ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第649話 西の探索行・湿原を歩く

「さて、今日は西の探索行に出ようと思う。

敵襲がある可能性もあるから、各自周辺警戒を怠らないように頼む」

 

 今日集まったメンバーは九人、ハチマン、アスナ、ユキノ、レン、フカ次郎、レヴィ、

シャーリー、薄塩たらこにユッコであった。

驚いた事に、フカ次郎は今日はGGOの姿で現れた。

 

「おいフカ、その姿は一体……」

「いやね、開けたところだと、多分グレネーダーなフカちゃんが役にたつんじゃないかなと」

「おお……」

 

 そう言われたハチマンは、少し感動したような声を出した。

 

「な、何?」

「いや、お前が珍しく頭を使ってるみたいだから、ちょっと感動してな」

「ムキー、フカちゃんはいつもちゃんと頭も使ってるからね!」

「すまんすまん、しかしあれだ、ユッコがハルカと一緒じゃないのも違和感ありまくりだな」

「まあたまには?私達も、いつまでもセットでいられる訳じゃないしね」

「もうすぐ就職だし、確かにそうかもな……」

「まあでも休みの日とかはもちろん一緒に遊ぶけどね」

「出来ればそこに、南も加えてやってくれよ」

「うん、南がいいなら喜んで」

 

 そして出発した一行の前に、湿地というよりは湿原と言っていい光景が姿を現した。

 

「うわ……こ、これは……」

「まるで釧路湿原だね」

「あ、確かにそうかも」

「こういう時、湿原の事を知ってる人間がいると頼りになるな、

SAOにはこういった地形は無かったからな」

「あ、そうなんだ」

「で、こういう場所を歩く時の注意点は何かあるか?」

 

 ハチマンにそう尋ねられ、フカ次郎とシャーリーは少し相談した後にこう言った。

 

「やっぱりヤチマナコに注意ってくらいかな?」

「あと川が草で見えない場合があるので、それもしっかり確認かな」

「川は分かるがヤチナマコって何だ?」

「ナマコじゃなくてマナコ、要するに水溜り、小さな底無し沼かな」

「リアルで落ちたら死ぬ可能性だってあるよ」

「マジか、湿原怖えな……」

 

 二人にそう注意を受けた一同は、相談の上、各自使い捨ての棒を持っていく事にした。

 

「これで前をトントンしながら歩けばいいかな?」

「ただ叩くんじゃなくて、地面を押す感じがいいね」

「まあ道を歩く場合は先頭の人だけでいいと思うけど、

散らばって探索する時は全員で使わないと駄目でしょうね」

「それじゃあそんな感じで行くか」

「通信機を会議モードに合わせておこうぜ、何かあった時に一気に連絡出来るようによ」

「オーケーだ、みんな調整を頼む」

 

 そして準備を終えた一行に、シャーリーがこう提案してきた。

 

「ハチマンさん、私が先頭を歩きます、湿原でガイドをした事もあるんで」

「おお、それは心強い」

「それじゃあ準備が出来たのなら行きましょうか」

 

 こうしてシャーリーを先頭に、一行は湿原の中を進み始めた。

 

「しかしモンスターが出てこない……」

「もしかしたら東なのかもね、もしくはいないのかも」

「他のプレイヤーにも出会わないな、もしかしてここは難易度が高いのか?」

「そうかもしれませんね、そこらじゅうに穴が開いてるみたいですし」

 

 そう言いながらシャーリーは、少し脇に反れた場所を棒で突いた。

棒はスルッと地面に滑り込み、手元まで入れてもまだ底には届かなかった。

 

「うお、巧妙に隠されてやがるな」

「でもよく見ると、少し色が違うかも」

「よく観察して、絶対に落ちないようにして下さいね」

 

 そして一行は、ぽっかりと開けた丘のような場所で一旦止まり、

そこを拠点に周囲の探索に出る事にした。

 

「一応奇襲を警戒して、宇宙船の装甲板をいくつか持ってきた。

これを立ててベースキャンプを作っておくか」

「うわ、これってまだまだレア素材なのに、こんなに持ってるんだ……」

「世界樹要塞の拠点防衛戦にまめに参加してるからな」

「いいなぁ、今度ゼクシードさんにも、サボらず参加するように伝えとこ……」

 

 そして敵が接近してきたら察知可能なレヴィと、いざという時に高速で離脱可能なレン、

そして右太と左子という強力な範囲攻撃の手段を持つフカ次郎を残し、

ハチマンとユッコとユキノが北西、アスナと薄塩たらことシャーリーが南西へと偵察に出た。

 

「ユキノ、ユッコ、ここまでの流れ、どう思う?」

「やはり街は街という事かしら、東にモンスターが出現するっていう情報も伝わってくるし、

他の方角は鍵さえ取ってしまえばただの安全な採集場所のような扱いなのかもしれないわね」

「鍵さえ取れれば、な」

「その点うちは現段階でもかなり優位に立ったと言えるんじゃない?

戦力的にも申し分ないし、まあ年末にはスタートダッシュを決められるんじゃないかな?

問題があるとすれば、逆にどの門から突撃するか迷うって事かなぁ?」

 

 そのユッコの指摘に二人は感心した。

 

「確かにその通りだな、ちょっと前まで素人だったユッコも、よく成長したよなぁ……」

「えっへん!ハチマンを敵に回して経験を積んだからね!

その意味じゃ、一番成長したのはゼクシードさんかもしれないけどね」

「ああ、あいつは確かにそうだよな……主に人間的にな」

「うんうん、最初は確かに、それはどうなのって思った事も一度や二度じゃなかったっしょ」

「それが今では大事な仲間ですものね、正直こんな未来は予想すらしていなかったわ」

「まあ確かにそうだよな」

 

 そして話は門の話に戻り、ハチマンは腕組みしながらこう言った。

 

「やはり最初は各門に戦力を振り分けざるをえないか」

「そうね、ただ可能性だけを言えば、

これほど広いフィールドを戦闘に使わないのはもったいないから、

案外どこかの土地にたどり着いたら、

その方向から敵が攻めてくるイベントとかもあるかもしれないわね」

「あ、それありそう!」

「防衛戦のプログラムを流用して実装してくる可能性は確かにあるな」

「まあそれはそれで楽しそうじゃない?」

「ああ、攻めて守る戦いとか、面白そうだよな」

 

 三人は和気藹々とそんな会話をしながら周囲の探索を行っていたが、

特に変わったものは何も発見出来なかった。いくつか植物系の素材を見つけただけである。

 

「そろそろ定時連絡の時間?」

「そうだな、一度レンに連絡を入れるか」

 

 そしてハチマンはレンに通信を入れ、今どんな状況か確認する事にした。

 

 

 

「あ、ハチマン君からコールだ」

「定時連絡じゃないか?」

「だね、フカ、ちょっとハチマンと通信するから、単眼鏡でこっち側の監視をお願い!」

「おうよ、任せとけ」

 

 レンはフカ次郎にそう伝えると、単眼鏡をフカ次郎に渡し、代わりに通信機を取り出した。

 

『レン、そっちの様子はどうだ?何か変わった事はあったか?』

「ううん、何も無いかな。さっきアスナからも連絡があったけど、

あっちも特に変わった物は見つけられてないみたい」

『そうか……ボスらしき敵の姿もまったく見えないんだよな?』

「あ、ちょっと待っててね、ねぇレヴィ、フカ、敵の姿とか、まったく見あたらないよね?」

「ああ、何も見えないな」

 

 そのレンの問いに、レヴィはそう答えたが、フカ次郎は何も答えてこない。

 

「レヴィは何も見えないって」

『そうか、う~ん、どこにいるんだろうなぁ……』

 

 レンはとりあえずハチマンにそう伝えた後、通信機を持ったまあ周囲をうろうろし、

フカ次郎の姿を探した。だがフカ次郎はどこにもおらず、レンは首を傾げた。

 

「あれ……」

『ん、どうした?』

「それがねハチマン、フカがどこにもいないの」

『フカが?あいつの事だ、近くをうろうろしてるんじゃないか?』

「ううん、直前に監視をお願いして単眼鏡を渡したから、わざわざ外には出ないと思う」

『ふむ……』

 

 レンはレヴィにもフカ次郎を知らないか尋ねたが、レヴィも何も知らないようだ。

 

『とりあえずそっちに戻る、アスナにも一旦戻るように伝えてくれ』

「了解!」

 

 そしてしばらくして六人がベースキャンプに戻ってきた。

 

「お帰り!」

「ここに来るまでに周囲を確認したが、あいつの姿は見えなかったな」

「こっちにもいなかったよ」

「う~ん……もしかしてログアウトしたのか?」

「お腹が痛くなったとか」

「あ、確かに前に、アイスの食べすぎでお腹を壊してた事はあったよ、

確か一リットルサイズのアイスを五個くらい食べたとか言ってた」

「はぁ?五個だと?そうか、やっぱりあいつは馬鹿だったんだな……」

「それは否定しないけど、パーティリストにはしっかり名前があるんだよね、

HPも減ってないから健在のはずなんだけど」

「そうか……とりあえずフカの通信機にコールを入れてみるか」

「あっ、その事を忘れてた」

 

 ハチマンはフカ次郎の通信機に連絡を送ってみたが、まったく反応がない。

 

「反応がないな」

「むっ……ちょっと待ってくれボス」

「レヴィ、どうした?」

「いや、どこかから通信機のコール音が聞こえるような気が……」

「マジか、お前、耳もいいんだな」

「まあな、う~ん……これは……」

 

 そしてレヴィはいきなりしゃがみ、地面に耳を当てた。

 

「下だ、ボス、どうやら下から音が聞こえる、もしかしたら近くに穴があって、

そこに落ちたんじゃないか?」

「この付近にか?さっき調べた時は何も無かったと思うが……

おいレン、フカはどの辺りにいたんだ?」

「えっとね、多分その辺り……あ、あれ?そういえば装甲板が一枚足りない……」

「ふむ、ここか?」

 

 そのレンが指差した辺りに移動したハチマンは、そこで地面に耳を当てた。

 

「………確かに下から音が聞こえるな、ちょっと周囲を調べてみるか」

 

 その時ハチマンの通信機から、フカ次郎の声が聞こえてきた。

 

『リ、リーダー!』

「お、やっと繋がったか、おいフカ、今どんな状況だ?」

『多分だけど……食われた』

「はぁ?」

 

 その瞬間にハチマンの足元の地面が消失し、ハチマンはそのまま落下した。

 

「うおっ……」

「ハチマン君!」

 

 アスナが咄嗟にハチマンに手を伸ばしたが、一瞬にしてその穴は閉じ、

まるで地震のように、突然地面が揺れた。

 

「な、何?」

「じ、地震?」

「そんな設定あったかしら?過去にどこかで地震が起こったなんて話は聞いた事がないけど」

 

 その直後に南に五本の柱が立った、それも二箇所に。

 

「今度は何だ?」

「あ、あれは……そう、そういう事、みんな、急いで西に走って!」

 

 そのユキノの言葉に従い、一同は慌てて西に走った。

 

「ユキノ、何か分かったの?」

「よく見て、あの十本の柱、あれは巨人の指よ」

「ゆ、指?」

「って事はまさか……」

 

 一同の前で、先ほどまでベースキャンプにしていた丘が、どんどん高くなっていく。

 

「どうしてあそこだけが穴一つ無い丘になっていたか、その答えがあれよ。

私達が探していた巨人は、実はずっと私達の目の前にいたのよ、

そう、あの丘自体が目的の巨人だったのよ!」

 

 そして一同の目の前で丘はどんどん高くなり、ぽろぽろと土が落下していった。

その下から赤銅色の肌が徐々に現れ、やがてその土も完全に落ちきり、

ついに目的の巨人がその姿を現したのだった。


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