き出した。

 

「落ち着け理央、別におかしな意味じゃない」

「わ、分かってる」

 

 そう顔を赤くする理央を見て、二人は何か悟ったようだが、特に何も言わなかった。

 

「それじゃあ俺はこの辺りでお暇しますね、

詳しい条件については後日理央に正式な書類を渡しておきますので、

その時に目を通して頂いて、サインを頂ければと」

「分かりました、娘を宜しくお願いします」

「はい、確かに引き受けました」

「それじゃあ理央、またな。ご両親とちゃんと話すんだぞ」

「あ、う、うん」

 

 そしてそのまま八幡は去っていき、残された理央は、

あまりのあっけなさに呆然としつつ、契約書に目をやった。

そこにはこんな文字が書かれていた。

 

・見習い時(高校卒業前)の給料は、時間に関わらず日給一万とす。

・入社時年俸五百万、ただし手取り。

・随時昇給、ただし上限年五十万。減給は無いものとす。

・月の休みは十日、繁忙期にはその限りではないが、時期を見て必ず代休を取る事。

・残業は基本禁止、どうしても当日に必要であり、時間内に仕事が終わらない場合は許可。

・有給は法令通りに付与、出来るだけ消化する事が望ましい。

・交通費支給、その他手当も完備。

・希望があれば寮への入寮も可、寮費は月一万円。光熱費は自腹で支払う事。

・軽井沢他、各地に保養所有り、利用希望者は早めに申告する事。

・オペレーションD8が発動された場合は会社の指示に従う事。

・双葉理央を、比企谷八幡が社長昇進後、その直属メンバーに任命す。別途手当有り。

・双葉理央は、いかなる者によっても定年まで解雇されない事とす。

・ただし上記事項は、本人が重大犯罪を犯した場合は無効とす。

 

 そして最後の一文だけは、手書きでこう書いてあった。

 

・比企谷八幡の名前の呼び捨てを許可す。

 

 これを見た理央は、何と言っていいのか分からず押し黙った。

そんな理央を、両親は穏やかな目で見つめていた。

 

「理央、何か条件に不満でもあるのかい?」

「えっと、そういうのは特に……むしろいい条件すぎて戸惑う……」

 

 そんな理央に、二人はこう言った。

 

「理央に今まで寂しい思いをさせてきた事は自覚してる、

でも理央は、私達が思う以上にいい子に育ってくれたと思う」

「そんなあなたを今、こんなにもいい条件で欲しいと言ってくれる方がいるのを、

私達は誇りに思うわ、理央」

「だからお前はこれからは、好きな事を仕事にして、自由に生きていきなさい」

「もちろん親子の縁を切るって事じゃありませんからね、

帰ってきたくなったらいつでも言ってくれていいのよ」

「幸せになりなさい、理央」

「出来れば早く孫の顔を見せてね、

でも変な男には絶対にひっかからないように気をつけるのよ、

もっとも理央には今、好きな人がいるみたいだけどね」

 

 そう二人に交互に言葉を投げかけられ、理央はぽろぽろと涙を流し始めた。

それはもちろん嬉し涙であり、そんな理央を、二人は優しく抱きしめた。

 

「お父さん、お母さん……」

「大丈夫、ソレイユの比企谷さんといえば、お前が思ってる以上の大物だからね」

「そうなの?」

 

 泣き顔のまま、そうキョトンとする理央に、二人は笑顔でこう言った。

 

「ああ、さっき彼が言ってたアレ、メディキュボイドというんだが、理央は知ってるかい?」

「確かお父さんのいる病院に今度導入される予定の、終末医療に使われるっていう機械?」

「ああそうだ、あれはソレイユの独占商品なんだが、それには理由がある。

他の会社が作らないんじゃなく作れないんだ。あれはそれくらいとんでもない技術の塊でね」

「そうなんだ」

「それをソレイユ社にもたらしたのが彼、比企谷さんなのよ」

「そ、そうなの?お母さん」

「ええ、私の業界でも彼の話はたまに聞こえてくるもの。

それに彼は、本当かどうかは分からないけれど、英雄なのだそうよ」

「英雄?」

 

 その言葉は理央にはピンとこなかったらしい。

 

「ああ、理央も知ってるだろ?彼がSAOサバイバーだという事を」

「うん、それは知ってるけど、英雄って?」

「SAOをクリアした、何人かのプレイヤーの事ね、噂では三人か四人いるらしいわよ」

「SAOサバイバーは、その英雄の正体を、基本的に明かそうとはしないらしいよ、

それだけその人物に感謝しているんだろうね」

「えっと、それって……」

「その人物の名前は、あくまでキャラとしての名前なのだけれど、ハチマンというらしいわ」

「ハチマン………」

 

 理央はその人物が八幡なのだと、漠然と理解した。

 

「そして彼は、SAOがクリアされた少し後に、あの業界に彗星のように現れた。

後は説明しなくても分かるね?」

「う、うん……」

「興味があるなら調べてみるといい」

「分かった、そうしてみる。でも二人はどうしてそんな事に詳しいの?」

「そうだね、よく考えてごらん?SAOサバイバーは約六千人、

ではその六千人には家族がどれくらいいると思う?」

「ええと……数万人?親戚とかも含めるともっとかも」

「それじゃあその人達は、何の仕事をしていると思う?」

「ええと、色々……」

 

 その時点で理央は、二人が何を言いたいか悟ったようだ。

 

「分かったようだね、つまりはそういう事だよ」

「どの業界にも、一定数彼の支持者がいるのよ」

「ちなみにうちの病院にも、何人もSAOサバイバーがいたからね」

「そっか、そういえばそうだね」

「だから理央、もう一度言うが、彼を信じてその後をついていき、幸せになりなさい」

「うん、分かったよお父さんお母さん、私、幸せになる。

そして彼に与えてもらった以上の物を彼に返すつもり」

「頑張るんだぞ、理央」

「頑張りなさい、理央」

「うん!」

 

 こうして理央は、身も心もソレイユに、そして八幡に捧げる決意をした。

そこに恋心が混じるのはご愛嬌である。

 

 

 

 そして次の日、理央は咲太と佑真に昨日提示された条件について説明していた。

 

「………え、これってマジかよ」

「うん、後日正式な書類が届いたら、サインする事になるよ」

「二十代で年俸一千万に届くじゃないかよ……」

「最速ならそうだけど、でもやっぱりこういうのはお金じゃないからね」

「好きな事に打ち込めるのが一番だって?」

「うん、まあそんな感じ」

「好きな人と一緒にいられるのが一番の間違いじゃないか?」

「うん、まあそんな感じ」

 

 理央がしれっとそう言った為、二人は顔を見合わせた。

 

「はいはい、さっさと幸せになってくれ」

「だな、もういいから幸せになっちまえよ」

「うん、幸せになるよ」

 

 理央はそう言いながら、八幡、とボソリと呟いた。

 

「お、早速最後の項目の権利を使いやがったな」

「まあせっかくくれた権利だしね」

「というかこれって、そう呼べって事だよな」

「ここだけ手書きだし、冗談のつもりなのかもしれないけど」

 

 理央は二人には、昨日調べた英雄ハチマンの事は伝えなかった。

八幡が、自分の名前が賞賛される事を望んでいるとは思わなかったからだ。

むしろ迷惑そうな顔をするのは間違いない。そして最後に佑真が理央にこう尋ねた。

 

「で、このオペレーションD8って何だ?」

「あ、それは私も分からなかったから、かおりさんに聞いたんだけど」

「かおりさんって確か、先日写真を見せてもらったあの美人の受付嬢さんだよな?」

「うん、そしたらこういう事なんだって。

もし八幡に危機が訪れた時は、全社員が一丸となって、問題解決まで邁進すべし、

発動されたら家に帰れると思うな!だって」

 

 理央は笑いながらそう言い、咲太が呆れたように言った。

 

「そういう項目に限って、実は発動される事なんか無いんだろ?」

「それが前に一度あったんだって」

「え、マジで?」

「うん、その時は殺人犯を逮捕したらしいよ」

「マジかよ、凄えなソレイユ」

「俺もソレイユに入社出来ればなぁ……」

 

 そんな二人に理央は笑顔でこう言った。

 

「その時は部下としてこき使ってあげる」

「へいへい、その時は大人しく従ってやるよ」

「まあ頑張れよ理央」

「うん、本気で頑張る」

 

 こうして理央はソレイユに就職し、いずれニューロリンカーの開発者の一人として、

歴史に名を残す事となる。その第一歩がまさにこの時なのであった。




これにて理央編は終了!次回は久しぶりのあのカップルの登場で、単話になります!

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