休暇が始まり、まず二人がやった事は、知人達への挨拶回りだった。
二人が最初に向かったのは、最近ご無沙汰だった、ネズハの所だった。
ネズハは最近は、攻略にはあまり参加せず、
ブレイブスのメンバーと共に行動する事が多くなっていた。
ブレイブスは、ネズハの力もあってか、今や立派に立ち直り、
中堅ギルドの雄として名を馳せていた。
「お二人とも、お久しぶりです!」
「よぉ、元気か?」
「はい!おかげさまでブレイブスも完全に復活しました!」
「ネズハ君、頑張ってたもんね」
「本当にお二人とキリトさんには感謝してます!」
ネズハはとても元気そうで、仲間との仲も上手くいってるようだった。
「元気そうで何よりだ。今日はな、お前に報告があって顔を出したんだよ」
「報告ですか?」
「ああ。その……俺達、結婚したんだ」
「おお、ついに結婚ですか!お二人とも、おめでとうございます!」
「ありがとう、ネズハ君!」
「ありがとな、ネズハ」
「いえ、お二人は似合いだなってずっと思ってたんで、僕もとても嬉しいです!」
ネズハの祝福を受けた後、二人が次に向かったのは、
第四十七層の主街区フローリアにある、アシュレイの店だった。
「アシュレイさん、こんにちは~」
「お久しぶりです」
「あら、アスナじゃない。それにハチマン君も。君がここに来るなんて珍しいね。
今日は二人揃って、何か買い物かい?」
「いえ、今日は報告に来ました!」
「報告?」
「はい!えーっとですね」
アスナはちらりとハチマンを見た。その視線を受けて、ハチマンが前に出た。
「アシュレイさんお久しぶりです。今日は、アスナとの結婚の報告に来ました」
ハチマンがそうい言い、二人はアシュレイに、結婚指輪を見せた。
アシュレイは、最初はきょとんとしていたが、
次の瞬間二人の手を取り、驚くほどの喜びを見せた。
「おめでとう二人とも!私も本当にすごくすごく嬉しい!」
「あ、ありがとうございます」
「アシュレイさん、ありがとう!」
二人はアシュレイの大変な喜び様に、少しびっくりしていたのだが、
祝福されているのは間違いないので、顔を見合わせて笑った。
だが、次のセリフを聞いて、ぽかーんとなった。
「だがこれは想定の範囲内だ!さすがは私!まさに天才!」
「……あの、何がさすがなんですか?」
ハチマンが尋ねたが、アシュレイは答えず、
アスナの手をとって強引に奥へと引っ張っていった。
「ハチマン君少し待っててね。アスナ、ちょっとこっちに来なさい」
「あ、はい」
「え?え?」
逆らえる雰囲気では無かったので、ハチマンはアシュレイの言葉に従い、
アスナは奥の部屋へと連れていかれた。
ハチマンは待っている間、店内に飾ってある装備を見てまわる事にした。
(アスナに服でも買ってやりたいが、そうするとオーダーメイドになるんだよな。
裁縫系の素材狩りに行かないとな。手が空いた時にでも集めてみるか)
そんな事を考えていると、奥の部屋からハチマンを呼ぶ声がした。
「ハチマン君もういいわよ、こっちに来て~」
「あ、はい、今行きます」
ハチマンが奥の部屋に入ると、
そこには純白のウェディングドレスに身を包んだアスナが、恥ずかしそうに立っていた。
「お、おお……天使がいる」
「ど、どうかな……」
「お、おう……よく似合ってるしその、すごく綺麗だ。まさに天使だな」
「あ、ありがとう……」
いつもは嬉しそうに笑顔で答えるアスナだが、
今は恥ずかしそうにもじもじしているだけだった。
そんなアスナをハチマンは、とても愛おしいと思った。
「でもアシュレイさん、いつの間にこんな物を?」
「実は先日レア素材が手に入ってね、
店の看板として、店内に飾るための何かを作ろうと思ってたんだけどね、
せっかくだから、一度くらいは誰かに着てほしいと思って、
私の知り合いの中で、一番衣装栄えするのは誰かなって考えたんだが、
そこで真っ先に頭に浮かんだのが、アスナだったのよ」
「まあ、俺のアスナは世界一かわいいんで、当然ですね」
「俺のアスナ……俺のアスナ……」
アスナは恥じらいながらも、そのハチマンの言葉をぶつぶつと連呼していた。
「ほらアスナ、戻ってきなさい!
それでね、アスナに着せる衣装で一番いいのは何かって考えた時、
君の顔が頭に浮かんでね、これだって思って、こんなドレスを作ってみたってわけ」
「だから調整もしてないのに私にピッタリのサイズなんだ」
「なるほど。だから、さすが私、ですか」
「うん!いやーこういう事があるから、この商売はやめられないんだよね」
「アシュレイさん、ナイスです」
ハチマンは親指を立て、アシュレイも同じように親指を立てて、それに応えた。
「しかし、俺のアスナねぇ。前来た時は確か、アスナのハチマン君って言ったら、
アスナに否定された気がするんだけど、変われば変わるもんだね」
「え?私そんな事言ったっけ?ハチマン君は昔から私のハチマン君だよ?」
「アスナお前、俺が絡むと時々ポンコツになるよな……まあそこもいいんだが」
「はいはい、仲が良くて羨ましいねぇ。
ところで、せっかくだから二人並んだ記念写真を撮りたいんだけど、
ハチマン君の衣装はどうしよっかね。
ちょうどいい素材が無くて、まだそっちには手を付けてないんだよね」
「そうですね、前に作ってもらった服でもいいですかね?
もしくは、血盟騎士団の参謀用の制服なら持ってますけど」
「あーそういえば、ハチマン君は血盟騎士団に入ったんだったわね。
参謀……いきなり幹部扱いか、さすがだね」
「いや、そんな大したもんじゃないですけどね」
「それじゃその服、ちょっと着てみてくれるかい?」
「はい」
ハチマンはウィンドウを操作して、装備を変更した。
「それじゃ、ちょっと並んでみてもらえるかな」
二人は並んで立ち、アスナはハチマンの腕に手を添えた。
「いいじゃないか!せっかくだから、両方の服で記録しておこう」
「あ、それじゃ、俺記録結晶いくつか持ってるんで、そっちでもお願いしていいですか?」
「もちろんさ。それじゃ記録するよ!二人とも笑って!」
こうして、とても幸せそうな二人の姿が、記録に残された。
この写真のデータは、外部の解析班の手を経由して陽乃の元へと送られる事になるのだが、
いずれハチマンは、その事に深く感謝する事になる。
二人が最後に向かったのは、第四層のキズメルの所だった。
二人がダークエルフの城に入ると、そこにはすでにキズメルが居た。
どうやら境界を越えた際に気づいたようだ。
「キズメル、久しぶり!」
「よぉ、元気か?」
「よく来てくれた、二人とも。二人揃ってここに来るのは一年ぶりくらいか?」
「悪いな、あんまり来れなくて」
「悪くなどないさ。二人揃ってとはいかないまでも、
二人はたまにここに顔を出してくれていたじゃないか。
だが、今回は久しぶりに三人揃う事で出来て、とても嬉しいのは確かだな」
ハチマンとアスナが、二人でここを訪れるのは、実に一年ぶりだった。
二人とも、下層に用事がある度に、よくここを訪れてはいたのだが、
三人が揃うのは、本当に久しぶりの事であった。
「ところで今日は珍しく二人揃ってどうしたんだ?何かあったのか?」
「ああ。報告したい事があるんだが、子爵様はいるか?」
「ああ。それでは早速子爵様の下へと向かうとしよう」
子爵の部屋に着くと、子爵は嬉しそうに二人に笑顔を見せてくれた。
「よく来てくれましたね」
「お久しぶりです、子爵様」
「二人とも、本当に強くなったのですね。もう私ではとてもかなわないでしょう」
二人のレベルがわかるのか、子爵はそんな事を言った。
「はい、頑張りました!今は天柱の塔の七十五層で戦っています」
「もうすぐ頂上ですね。そこに何があるのかはさすがに知りませんが、
頑張ってください二人とも」
「ありがとうございます」
「それで子爵様、それにキズメル。今日は二人に報告があって来たんです」
そう言って二人は、左手の指輪を二人に見せた。
「それは……誓いの精霊の指輪。そうか、二人は精霊の絆を結んだのだな」
精霊の絆というのは、おそらく結婚の事だろうと思った二人は、
キズメルの言葉に頷いた。
「うん!」
「おお、おめでとうございます二人とも」
「おめでとう二人とも」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、二人はとりあえず私の天幕にでも来るか?」
「うん!」
「それでは私は執務に戻りますか。ゆっくりしていって下さい二人とも」
「ありがとうございました、子爵様」
「またいつでもいらして下さい」
三人は子爵の下を辞し、キズメルの天幕へと向かった。
アスナはキズメルに嬉しそうに話しかけ、キズメルは微笑みながらその話を聞いていた。
ハチマンもその光景を見て、時に話し、時に黙って頷いていた。
三人は久しぶりに昔に戻ったような心地よい時間を過ごす事が出来たようだ。
いつの間にか日が暮れる時間になっており、二人は家に帰る事にした。
帰り際にキズメルが、何かに気づいたように宙の一点を見て言った。
「今、精霊がハチマンとアスナをを見ていた。そしてすぐに上へと上っていった」
(何だ?キズメルが反応するって事は、システム関連の何かだと思うが……)
「キズメル、その精霊から、何か悪い感じは受けたか?」
「いや、悪い感じはまったくしなかった。
おそらく最下層の街の中にある迷宮で生まれた精霊が二人に興味を持ち、
二人の家の場所に上っていったんだろう」
「始まりの街に迷宮?アスナ、聞いた事あるか?」
「そういえば、アルゴさんが何か言ってたような気がする」
「そうか……まあ後でアルゴから情報を買えばいいな。
それよりもキズメル、何故その精霊は、俺達の家の事を知ってるんだ?」
「何故知っているかまでは分からないが、精霊から伝わってきたイメージが、
前に聞いた事のある、二人の家の説明とピッタリ同じ風景に見えたのだ」
「なるほど……ありがとうキズメル。とりあえず俺達は家に帰ってみる」
「ああ、また会おう、二人とも」
「また会いにくるからね、キズメル!」
「またな、キズメル」
「ああ。また二人に会えるのを楽しみにしているぞ」
二人はダークエルフの城を辞し、転移門へと急いだ。
転移門をくぐり、家へと向かった二人が見たものは、
家の前に倒れている、一人の少女の姿だった。