ヴァルハラ・ウルヴズの面々は次の日、予定通り東の荒地へと向かった。
だがそこは……………………大混乱の真っ只中にあった。
「な、何だこれは……」
「悲鳴と怒号が溢れてるね……」
「このカオスっぷり、美しさの欠片もないね」
ハチマンとクックロビンはその光景を見て呆然とし、
ゼクシードは頭痛を堪えるように、こめかみに手を当てた。
「うわ、危なっ!」
「おいおいおい、あちこちから弾が飛んでくるぞ」
「これはまずいね、剣と銃のゲームを組み合わせた弊害の、一番悪い部分が出ちゃってるよ」
その荒野は見渡す限り何も無い場所であった。
故にかなり離れた場所で戦っているナイツにも、他ナイツが撃った弾が届いてしまうのだ。
流れ弾天国とでも言えばいいだろうか、それ故に死者が続出し、
ナイツ同士の諍いが多発しているのだった。
「しかしすごい人数だな……」
「この島で通常の敵がいるのはここだけらしいよ、だからどうしても人数が集中するんだね」
「ああ、やっぱりそうなのか」
「このエリアにいる人数によって、沸きの速度が上がるみたいだね、
しかも沸く場所はランダムなんだって!」
「おいおいそれって……」
「あ、ほら、言ってる傍から敵が沸いた」
そう言いつつ、クックロビンは持っていた剣で、目の前に沸いたその敵を真っ二つにした。
「こんな場所に長居したくはないな……背後から襲われる可能性もあるし」
「むしろそうなっているからこそのこの状況なのではないかしら」
ユキノのその正論に、ハチマンは頭を抱えた。
「で、ここの鍵の取得条件は分かってるのか?」
「雑魚を倒しているうちに、勝手に手に入るみたいよ」
「って事は、しばらくここで狩りをするしかないのか……」
「そうね、人の少ない端の方で大人しくやってさっさと離脱するのがいいと思うわ」
「それじゃあそうするか」
「でもまああからさまに仕掛けてくるナイツがいたら、当然反撃しないとな!」
「そうだな、なめられる訳にはいかないからな」
そう相談も纏まり、ハチマン達は戦場の外周を回るように奥へと進んだ。
今日の参加メンバーは、ハチマン、ゼクシード、ハルカ、シャーリー、ユキノ、ミサキ、
それにクックロビンとセラフィムであった。少数であるが、そのバランスはいい。
移動中、ゼクシードとシャーリーは、後方で射撃について議論を交わしていた。
これまでまったく接点の無かった二人だが、ゼクシードは理論派であり、
シャーリーもその職業柄、現実的な意見を口にしてくる為、
この二人は案外相性がいいようであった。
その前ではクックロビンとユキノとセラフィムが、しきりにミサキに何か話しかけていた。
「効果的に男性を誘惑するには……」
などという不穏な言葉が聞こえてきたのをハチマンは全力でスルーしていたのだが、
隣にいたハルカは憐れむような口調でハチマンにこう話しかけてきた。
「………あんたも苦労するよね」
「………な、何の事だ?」
「いや、後ろ……」
「アーアー聞こえない聞こえない、俺には何も聞こえない」
「ガキか!」
そう言いながらもハルカは、笑顔でハチマンに言った。
「しかし私達がこうやって並んで歩く日が来るなんて、想像もしなかったよね」
「ああ、人生ってのは分からないもんだよなぁ」
「ところでさ」
そしてハルカは改まった口調でこう言った。
「さっきたまたま会ったGGOの知り合いに言われたんだけど」
「何をだ?」
「ハルカさんって、ゼクシードさんと付き合ってるんですか?って」
「………お、おう?」
「まあ即否定しておいたけど、うちらの中じゃ、昨日はユッコだけが参加してたじゃない?
で、今日は私とゼクシードさんがセットで、ユッコはいないじゃない。
だから遂に三角関係にも終止符が?って思っちゃったらしいんだよね」
「ああ、確かにそうも見えるか」
「どうすればいい?」
「俺に聞かれてもな……」
ハチマンはその問いに困った顔をした。確かにハチマンは昔と比べてかなり成長したが、
恋愛面に関しては、それほど成長した訳ではないからだ。
むしろ無自覚におかしなフラグを乱立させてしまっている、へっぽこだと言ってもいい。
「別にゼクシードさんの事が嫌いな訳じゃないの。人として成長したなとも素直に思う。
でもそれとこれとは別じゃない?正直まったく恋愛感情とか無いし」
「お、おう、それはゼクシードには言ってやるなよ」
「大丈夫、私は空気が読めるから!」
そしてハルカは直後に何か思いついたのか、ニヤニヤしながらハチマンに言った。
「あれか、私もあんたの女扱いって事にしちゃえば、おかしな噂が流れないで済むのかな?」
「おい馬鹿やめろ、そういうのは間に合ってるから、
これ以上俺の精神を削るような事は勘弁してくれ」
「ふふっ、冗談だよ冗談」
そう言いながらハルカは頭の後ろで手を組み、楽しそうに言った。
「あ……れ……?」
そして空を見上げたハルカは、そこに何か黒い物が大量に発生するのを見てゾッとした。
それはまがりなりにもGGOの第一線で活躍してきたハルカが、
経験によって自然と身に付けていたプレイヤーとしての危機感覚であった。
その感覚に素直に従い、ハルカはハチマンに飛びかかり、地面に押し倒した。
「違ったらごめん、よく分からないけど多分危ない!」
「おわっ……」
直後にハチマンの上にのしかかったハルカの背中に銃弾が降り注いだ。
後方にいた者達もそれなりに被弾したが、咄嗟にセラフィムが盾を展開した為、
ダメージを受けた者は多かったが、死んだ者はいなかった。
直後に被弾した事で見えるようになったのか、大量のバレットラインが、
こちらに向かって弓なりの角度でいきなり可視化された。
「ハルカ、おい、ハルカ!」
「良かった、合ってた……」
「ハチマン様、私の後ろに」
「お、おう!」
そしてハチマンは、ハルカを抱きかかえてセラフィムの後ろに移動したが、
ハルカのHPはそのまま減少を続け、ハチマンの腕の中でゼロになった。
ヴァルハラ・ウルヴズ初の戦死者である。
「ユキノ、蘇生魔法を」
蘇生魔法は詠唱が凄まじく長い為、その使い手は少ない。
実に一分近くの詠唱を必要とする為、暗記するのが困難なのだ。
だがユキノにとってはそんな事は問題ではなく、完璧に発動させる事が可能である。
その一分の間に、仲間達によって状況の分析が始まった。
「この弾数は、マシンガンじゃないのか?」
「確かに空中に向けてマシンガンをバラ巻けば、
こういった弾幕を形成する事が可能かもですわね」
「そう考えると思い当たる名前があるよね」
「ZEMALの奴ら、最近随分好戦的だな、ビービーって奴の指示か?」
「どっちにしろうちに二度目の喧嘩を売った事は間違いないね」
「ハルカさんの仇、絶対に逃がしませんわ」
シャーリー、ミサキ、そしてクックロビンがそう盛り上がる中、
ハチマンとゼクシードは、じっとハルカが蘇生するのを待っていた。
「リザレクション!」
そしてユキノの魔法の最後の一節が唱えられ、ハルカはゆっくりと蘇生した。
「おいハルカ、大丈夫か?」
「よくあの場面で動けたね」
「う、うん、何か危ないって思ったから、とにかく夢中で……」
「もう動けるか?」
「うん大丈夫、さあ、私の仇をうちにいこう!」
「さっきまで死んでたとは思えない明るさだね」
ゼクシードはそう苦笑し、ハチマンは敵を見極めようと単眼鏡を手にとった。
弾の飛んできた方角を見ると、そこには果たして見慣れたZEMALの面々が居り、
その横に灰色の瞳でワインレッドの赤毛をショートカットにした女性プレイヤーがいた。
「あれがビービーって奴か、レコンが撮影した写真の通りだな」
そのセリフを聞く限り、この時のハチマンは冷静さを保っているように見えた。
ハチマンが仲間をどれだけ大切に思っているのかよく知るユキノは、
どうやらこれくらいではハチマンが暴走する事は無さそうだと安堵し、
同じく単眼鏡を取り出してZEMALの方を見た。
『やはりあのタンクは脅威ね、このままだと何発撃っても敵にダメージを与える事は難しい、
せめて最初の攻撃でハチマンかユキノを倒せていれば……』
『女神様、どうしますか?』
『倒せたのが雑魚だけだなんて、ナイツの勢力拡大の宣伝材料にならないわ、
まったくあの雑魚め、ハチマンへの忠誠心だけは一人前ね。
どうにか作戦を考えて、一人くらいは大物を倒しておきたいところね』
ここで一つ断っておくが、ビービーは別に傲慢な人間でも、頭の悪い人間でもない。
むしろ平時なら、ハチマンと気が合いそうな、理論的で頭の回転の早い人間である。
彼女はこの直前に、サラマンダー陣営の知己のところを回り、
その全てにナイツへの参戦を断られていた。その理由はただ一つ、
ビービーがヴァルハラ・ウルヴズに喧嘩を売ったという噂が流れていたからであった。
ビービーにしてみれば、ただ目の前に現れた敵に攻撃しただけであって、
それがたまたまヴァルハラ・ウルヴズだったというだけの事だったのだが、
それにより、かなりイライラしていたビービーは、
戦場に現れたヴァルハラ・ウルヴズのメンバーを見て、
腹いせのつもりで先日思い付いたマシンガンの面制圧的な運用方法を試し、
戦果が想定より少なかった事に対する愚痴として、
ついハルカの悪口を言ってしまったと、そんな訳なのであった。だが覆水盆に返らずである。
そのビービーの口の動きを読んだユキノの心臓の鼓動がいきなり跳ね上がった。
それは隣で同じようにビービーの唇を読んでいるであろう、
ハチマンの雰囲気がいきなり変わったからだった。
「やっ……あっ……」
同時に後ろにいたクックロビンが恍惚とした声を上げてその場に倒れた。
どうやらこの変態は、ハチマンの変化を敏感に感じ取ったようだ。
さすがは変態エリートの中の変態エリートである。フカ次郎とは格が違う。
変態エリートたるクックロビンは、変態的快楽を貪るチャンスを絶対に逃さないのだ。
「ま、待ってハチマン君、落ち着いて、このまままともに攻撃すれば、
あんな泡沫ナイツは簡単に潰せるから、だから大丈夫、何も問題は無いわ!」
「ユキノさん、いきなりどうしたんですか?」
事情を知らないシャーリーが、クックロビンを抱き起こしながらそう尋ねてきたが、
ユキノはそれには答えず、冷や汗をたらしながらハチマンの方を見ていた。
そのハチマンは、ユキノの言葉が何も聞こえなかったかのように、こう呟いた。
「ハルカが雑魚?雑魚と言ったか?たまたま奇襲が上手くいったから、
どうやら自分達は強いんだと勘違いさせちまったんだな、これは俺の責任だ、
ヴァルハラが何故恐怖の象徴と言われるのか、思い出させてやらないとな」
「ハチマン君、ハチマン君!」
「よしユキノ、拡声魔法で宣戦布告だ」
「ハチマン君ってば!」
だがブチ切れたハチマンにその声は届かない。
ハチマンはただじっと黙って敵の方を見つめているだけだった。
「ユキノ、せっかくハチマンがヤる気になったんだから、もうこうなったらヤっちゃおう!
進軍ラッパを鳴らしてさっさとケリを付けて、一緒にハチマンをお持ち帰りしよう!
私は二番目でいいから!最初はユキノに譲るから!
あ、もちろん二人一緒でもむしろウェルカム!でも放置プレイも捨てがたいこのジレンマ!」
「あなたはもう少し自重を覚えなさい」
ユキノはため息をつきながらそう言い、仲間達の方に向き直った。
「………どうやらそういう事になったわ、申し訳ないのだけれど、
彼のわがままに付き合ってあげて頂戴」
「それは別に構わないが、事情を説明してくれないか?」
ゼクシードが代表してそう言い、ユキノはそれに頷くと、ハルカの方を見ながら言った。
「私とハチマン君は、あのビービーって人の唇を読んでいたのだけれど、
さっきビービーはこう言ったの。
『倒せたのが雑魚だけだなんて、ナイツの勢力拡大の宣伝材料にならないわ、
まったくあの雑魚め、ハチマンへの忠誠心だけは一人前ね』
多分この言葉が、ハチマン君を怒らせたのだと思うわ」
「えっ、もしかしてあいつは私の為に怒ってくれたの?」
ハルカはその言葉に驚き、意外そうな顔でハチマンの方を見た。
「そうね、でも多分、この中の誰が同じ事を言われたとしても、
ハチマン君は同じように怒ったんじゃないかしら。彼は自分が馬鹿にされても怒らないし、
敵が例え卑怯な攻撃手段を用いたとしても、それも戦術だと言って怒らないでしょうけど、
仲間が理不尽に傷つけられたり、侮辱されるとああなる事が多いわ」
「そういえば前にロザリアさんが拉致されて拷問を受けた時もそうだったっけ」
ハルカはその説明でロザリアの事を思い出し、その言葉に納得した。
「そんな訳で戦闘準備をお願い。あの中を突っ切るのは正直気が進まないのだけれど……」
「でもやるんだよね?」
「そうね、私達は、ヴァルハラ・ウルヴズだから」
ユキノはそう言って頷いた。
「今こそ私達が力を示す時よ」
そしてユキノは拡声魔法を使い、フィールド中に響き渡るような声でこう叫んだ。
「私はヴァルハラ・ウルヴズのユキノよ、このフィールドにいるプレイヤー達に告げるわ。
大変申し訳ないのだけれど、とある事情でうちのリーダーがキレてしまって、
今から私達八人は全力で戦場に突撃する事になったわ。
標的以外に手を出すつもりはないのだけれど、
こちらに攻撃を仕掛けてきたら全力で反撃するからそのつもりでいて頂戴。
それじゃあ突撃を開始するわ、ご機嫌よう」
その瞬間に戦場から全ての音が消えた。
「お、おい、今の言葉、聞いたか?」
「マジかよ……どうする?」
「ザ・ルーラーをキレさせた馬鹿は誰だよ」
「普通に攻撃したくらいじゃ、あの人は絶対に怒らないよな?」
「ヴァルハラ・ウルヴズのメンバーを侮辱したんだろ、
ザ・ルーラーは仲間思いだって評判だからな」
さすがヴァルハラ・ウルヴズは有名なだけあって、
伝わってくる情報の量も質も段違いのようで、
ハチマンがキレた理由を正確に推測出来た者も多くいたようだ。
そのせいでビービーも正確に事情を把握したが、
気が強い彼女は相手が八人と聞いて、むしろやる気満々で迎え撃つつもりでいた。
「女神様!」
「大丈夫よ、今のうちに弾をフルチャージしておきなさい。
相手が正面から来てくれるなら、マシンガン使いの私達にとって、
これほどいい条件は無いでしょ?」
「た、確かに!」
「ヒャッホー!徹底的に撃ちまくってやるぜ!」
「ヴァルハラ・ウルヴズを倒せばうちのナイツ『マシンガン&ゴッデス』が最強だな!」
マシンガン&ゴッデス、通称M&Gのメンバー達は、そう言って盛り上がっていた。
だが彼らはヴァルハラ・リゾートの事をよく知っている訳ではない。
確かに十狼についてはそれなりに詳しかったが、
その実力を知って尚、彼らはマシンガンさえ当たれば勝てると思っていた。
だがこの世には、そんな常識を簡単に飛び越えてくる存在がいる。
「宣戦布告は終わったな、マックスは俺の左腕を、ロビンは右腕を抱け、
そしてユキノは俺の背中に乗るんだ」
「はい、ハチマン様」
「え、いいの?うん、分かった!」
「ちょ、ちょっと、何故私があなたの背中に?」
「いいから早くしろ、おんぶしてやるから」
「ま、まあ命令なら仕方がないわね」
ユキノはいかにも仕方ないという風にそう言ったが、
当然その表情は、まったく嫌そうではなかった。
そしてユキノを背負ったハチマンは、幻影魔法の詠唱を開始した。
その事を理解した三人はさすがに驚愕した。
「この状態で幻影魔法ですって!?」
「これは斬新……」
「これってどうなるの?」
後方の四人もその状態を見て、ハチマンが何をするのか興味深々であった。
「幻影魔法って動画で見た事あるかも、確か前は巨大なサンタの姿に変わってたっけ」
「あらあらそうなんですの?でも羨ましいですわ、一体何が始まるのかしら」
「あ、私も教えてもらったヴァルハラ・リゾートのライブラリで見たかも」
「何にせよ、何が起こっても対応出来るように準備しておこう」
同じ頃、ヴァルハラ・ウルヴズの様子を伺っていた無関係のプレイヤー達は、
ハチマンが女性三人に囲まれた事で歯軋りし、直後にハチマンが煙に包まれた事に恐怖した。
「お、おい、あれって噂の背教者ニコラスの出現フラグじゃないのか?」
「両手に短剣を持った、ニヤケ面のサンタだったか?」
「あれって都市伝説じゃなかったのかよ」
「まさかこの目で見られるとは……」
そして煙が晴れると、そこには硬質なフォルムを持つ何かの姿があった。
「お、おい、何か噂よりも大きくないか?」
「両手に短剣だって?どう見てもあれは、大剣と盾に見えるんだが」
「何だよあの鎧……」
「肩に大砲までついてるじゃねえか!」
こうして戦場に、完全武装型背教者メカニコラスが顕現した。