「で、今日は何でここにいるんだ?」
「えっとね、CM撮影の打ち合わせ!」
「ほう?また新曲でも歌うのか?」
「歌も歌うけど、今度はアクションだよ!」
「アクション?その姿でか?」
エルザの話によると今度のCMは、現実のエルザそっくりに作られたプレイヤーが、
敵をばったばったとなぎ倒すCMになるらしい。
「うん、その為に専用アバターを作ってもらったの、本当に私そっくりだよ!
あ、でも胸はもう少し大きくしてくれって頼んだ!」
「お前がそういう事を気にするなんて意外だな」
「気にしないよ?」
「ならどうして……」
「いやね、アクションって事は乳揺れじゃない!
自分の胸が揺れるとどうなるのか興味があってさ!」
「ただの興味本位かよ……」
そしてエルザは理央の方を向き、天真爛漫にこう尋ねた。
「そういえばリオンは素で胸が揺れるよね?
ちょっと参考までに、揺れる所を見せてもらってもいい?」
「理央にセクハラすんな」
だが理央はそのセクハラめいた言葉にまったく反応を示さなかった。
「お~いリオン?あれ?え~と……わっ、八幡大変!リオンが固まってる!」
「何だと?……本当だ、おい理央、お~い?」
八幡はそう言って理央の頬をペチペチ叩いたが、まったく反応がない。
「むむむむむ、動かないね」
「だな……」
「よ~し、こういう時は……」
エルザはそう言って、いきなり理央の胸を鷲掴みにした。
むにゅっ、という音が聞こえてきそうな感じで理央の胸がエルザの手の形に変形する。
「ちょ、ちょっと、いきなり何するの八幡!」
それで覚醒したのか、理央は八幡に向かってそう叫び、八幡は理央に抗議した。
「俺は何もしていない、風評を広めるのはやめろ」
「えっ?あ、ごめん、ってロビン、何してるの!?」
「お主の胸を揉んでおるのじゃよ、ふぉっふぉっふぉ」
「何故おじいちゃん風!?ってかやめてってば!」
「むむぅ、まあいいか、十分堪能させてもらったし」
「や、やっぱりロビンだ……」
その変態的なフリーダムさに、理央は本当にエルザがロビンなのだと実感した。
「他人に迷惑をかけるなっつってんだろ」
八幡はそう言いながら冷たい視線をエルザに向けた。
その瞬間にエルザは突然その場に蹲った。
「お、おい、どうした?」
「ご、ごめん、八幡に性的な目で見られたから、つい興奮しちゃって……」
「俺はただお前に冷たい視線を向けただけなんだが」
「そう言いながらも八幡は、実は興奮していたのだろう、その手をエルザの胸に伸ばした」
「ナレーションを捏造するんじゃねえ!
分かったか理央、神崎エルザってのはこういう奴なんだ」
八幡はエルザを無視して理央にそう言った。
理央はその言葉に曖昧に頷く事しか出来なかったが、
エルザは無視された事で、蹲ったままビクンビクンしていた。
「いつものロビンだ……」
「理央はこうなるなよ」
「うん、なろうと思っても絶対に無理だから大丈夫」
「それはそうだよ、神崎エルザはオンリーワンなんだから!」
そこで何の前フリもなくエルザが復活した。さすがにメンタルが強い。
第二回スクワッド・ジャムの時とはまるで別人であるが、これはつまり八幡の存在が、
エルザのメンタルに多大な影響を与えているという事なのだろう。
「というか、ロビンがまさかエルザさんだったなんて想像もしてなかった」
「エルザでいいよ、私達、もう友達じゃない」
「と、友達?私と?」
「うん、まあ仲間でもいいんだけど、
友達の方が、またおっぱいを揉ませてもらえそうだし?」
「それは許さないけど」
「え~?減るもんじゃないんだし、別にいいじゃない!」
「多分何かが減る」
「もう、仕方ないなぁ、八幡、私の代わりにリオンの胸を揉んであげて!
私はそれを見て興奮する事にするから!」
「いや、しねえから」
「えっ、しないの?凄く柔らかかったよ!明日奈の胸みたいに!」
「お前、いつの間に明日奈の胸を揉んだんだよ!」
「私の中の神崎エルザのイメージが……」
丁度その時、エルザの名を呼びながら薔薇が姿を現した。
「エルザ、どこ?あ、いた!
もう、トイレに行くって言ってから何分経ってると思ってるのよ!」
「ごめ~ん、八幡がいたからつい……」
「え、八幡?それに理央じゃない、二人でどうしたの?」
「さっきまで理央を寮に案内してたんだよ。
そうだ小猫、ついでに理央の寮の利用申請をしておいてくれ。
俺達はこれから、寮生活に必要な物を買いにいってくるから」
「分かったわ、それじゃあエルザ、行くわよ」
「ああっ、もう、分かった、分かったから、そんなに引っ張らないで!
気持ち良くなっちゃうから!理央、寮に入るなら今度遊びに行かせてね!」
「あ、うん」
そしてエルザは薔薇に引きずられて去っていった。
「何か凄かったね……」
「まあいつもの事だ」
この時点で神崎エルザに対する理央の認識は、ガラッと変わっていた。
芸能人が相手なんて、絶対無理という感覚はもう完全に無くなっている。
そしてエルザ達の姿が見えなくなった後、理央はしまったという表情でこう言った。
「あ、サインをもらえば良かった……」
「ん、理央はあいつのファンなのか?」
「うん、大好き」
「まあ今は色紙も無いんだし、ついでに買って部屋に置いておけばいい」
「あっ、そうだね!」
「それじゃあ行くか」
「うん!」
二人はそのままキットに乗り、最初に近くの家電店に向かった。
「でもさっきは本当にびっくりした、丁度麻衣さんと神崎エルザの話をした直後だったから」
「麻衣さん?誰だ?」
「桜島麻衣、咲太の彼女さんだよ」
「ん、女優の桜島麻衣か?へぇ、咲太もやるもんだな」
「八幡は麻衣さんの事、知ってるんだ?」
「あそこの事務所とは縁があるし、うちのCM候補にもなってるからな」
「あっ、今の社長のお兄さん絡みの話?」
「よく知ってるな、それだそれ」
「電話で麻衣さんに教えてもらったの、八幡、麻衣さんを助けてくれて、本当にありがとう」
「助けようと思ったのはエルザだったんだが、ついでに役に立てたのなら良かったわ」
そして家電店に着いた後、二人は真っ直ぐ電子レンジのコーナーへと向かった。
「とりあえずレンジがないと話にならないもんね」
「そうだな、資金の方は大丈夫なのか?」
「あ、うん、お父さんとお母さんから就職祝いをもらったの」
「そうなのか、それじゃあさっさと選んじまうか」
「うん!」
ついでに理央は、コーヒーメーカーも購入した。
自宅で使っているのと同じタイプの物である。
「あ、これだ、うちにあるのと同じ奴」
「やっぱり使い慣れた物の方がいいからな」
「うん」
「でもそうなると、お前はビーカーとアルコールランプになるんじゃないのか?」
「もう!確かにそうなんだけど!」
次に二人はホームセンターへと向かった。
理央は必要だと思う物を片っ端から買い物カゴに入れていき、
八幡は大人しくカートを押して理央の後をついていった。
「家にある物は買わなくてもいいかな……」
「すぐに引っ越す訳じゃないんだ、高い物ならともかく、
安い物は別に買っちまった方がいいんじゃないか?」
「確かにそうだね、うん、そうする」
しばらくは家と寮との二重生活になるだろうと思った理央は、
ほくほくした表情で、思いつくままに色々な物を購入した。
「楽しそうだな。理央」
「うん、一度にこんなに買い物をしたのは初めて!」
「それじゃあ部屋に運び込むか」
そのまま寮に戻った二人は手分けして荷物を運び、
八幡がレンジ等のかさばる物を設置している間、理央は小物類の整理を始めた。
「バスタオル類はこっち、洗濯洗剤やボディシャンプーと歯ブラシ、後は……」
「おい理央、コーヒーを入れたから、ちょっと休憩しないか?」
「あ、ありがとう!今行くね!」
部屋の真ん中には、先ほど二人で選んだテーブルが置いてあり、
その上にコーヒーが二つ置かれていた。
それを見た理央は、まるで新婚さんみたいだなと思い、顔を赤くした。
(早くここに住みたいなぁ……)
理央は部屋が整えられていくうちに、その欲求がどんどん高まっていくのを感じていた。
「ベッドメイキングもやっておいたからな」
「あ、うん、ごめんね、色々と手伝ってもらっちゃって」
「気にするな、乗りかかった船って奴だ」
「あ、ありがと」
「大分いい感じになってきたな」
「うん、早くここに住みたい」
「生活してみて、あれが足りないこれが足りないって気付く物も多いだろうから、
まめにメモっておくんだぞ」
「うん、そうする」
その後、買ってきた物の片付けも終わり、
理央はそのまま八幡に送ってもらい、自宅に戻った。
「それじゃあまたな、理央」
「うん、今日は色々ありがとうね」
「おう、気にするな」
八幡が去った後、自分の部屋に戻った理央は、再び麻衣に電話をかけた。
『あ、理央ちゃん、今日はどうだった?』
「凄く楽しかった!」
『服装は気に入ってもらえた?』
「うん、褒めてもらった!」
『そっか、良かったね、理央ちゃん』
その後、興奮状態だった理央は、寮の部屋について一方的に喋りまくった。
麻衣はそれを迷惑そうなそぶりも見せず、ちゃんと聞いてくれた。
そして話は神崎エルザとの出会いの話に移った。
『そんな事があったんだ、へぇ、あのエルザがねぇ』
「うん、実はもう知り合いだった、びっくりした……」
『あ、そういえば……』
その話を聞いていた麻衣は、ふと思い付いたようにこう言った。
『そういえばついさっき、ソレイユからCMのオファーがあったらしいのよね、
もしかしてその事が関係してるのかな?』
「えっ、CM?エルザだけじゃなく、麻衣さんもうちのCMに出るの?」
『まだ分からないけど、火曜の夕方に話を聞きに行く予定よ』
「あ、火曜なら私もいるかも!そうだ麻衣さん、もし時間があるなら、
ついでに私の部屋に来てみない?」
『いいの?それなら少しお邪魔しようかな』
「うん、むしろ最初は麻衣さんがいい!」
『ふふっ、ありがとう』
そして迎えた火曜日、理央は麻衣と合流し、二人は理央の部屋へと向かった。
「お邪魔します」
「麻衣さん、この部屋はどうかな?」
「うわぁ、思ったより広いんだね、というか寮なのに随分と設備が充実してるのね」
「それは私も思った」
「春からここでの生活が始まるんだね」
「うん、凄く楽しみ!というかもう今日からでもここで暮らしたい……
でも学校があるからなぁ……」
「学校かぁ、でもまあ就職が決まったんだし、もう働いているようなものなんだから、
出席日数が足りてるなら、ギリギリまで休むのも手だと思うけど」
「あ、そっか、麻衣さんも去年は確かそんな感じだったよね」
「まあ私の場合は受験が終わった後だったから、さすがに早すぎるかな……
とりあえず担任の先生と比企谷さんに相談してみれば?」
「うん、そうしてみる!」
二人はそのまま一緒に夕食を作って食べ、楽しい時間を過ごした。
途中で麻衣が咲太に電話をし、ことさらに二人の仲の良さをアピールしたりもした。
咲太は電話の向こうでかなり悔しがっており、二人はその様子に声を出して笑った。
「今日は楽しかったわね」
「麻衣さん、また来てね」
「是非。さて、それじゃあそろそろ帰りましょっか」
「うん!」
こうして理央は、少しずつ生活基盤を寮へと移してしていく事となった。