ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第657話 そして再び詩乃の学校へ

「はぁ……憂鬱だ………」

 

 八幡は詩乃の学校の近くで、キットのハンドルに突っ伏していた。

 

「他の学校はともかく、ここの生徒にはほぼ全員に顔を知られちまってるしなぁ………」

 

 だがいつまでもここでこうしている訳にもいかない。詩乃との約束があるからだ。

 

「まあ約束だし、腹をくくるか」

 

 八幡はそう覚悟を決め、キットに校門に向かうように伝えようとしたのだが、

丁度その時詩乃から連絡が入った。

 

「中止か?中止だな?やれやれ近くまで来たのにそれは残念だ、それじゃあまたな、詩乃」

「はぁ?何あんた、幻覚でも見てるの?とりあえず今すぐキットから下りて頂戴。

その後は迎えがいるはずだから、一人で裏門まで来て。キットはそのまま正門ね」

「何故そんな面倒臭い事を……」

「し、仕方ないじゃない、正門前に、全校生徒が集まっちゃってるんだから!」

「そうか、それなら仕方ないな……って、全校だと!?

お前まさか、今日俺がそっちに行くって吹聴して回ったんじゃないだろうな?」

「違うの、言い訳をさせて頂戴」

「言い訳?お前が言い訳だなんて珍しいな、いつもは何でも強気で押し通すのに」

「そんな事してないわよ!」

「何よ、何か文句でもあるの?」

「っ……」

 

 その心当たりのありすぎる八幡の言葉に、詩乃は思わず言葉に詰まった。

確かに自分はその言葉を多用しているかもしれないと思い当たったのである。

 

「わ、私の真似のつもり?全っ然似てない」

「何よ、何か文句でもあるの?」

「…………」

「何よ、何か………」

「分かった、分かったから、時間が無いからとにかく言い訳だけさせて」

「素直に負けを認めたようだな、よし、聞こう」

「くっ、生意気な……」

 

 それから詩乃が語った言い訳とはこうだった。

実は詩乃は、母親が療養中で、祖父母が遠くにいるという事で、

当初は進路相談の三者面談は行われない予定になっていた。

だが昨日の放課後に担任に相談したところ、無事オーケーをもらえ、

大体これくらいの時間にという事で、八幡に来てもらうように言われたらしい。

大体これくらい、というのは面談時間の調整にやや時間が必要だったからなのだが、

今日の午後にやっとその調整が終わり、帰りのホームルームの時に、

正確な時間が、他のクラスメートの前で担任の口から詩乃に伝えられたらしい。

皮肉な事にクラスメート達は、過去の詩乃に関する噂話のせいで、

ある程度詩乃の家庭環境を把握していた為、一体誰が来るのかと教室がざわめき、

それを鎮めるために、悪気は無かったのだろうが、担任がこう言ったらしい。

『比企谷さんに迷惑をかける事は許しませんからね』と。

 

「その話がまたたく間に広がっちゃって………ごめん」

「その説明だとお前、俺に可否を確認する前に先生に相談してるよな?」

「という訳で、本当にごめん」

「俺の質問はスルーかよ!とりあえずABCはどうした?」

「火消しに走ってる」

「なるほど、まあそういう事なら仕方ない、裏門に向かうわ」

「ごめんね、お願い」

 

 そして詩乃自身はそのまま正門へと向かった。カモフラージュの為である。

その代わりに裏門で八幡を待っていたのは、

かつて詩乃をいじめていた主犯である遠藤貴子であった。

 

「お?遠藤?遠藤じゃないか、久しぶりだな」

「う、うん、久しぶり」

「その後どうだ?詩乃達と仲良くやってるか?」

「うん、そ、その……ありがとう」

 

 八幡が貴子にプレッシャーをかけ、詩乃へのちょっかいを禁じた後、

貴子はしばらく微妙な立場に立たされていた。

直接的に何かされていた訳ではないが、その存在は明らかに煙たがられていた。

その貴子に手を差し伸べたのもまた、八幡であった。

貴子がお礼を言ったのは、そういう経緯があったからであった。

 

「質問の答えになってない気がするんだが」

「ご、ごめん、うん、大丈夫、仲良くしてもらってるよ」

 

(仲良くしてるよじゃなく、仲良くしてもらってるよ、ときたか)

 

 そのあまりにも素直な貴子の態度を見て、八幡は貴子を少しからかってみたくなった。

 

「そういえばお前と詩乃が決裂したのは、

お前が詩乃の部屋に男共を連れ込んだせいだったよな、そいつらはどうなった?」

「あんた、的確に人の傷をえぐってくるよね」

「悪い悪い、お前がからかって欲しそうな表情をしてたから、つい、な」

「そ、そんな表情してないってば!………あいつらはあの直後から、

手の平を返したように私に冷たくなったから、こっちから縁を切ってやったよ」

「そうか、男を見る目が無かったな」

「それは自分でもそう思う。その後に私が詩乃達と普通に話せるようになったせいで、

逆にあいつらは私だけじゃなく詩乃にも近寄れなくなって、

今じゃ針のむしろなんじゃないかな?」

「そうかそうか、リア充の転落話を聞くのは気分がいいな」

 

 その言葉に貴子は目を見張った後、ふっと自嘲ぎみな表情を浮かべながら言った。

 

「やっぱりあんたって、実は性格悪いよね」

「おう、俺は性格が悪いぞ、お前ならよく分かるだろ?」

「でも優しい」

「はぁ?ど…………」

 

 八幡はその言葉に何か反論しようとしたのがが、

貴子はそれを遮るように、八幡の手を引いて走り出した。

 

「ほら、早く面談の教室に逃げ込まないと、大騒ぎになっちゃうよ、こっちこっち」

「お、おう、確かにそれは困るな」

 

 そして八幡は手を引かれるままに、黙って貴子の後をついていった。

 

 

 

「おっ、王子の車だ!」

「久しぶりの姫と王子、きたああああ!」

「この前は、とんでもない美人の姫が二人来て、それはそれで目の保養だったんだが……」

「やっぱり王子が一番だよな!」

 

 そして生徒達が見守る中、詩乃がキットに近付いていった。

 

「キット、ドアを開けてもらっていい?」

『はい、分かりました』

 

 そしてキットのドアが垂直に立ち、生徒達は、おおっと声を上げた。

だがその車内に八幡の姿は無く、生徒達は、ん?という雰囲気に包まれた。

 

「あ、あれ?」

「王子はどこだ?」

 

 だが詩乃はそのままキットの助手席に自分の荷物を置き、

そのままキットに手を振りながら去っていった。

一方キットは自走して駐車場へと向かい、生徒達は何となくその後をついていった。

そして駐車場に器用に停止したキットに、一人の生徒が勇気を出して話しかけた。

 

「あ、あの、キットさん」

『はい、何か御用ですか?』

「えっと、今日は王子……八幡さんはいないんですか?」

『八幡なら、皆さんもご存知の通り、今まさに三者面談の真っ最中だと思いますよ』

「今まさに………?あれ、そういえば姫はどこだ!?」

「出し抜かれた!」

 

 こうして生徒達は、詩乃にまんまとやられた事を悟った。

生徒達はいつも面接が行われている教室へと向かったが、

そこは既に教師達によって封鎖されていた。

 

「お前ら、ここはしばらく通行止めだ、他を当たれ……じゃない、今日はもう諦めろ」

 

 その言い直し方から、どうやらその教師は、

一度そのセリフを言ってみたかったのだろうと思われた。

 

「は~い、解散解散!」

「詩乃っち達に迷惑をかけちゃ駄目だよ~?」

「キットにもね!」

 

 そこでABCがその場に顔を出し、生徒達を散らせた。

 

「くっ、そう言われたら仕方ないか」

「久しぶりに王子の顔を見たかったのに、残念ね」

「まあ仕方ない、今日はもう帰ろうぜ」

 

 生徒達はそう言って、それぞれ下校していった。

無理を押し通そうという者はおらず、そこから校内がいい雰囲気に包まれており、

秩序もしっかりと保たれている様子が伺えた。そこに八幡の功績がある事も間違いない。

映子と美衣と椎奈も、八幡に命じられた自己の役割を何とか達成する事が出来たと安堵した。

 

 

 

「………外が静かになりましたね」

「お騒がせしてしまって本当にすみません、先生」

「いえいえ、あなたのせいではありませんし、元はと言えば私のミスですから」

 

 詩乃の担任は、申し訳なさそうな顔で八幡にそう言った。

 

「それにしても凄い人気ですよね」

「はぁ、正直まったく理由が分からないんですけどね」

「生徒達も、あなたのおかげで学校が過ごしやすくなったと感じているのでしょうね」

 

 担任は、柔らかい笑顔でそう言った。

 

「何かすみません、どうも俺は時々やりすぎてしまうみたいで」

「確かにそうかもしれませんが、結果この学校が良くなったんだし、

私共としましては、感謝の気持ちしかありませんよ」

「そう言って頂けると」

 

 八幡はそう言って、軽く頭を下げた。

 

「まあそういう話はそれくらいにして、私の将来の話をしましょう」

「そうだな、それじゃあ先生、うちの娘はちゃんと勉強してますか?

何か学校で問題を起こしたりはしてませんか?」

 

 その言葉に担任は噴き出し、詩乃は八幡をじろっと睨んだ。

だが詩乃は、おちょくられたままでいるような女ではない。

 

「もちろんよパパ、私はこれでも成績はいいのよ、ね?先生」

「お前もかよ、パパって言うなっつ~の」

「最初に娘とか言い出したのはあんたでしょ!」

 

 そのやり取りを聞き、担任は思わず噴き出した。

 

「ぷっ………こ、これは失礼、ええそうね、朝田さんは常に成績は上位ですし、

真面目で模範的な生徒だと認識しております」

「それじゃあもっと上のランクの大学も狙えるって事ですよね、

将来の為にはそれが一番ですよね?何、金の事は心配するな、俺が無利子で貸してやるから」

「ぐっ……」

 

 八幡がやられっぱなしになるはずもなく、詩乃が示した志望校、

これは当然八幡と同じ大学なのだが、それより上を目指すように薦めてきた。

 

「そうですね、それも可能だと思いますよ」

「せ、先生!」

 

 詩乃は旗色が悪くなってきたのを感じ、すがるような視線を担任に向けた。

 

「でもやはり、本人の希望を実現する事が一番でしょうし、

例えランクが上の大学でも、そこが必ずしも本人が学びたい事を教えてくれるかというと、

そうでもないのが現状です」

「そ、そうよそうよ!」

「ふむ、とりあえず詩乃は、大学で何を学びたいんだ?」

「えっと………」

 

 この質問を詩乃は一番恐れていた。これはという明確な目的が、詩乃にはまだ無いからだ。

詩乃が余計な事を言わなければ、

優里奈とフェイリスの時にはその話を持ち出さなかった八幡だ、

この場でも何も言わなかっただろうが、これは詩乃の自業自得である。

 

「どうした詩乃、早く答えろ」

「う、うるさい、今考えてるから待ってなさい!」

「今考えてる?それじゃあ上のランクの大学でもいいんじゃないのか?」

「うぅ………」

 

 担任はそんな二人を見てクスクス笑った。

 

「まあ比企谷さん、それくらいで」

「そうですね、おい詩乃、大学はお前が行きたい所に行けばいい、

そこでじっくりと自分の将来について考えるんだぞ。

学費は本当に俺が無利子で貸してやるから心配するな」

「将来についてはまあ決めてるんだけど、その後がまだ分からないのよ」

「ほう?どうするつもりだ?」

「ソレイユ奨学金に申し込むつもりよ。でもまだソレイユに入った後、

自分が何を成すべきか、自分に何が向いているのかが分からないの」

「それなのに志望校はもう決めているのか?」

「ご、ごめんなさい」

 

 詩乃もさすがに気まずいと思ったのか、ここは素直に謝った。

だが八幡は、ここで寛容な態度をみせた。

 

「まあ俺もお前と同じくらいの頃は、将来についてなんてまったく考えてなかったからな、

願書を出すまでにしっかり考えてみるといい」

「………それでいいの?」

「ああ、お前の人生だ、俺は助けられる部分で少しだけ手を差し伸べるだけだ」

 

 詩乃はそう言われ、少し涙目になりながら、八幡にお礼を言った。

 

「あ、ありがとう、パパ」

「そこでパパと言うな!いいシーンが台無しだろうが!」

「ふふっ、仲がいいみたいで羨ましいです」

 

 これで面談は終わり、詩乃は進学希望という事で纏まり、

口には出さなかったが詩乃が密かに心配していた学費の問題も、一応解決という事になった。

 

「まあ経緯はともかく、四人で一緒の大学に通えたら楽しそうよね」

「明日奈も同じ大学の予定だし、もっと人数は増えると思うけどな」

「新しいサークルでも作っちゃう?VRゲーム研究部みたいな」

「そうだな、まあそれも楽しいかもな」

 

 二人は未来の自分を想像し、そこに思いを馳せた。

 

「まあとりあえず、受験に合格しないとな」

「ちゃんと勉強しなさいよね」

「お前もな」

 

 こうして八幡は、やっと三日間のパパ生活から解放される事になったのだった。




学校へ行こうシリーズはここまでです!

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