ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第671話 ギリギリの攻防

 リオンは素早くロジカルウィッチスピアをしまい、

必死に気取った声を作り、謝罪してきたハチマンにこう答えた。

 

「あら、訓練でしたのね、余計な事をしてしまい、こちらこそ申し訳ありませんでしたわ」

 

 その瞬間にハチマンの後ろにいたアスナがげほげほと咳き込んだ。

これは笑いを堪えきれなかったのを無理やり誤魔化したせいである。

 

「お、おいアスナ、大丈夫か?」

「ごほっ、だ、大丈夫、私の事は気にしないで」

 

 アスナは顔を隠しながらハチマンにそう答えた。

顔を見られると、笑いを必死で堪えているのがバレてしまうからである。

丁度その時キリトとリズベットが、おずおずとこちらに近付いてきた。

その二人を見たハチマンは、その物腰から二人の正体を確信した。

 

(やっぱりキリトとリズじゃないかよ、

二人ともフレンドリストまで隠して何やってんだ?)

 

 さすがにここまで近付くと、どんなに変装をしていてもハチマンには分かるようだ。

一人だけレベルが違う変装をしているリオンについては、まだ誰なのか確信は出来ていない。

 

(もう一人は誰だ?とりあえず様子を見るか……)

 

 ハチマンはそう考え、じっと二人の顔を見た。

二人はマスクの下で冷や汗をかきながら、早くリオンを連れ出そうとハチマンに話しかけた。

 

「あ、あの、うちの魔法少女が……」

「ぶっ……」

 

 キリトがそこまで言った瞬間に、魔法少女という呼び方がツボにはまったのか、

アスナが思わず噴き出した。

 

「す、すみません、続けて下さい」

 

 これにはハチマンは特に突っ込まなかった。

どうやらハチマンも、その魔法少女という呼び方が面白かったようだ。

何故ならハチマンも何かに耐えるように若干顔を赤くしていたからである。

 

「……お邪魔したみたいで本当にすみませんでやんす」

「すぐ引き上げますので、どうぞ飛行訓練を続けて下さいなのだ!」

「ぶっ」

「げふっ……」

 

 その二人の無理がありすぎる語尾に、さすがのハチマンも耐えきれずに噴き出し、

アスナは再び咳き込んだ。

 

(おいキリト、やんすって何だよやんすって!

リズも、なのだ!とか似合わないにもほどがあるぞ)

(ふ、二人とも、バレない為の演技のつもりなんだろうけど、それは無理すぎだから……)

 

「ど、どうかしたでやんすか?」

「大丈夫なのだ?」

 

 再び放たれたその言葉は、ハチマンとアスナにとってはクリティカルな一撃となった。

 

「ぶはっ……あはははは、あはははははは!」

「も、もう無理、我慢出来ない……あはははははははは!」

 

 ちなみにアサギは能面のような表情を保っていた。

逆に言えば、そういう表情を意識して作らなければ、耐えられなかったのである。

今のアサギは、脳内で必死に円周率を唱えている状態であった。

リオンはリオンで、二人の反応を見て、これはバレたなと諦めの境地に入っていた。

案の定、ハチマンは笑いながらキリトとリズベットにこう言った。

 

「お前ら面白すぎだろ、やんすって何だよキリト、語尾を変えるにしてもそれは無いだろ。

それにリズもリズで、何故なのだを選んだんだ、大丈夫なのだ?とか、ぷっ、くくっ……」

「う……」

「ぐ……」

 

 それで二人は作戦の失敗を知り、同時に羞恥で顔を赤くした。

 

「で、ここで何をしてたんだ?随分派手に敵を釣ってたみたいだが、

あ、もしかしてこちらの魔法少女さんと知り合って経験値稼ぎに来たけど、

いつものままだと敵対ギルドの邪魔が入るかもしれないって心配して変装したのか?」

「えっ?」

「あれ?」

 

 その言葉に二人は思わずそう声を出した。

ハチマンの後ろにいるアスナとアサギも、声を出さないように気を付けつつも、

驚いたような表情をしていた。

 

「ん、もしかして間違ってたか?」

「い、いや、変装についてはその通りなんだよ、フレンドリストを隠したのは、

ユージーンとかが興味本位で乱入してくるのを防ぐ為でな」

「うん、魔法少女さんに迷惑をかける訳にはいかないからね!」

「やっぱりそうだったか」

 

 二人は必死にそう取り繕い、ハチマンはその説明に納得したようだ。

そしてハチマンは、まだ自己紹介をしていなかった事に気付いたのか、

慌ててリオンに向かってこう言った。

 

「すみません、自己紹介がまだでしたね、

俺はヴァルハラのリーダーをしていますハチマンと申します、

魔法少女さん、うちのメンバーをこき使って、経験値稼ぎ、頑張って下さいね」

 

 確かに今のリオンは髪型もまったく分からないし、肌の色も違う。

ロジカルウィッチスピアを見られればあるいはバレたかもしれないが、

ハチマンはナタクに頼まれて武器の名前と起動の合言葉を決めはしたものの、

その時はまだロジカルウィッチスピアが完全には仕上がっていない状態であり、

見た目も今とは違った為、そこからこれがリオンだと確信する事は出来なかったのである。

そしてその反応からリオンだけはまだ正体がバレていないと悟ったアスナとアサギは、

しれっとした顔でこちらも自己紹介をした。

 

「同じくヴァルハラで副長をしていますアスナです、宜しくお願いします」

「この度ヴァルハラに新規加入しましたアサギと申します、初めまして」

「ま、魔法少女ですわ、初めまして」

 

 リオンは長く喋るのはまずいと考え、短くそう言った。

その瞬間にハチマンが、ん?という顔をした為、リオンは肝を潰した。

 

「ハ、ハチマン、どうかしたのか?」

 

 そのハチマンの顔を見て、仮面を外しながらキリトがそう声をかけてきた。

もしハチマンが今の声で何かに気付いたのなら、フォローしようと思ったからだ。

案の定、ハチマンは首を傾げながらキリトにこう言った。

 

「あ、いや、魔法少女さんの声がリオンに似ているなって思ってな。

どこからどう見ても別人なのにな」

「ま、まあ似た声の人なんてそこら中にいるって、アスナとかおりさんも声が似てるしな」

「ああ、確かにそうだよな、二人の声はよく聞くとそっくりだよな」

 

 キリトの言葉はハチマンにとっては確かに納得がいくものだったが、

リオンから見たハチマンは、まだ微妙に疑っているように見えた。

もっともリオンがそう思った理由は、リオンにやましいところがあるせいであったが、

それはリオンをテンパらせるのには十分だったようだ。

 

「それはこういう事ですわ」

 

 リオンは慌ててそう口に出し、その後から必死に言い訳を考え始めた。

他の者達はリオンが余計な事を言うのではないかとやきもきしつつも、

下手に突っ込む事も出来ず、リオンが何を言うのか黙って見ている事しか出来なかった。

そして一同が見守る中、リオンの頭に天啓(本人の主観)がひらめき、

リオンは深く考えないままその天啓をそのまま口に出した。

 

「た、体型が……」

「体型?」

「そのリオンさんという方と私は、この辺りの体型がよく似ているのではないかしら、

なので声の質もやはり似てしまうのでしょうね」

 

 そう言いながらリオンは自分の胸を持ち上げた。リオン、まさかの大暴走である。

ハチマンは思わずその揺れる胸に目が釘づけになり、

その瞬間にアスナがハチマンの足を思いっきり踏みつけた。

 

「ハチマン君、じろじろ見ないの」

「わ、悪い、でも今のは仕方ないだろ……」

「気持ちは分かるけど、失礼でしょもう!」

「お、おう、そうだな、すまなかった」

 

 ハチマンの謝罪を聞いた後、アスナはぼそっとこう呟いた。

 

「私の胸もこのところかなり大きくなってきたけど、あれにはまだ及ばないなぁ」

 

 アスナはSAOからの脱出後、栄養状態が改善した為か、

どうやら最近胸のサイズが成長著しいようだ。

ちなみにキリトはリズベットに全力で後頭部を殴られていた。

アサギは少し残念そうな顔で、自分の胸を持ち上げていた。

アスナとは違い、他の二人は胸に関しては若干思うところがあるらしい。

そんな中、テンパったままのリオンは、

周囲の反応には目もくれずに自分の発言へのハチマンからの返事を待っているようで、

マスクごしにハチマンの方をじっと見つめていた。

それに気付いたハチマンは、何か言わなければと思い、無難な言葉を口にした。

 

「あ~……た、確かにそういう面もあるかもしれませんね」

「でしょでしょ?……じゃなくて、そうですわよね!」

 

 そんな魔法少女をハチマンは、きっとロールプレイに失敗して素が出ちまったんだなと、

生暖かい目で見つめていた。そして魔法少女に何となく保護欲をそそられたのか、

ハチマンはこんな事を言い出した。

 

「そうだ、順番が前後しちまうが、せっかくだからアサギの経験値稼ぎも兼ねて、

六人で狩りでもしませんか?」

「えっ?」

「あ……」

「そうくるか……」

 

 ハチマンは親切心で言っているのだが、三人にとっては迷惑以外の何物でもない。

だが経験値稼ぎの効率が段違いになるのは分かりきっているし、

ここで断るのも不自然極まりない為、

どう答えればいいか困っていたリオンをフォローしようと、

代表してキリトがハチマンにこう答えた。

 

「せっかくだしそうするか、とりあえずこの狩場は危険だから、

最初はアサギには後ろに下がっててもらうとしよう」

「釣りは俺だな」

「リズはリ……えっと、魔法少女さんとアサギのガードをお願い。

何匹からそっちに流れちゃうかもしれないし」

「それじゃあパーティを組むか」

「あっ、そんなに長くはやれないし、パーティユニオンにしておかないか?」

 

 パーティを組まれてしまうと、もろにハチマンの視界にリオンの名前が表示されてしまう。

対して別のパーティ同士を同じチーム扱いする為に結合するだけのパーティユニオンなら、

ハチマンがあえてリストを切り替えない限り、リオンの名前が画面に表示される事はない。

キリトはその可能性に賭け、咄嗟にハチマンにそう提案したのだった。

 

「ん、そうか?確かにそうだな、それじゃあそうするか」

「ハチマン君、敵を釣ってくる前に、

メンバーのコンディションは完璧に回復させておくから、

私達のHPは気にせずどんどん釣ってきていいからね」

 

 そこでアスナが横からそう口を出してきた。

どうやらキリトの抱いた危惧をフォローしようというつもりらしい。

釣りの際にハチマンが、仲間全員のHPを事前に確認しようとさえしなければ、

魔法少女の正体がリオンだと判明する可能性は著しく低くなるはずだ。

その事を理解したキリトは心の中でアスナに感謝した。

 

「分かった、とりあえず釣りの前に、魔法少女さんの戦闘スタイルを聞いてもいいか?」

 

 リオンはハチマンにそう言われ、再び返事に困る事となった。

だがそんなリオンにリズベットがこっそりと普通の槍をトレードしてくれ、

リオンはその画面を見て、ハチマンにこう答えた。

 

「私は槍術を少々嗜みます」

「なるほど、でもさすがにレベルがかなり高いこの狩場だとつらいかもしれないな、

とりあえずアサギと一緒にトドメ専門でやってもらうか、リズ、フォローを頼む」

「オーケー、任せて」

「それじゃあ釣ってくるわ、五分後にここに戻ってくるように調節するから、

細かい部分は二人に説明しておいてくれ」

「分かった」

「気を付けてね」

「こっちは任せて」

「おう、頼んだ」

 

 そしてハチマンは風のように去っていった。

 

「ふう、危なかったね……」

「しかしこうなったら、途中でリオンの正体がバレる事も覚悟しないとだな」

「まあその時はその時かな」

「さて、それじゃあとりあえず俺とリズは装備を元に戻すとするか」

「あっ、そうだね。この格好はほんと恥ずかしかったから戻せるなら戻したかったのよね」

「俺もだよ、白い鎧だとやっぱり落ち着かないんだよな」

「あんたは黒の剣士だしね」

 

 五人はとりあえずほっとしたのか、リラックスするように各自体をほぐした。

そしてリオンとアサギにアスナがこんな事を言った。

 

「それじゃあとりあえずアサギは、最初は頑張ってステータスをVITに振ってね」

「あ、うん、それはそのつもりだけど……頑張ってって?」

「うん、最初は多分びっくりすると思うけど、とにかく落ち着いてね。

リズがちゃんと守ってくれるから、とりあえず最初のうちは、

安心して確実にステータス画面を開きっぱなしにしてていいからね」

「う、うん」

 

 アサギは訳が分からなかったが、とりあえずそう返事をした。

隣にいるリオンもきょとんとしていた。

そのアスナの言葉の意味を、二人は数分後に理解する事となる。


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