ハチマンの釣りを待つ中、キリトとアスナ、そしてリズベットは、
ハチマンが戻ってくるのを見逃さないように、少し前のめりで前方を注視していた。
前から順番にキリト、少し離れてアスナ、その更に後ろにリズベットという布陣である。
一方リオンは高揚した表情でメニュー画面を開き、
ステータスを上げるか何かスキルを取るか、ニヤニヤしながらもうんうんと唸っていた。
そんな中、アサギだけは集中を切らさず、冷静な表情で辺りを見回していた。
「どんな時も冷静に、とにかく周りを見る。戦闘中も、そうでない時も」
そんなアサギの目に、何か光る物が映った。
一瞬ではあったが、確かにリオンの背後の方向に、詠唱の輪のような物が見えたのだ。
「あれは……」
「ん、アサギ、どうかした?」
その様子が気になったのか、リズベットがアサギにそう声をかけてきた。
「うん、今……」
それに答えようとした瞬間に、森の中から色とりどりの光が見え、
アサギは喋るのを途中でやめ、リオン目掛けて走り出した。
「リズさん、前の二人に連絡を!」
「わ、分かった」
一瞬で状況を把握したのか、リズベットはその言葉を受け、
少し前にいるキリトとアスナに声を掛けた。
「キリト、アスナ、敵襲!」
そしてアサギは、後ろで呆けていたリオンに向けてこう叫んだ。
「リオンちゃん、その場にしゃがんで!」
「えっ?」
リオンは咄嗟にその場にしゃがみ、
その頭の上を跳び越したアサギはリオンの前に仁王立ちし、
前方に鉄扇をかざすと、手元のボタンを操作して鉄扇を大きく広げた。
「リオンちゃんは絶対に私が守る!」
だがアサギの今のステータスでは、その魔法の奔流を完璧に止めるのは難しい。
どうしても物量の力に押されてしまうのだ。しかも初期ステータスでも装備出来るように、
今のアサギが持つ鉄扇は、性能的には頑丈な事だけが取り柄の普通の武器であった。
その耐久度は魔法を受ける度にどんどん減っていき、
魔法がまだ飛んできている最中にも関わらず、
鉄扇は負荷に耐えかね、耐久度を全損させてあっさりと消滅した。
「あっ!ア、アサギさん!」
「まだよ!絶対に守るんだから!」
アサギはそのままリオンの上に覆いかぶさり、背中で必死にその攻撃に耐えた。
「ア、アサギさん!」
「大丈夫、大丈夫だから」
そう絶叫したリオンに対し、アサギは安心させるようにそう囁きながら、
必死にその攻撃に耐え続けた。幸いVITをかなり上げた甲斐もあってか、
敵の攻撃が止む頃には、アサギのHPはまだ一割ほど残っていた。
「アサギさん!」
「ふふっ、何とかなったね」
「で、でもアサギさんのHPが!」
「大丈夫だよ、ほら」
「エクストラヒール!」
その瞬間にアスナのヒールが発動し、アサギのHPは全快した。
どうやらアサギは冷静にアスナの方を見ていたようだ。
「ね?」
「う、うん」
だがまだアスナのいる位置からは距離があり、しかもアサギは鉄扇を失っている。
頼みの綱であった防御手段はもう無いのだ。もし今先ほどと同じ攻撃をくらいでもしたら、
おそらくアスナがヒールをかける間もなくアサギのHPは確実に短時間で全損する。
下手すると一瞬かもしれない。リオンがそう思い、背筋を寒くする中、
そんなリオンをあざ笑うかのように、再び森の中に大量のエフェクトが現れた。
「アスナ、無理かもしれないがヒールを連打してくれ!リズはヴァルハラ・コールだ!」
一方キリトは、走りながら二人にそう指示を出していた。
「うん、何とかやってみる!」
「キリト、コールの色は?」
「緑と青だ!」
「緑と青ね、分かった!」
リズベットは決まり通りに復唱した後、緑と青の魔法を空に打ち上げた。
「頼むぜハチマン、理解してくれよ」
キリトは一番前にいたせいか、アサギの前に出るのはおそらく間に合わないが、
そう呟きつつ全力でアサギとリオンの方に向けて走っていた。
アスナは逆に足を止め、最速で発動する短詠唱のヒールの準備をしていた。
これは間違っても唯一のヒーラーである自分が、
敵に倒されてしまう事がないようにとの判断からであった。
(これは……ギリギリだな)
キリトの速度をもってすれば、おそらく敵の攻撃の最中にアサギの前に出る事が可能だ。
もっともその最初の攻撃にアサギが耐えられる保証はない。
だがそんなキリトの心配は杞憂だった。突然前方から、こんな声が聞こえたからだ。
「目覚めよ、我が娘よ!」
いつの間にかリオンの手には、ロジカルウィッチスピアが握られていた。
リオンはアサギを制してその前に立ち、高らかにそう宣言した。
その瞬間にロジカルウィッチスピアが展開し、リオンはスッと、その持つ手を前へと向けた。
「リオンちゃん!」
「魔法の事なら私に任せて、大丈夫、今度は私がアサギさんを絶対に守ってみせるから!」
振り向いてそう言ったリオンの目には涙が溢れていた。
その涙を拭い、リオンは敵に向かって高らかに叫んだ。
「我が名はロジカルウィッチ!あなた達の魔法は、全て私が制してみせるわ!」
釣りから戻る最中、ハチマンは空にヴァルハラ・コールが上がるのを見た。
「緑と青?敵襲か、だが防御、それに待機、どういう事だ?」
状況からしてキリト達が敵の攻撃を受けたのは間違いない。
だがキリトとアスナがいて、ただ防御してるだけというのはありえない。
しかも待機のコールまで上がっているのだ。
「敵から攻撃を受けたとして、方向はおそらく背後からか、
そうすると、こちらの誰かがダメージを負ったのかもしれないな、
だがおそらく乱戦にはなっていない。それなら赤と黒のコールが上がるはずだ」
赤は攻勢に出ろ、黒は救援求むのコールであり、
それなら確かに応戦しているという事になる。
「だがコールは待機だ、これはおそらく敵が待機しているという事なんだろう、
つまり敵が遠隔攻撃中心の攻撃を仕掛けてきて、
それからその場を動いていないって事になるな」
ハチマンはそう正確に状況を判断し、走る方向を変えた。
「そうなると俺の役目は……こっちだな」
そしてハチマンは大量の敵を引っ張ったまま、ぐるりと弧を描くように、
敵の背後になるであろう方角へと向かい始めた。
「よし、いける!」
「後ろの二人は倒せるだろうな」
連合の一同は、おびただしい数の魔法が敵に降り注ぐのを見て、
敵に痛撃を与えられる事を確信していた。
だが次の瞬間にアサギが鉄扇を広げるのを見て、彼らは動揺した。
「おいおい、あの新人、タンクだったのかよ!」
「あれは扇か?またおかしな物を装備してやがる」
「だが所詮新人だ、長くはもたないだろ」
その推測通り、アサギの鉄扇は霧散し、アサギは体を張って、
もう一人の派手な格好をした少女を守り始めた。
「半分以上は防がれたとしても、何でこの攻撃に耐えられる?」
「おかしいだろ、だってあいつは新人なんだろ?」
この時点で、連合の者達の間には、若干の動揺が走っていた。
「ど、どうする?」
「黒の剣士がこっちに向かってるぞ、早く逃げようぜ!」
「でもバーサクヒーラーは足を止めたぜ、
さすがの黒の剣士も、一人で突っ込んできたりはしないんじゃないか?」
「あっ、見ろ、空に!」
そんな連合の者達の目の前で、ヴァルハラ・コールが打ち上げられた。
「青と緑?それって確か……」
「あれって待機と守備の合図じゃなかったか?」
「確かそうだ、あいつら、防御してそのままザ・ルーラーを待つつもりだ!」
連合の者達には個別のヴァルハラ・コールの意味は理解出来ても、
その組み合わせの意図を深く考える事は無理だったらしい。
これにより連合の者達は思考停止し、
相手がただその場で待機するつもりなのだと思いこみ、続けて攻撃する事を選択した。
「よし、これなら予定通りいけるな、敵にもう一度魔法を集中させて、それで離脱だ」
「ヒャッホー、ついにあいつらに一泡ふかせてやれるな!」
「魔法の詠唱を開始しろ!カウントを開始する!」
そして再び大量の魔法使い達による魔法の詠唱が開始された。
「よし、このままこのまま」
「しんがりは斥候の俺達に任せてくれ、すぐに仕掛けられる罠を準備しておく」
「すまん、頼んだ!俺達タンクは一応黒の剣士の突撃に備えておく!」
この辺り、彼らのチームワークは中々のものだといえよう。
彼らも彼らなりに、敗北を続けて成長しているようだ。だがまだ足りない。
そんな彼らの耳に、こんな声が飛び込んできた。
「我が名はロジカルウィッチ!あなた達の魔法は、全て私が制してみせるわ!」
その声に魔法使い以外の者達は顔を見合わせた。
「ロジカルウィッチ?誰だ?」
「あの新人の派手な方か?ロジカルウィッチって、自分で付けた二つ名かよ?」
「気にするな、あんなちゃちな傘みたいな物で、これだけの魔法を防げる訳がねえ」
「だな、よし、撃て!」
その言葉と共に、再び大量の魔法がリオン目掛けて降り注いだ。
その瞬間にその傘のような武器についた宝石が光り、
着弾コースだった全ての魔法はその武器の前で、文字通り消滅した。
それ以外の魔法は全て誰もいない後方の地面に着弾し、
その後には何事もなかったかのようにその場に立つ、リオンとアサギの姿があった。
「はぁ?」
「な、何だよあれ……」
「何で魔法が消えたんだ?」
「お、おい見ろ、あの武器に付いてる宝石が光ってるぞ」
「まさか魔法を吸収したんじゃないだろうな?」
その瞬間に、後方で斥候達の悲鳴が聞こえ、一同は慌てて振り返った。
その瞬間に彼らの横を、何かが凄い速度ですり抜けた。
「な、何だ?」
「おい見ろ、モブが、モブがあんなに……」
その視線の先には大量のモブが溢れ返っており、
後方で罠を仕掛ける準備をしていた斥候がその波に飲み込まれ、死亡したのが見えた。
「どこからこんなに沢山のモブが……」
「ま、まさか今通ったのは……」
愕然とし、再び前に向き直った一同に向け、ハチマンがヒラヒラと手を振っていた。
「何でザ・ルーラーがあそこにいやがる!」
「今俺達の横を通ったのはあいつだったのか!」
「あ、あの野郎、こっちにモブをなすりつけやがった!」
「畜生、各自でモブに応戦しろ!さっき見ていた通り、こいつらは攻撃力は弱いはずだ!」
だがそれは間違っていた。そのモブ達は相当強力であり、
連合の者達は、抵抗しきれずバタバタと倒されていった。
「なっ、何で……」
「こいつらは雑魚のはずだろ?」
「もしかしてこいつらが雑魚なんじゃなくて、あいつらが強すぎるんじゃ……」
その気付きは少しばかり遅すぎた。連合の者達も彼らなりに上手くやったと思うが、
ハチマン達はあっさりとその上をいった。
こうしてその場はプレイヤー達の阿鼻叫喚に包まれる事になったのだった。