ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第642話 目指すべき場所

 八幡は頬を叩かれた後、慌てて理央を見上げ、

その顔が羞恥と憤怒に染まっているのを見て、自分がやりすぎた事を悟った。

 

(やっべ、これは完全に土下座コースだ……

ついクルスとかを相手にしてるつもりでやっちまった)

 

 それはそれでとても問題がある思考なのだが、

要するに普段八幡を取り巻く女性陣が寛容すぎるという事に他ならない。

そもそも本来は、理央のような反応をするのが普通である。

そして八幡は地面に膝をつき、完全なる土下座の体制になった。

だが今回、その判断は完全に間違っていた。八幡が土下座をした事自体は特に問題はない。

理央はそんな八幡を、謝罪するならまあ許してあげようかと寛容な目で見ていたからだ。

だが悲劇はその直後に起こった。理央はどこかからの視線を感じ、何となく家の方を見た。

そこには幽霊のような白装束を着てこちらをじとっと見つめるランの姿があり、

理央は思わず小さな悲鳴を上げた。

 

「ヒッ……」

 

 その瞬間に、八幡は反射的に顔を上げた。

 

「ど、どうした?」

 

 そして理央と八幡の目が合った。理央はそのまま八幡に状況を説明しようとしたのだが、

その瞬間に八幡の視線が一瞬下を向いた事に気付き、自らも視線を下に向けた。

そこには女子高生らしく短いスカートをはいた自分の下半身があり、

理央はそこで、土下座をした状態で顔を上げた為に、

今まさに自分のスカートを覗く格好となっている八幡の姿を発見した。

その八幡は今、いかにも自分は見ていませんよという風に、慌てて視線を下げた。

 

「は、八幡、今絶対に見えたよね?ねぇ、見えたよね?」

「言っている事の意味が分からない、俺はお前の黒のレースの下着なんか見ていない」

「黒の……レース?」

 

 その言葉に理央は首を傾げた。

今日の自分の下着の色は、少なくとも黒ではなかったはずだからだ。

 

「あ、あれ、今日は確かピンクだったはず、じゃあ本当に見てないんだ……」

「分かってくれたか、それは何よりだ」

 

 焦りまくっていた八幡は、自分が黒のレースなどという自爆発言をした事も覚えておらず、

ただひたすら安堵しており、その為に厄介な人物が動き出していた事に気付かなかった。

 

「え?黒のレースで合ってるじゃない」

 

 理央はそんな声と共に、いきなり自分のスカートが後ろからめくられるのを感じた。

 

「なっ……」

「ほら、自分で確認してご覧なさい、確かに黒のレースでしょう?」

 

 理央は再び繰り返されたそのランの指摘を受け、

ランに抗議する事も忘れて慌てて自分の今はいている下着の柄を確認した。

 

「ほ、本当だ……」

「でしょう?こことリアルじゃ服装は変わるから、多分勘違いしたのね」

「そっか、確かにそうだね、教えてくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。私も色々と学ぶ事が多かったし、

あなたとはいい友達になれそうで本当に嬉しいわ」

「あ、私は理央、宜しくね」

「私は藍子よ、ランと呼んで頂戴」

 

 そんな二人の仲睦まじい姿を見て、八幡はうんうんと頷いていた。

 

「仲良き事は美しきかな……」

 

 だがその直後に、振り返った理央はいきなり八幡の顔面に蹴りを入れた。

 

「ぐはっ……」

「仲良き事は、じゃない、やっぱり見たんじゃない」

「な、何の事だ?」

「黒のレース……」

「黒のレース?一体何の事だ?」

「さっき口走ったじゃない、俺はお前の黒のレースの下着なんか見ていないって」

「お、俺、そんな事言ったか?」

 

 八幡は困った顔で他の者達の方を見たが、ユウキ達は八幡の視線を受け、

うんうんと一斉に頷いた。

 

「え、マジか……俺はそんな事を言ったのか……」

 

 そんな八幡の顔面に、理央は再び蹴りを入れた。

 

「やっと分かったかブタ野郎」

「す、すまなかった……だが今の体勢は非常にまずい、

俺が今から目を瞑るから、理央はその間に俺の顔から足を離すんだ」

「はぁ?あんたは一体何を……」

 

 そんな理央の肩を、ランがちょんちょんとつついた。

 

「理央、見えてる、今思いっきりぱんつが見えてるから。

あれ?実はわざと見せてる?もしかしてそういうプレイ?」

「えっ?」

 

 そして理央は気付いた。八幡が平然としている為、自分がいくら八幡の顔面を蹴っても、

リアルと違ってここではダメージは無いらしい事を。

そしてこの体制は、まるで理央が八幡にわざと自分の下着を見せているように見える事を。

 

「あ、あ、あ………」

「うん、大丈夫、大丈夫だからね理央、むしろこれはご褒美よ、

八幡にぱんつをガン見してもらえるだなんて、凄く羨ましい」

「ご、ご褒美な訳無いでしょ!」

 

 理央はそう言って真っ赤になった自分の顔を抑え、その場に蹲った。

そんな理央には誰も何も言う事が出来ず、理央が復活するのに十分の時間を要した。

 

 

 

「………」

「やっと復活したか、とにかく落ち着け。今ここでは何も起こらなかった、オーケー?」

「オ、オーケー」

「よし、それじゃあこの件はこれで終わりだ。さあ、宴会を再開するぞ」

「そうこなくっちゃ!さあみんな、今日は騒ぐわよ!」

 

 ランがそれに乗り、他の者達も気を取り直し、そして宴会が再開された。

 

「しかしお前、何でそんな白装束なんか着てるんだ?」

「本当そうだよ、そのせいでさっきは凄く驚いちゃったし」

「ああこれ?ほら、この服装って……例えばこことか」

 

 そう言ってランは、白装束の胸元を大きく開いた。

 

「あとこことか」

 

 次にランは、白装束の裾をめくり、太もものギリギリのラインまで足を露出した。

 

「このチラリズムが凄くエロいと思わない?」

「お前さ、だからそういうのはもう通用……」

 

 しないって、と言いかけた八幡の肩を、理央がガシリと掴んだ。

 

「ん、どうした理央?」

「私だけが恥ずかしい目にあうのは納得がいかない、ここは初志を貫徹すべき」

「初志?初志って何だ?」

「恥じらいを覚えさせる」

「あっ、そういえば……」

「というわけで、とにかくじっと見る、目は逸らさない」

「わ、分かった、やってみる」

 

 そして八幡は表情を改めると、真面目な顔でじっとランの胸元を見た。

 

「な、何?」

「…………」

「ね、ねぇ八幡、一体どうしたの?」

「…………」

 

 八幡は理央に言われた通り、ランの胸から目を離さない。

そして徐々にランの表情が羞恥に染まっていくのが分かった八幡は、猛烈に感動した。

 

(やっとこいつを羞恥心の入り口に立たせる事が出来た!)

 

 そしてどうやら調子に乗ったらしい表情をしている理央が、再び八幡に何か耳打ちした。

 

「分かった、やってみる」

 

 八幡はそのまま立ち上がってランの正面に立ち、

ラン自身の手で白装束の裾を持ち上げさせた。

この位置からだと八幡の視界に、持ち上げた裾の中が入る事はない。

 

「そのまま絶対に動くなよ、命令だ」

「えっ、えっ?」

 

 八幡はそのまま一歩ずつ後ろに下がっていく。それでランは八幡の意図に気が付いた。

このままあと少し離れたら、自分が捲りあげている裾の中身が、八幡の視界に入る事を。

だが八幡はここまでまったく表情を変えていない。

おそらく八幡は、自分の下半身をそのまま平然と見続けるのだろう。

そう考えた瞬間、ランは頭から煙を吹いたようにその場に崩れ落ちた。

その顔は真っ赤であり、それで八幡は、遂にランにも羞恥心が芽生えたのだと確信した。

 

「やった、やったぞ!」

 

 八幡は思わずガッツポーズし、そんな八幡をユウキが賞賛した。

 

「まさかあのランをここまで恥ずかしがらせるなんて、さすがは八幡!」

「八幡さんがこんなにエロ凄いなんて知りませんでした!」

「エロ師匠!」

「エロ師匠だ!」

「いや、俺はただ理央のアドバイスに従っただけだぞ」

 

 他の者達と一緒にその光景を見てうんうんと頷いていた理央は、

その言葉で改めて、自分が八幡に何を提案したのか自覚し、我に返った。

 

「え?あ、わ、私は何を……」

 

 双葉理央十八歳、彼氏いない歴イコール年齢の彼女には、

どうやら意外と妄想が逞しいという一面が隠れていたようで、

その妄想の一端が今回、八幡へのアドバイスという形で表に現れたのだった。

やはりこの辺りは、どこぞのツンデレ眼鏡っ子とよく似ている。

そして理央にも先ほどの八幡同様、周りの者達からの賞賛の声が届けられた。

 

「よっ、エロ仙人!いやエロ仙女!」

「エロの伝道師!いや宣教師!」

「閃光のエロティシズム!」

「ち、違うから!私はそんなんじゃないから!ただ何となく、

理論的にいけそうだと考えた事を、想像で補完しただけだから!」

 

 そう慌てて否定する理央に、止めのように八幡がこう声をかけた。

 

「なるほど、相対性妄想眼鏡っ子か」

「わ、私に変なあだ名を付けないで!」

 

 理央はそう叫び、もはやぱんつが見える見えないはまったく気にせずに、

そのまま八幡の顔面にハイキックを入れたのだった。

 

「い、いいキックだ……」

「あ、あれ?私にこんな事が出来るはずが……」

「それはお前の脳が、自分にはこのくらいの動きは可能だと考えたからだ」

「私の脳が?」

「ああそうだ、そもそもVR空間での運動能力を決めるのはリアルでの運動能力じゃない、

そう信じ込む力、想像力であり妄想力だ。だから相対性妄想眼鏡っ子のお前なら、

このくらいは出来て当然だ」

「そ、そんなの全然嬉しくないから!」

 

 理央はそう絶叫し、ここにツンデレ眼鏡っ子、肉食眼鏡っ子に続く、

相対性妄想眼鏡っ子という三番目の眼鏡っ子が誕生する事となった。

 

「一体何の騒ぎ?もう、おちおち恥ずかしがってもいられないじゃない」

「恥ずかしがってた事は素直に認めるんだな……」

 

 ここで完全に羞恥堕ちしていたランが復活した。

 

「そうね、とても新鮮な体験だったわ。

やはりこの世には、まだまだ私の知らない事が沢山あるのね。

私は今日、新しい私に生まれ変わったわ!」

「ほうほう、今の気分はどうだ?」

「実に清々しいわね、もうこれからは、恥じらいの無い露出はしないと決意出来る程にはね」

「羞恥心を感じるようになっただけで生まれ変わったと言われてもな……

まあいいか、それならそれで、俺も体を張った甲斐があったというものだ」

「八幡は単にぱんつを覗いて怒られただけでしょ……」

「た、確かにそうかもしれないが……」

 

 そんな八幡に、ランは上機嫌な顔でこう言った。

 

「という訳で八幡、生まれ変わった私にカウンターのコツを指南しなさい」

「カウンターのコツ?そんなの相手をよく見る以外にあるのか?」

「え?無いの?」

「さあ……少なくとも俺は知らないが……」

「まあいいわ、今の高ぶった気持ちを抑える為にも、軽く手合わせして頂戴」

「分かった、それくらいなら別に構わない」

 

 こうして余興という訳ではないが、八幡とランはこの場で手合わせする事になった。

一同はやんややんやと盛り上がり、理央はユウキにそっと声をかけた。

 

「ねえ、いつもこんな感じなの?」

「うんそうだよ、楽しそうな事は思いついたら即実行な感じ」

「そうなんだ、でもそういうのって何か羨ましい」

「理央もこれからは何も遠慮しないで色々やってみればいいじゃない、

高校を卒業したら、何でも出来るんだし」

「そ、そうかな?」

「本人にやる気があればね」

「そっか、うん、そうだね」

「それじゃあボクも乱入してくる、多分このままだとランは負けちゃうと思うから!」

 

 そして八幡とラン&ユウキの戦いを見ながら、理央は心の中でこう考えていた。

 

(私もシノンに色々教えてもらって、少しはリオンとして戦えるようになってみようかな)

 

 理央はそんな事を考えながら、わくわくした気分でこの戦いを観戦した。

だがこの戦いの決着はすぐについた。八幡の勝利である。

八幡はユウキが乱入してくる気配を感じて一瞬そちらに気を取られたランの隙を突き、

見事なカウンターでランを沈めると、今度はそれに動揺したユウキを、

同じようにカウンターで沈め、呆気なく勝利した。

だがその結果ほど楽勝ではなかった事は、八幡自身がよく分かっていた。

 

(二人を同時に相手にしたら負けてたかもしれないな、今のはとにかく運が良かった。

まあ一対一じゃまだまだ負ける気はまったくしないけどな)

 

「くっ、もう少し差が縮まったと思ってたのに……」

 

 そのランの言葉を受け、八幡はランとユウキの更なる成長の為に、

二人に目標とする称号を与える事を思い付き、すぐにそれを実行した。

 

「お前は正統派すぎるんだよ、自分はもっと色々な動きが出来ると自分に思い込ませろ、

自分を騙せ、世界を騙せ、その時お前は絶対的な刀の申し子になる。

そうだな、絶刀とでも名付けるか、お前は絶刀となり、俺の前に立ちはだかってみせろ」

「絶刀………」

「そしてユウキ、お前は絶対的な剣の申し子となれ。その時お前は絶剣を名乗るんだ」

「絶剣………」

 

 そして二人は顔を見合わせ、嬉しそうに八幡に言った。

 

「分かったわ、自分自身が絶刀を名乗ってもいいと判断したその時に、

それを証明する為にALOに乗り込む事にするわ」

「ボクが絶剣になれたと思ったら、八幡を倒しにALOに乗り込むね!」

「ああ、楽しみにしている」

 

 こうしてこの日、未来の絶刀と未来の絶剣は、その名を得る為に真のスタートを切り、

もう一人の未熟なプレイヤーは、自分の意思で初めてスタートラインに立つ事となった。


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