「理央!」
「あっ、詩乃!」
ソレイユの最寄り駅でその日、理央と詩乃は偶然遭遇した。
「理央はいつものお勉強?」
「うん、詩乃はバイト?」
「そうね、別にこっちにわざわざ来る必要もないんだけど、まあ何となく?」
そんな会話を交わしながら、二人は連れ立ってソレイユに到着し、
詩乃は真っ直ぐ受付に向かい、かおりにこう尋ねた。
「かおりさん、今日は八幡はいるの?」
理央は、もはやルーチンワークと化しているその詩乃の質問に微笑ましさを感じつつも、
同時にそのセリフをストレートに口に出せる詩乃に羨ましさを感じてもいた。
「八幡なら今日は来てないわよ」
「そう、それじゃあ仕方ないわね、今日の夕飯は自前で何とかしないと」
それは残念さを誤魔化す為の言葉であったが、かおりも理央も当然承知していた。
「あ、それじゃあ詩乃、今日は私と一緒に夕飯を食べない?もちろん私が奢るから」
「別に構わないけど、別に割り勘でいいわよ?」
「いいのいいの、相談したい事もあるから、今日は私が払うよ」
「そう?それじゃあ仕事が終わったら合流しましょっか」
「うん、それじゃあ後でね」
「うん、また後で」
そしてバイトと勉強を終えた二人は合流し、そのまま近くのファミレスへと向かった。
「で、相談って何?」
「うん、それなんだけどね、ねぇ詩乃、リオンを育てるのを手伝ってもらえないかな?」
「リオンを育成?それって戦えるようになりたいって事?」
「うん、まあそんな感じ」
「へぇ、まあいいんじゃない?せっかくヴァルハラ・ウルヴズのメンバーになったんだしね」
詩乃はあっけらかんとそう言った。
「まあ、ただのプラカード持ちとしてだけどね」
「でもメンバーとして登録したままよね?
って事は、きっと八幡は、理央の好きにすればいいって内心で思ってるに違いないわ」
「私の好きに……」
「だから好きにしてやればいいのよ、出来ればこっそり強くなって、
それなりに戦力として数えられるくらいにはなっておいて、
後であいつを驚かすというのがベストなんじゃないかしら」
「う、うん、実は私もそう思ってた」
はにかみながらそう答える理央の手を、詩乃はしっかりと握りながら言った。
「よし、それじゃあさっさとご飯を食べちゃって、
家に戻ったらそのまま今日から始めちゃいましょっか」
「私は大丈夫だけど、でもいいの?疲れてない?」
「それはそっちもでしょ、大丈夫大丈夫、ほら、私達はあいつと違ってまだ若いから!」
その詩乃の言葉に理央は思わず噴き出し、そのまま詩乃に頭を下げた。
「そ、それじゃあお願いしてもいい?」
「うん、任せて!でも出来ればもう何人か協力者が欲しいところよね、う~ん、誰に頼もう」
「その辺りは詩乃に任せるよ」
「経験値を荒稼ぎしたいから、出来れば超攻撃タイプのパーティで行きたいところなのよね、
オーケー、何人かに交渉してみるから、誰が来るか楽しみに待ってて」
「うん、ありがとう!」
二人はその後、食事をしながら八幡に対する愚痴で盛り上がった後、
ヴァルハラ・ガーデンで待ち合わせの約束をし、家に帰っていった。
「ただいま」
理央は家に帰ると、何となくそう口に出して言った。
おそらく今日も両親はいないのだろう、だが今の理央は、それを寂しいとは思わなかった。
だがこの日は少し違った。理央の言葉に返事があったのだ、それも二つ。
「おかえり」
「おかえり理央、調子はどう?」
「あれ、お父さん、お母さん、二人とも家にいるなんて珍しいね」
「そりゃまあ、なぁ?」
「理央はもうすぐ家を出ていってしまうのだから、
それまでは多少無理してでも家に帰ろうって二人で決めたのよ」
「えっ?」
その言葉に理央は、鼻がツンとするのを感じたが、
辛うじて我慢する事に成功し、ぶっきらぼうながらも笑顔で二人に言った。
「そうなんだ、あ、ありがと」
「理央は今日はこの後どうするんだい?」
「あ、うん、ちょっと友達と約束があって、ALOに……」
「なるほど、自社の商品なのだし、確かに体験しておく必要があるわね」
「う、うん、そんな感じ。どうせならそっちでも、八幡の隣に立てるようになりたいなって」
理央は素直に自分の心情を二人に伝え、
二人は二人で理央が八幡の事をナチュラルに呼び捨てにした事で、
ソレイユでの生活が上手くいっているのだなと安心する事となった。
「そうか、まあ何事も経験だ、好きなようにしなさい」
「三年のこの時期にゲームだなんて、本来なら怒らないといけないのでしょうけど、
今の理央にはその心配も無くなったのだし、肩肘を張らずに楽しんでくるのよ」
そう笑顔で返事をしてくれた二人に、理央はこう伝えた。
「十一時にはログアウトするつもりだから、その頃に下に下りてくるね」
「あら、私達の事は気にしなくていいのに」
「まあそれでも、ね」
そして理央は二階に上がり、自分の部屋に駆け込むと、
少し気恥ずかしさを感じつつも、心楽しい気分でアミュスフィアを被り、
ALOへとログインした。
「ハイ、リオン、助っ人を二人確保したわよ」
「よぉ、強くなりたいんだってな、リオン」
「宜しくね、リオン!」
そこにいたのはキリトとリーファだった。
詩乃は最初、和人ならばSAO時代のノウハウを持っており、
狩場にも詳しいだろうと考え、連絡を入れたのだが、
丁度暇だった直葉が一緒に釣れたと、まあそんな訳なのであった。
「しかしシノンとリオンは、二人とも本当に仲がいいよな」
「何?羨ましいの?リオンはあげないわよ」
「そんな事、一言も言ってないだろ……」
呆れた顔でシノンにそう言った後、キリトはリオンにこう問いかけた。
「とりあえず装備を揃えないとな、なぁリオン、どんな戦闘スタイルにするかとか、
そういったイメージはあるのか?」
「イメージ………えっと、体を動かすのはそんなに得意じゃないんだけど、
ハチマンの役に立てるなら私は何でも……」
理央はもじもじしながらそう言い、シノンはそんなリオンに抱きついた。
「やだ、リオンってばかわいい」
「とりあえず色々やってみて、自分に合うと思った戦い方に必要な能力を伸ばせばいいな、
それじゃあ最初に防具と武器を調達するか」
「あ、それならこの前ハチマンに、
ロジカルウィッチスピアっていう装備をもらったんだけど……」
「槍?へぇ、ちょっと見せてもらっていい?装備の変え方は分かる?」
「あ、えっと、確かここをこうして……」
「そうそう、それでね」
シノンとリーファがリオンのコンソールを覗き込み、指導をしていく。
そして少し後に、リオンの手元に不思議な物体が出現した。
「何だそれ……」
「両手持ちの握りの鍔の部分が傘の骨組みみたいになってて、ボタンが四つついてる?」
「確かに槍だけど、先端が変わった形だな、中央は筒になってて、
その周囲に四枚の刃が付いてるのか」
「えっとこの骨組みの部分は魔法盾って言ってたと思うんだけど……」
「はぁ?魔法盾?」
「う、うん、我が名はリオン、目覚めよ我が娘!」
リオンがそう言った途端に、
骨組みの間に、赤、青、黄色、緑の膜が発生し、三人は驚愕した。
「えっ、何これ?どういう仕組み?」
「ハチマンの話だと、属性の優劣を使って魔法を防御する仕組みだとか?」
そのリオンの言葉にキリトは首を傾げ、リーファに指示を出した。
「よく分からないな、なぁリーファ、ちょっとリオンに軽く風魔法を撃ってみてくれ」
「う、うん」
そしてリーファは少し離れた所から、リオンに魔法を放った。
リオンはそれを受け、手元に四つあるボタンのうち、黄色いボタンを押した。
その瞬間に黄色い膜が広がり、リーファの魔法はその膜に当たった瞬間にかき消えた。
「うおっ……」
「え、何それ、面白い!」
「今の、魔法が消されたというより吸い込まれたように見えたな……」
その時リオンは、手元の緑のボタンが光っている事に気が付き、
何だろうと首を傾げながらそのボタンを押した。
その瞬間に槍の先端の中央の筒から緑色の弾丸がキリト目掛けて放たれた。
「うおおおお」
キリトはその不意打ちに絶叫し、慌ててその弾丸を斬った。
「ご、ごめんなさい」
「い、今のって……」
「おいおい、これってまさか特殊な魔法銃か何かなのか?」
「でも確かに槍って……」
「ハチマンに説明を……って訳にはいかないか、どうする?」
「よし、作った奴に聞こう、これはどう見てもリズの作品じゃない、
多分ナタクの作品だろうからな」
「ナタクは今工房?」
「ああ、さっき見かけたからまだいるはずだ」
そして一行は、そのままヴァルハラ・ガーデンの工房へと向かった。
「とりあえず先に行ってナタクがいるか確認してくるから、休んでてくれ」
そう言ってキリトは一人、工房へと足を踏み入れた。
「お~いナタク、まだいるか?」
「あれ、キリトさん、どうかしたんですか?」
「実はこれについて話を聞きたいんだけど、これってナタクの作品だよな?」
「あれ、ロジカルウィッチスピアじゃないですか、確かに僕の作品ですね。
ちなみにアイデアを出したのと名付けたのはハチマンさんですよ。
でもこれってリオンさんの専用装備ですよね?どうしてこれをキリトさんが?」
「専用装備?やっぱりそうなのか……いや、まあリオンも一緒にいるぞ」
「そうなんですか、で、これがどうしたんですか?自分ではいい出来だと思ったんですけど」
「いや、これの詳しい説明を、ナタクからリオンにしてもらおうと思ったんだよ」
「ああ、そういう事ですか、分かりました、リオンさんはどちらに?」
「リビングの方だ」
「それじゃあ今そっちに行きますね」
「待って、私も行く」
その時工房の別の扉から、スクナが姿を現した。
「あ、スクナもいたのか、リオンに何か用事か?」
「うん、ハチマンに頼まれてた、リオン専用装備が完成したからついでに渡そうと思って」
「そっちも専用装備か……相変わらずあいつは過保護だな」
「そうかもだけど、でもこれは防御力が高いだけの硬質レザーのドレスアーマーよ」
「あれ、そうなのか?それじゃあどの辺りが専用なんだ?」
「胸を強調しないで隠すようなデザインにしてくれってさ」
「ああ、そこだけ気を遣ったわけか」
「そうみたいね」
そしてイコマとスクナは、キリトと共にリオンの下へと向かった。
「リオン、はいこれ、ハチマンからよ」
「えっと、これは?」
「ドレスアーマーね、こう見えて防御力はかなり高めよ」
「あ、ありがとうございます!」
「あと、背中にあなたの個人マークを付けておいたわ」
リオンはスクナに渡されたそのドレスアーマーを手に取り、背中の部分を見た。
そこには数字で描かれたホウキにまたがる魔女の姿がシルエットで描かれていた。
「これが私の個人マーク……」
「そう、それがあなたの個人マーク『ロジカルウィッチ』よ。
あなた、ハチマンに自分の個人マークの作成を丸投げしたらしいじゃない」
「うっ……わ、私はこういうののセンスが無いので……」
「まあハチマンがセンスがあるとは思えないけど、これは素敵だと思うわ」
「は、はい、凄く気に入りました」
「そう、それなら良かったわ、とりあえず着てみれば?」
「あ、はい、そうしてみます」
そしてリオンは早速そのドレスアーマーを身に付けた。
そのシックなデザインをリオンは気に入ったが、一つだけ不満な部分があった。
「スクナさん、この胸の部分なんですけど」
「あ、うん、目立たないようにしてくれってハチマンに言われたのよね」
「これ、それなりに強調してもらっていいですか?
出来ればハチマンがその部分を見て、動揺するくらいには!」
そのリオンの頼みに、一同は思わず噴き出した。
「あはははは、リオン、攻めるわね」
「その時のハチマンの顔、絶対見てみたいな!」
「オーダーと違うって、愕然としそう」
「そうね、それでリオンが平気そうな顔をしていたら、もっと愕然とするでしょうね。
いいわ、直ぐに調整出来るから、ちょっと待ってて」
「ありがとうございます!」
そしてスクナはパパッとドレスアーマーの情報をいじり、
五分くらい何かしていたかと思うと、
五人の目の前で、いきなりドレスアーマーの形が変化した。
「はい、出来たわよ。早速着てみてね」
「はい!」
その新しいデザインは、色合い的に目立たないながらも、
しっかりと胸部が強調されたデザインになっており、リオンはとても満足した。
「ありがとうございます凄く気に入りました!これでハチマンをあっと驚かせてやります!」
「それは良かったわ、あとその胸の宝石ね、
それは映像を記録出来るようになってるから活用してね」
「映像を記録……ですか?」
「ええ、ハチマンが言うには、リオンがもし誰かに痛い目にあわされたら、
その映像を見てとにかく考えて考えて考え抜いて対策をとるのがいいだろうって。
間違ってもキリトみたいに本能で動くタイプにはならないだろうから、だってさ」
「あは、確かにそうかもしれませんね」
「ついでにハチマンを驚かせた時の顔も、それを使って映像に残しておいてね、
後で見せてもらうから。それじゃあ私は仕事に戻るわ、またねリオン」
「は、はい、またです」
そしてスクナは踵を返し、ひらひらと手を振りながら去っていった。
「どれどれ……へぇ、やっぱりスクナさんはセンスがあるよね、
胸の大きさが平凡な私が見ても、全然嫌味な感じがしない仕上がりになってる」
「背中の『ロジカルウィッチ』がまた、リオンにはお似合いよね」
「うん、凄く気に入った……」
「これでリオンも本当の意味で正式なうちの団員ね」
「あ、ありがとうリーファさん!」
「よし、それじゃあ次はイコマに色々とレクチャーしてもらうか」
そしてリオンは次に、ハチマンに渡された装備の説明をイコマから受ける事になった。