「ハチマン!お前なら絶対にコールの意味を分かってくれると信じてたよ!」
敵陣の真っ只中を抜けてきたハチマンの姿を見て、キリトが感激したようにそう言った。
そしてアスナもにこやかな顔でハチマンにこう言った。
「ハチマン君、釣ったモブを敵になすりつけたんだね」
「本来はマナー違反だが、この場合はまあ仕方ないよな、
俺はただ、仲間を助けようとしてショートカットしただけだ。
もちろんそこに人がいるなんて思いもしていなかった、まあそういう事だ」
「またハチマンの悪評が高まっちゃうね」
「今更だろリズ、さて、状況の説明を受けるのは後だ、
キリト、アスナ、残敵の掃討に入るぞ」
「「了解!」」
「私はどうする?」
自分の名前は呼ばれなかった事でリズはハチマンにそう尋ねた。
「リズはアサギと魔法少女さんと協力してこっちに逃げてきた敵を倒してくれ、
多分何人かは抜けてくるはずだ」
「分かった、頭を叩き潰してやるわ」
「任せたぞ」
そして三人はそのまま森の中へと斬り込んでいった。途中で一瞬ハチマンが、
チラリとリオンの持つロジカルウィッチスピアに目をやった気がしたが、
ハチマンは何も言わず、そのまま突撃していった。
「リオンちゃん、ありがとう、本当に助かったわ」
三人が去った後、気持ちが落ち着いたのか、アサギがリオンにそう言った。
「ううん、本当は私が最初からアサギさんを守るつもりだったのに、
私の方が守ってもらっちゃったから、今度はどうしても私がアサギさんを守りたかったの」
「リオンちゃん!」
「アサギさん!」
そして二人はしっかりと抱きあった。
どうやら戦いを通じて二人の友情はより深まったようだ。
そんな二人を見ながら、リズベットはニコニコと笑顔でこう言った。
「しかしその槍、やっぱり魔法相手だと無敵だね」
「凄かったわね、ロジカルウィッチスピアだっけ?
リオンちゃんはよくそんな複雑なシステムを使いこなせるわよね」
「沢山練習したから……」
リオンは顔を赤くしながらアサギにそう答えた。
その時何人かの敵が、負傷した状態でこちらに向かって飛び出してきた。
「むっ」
「来たわね」
「任せて、ロジカルウィッチスピア、エネルギー充填百二十パーセントよ!」
その敵に構えたリズベットとアサギの横で、リオンが事も無げにそう言った。
そしてリオンは高揚した気分でこう言った。
「マジカルロジカルビーム!」
その言葉と共に、ロジカルウィッチスピアからいくつかの魔法が飛び出し、
その敵達はその攻撃を受け、あっさりと死亡した。
「……リオンちゃん、ノってるね」
「あっ、つ、つい……」
「さっすが魔法少女、凄くマジカルでロジカルだね!」
「ロジカルさは魔法少女には関係ないと思う」
そんな会話を交わしながら、三人はころころと笑った。
そしてその後も飛び出してくる敵をリオンが狙撃し、
アサギはリズベットに借りた剣で敵を斬り裂き、リズベットはその頭を文字通り叩き潰した。
「ふう、こっちはそろそろ静かになってきたね」
「森の中はまだ騒がしいみたいだけどね」
「まあ敵プレイヤーとモブ、両方を相手にしてるはずだしねぇ」
「あの三人、凄いよね……」
そのリオンの言葉に、リズベットはため息まじりにこう答えた。
「SAOの頃からの付き合いだからもう慣れたわ、
あの三人を相手にするなんて、想像するのも嫌」
「あはははは、同感」
「そうだね、本当に味方で良かったよね」
そしてしばらくした後、キリトとアスナがこちらに戻ってきた。
「よぉ、お疲れさん」
「誰も死ななくて良かったね本当に」
「うん、そうだね」
だがそこにはハチマンの姿だけが無かった。
まさかハチマンが敵に倒される事などないと思うが、
少し心配になったリオンは、二人にその事を尋ねた。
「あ、あの、ハチマンは?」
「ああ……」
「ハチマン君ね……」
二人はその問いに、若干苦々しい表情をしながらこう答えた。。
「次のモブを釣りに行くってさ」
「止める暇も無かったよ」
「……え?」
「森の中にいた連中が思ったより弱くてなぁ、物足りないからもう一回釣ってくるって……」
「嘘っ!?」
「あ、あは……」
五人はそんなハチマンに、苦笑する事しか出来なかった。
「しかもハチマンが言うには、今のモブとプレイヤーを倒して入った経験分を合わせても、
多分あと一回は釣りをしないと、アサギのSTRが上級装備を持てるレベルに届かないって」
「えっ?」
「アサギ、ちょっとステータスを見せてくれないか?」
「う、うん」
そしてアサギのステータスを覗きこんだキリトとアスナとリズベットは、
そのステータスがハチマンの言う通りだった事に驚いた。
「本当だ……今たまってる分を振ってもちょっと足りないね」
「それってどんな基準なんですか?」
「俺達が持ってるこの武器の最低要求STRが一つの目安になってるんだよ、
意外と低いんだよこの要求数値。でもまあこの数値が全プレイヤー共通の、
上級プレイヤーへの境界線だって事になってるよ」
「そうなんだ」
「他の武器も、これ以上の数値を求められる事はほぼ無いんだよね、
なのでもし存在するとしたら、伝説級の武器くらいじゃないのかな」
「とりあえずアサギもリオンも、今の戦闘でたまった分の経験値を振り分けておくといい、
もうすぐまた大量のモブが来ちまうからな」
キリトにそう言われた二人は、慌ててステータス画面を操作し始めた。
「しかしアスナ、ハチマンの奴、確か数学は苦手だったよな?」
「そうなんだよね、どうして細かい数値の事まで分かるんだろうね」
「勘なんじゃない?計算して言ってるようには思えないし」
「勘かぁ、もしくは経験なのかな、あいつが一番新人のパワーレベリングに出動してるしな」
「あ、確かにそれはあるかも。何か明確な根拠があるとかじゃなく、
多分経験的に、このくらいだなって感じなんだろうね」
「まあハチマンだから、何があってもおかしくないけどな」
「うん、ハチマンだから仕方ないね」
「彼女としてはノーコメントって事で……」
その時遠くにモヤのような物がかかった。どうやら五分経ったらしい。
「お、ハチマンが戻ってきたな、さて、お仕事お仕事っと」
「多分これで今日は最後だろうし、張り切っていこう!」
「あんた達二人も大概タフよね……」
そしていざ戦闘が始まろうとした瞬間に、アサギが慌ててリオンに言った。
「あっ、リオンちゃん、武器、武器!」
「しまった!」
リオンは慌ててロジカルウィッチスピアをしまい、先ほどまで使っていた槍を出した。
不思議な事に、それなりに使っているせいか若干愛着を感じるその槍を、
リオンはビシッと構え、そのまま敵を迎え撃った。
アサギはアサギでリズベットに借りた予備の剣を使い、タンクとしての役割は諦め、
今は完全にアタッカーとして動いていた。それが実に様になる。
もしかしたら中沢琴の役をやった時に、剣術の基本をどこかで学んだのかもしれない。
真面目な麻衣なら十分ありえる事である。
「アサギさん、何か格好いい」
「ありがと、リオンちゃんも学校での姿からは想像もつかないくらい、
随分と行動的になったわよね」
「まあゲームの中だけだけどね」
「それでも毎日それなりに歩いてるわよね?この前会った時、少し細くなってた気がしたわ」
「えっ、本当に?」
「うん、腰の辺りが締まってた気がした」
「うわぁ、それが今日一番嬉しいかも!」
リオンはそれでかなり上機嫌になった。
そんなリオンを微笑ましく見つめながら、アサギはぼそっとこう呟いた。
「まあもっと脅威なのは、胸のサイズがまったく変わってないというか、
バランスの関係で昔より大きく感じるって事なんだけどね……」
腰が細くなれば、胸が強調されるのは当然の摂理と言えよう。
だがそんな微妙な乙女心は一切表に出さず、アサギはリオンと共に敵のトドメを刺し続けた。
こうしてこの日最後の戦闘も無事に終わり、
さすがのハチマン達もステータスを振る必要が出たのか、
全員が揃いも揃ってメニュー画面をいじり始めた。
もっともリオンとアサギ以外はそんなに時間がかかる訳ではない。
早めにその操作を終えた四人は、リオンとアサギの二人を微笑ましく見つめていた。
二人はどう見てもずっと昔からの友達のように見え、
相談しながら仲良くステータスを振っていたからである。
そんな二人にハチマンが声をかけた。それはもう、さも自然な感じで、
普段友達に話しかけるような軽い感じでこう言ったのだ。
「しかしこうしてみると、リオンとアサギは本当に仲がいいよな、
高校に入った時からずっとそんなに仲が良かったのか?」
その言葉の意図を、アサギは即座に理解した。
ついさっき、リオンの持つロジカルウィッチスピアを見たハチマンは、
もしかしたら魔法少女はリオンなのではないかと思ったのではないだろうか。
ロジカルウィッチスピアの外見をハチマンが知らない事をアサギは知らないが、
その推測は実は正しい。ハチマンはある程度の情報はナタクから伝え聞いており、
武器が傘状になっている事と、そこに宝石が散りばめられている事だけは知っていたのだ。
アサギが思うに、これは明らかに罠であり、
リオンが何か言う前に、自分が先に口を開かないとまずい事になる。
そう考えてアサギは、この場にリオンはいませんよという趣旨の発言をしようとしたのだが、
それよりも先に、おそらく気が抜けていたのだろう、リオンが先に口を開いてしまった。
リオンはメニュー画面を操作しながら、その問いに自然に返事をしてしまったのだ。
「咲太が麻衣さんと付き合い始めた辺りからの付き合いだから、
二年くらいの付き合いになるのかな、だから高校入学直後からって訳じゃないよ、ハチマン」
「ほうほう、そうだったのか」
そう言いながらハチマンは、そっとリオンの背後に立った。
そんな二人を、残った四人はあわあわしながら見つめていた。
「いやぁ、さっきは胸を強調されたせいで、思わずそっちを見ちまってアスナに怒られたが、
もっと声についてちゃんと考えるべきだったよなぁ、
似てるというか、どう考えてもお前の声だったんだから」
その言葉でやっとリオンは我に返った。そして恐る恐る振り返ったリオンの目の前に、
じろじろと観察するような目をしたハチマンが立っていた。
「なるほど、パーティグッズか」
そしてハチマンは、リオンのかぶっていた魔法少女の帽子をそっと外し、
その中から現実と同じくかなり量が多い、リオンの長い髪がバサッとあふれ出た。
「すっかり騙されたわ、だろ?魔法少女リオン」
ハチマンはそう言って、リオンにニヤニヤと笑いかけたのであった。