「さてイコマ、これは一体どんな武器なんだ?」
「ええと、ああ、初期状態のままだったんですね、
リオンさん、『眠れ我が娘よ』って言ってみて下さい」
「あ、うん、『眠れ我が娘よ』」
その瞬間に四色の光が消え、先端部が引っ込み、
ロジカルウィッチスピアは傘そのものの形に変化した。
だが膜は光が消えただけで、健在であった。
「その状態だと、普通に盾として使えますよ」
「お、そうなのか、で、さっきのモードにするにはさっきの言葉を唱えればいいって事か?」
「はい、ちなみに……」
「『我が名はリオン、目覚めよ我が娘よ!』」
ナタクが何か言おうとしたが、リオンはそれに気付かずに、
ノリノリでそう呪文を唱え、ロジカルウィッチスピアは最初の状態に戻った。
「……なになに我が娘ってのが合言葉になってます、はい」
「リオンは今の合言葉だけ、ハチマンに教えてもらったみたいよ」
「ああ………」
ナタクはシノンにそう教えられ、困ったような顔でリオンの顔を見た。
「ど、どうしたんですか?」
「ああ、いやね、『我が名はリオン』って部分は必要ないっていうか、
多分ハチマンさんが、ノリで付け加えただけなんじゃないかなと……」
「えっ?」
そしてリオンは、愕然とした顔で、連続してこう言った。
「『眠れ我が娘よ』『目覚めよ我が娘よ』」
ロジカルウィッチスピアがその言葉だけで問題なく形状を変化させた為、
リオンはわなわなと震えながら拳を握り締めた。
「ぜ、絶対に今度殴ってやる……」
「あ、あは……」
そんなリオンを慰めるように、リーファとシノンがその肩をポンと叩き、
それでリオンも多少落ち着いたようだ。リオンはナタクに武器の説明を求め、
ナタクはロジカルウィッチスピアを手に取り、詳しい説明を始めた。
「これは先日導入された、魔力を吸収する鉱石を使って作ったものです。
その鉱石には、魔力を吸収してエネルギーを蓄えるという性質があるんですよ」
「ふむふむ」
「まあ本来は多分、別の目的で導入されたんじゃないかと思うんですが、
今回はそれを利用させてもらいました。
ALOって、そういう職人的な部分の融通が結構きくんですよね。
まあこれは多分、茅場晶彦の作った基本システムが優れているという事なんだと思います」
「なるほどな、職人的要素はそこまでかじってないから分からないが、
さすがは茅場晶彦ってところか」
感心するキリトに他の者も同意したのか、うんうんと頷いた。
「それでですね、この四つの膜なんですけど、
もうお察しかと思いますが、四大元素に対応しています。
赤が火、青が水、黄色が土、緑が風ですね。
火は風に勝ち、風は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝つっていう例のアレです」
「火は風で煽られて大きくなり、風は土を削り、土は水を吸収し、水は火を消すってアレか」
「はい、敵の魔法の属性を見極め、その魔法に対する強属性の膜を広げる事で、
敵の魔法を相殺しつつ、魔力を吸収するという仕組みになってるんですよ」
「なるほどな、さっき試した通りだな」
「あれだけはハチマンに教えてもらってたので……」
「それじゃあ実演しながら説明を続けますね」
そしてナタクは自ら火魔法を唱え、リオンに吸収してもらった。
直後に赤いボタンが点滅を始め、やがて光りっぱなしの状態で落ち着いた。
「その状態で赤のボタンを押せば、弾が出ます。
チャージ出来るのは各属性ごとに三十発までで、
それ以上の魔力は、相殺は出来ますが吸収はしません。
ちなみに魔力を吸収していない状態でボタンを押すと、
自前の魔力で攻撃する事になりますので、MPの使いすぎに注意です」
「なるほど……」
「ちなみにボタンを長押しする事で、先端の刃に魔力を纏わせる事が可能です、
それにより、近接戦闘にも対応出来ます、説明は以上ですね」
「分かりました、頑張って使いこなしてみせます」
「頑張って下さいね、リオンさん」
「ナタクさん、ありがとうございました」
そしてナタクが去った後、キリトが感慨深げに言った。
「つまりこれは、槍であり盾であり銃でもあるのか」
「使いこなすのが難しそう」
「まあ基本は中衛もしくは後衛装備なんだろうな」
「そうね、防御機構はあくまでも、まだMP総量が少ないリオンの為なんだろうし、
基本は後ろから魔法属性攻撃を……あ、あれ?ねぇお兄ちゃん、
もしかしてこれって、敵の魔法の発動も潰せたりしない?」
「………確かに可能性はあるな」
「やってみる?」
「そうだな、試してみよう。あと試した後の狩場はアインクラッドじゃなく、下界だな」
そのキリトの言葉にリーファは首を傾げた。
「何で?」
「元々アインクラッドは、魔法無しの世界だったからな、
どの敵がどんな魔法を使うのかとか、正直ほとんど把握してないんだよ」
「あ、そっか、確かにそうだね」
「と言う訳で、最終的にはヨツンヘイムに行くとして、
最初は街周辺で乱獲してみるか」
「オッケー!」
「それじゃあリーファとリオンで検証を頼む」
その試みはあっさり成功し、リーファが唱えようとした風魔法は、
リオンの攻撃により、発動前に霧散した。
「うわぁ、凄いねこれ」
「見た感じ、タイミングが難しそうだけどね」
「でもさ、敵の魔法使いを狙撃して殺しちゃった方が早いんじゃない?」
「確かにそうだな、だが仮に敵に耐えられたら、魔法が発動しちまうだろ?
プレイヤー相手よりも、魔法を使うモンスター相手により効果的という気がするな」
「なるほど、確かにボスクラスの魔法を潰せるのなら、かなり有用よね」
「つまり当面リオンが目指すのは、あくまでロジカルウィッチスピアを使うのならだが、
ハチマンの隣とかで戦場全体を俯瞰しつつ、敵の魔法の発動を確認したら、
咄嗟にその敵に対抗属性の魔法狙撃をして、敵の攻撃を止めるスタイルって事になるか」
「うわぁ、かなり特殊なスタイルだね、というかオンリーワンかも」
「全体を見るなら、参謀的な役割を果たす必要もあるかもね」
「敵の攻撃を覚える事と、全体の俯瞰………かなり頭を使う事になりそう」
「任せて、少なくとも暗記は得意」
リオンはその会話により、自分の目指す方向性が見えた気がしたのか、
やる気満々でそう言った。
「もしかしたら、モンスターのスキル攻撃も止められるかもしれないな」
「とりあえず敵のスキルによる特殊攻撃も吸収出来るか試さないとね」
「それによって、その攻撃が何属性かも分かるから、一石二鳥だな」
「惜しむらくは、光と闇の属性には対応出来ないって事ね」
「それはいずれバージョンアップすればいいだろ、
その二属性の攻撃技なり魔法を使う敵は、ほとんどいないしな」
「それじゃあ早速色々試してみよっか」
「そうしよう、それじゃあ出発だな」
「宜しくお願いします」
こうして一同は狩りに出かけ、リオンは敵に一撃当てるだけで、
どんどん経験を得ていった。まさにパワーレベリング状態である。
これは別にリオンがサボっていた訳ではなく、まだHPが少ない為、
当面は後方で控えていた方がいいという判断に従った結果であった。
「ステータスも大分上がったみたいだな」
「うん、おかげさまでHPも大分増えたよ」
「よし、それじゃあ敵を倒すのと同時に、データ収集も進めていくか」
そして攻撃参加後、リオンは何度も敵の特殊攻撃を止める事に成功した。
「どうやら敵のスキルや特殊攻撃にも対応出来るみたいだな」
「このロジカルウィッチスピアって、何気に凄くない?」
「凄いのはリオンもだな、敵の使う攻撃や魔法がどの属性なのか、
しっかり見極められているって事になるんだからな」
「あっ、そういえばそうだね!」
「さっすがリオン!」
「と、とにかく必死なだけだよ」
「ハハッ、この調子でどんどんいこう」
こうして調子に乗った一行は、予定通りヨツンヘイムへと狩場を変え、
どんどん奥へと侵攻していった。
「これってボス戦の切り札になるんじゃない?」
「可能性はあるな」
「戦闘が凄く楽」
「役に立ててればいいんだけど……」
「役に立つどころか、戦闘効率爆上げだな」
リオンは敵の攻撃の属性をほぼ一度で覚え、あまつさえ魔法詠唱の呪文のエフェクトから、
どの属性の魔法が来るのか見極める事すら出来るようになってきていた。
「しかしこれは……」
「ロジカルウィッチとはよく言ったものね……」
「絶対にこれ、公にデビューしたらそれが二つ名になるだろ」
「あとは対人経験を積ませられれば言う事は無いんだけど」
「よし、ユージーン辺りに連絡して、仕込むか」
「そうね、リオンはユージーン将軍との面識はまだ無いはずだしね」
そしてキリトはすぐにユージーンに連絡を入れ、
待ち合わせ場所を決めてこちらを攻撃するフリをしてもらう事にした。
(さて、そろそろだな……ユージーンはリオンを見てどう思うのかな、
随分と楽しい事になってきたな)
キリトはそう思いながら、パーティを待ち合わせの場所へと誘導していった。
(最初は弓攻撃から入るって言ってたな、
リオンに流れ矢が当たらないように気をつけないとな)
そしてキリトはリオンにチラリと目を走らせ、正面に向き直ったのだが、
不幸な事に、その直前にユージーンがキリト目掛けて矢を放っていた。
「ちっ」
キリトは当然その矢に気が付き、短く舌打ちをした。
(しまった、このタイミングでか)
キリトはギリギリだなと思いつつ、矢を斬り払おうと迎撃体制をとろうとした。
だがその目の前に、ヌッとリオンのロジカルウィッチスピアが突き出され、
キリトは思わずたたらを踏んだ。
「おっと」
「キリトさん、盾で防ぎます」
そして未起動状態のロジカルウィッチスピアは、見事に敵の矢を受け流した。
正面から受けるとリオンがその威力に押されるかもしれないという観点から、
その傘の部分は上手く後方に敵の攻撃を流せるような曲線を描いている。
「悪い、助かった!」
そうリオンにお礼を言いながらも、キリトはリオンの対応力に舌を巻いていた。
(いつの間に俺の後ろに来たんだ?
まあそれだけ集中出来てるって事なんだろうな、さて、次は魔法だが)
「敵襲ですよね?」
「ああ、他のプレイヤーのな。この距離だと多分次は魔法攻撃が来る、頼むぜリオン」
「はい」
そしてリオンは矢が放たれた方向を観察し、そこに多くの人影がある事に気が付いた。
その人影の周囲には、魔法を準備しているエフェクトが多数発生していた。
「魔法、来ます!」
そしてリオンは高らかに叫んだ。
「目覚めよ我が娘!」
その言葉と共に、一同の目の前にロジカルウィッチスピアが色鮮やかに展開され、
リオンは飛来する色々な属性の魔法を、
その色を観察して的確にボタンを押す事により、次々と防いでいった。
「おお……」
「凄い……」
そして魔法攻撃が止む頃、ロジカルウィッチスピアはフルチャージ状態になっていた。
「よし、俺とリーファで斬り込むぞ!シノンとリオンは援護を頼む」
「「了解!」」
そしてシノンは敵を一撃で屠らないように気を付けながら弓での攻撃を開始し、
リオンは魔法攻撃のエフェクトが見える度に、その魔法を潰していった。
そしてキリトはユージーン目掛けて襲い掛かったが、
これは単に戦うフリをしながらユージーンと会話をする為だった。
「よぉ、いきなりこんな事を頼んじまって悪かったな」
「それは別に構わんのだが、おいキリト、
あの子の持っている武器は何だ?見た事が無いタイプの武器のようだが」
「あれはロジカルウィッチスピアという。使ってるのはうちの新人だな」
「新人だと?」
「そっちの魔法攻撃が、発動前に全部潰されてるのには気付いたよな?」
「ああ、あれにはさすがに驚いた。一体どうやってるんだ?」
「その魔法の反対属性の攻撃をぶつけて、集まった魔力を散らしてるらしい、
詳しい理屈はまだよく分からない」
「それを新人が?凄いな……」
「うちのホープだからな」
「くっ……何故だ……」
ユ-ジーンはぶるぶる震えながら肩を落とし、
キリトはサラマンダー軍には有望な新人が中々来ないのだろうと内心同情した。
だがその直後にユージーンはこう絶叫した。
「何故ヴァルハラにばかり女性プレイヤーが集まってくるんだ!
昔は一人だけ性格の悪いのが存在したが、今やうちの女性プレイヤーはゼロだぞゼロ!
何故こんな不公平がまかり通るんだ!
あの新人の子のように巨乳とは言わん、是非我が軍にも、姫的存在の女性プレイヤーを!」
その瞬間にユージーンの顔面に青い光が直撃し、ユージーンはそのまま地面に倒れ伏した。
「あ、当たった」
「ユージーン将軍に当てるなんて凄いじゃないリオン」
「あ、うん、何か水属性の攻撃を顔面に当てないといけない気がしたの」
そしてキリトは、ピクピクしているユージーンに向かって言った。
「お前、しばらくうちには出禁な」
「ノオオオオオオオオ!」
そんな自業自得なユージーンに、キリトは笑顔でこう言った。
「まあ出禁にしないでやってもいいが、それには一つ条件がある」
「な、何だ?」
「このまま大人しくリオンの経験値になれ」
「くっ………わ、分かった、ひと思いにやってくれ!」
「オーケーオーケー、おいリオン!」
キリトはそうリオンに声をかけながら、ユージーンを指差し、親指を下に向けた。
「ねぇシノン、あれって止めを刺せって事かな?」
「そうじゃない?お許しが出たんだからやっちゃいなさいよ」
「う、うん、分かった」
「ユージーン将軍はかなりタフだから、全力で攻撃した方がいいわよ」
「全力ね、オーケー」
そしてリオンはチャージされていた全ての魔力と共に、自分の魔力も総動員し、
ユージーン目掛けて凄まじい密度の連続射撃を開始した。
「うわっと危ない、容赦ないな、少し離れておくか」
「お、おいキリト、この徐々にHPが減っていく感覚は、かなり恐怖なんだが」
「まだリオンの攻撃力は低いんだから仕方ないだろ、
今日は検証に付き合ってくれてありがとな、まあ見ててやるから往生してくれ」
そのキリトの言葉にユージーンは律儀にも挨拶を返そうとしたのが、
直後にユージーンのHPは全損し、ユージーンはリオンの糧となって消えた。
その瞬間に、サラマンダー軍のプレイヤー達は大爆笑し、
リオンに惜しみない拍手が送られる事となった。
どうやらキリトとユージーンの会話が丸聞こえだったらしい。
「ふう」
「やったなリオン、今の戦闘でかなりの経験値が入っただろ」
「凄く出来レースっぽい感じなんだけど、まあ、うん」
「よしよし、この調子でガンガンステータスを上げていこうぜ」
「が、頑張る」
「おいお前ら、手伝ってくれてありがとうな!」
サラマンダー軍のプレイヤー達は、笑顔で手を振ってそれに応え、そのまま去っていった。
こうしてリオンはしばらくの間、毎日戦闘に明け暮れる事となる。
そしてそれが終わった後、毎日夜十一時に、
両親と少しだけ会話をするのが彼女の日常となったのだった。
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