次の日の朝、三人は五十五層の転移門前に集合した。
「それじゃ今日は宜しく頼む」
「今日はしっかりと見極めさせてもらうぞ」
「その前に、ハチマンさん……以前はすみませんでした。反省してます」
クラディールがまず、ハチマンに頭を下げた。
ゴドフリーはそれを見て、うんうんと頷いていたが、
ハチマンは、それが演技だとしっかりと見抜いていた。
(まずこちらの警戒感を解きにきたか。まあ、セオリーだな)
「丁寧な挨拶に痛み入る。出来れば水に流してもらえると助かる。
俺も貴方を一瞬で倒してしまったため、恥をかかせたかもと反省していた。すまなかった」
(こんな感じの演技でいいか、ちょっと時代がかってるが、煽りも入れたし)
このセリフを隠れて聞いていたアスナは、
後でこの時のハチマンのセリフを、丁寧に喧嘩を売ってたよね、と表現した。
まさにその言葉通り、クラディールはその言葉を聞いた瞬間にピクッと反応したが、
顔はなんとか笑顔を保っていた。
「それじゃ、和解も済んだ事だし行くとしよう」
「了解だ」
三人はそのまま、迷宮区へと向かって歩き始めた。
途中出現する雑魚は、めんどくさそうにハチマンが瞬殺していた。
これはクラディールに対して、まともにやっても無駄だから、
ちゃんと麻痺毒を使えよという、アピールも兼ねての行動だった。
そしてチャンスがやってきた。
迷宮区を前にして、ゴドフリーが、入る前に一度休憩を入れようと言い出したのだ。
「異論は無いが、すまない、結晶アイテムを出す時に、
一緒に飲み物も全て出してしまったようだ」
そのハチマンのセリフを受け、ゴドフリーが何か言おうとした瞬間、
それに先んじて、クラディールが話し出した。
「それなら私が余分に持っています。ゴドフリーさんもどうですか?」
そのクラディールのセリフを聞き、
自分のアイテムストレージから飲み物を取りだそうとしていたゴドフリーはその手を止め、
クラディールから飲み物をもらう事にしたようだ。
ハチマンもそれを受け取り、ゴドフリーと一緒に飲み始めた。
クラディールは、それをじっと見つめていた。
(麻痺毒を飲むってのは、あんまり気持ちのいいものじゃないよななやっぱ)
効果は一瞬だった。ハチマンとゴドフリーの頭の上に、
麻痺を示すカーソルが表示され、二人はそのまま倒れた。
(さて、演技を開始するか)
「なっ、なんだこれは……クラディール貴様、何をした!」
ゴドフリーがまず叫びを上げた。
「何だこれは……クラディール、どういう事だ!」
(自然に自然に……)
「クッ……ククッ……クハッ、ヒャッ、ヒャハハハハハハハ!」
その様子がおかしくてたまらないという風に、クラディールが哄笑した。
「どういう事だクラディール!」
「あんたは前から気に入らなかったんだよ、ゴドフリーさんよぉ。
弱いくせにあーだこーだと一々指図しやがって!」
そう言って、クラディールがゴドフリーに剣を突き刺した。
ハチマンは頭の中でゴドフリーに詫びつつも、
うまく自白させようと、話を誘導する事にした。
「やめろクラディール!お前このままだと、
あのラフィンコフィンのメンバーみたいになっちまうぞ!」
(いかん。少しあざとかったか?)
「ああん?」
その言葉を聞き、クラディールは今度はハチマンに近付き、剣を突き刺した。
「それの何が悪いんだ?麻痺毒を使った殺しのテクを俺に教えてくれた人達だぜ?」
(よし、かかった)
「何だと?どういう事だクラディール!」
ゴドフリーは驚き、クラディールに尋ねた。
「そんなの決まってるだろう?俺が、ラフィンコフィンのメンバーだからだよ!
まあ、もうラフィンコフィンは解散してるから、精神的にだけどな!」
そう言ってクラディールは、腕の装備を外し、笑う棺桶の刺青を二人に見せた。
「クラディールお前……」
「ラフィンコフィンか!」
「ああ。お前らが討伐隊を組んでアジトを急襲した時に、仲間に情報を流したのも俺だぁ」
「そうか、あれはお前が……くそっ」
「クラディーーーーーーール!貴様ああああああ!」
「うるせえんだよジジイ!」
ゴドフリーが大声を上げ、クラディールは、煩わしそうにゴドフリーの頭を踏みつけた。
「やめろクラディール!こんな事をしでかして、今後どうするつもりだ!」
ハチマンの叫びを聞き、クラディールは得意げに話し始めた。
「俺のシナリオはこうだぁ。五十五層を進軍していた俺達三人は、
突然大量の犯罪者に囲まれ、二人が死亡。
唯一生き残った俺は、なんとか敵を撃退し、脱出に成功。
その際に俺は、テメーの遺品をなんとか持ち帰り、我らが副団長様に届ける。
俺に感謝しつつも悲しむ副団長を俺が慰め、そしてそのままモノにする!」
「てめぇ……」
「あの女は俺がねんごろにしてやるから、後の事は心配しなくていいぜ、ハチマンさんよぉ」
「くそっ、クラディール!なんでもするからアスナには手を出すな!
いや、出さないで下さいお願いします……」
「ヒャハハハハハハハ、みっともねえなぁハチマンさんよぉ。
まずは恨み重なるお前から殺してやるよ!」
クラディールはそう言い、ハチマンに止めを刺そうと近付いてきた。
「おらおらさっさと命乞いをしろよ、新しい参謀様よぉ。まあ結局殺すんだけどな!
ついでにそのポストも俺がもらってやるよ!あの女の護衛もなぁ!それじゃ死ねええええ」
「馬鹿かお前は」
次の瞬間ハチマンは、密かに握りこんでおいた結晶アイテムを二つ使った。
一瞬で、ハチマンのHPが全回復し、麻痺のマークが消えた。
驚くクラディールの前からハチマンの姿が消え、クラディールは一瞬でぶっ飛ばされた。
「なっなんで……」
「お前はとっくに俺にマークされてたんだよ。こんな素人演技にひっかかりやがって。
お前の馬鹿さにやってるこっちも恥ずかしくなってきちまったよ、クラディール」
「くっ、くそっ、こうなったらジジイを人質に……」
「クラディール、人質が何?」
「アスナ……様……一体なぜここに……」
ゴドフリーはいつの間にか現れていたアスナに既に救助されていた。
そのゴドフリーは、怒りに溢れた目でクラディールを見ていた。
「そんなの、私と彼が夫婦だからに決まってるでしょ。彼のいる所には、常に私がいるのよ」
そう言ってアスナは、左手の薬指の指輪をクラディールに見せびらかした。
「そ、そんな事があってたまるかあああああああ」
「少しは現実を見ろよ、クラディール」
ハチマンはそう言って、クラディールを踏みつけ、
左手の薬指の指輪をクラディールの目の前に持っていき、これでもかと見せ付けた。
「ぐっ…………」
「気付かなかったか?お前を煽るつもりで、一応見えるようにはしておいたんだがな。
それにしても、何でお前が俺の代わりにアスナの隣に立てると思ったんだ?
そんな事何が起きようとあるわけないだろ」
「うん、例えハチマン君が死んでも、それは絶対に無いね」
アスナはハチマンの隣に立ち、ハチマンに抱きついた。
ハチマンもアスナも、実はかなり怒っていたようだ。
うなだれるクラディールに、更に追い討ちをかけていた。
そのせいで多少気が晴れたのか、ハチマンがゴドフリーに声をかけた。
「大丈夫かゴドフリー。計画を内緒にしててすまなかった。
どこに敵がいるか分からなかったから、打ち明けられなかったんだ」
「いやいや参謀、それに副団長、二人は俺の命の恩人だ。助かった!ありがとう!」
「これでゴドフリーも、ハチマン君の事、認めてくれるかな?」
「ああ、もちろんだ。今まですまなかった」
「これからは、仲間として宜しく頼むぜ」
「おう!で、こいつはどうする?」
「準備はしてきた。アスナ、やってくれ」
「うん」
アスナが監獄行きの回廊結晶を展開し、ハチマンはクラディールをそこに叩きこんだ。
「もう会う事は無いだろうな。永遠にさよならだ、クラディール」
回廊結晶が閉じ、クラディールは二人の前から永久に姿を消す事になった。
丁度キリトからも連絡が入り、仲間と思しき二人組も無事捕獲し、監獄に送ったようだ。
「それじゃ、少し経緯を説明しておこうか」
「すまん、頼む」
「たまたま鼠が、怪しい奴らと密談してるこいつを見付けたのが事の始まりなんだ」
ハチマンは、言えない部分を省きつつ、ゴドフリーに経緯の説明をした。
「なるほど、獅子身中の虫を入団前から取り払う計画だったのか……さすがは参謀!」
「お、おう……まあな」
「このゴドフリー、感服しました!これからは敬意を持って接しますぞ!参謀!」
「いや、ゴドフリーは明らかに年上なんだし、普通に呼び捨てにしてくれよ……」
「わかったハチマン!だが最低限の敬意は払うぞ!」
「まあ、それくらいなら……」
「ふふっ、ゴドフリーさんもハチマン君の事認めてくれたみたいだし、
妻としては鼻が高いね」
その言葉に、ゴドフリーは、ハッとした感じで付け加えた。
「そうそれよ。二人は結婚したんだな。おめでとう!」
「おう。まあ、そんな感じだ」
「ふふっ、ありがとう、ゴドフリー」
「実にお似合いで、俺も見てて嬉しくなってくるぞ」
「そうだ、その件で一つ相談があるんだが」
「ん、何だ?」
「見ての通り俺達は新婚なわけだが、俺としてはこの機会にだな、
少しはアスナにその、休んでもらって、その間ずっと優しくしてやりたいと思ってるんだ。
だから、ヒースクリフに、次のボス攻略までの短い間だけでいいから、
休暇を申請する後押しをしてもらえないだろうか」
「愛だな!もちろんいいぞ!副団長に優しくするためという所が気に入った!
俺も前から、副団長はちょっと働きすぎだと思わないでもなかったんでな。
このゴドフリー、喜んで後押ししよう」
「ありがとう、ゴドフリー」
「なぁに、副団長には幸せになってほしいからな」
「ありがとな、ゴドフリー」
「うむ、それじゃ早速報告も兼ねて団長の所に行くとするか」
街に戻った三人は、本部のヒースクリフの前に並んでいた。
「三人揃ってどうしたのかね?もう訓練は終わったのかい?」
「それなんだが団長、大事な報告がある」
「ふむ、聞こうか」
ゴドフリーが事の経緯を説明し、ヒースクリフは、ハチマンに頭を下げた。
「すまない、クラディールについてはもっと詳しく調べ、
こちらで厳しい処分をするべきだった。
一歩間違えたら、君を危険な目に合わせる所だった。私のミスだ」
「いや、そう思ってくれるのは有難いが、まあ、今回の事はこちらが勝手にやった事だ。
事前に報告もしないで、逆にすまなかった」
「すみませんでした、団長」
「まあ、二人が無事で何よりだった。それじゃこの件は公表して終わりという事にしよう」
「ああ。それとは別にヒースクリフ、相談がある。
勝負に負けた俺がこんな事を言い出すのは筋が違うとは思うんだが……」
「休暇の申請かい?」
「なんで分かるんだよ」
「二人の指輪に私が気付かないはずがないだろう?」
「しっかり見てやがったのか……」
どうやらヒースクリフは、二人の結婚に既に気付いていたようだ。
「ボス討伐までの間だけで構わないんだが、頼めないか?」
「お願いします団長」
「俺も賛成しますぞ、団長」
「まあ、実は私もそれを既に検討していたからね、もちろん構わないよ」
「まじか」
「私もさすがにそこまで鬼じゃないよ。遅ればせながら、おめでとう、二人とも」
「おう、ありがとな」
「ありがとうございます団長」
「それでは、いい新婚生活を」
二人は、目の前の男は敵であると理解してはいたが、
敵ではあっても嫌いにはなれないと改めて思ってしまった。
特にハチマンは、昔よく話していた時の茅場の姿を重ねてしまっていた。
その時が来たら躊躇はしないつもりだが、今は素直に感謝する事にしよう。
そう思い、二人は血盟騎士団の本部を後にした。
この直後にクラディール事件の概要と、二人の休暇入りが正式に発表された。
こうして二人はしばしの間、新婚生活を満喫する事となった。