ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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新しいエピソードの始まりです、このエピソードは2+2話(関連あり)でお送りします!


第641話 アイの岩戸

「どういうつもり?」

「ん、何がだ?」

「今日は勉強を休んで俺に付き合えとか、らしくないっていうか」

「今日は特別だ、勉強が忙しいだろうに、悪いな」

「ま、まあ別にいいけど……」

 

 理央はぶっきらぼうな態度でそう答えたが、内心はもちろんニコニコである。

さすがはツンデレ眼鏡っ子と仲がいいだけの事はある。類は友を呼ぶのであろう。

 

「これから行くのは眠りの森という施設だ」

「眠り……何?」

「ソレイユの事業の一つだ、いずれ俺の直属になる以上、

必ず知っておいてもらわないといけない類の施設だな。

今日はたまたま俺がそこに行く予定の日だったから、

この機会に理央にも説明しておこうと思ってな」

「なるほど、ちなみに何の施設?」

「終末医療を受けている若者達が暮らしている施設だ」

 

 その瞬間に理央はピタリと動きを止めた。

 

「もしかして、メディキュボイド?」

「そうだ、よく知ってるな、お父さんに聞いたのか?」

「それもあるけど一応元から名前くらいは知ってた」

「そうか」

 

 理央からはそれ以上は何も尋ねてくる気配もなく、

二人は無言のまま眠りの森へとたどり着いた。

 

「こっちだ」

「うん」

 

 理央は特に八幡に文句を言うでもなく、素直にその後についていった。

父が医者なせいか、理央なりに思うところがあったのだろう。

そして八幡の案内で、理央は経子に引き合わされ、この施設の説明を受ける事になった。

 

「初めまして理央ちゃん、双葉先生とは何度か学会でご一緒させて頂いたわ」

「父の事、ご存知なんですね」

「ご家族の事までは知らなかったけどね」

 

 理央はそのまま外部の者にメディキュボイドの事を説明する為の部屋に案内され、

そこで経子にレクチャーを受け、そのついでに眠りの森の設立経緯の説明も受けた。

 

「それじゃあこの施設が今ここにあるのは、八幡のおかげなんですか?」

「そういえば理央ちゃんは八幡君の事を呼び捨てにするのね。仲が良さそうで羨ましいわ」

 

 経子は理央の質問に答えようとして、ふとその事に気づき、面白そうにそう言った。

 

「こいつ、一度許可してからはまったく遠慮しなくなったんですよね」

「許可を出したのは八幡でしょうが。

経子さん違うんです、これは単に権利を行使してるだけで……」

「許可?権利?」

「はい、私の入社の契約書に、

八幡の名前を呼び捨てにする事を許可するって書いてあったんです」

「ギャグのつもりだったんですけどね」

 

 八幡は冗談めかしてそう言ったが、特に悪い気はしていないようだ。

 

「へぇ、ふ~ん、権利だから、ねぇ」

「そ、そうです、せっかくもらった権利は使わないともったいないじゃないですか、

だから仕方なく使ってるだけで、別に好き好んでそう呼んでいる訳じゃありません。

私って、貧乏性な部分があるんで」

「あら、嫌なのなら私から八幡君に、許可を撤回するように頼んであげましょうか?」

「い、いえ、一度与えた権利を取り上げたりすれば、八幡の評判に関わると思うので、

い、今のままでいいんじゃないでしょうか!」

「嫌ねぇ、冗談よ冗談」

 

 経子はそんな理央を見てクスクス笑い、説明に戻った。

 

「先ほどの答えはイエスよ、彼が引き受けてくれたからこそ眠りの森は、今ここにある。

もっとも彼はその後、我が家の次期当主の座に収まったから、

結局どうやっても同じ結果に収束したのでしょうけどね」

「と、当主って何の事ですか?」

「あら、お医者様の家系なら、京都の結城家の事は知ってるわよね?」

「はい、それは一応……って、八幡が結城家の次の当主なんですか?苗字も違うのに?」

「ほら、彼はもうすぐうちの一族になるから」

「あっ……結城ってもしかして、明日奈さん……」

「まあそういう事だ、当主に関しては他の人に押し付ける気満々だけどな」

「ふふっ、不思議よねぇ、でもそれが事実よ」

「やっぱり八幡って、無茶苦茶だ……」

 

 理央は呆れた顔でそう言ったが、

これまで聞いた話で八幡の無茶苦茶ぶりは思い知らされていた為、

特にそれ以上突っ込むつもりは特に無いようだ。

 

「それにしても、これも八幡がもたらした成果なんですよね」

「ええそうよ、メディキュボイド一つとってみても、

八幡君の会社への貢献度は計り知れないものがあるわね」

「まあたまたまです、たまたま」

「そのたまたまに出会える人は、世の中にはそうそういないのだけれどね」

『経子さん、まだ~?』

 

 経子がそう言ったタイミングで、どこかからそんな声が聞こえ、経子は苦笑し、

八幡はやれやれという風に肩を竦めた。

 

「えっ?今の声は一体どこから……」

 

 一人状況が掴めない理央は、きょろきょろと辺りを見回したが、

当然その部屋には他に誰もいない。

 

「理央ちゃん、あそこよ」

「……あそこ?もしかして、あの監視カメラですか?」

「あれは実は、監視カメラじゃなくて、コミュニケーションカメラなのよね」

「ええと……よく意味が分からないんですが」

「ラン、ユウ、もう少し我慢しろ」

 

 理央の質問には答えず、八幡はカメラに向かって淡々とそう言った。

このところ八幡はアイの事を、ゲームに合わせてランと呼ぶようになっていた。

 

『八幡が冷たい!』

『後で覚悟しておきなさいよね』

「どうせまたワンパターンのセクハラだろ、さすがにもう飽きたな」

『『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ』』

 

 それっきりカメラからは何も聞こえなくなり、八幡は理央に、今の声について説明した。

 

「今のはメディキュボイドの中からの声だな、双子の姉妹で、名前は藍子と木綿季という。

ゲーム内での名前はランとユウキだな」

「あ、ここの患者さんなんだね」

「確かにそうなんだが、同情とかは一切しないでやってくれ、

あの二人だけじゃなくここにいる奴らは全員、

前だけを向いて戦っている、とても強い奴らだからな」

「前だけを……」

 

 理央はまだその言葉に実感が持てなかったが、

八幡がここにいる人達をとても大切に思っている事はよく理解出来た。

 

「分かった、それじゃあとりあえず私を今の子達に紹介して」

「紹介?う~ん、お前をなぁ……う~ん……」

「駄目なの?」

「いや、まあラン以外に紹介するのは何も問題は無いんだが、ランはなぁ……」

「何か問題でもあるの?」

「あいつは耳年増のエロオヤジだからな、多分お前、揉まれまくるぞ」

「揉まれ………?」

 

 理央は首を傾げながら八幡の目線を追い、次の瞬間に真っ赤な顔になり、

片手で自らの胸を隠しつつ、もう片方の手で八幡の胸倉を掴み、八幡に詰め寄った。

 

「揉むとか言うな、っていうか見るな!」

「仕方ないだろ、遠まわしに言って、もし理央が言葉の意味をちゃんと理解しなかったら、

後で理央が被害を受ける事になっちまうんだからよ」

「遠まわしに言って、分かってないようだったら改めて言えばいいでしょうが!

何なの?やっぱり八幡は馬鹿なの?」

「確かにそう言われると、そうすれば良かったなという気もするが、

もう過ぎた事だ、素直に俺の忠告を聞け。で、どうするんだ?ランに会うか?」

「もちろん、自分の身は自分で守ればいいんだし、

誰か一人だけ仲間外れにするなんて絶対に良くない」

「その結果、自分の身を守りきれなかったらどうするんだ?」

「揉み返す」

「ぶっ……」

 

 八幡はその言葉に思わず噴き出した。

 

「何?」

「いや、分かった分かった、それじゃああいつらの所に行くか、

ユウ、ジュン、テッチ、タルケン、クロービス、ノリ、シウネー、

聞こえてるよな?こいつをランから守ってやってくれ」

『八幡、ごめん、無理!』

『無理かも』

『無理だよなぁ』

『無理ですね』

『無理だと思います』

『ごめんなさい八幡さん、これは無理』

『力及ばず申し訳ありません……』

 

 その瞬間に、七人が順にそう答えてきた為、八幡は七人に理由を尋ねた。

 

「どういう事だ?ランがまた何かしてるのか?」

 

 その問いには代表してユウキがこう答えた。

 

『うんとね、ランは最初、八幡にワンパターンって言われたのを気にして、

今日は清楚な路線でいこうとしてたみたいなんだけど、

さっき八幡に耳年増のエロオヤジって言われた瞬間に鬼の形相になって、

それなら逆にとことんエロ路線でヤってやるとかぶつぶつ言いながら家に篭っちゃったの。

だから多分中は今頃凄い事になってるんじゃないかなって思うんだよね』

「………」

「………八幡」

「お、おう……」

「死ね」

「わ、悪い……」

 

 さすがの八幡もこれには反論出来ず、素直に理央に頭を下げた。

 

「はぁ、もういいよ、とりあえず今からそっちにお邪魔するけど、いい?」

 

 理央はこうなった以上、いくら文句を言っても仕方ないと考えたのか、

気を取り直し、こちらを見ているであろう者達に向けてそう言った。

 

『うん、待ってるね!』

 

 これに再びユウキが代表してそう言い、その後ろから、様々な歓迎の声が聞こえてきた。

 

『もちろん大歓迎!』

『お待ちしてます!』

「ありがと、それじゃあ八幡、さっさと行こう」

「あ、ああ」

 

 そして二人はアミュスフィアを被り、ユウキ達が待つサーバーへとログインした。

 

「ボク達の拠点、『眠らない森』にようこそ!」

「お、お邪魔します」

 

 ユウキにそう言われ、理央はペコリと頭を下げた。

 

「初めまして!ボクは……」

「まあ待てユウ、ランはこの中か?」

「え?あ、ううん、ボクとランの自宅の方」

「そうか、それじゃあお前達、自己紹介の前に、悪いがちょっとそこまで付き合ってくれ」

 

 八幡はそう言って、スリーピング・ナイツの全メンバーを連れ、

近くにある扉のうち、ランとユウキの家に繋がる扉へと入っていった。

八幡は何度かここを訪れており、中の構造に関しては熟知していた。

 

「で、八幡、これからどうするの?」

「先ずはここで仲良く自己紹介、その後は宴会だな」

「ああ~、天の岩戸作戦ってやつ?」

「そうだな、名付けてラン……いや、語呂的にはアイの岩戸作戦だ、

中に入るとろくな事にならないだろうから、あいつをこっちに引っ張り出してやるさ」

「オッケー!」

「それじゃあお前ら、食い物をじゃんじゃん持ってきてくれ」

「了解!」

「俺は家の中からだと見えない位置に宴会会場をセッティングしておくわ」

「はい、お願いします!」

 

 その八幡の提案に、スリーピング・ナイツの面々はノリノリで従った。

そして準備が進み、宴会が始まった。

 

「それじゃあ理央さんは、八幡さんの直属になるんですね」

「うん、そういう事になってるね」

「いいなぁ、ボクもいつかそうなりたいなぁ」

「そう思うならちょっとは勉強しろ勉強」

「ちゃんとやってるってば!ね、みんな!」

「八幡さん、ユウキの言う事は本当だよ」

「何にでも全力投球がうちのモットーだからね」

「そうか、えらいぞユウ」

「えへへ」

 

 そんな気持ち良さそうに八幡に頭を撫でられるユウキを見て、

ノリとシウネーがいきなり立ち上がった。

 

「八幡さん、私の頭も撫でて下さい!」

「おう、えらいぞノリ」

「あ、あの、八幡さん、私も……」

「それじゃあ俺も!」

「ついでに俺も!」

 

 仕方のない事だが、スリーピング・ナイツのメンバーは、他人と接する事が少ない分、

やや精神的に幼い部分がまだ少しある。

その為八幡は、週一で紅莉栖に模擬授業の先生役を頼んだり、

その授業の合間に息抜きとしてダルにアニメの布教活動をさせたり、

都築にマナー教室を開いてもらったり、定期的にメンバーに色々な事をやらせていた。

その方針は褒めて伸ばす、であり、メンバー達は八幡に褒められる事を目標に頑張っていた。

同時に室内から、ガタガタと焦るような音が聞こえたのを聞いて、八幡はほくそ笑んだ。

 

「まさか八幡がこんなに慕われてるなんて……」

 

 その様子を見て、理央が呆然と呟いた。

 

「お前は今まで会社で何を見てきたんだ……」

「ハーレムブタ野郎?」

「おいこらてめえ、謝罪と賠償を要求するぞ」

「八幡君、大きな声で人に肉体関係を迫らないでもらえるかしら?嫌らしい」

「それは雪乃の真似か?」

「……………そ、そうですが何か?」

「今度は紅莉栖か……お前、他人の影響を受けやすすぎだろ」

「し、仕方ないじゃない、友達なんてほとんどいなかったんだし……」

「そ、そうか、すまん」

 

 そう理央に謝る八幡に、横からユウキがそっと囁いた。

 

「八幡、ランが何とかこっちの様子を探ろうとドアの向こうで躍起になってる」

「ランが見えたのか?」

「うん、何かジタバタしてるみたい」

「他に何か気付いた事はあるか?」

「勝負ぱんつをはいてた」

「…………服は着てたか?」

「着てたけど、肌色の方が多かった気がする」

「……誰かあいつに恥じらいというものを教えてやってくれ」

「恥じらいは、教えるものじゃなく覚えるもの」

 

 そんな八幡に、理央が諭すように言った。

 

「なるほど……要はランに、自発的に気付かせればいい訳だな」

 

 その言葉に八幡は頷くと、理央の手を引きランが潜んでいるという扉の前へと向かった。

 

「ちょ、ちょっと、いきなり何?」

「お前が言った事だろ、ちょっと手伝え」

「手伝えって何を……」

 

 そして八幡は理央を扉の前に立たせ、その前に座った。

理央は短めのスカートをはいていた為、思わず手で八幡の視界を塞ごうとしたが、

八幡はその手を押さえ、理央はどうする事も出来ず、盛大に顔を赤くした。

蹴りを入れるという手もあったが、そうしたら見えてはいけない物が見えてしまうくらい、

それは微妙なバランスの上に成り立っていた。

 

「あ、う……」

「よし、何も見えないな、

やはり見えそうで見えないというのが至高にして究極のエロスだな。

そしてそこに恥じらいがあるというのがマーベラスでエクセレントだ」

 

 その瞬間に、家の中からガタンッという音がし、バタバタと足音が聞こえた為、

八幡は計画通りと再びほくそ笑んだ。

 

「よし、うまくいったな、助かったわ理央、

あ、ぱんつとかは全く見えてないから安心してくれよな、

大丈夫、見えてるのはいつもの理央の健康的な太ももだけだ」

「……っ」

 

 そう言って八幡が理央の手を離した瞬間に、パンッ!という音が響き渡った。

 

「うぎゃっ!」

 

 そのデリカシーの無い言葉を聞き、理央は八幡の頬にフルスイングをかましたのだった。


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