ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第679話 ハチマン、ご乱心?

「あの道みたいなの、片足くらいの幅しか無くない?」

「無理、こんなの絶対に落ちちゃう」

「しかも途中で道が切れてるよ……どうするのこれ」

 

 それに対して、ここに何度か来た事のあるハチマンら四人も同意した。

 

「まあ俺達も、最初ここに来た時は確かにそう思ったな」

「正気じゃないのな!」

「どう考えても無理って普通は思うじゃん?」

「まあ私以外はそう考えたみたいだったわね」

 

 そこでユキノが一歩前へと踏み出した。

 

「いつも通りユキノの出番なのな!」

「またアレが見られるじゃん」

「ユキノは一体何をしたの?」

「まあ見てれば分かるさ、あとここからは敵は出ないから、もう警戒しなくてもいい。

それじゃあユキノ、いつも通り頼むわ」

「ええ、任せて頂戴」

 

 そしてユキノはかなり長い魔法の呪文の詠唱を始めた。

 

「ちょっと、こんなに長い詠唱が必要って……」

「大規模魔法?」

「まあそうだな、俺もキリトもアスナも承知の通り、SAO出身な訳だが、

何故SAOを未経験のユキノが、他のSAO出身者を差し置いて副長をやっているか、

多分ここで嫌というほど実感出来ると思うぞ」

 

 そしてユキノの長い詠唱が終わり、魔法が発動した。

 

「アイス・フィールド!」

 

 その瞬間に岩の通路と同じ高さに氷のフィールドが形成され、

その谷は、完全に氷で塞がれる形となった。

 

「うわ」

「言葉もないわ……」

「谷が通れるようになった……」

「さっすがユキノ、いつ見ても凄いのな!」

「相変わらずユキノは化け物じゃん」

「褒め言葉と受け取っておくわ、さあ、行きましょうか」

 

 こうして一行は谷を超え、全員が氷の橋を渡りきった後、ユキノはすぐに魔法を解除した。

 

「あれ、すぐ消しちゃうの?」

「ええ、そうしないと、モブがこちらに渡ってきてしまう事があるのよ」

「前それで、背後から不意打ちをくらったからな、まああっさりと返り討ちにしてやったが」

「なるほど、全て経験に基づいているのね」

「そういう事だ、さあ、ここからは他のプレイヤーが手付かずの鉱脈が広がってるから、

気になる所を採掘しながら進むとしよう」

「確かにこんな場所に来れるプレイヤーは他にはいないわね……」

 

 ALOにおける採掘は、埋まった素材の一部が必ず外から見えるように配置されている。

その直径は最小で二センチほどであり、一行は目を皿のようにしながら、

ちょこちょこ角度を変えつつじっと壁を観察しながら進んでいった。

 

「あ、ここに何かある」

「ひょいパク」

「これも……」

「ひょいパク」

「これって何だろう」

「ひょいパク」

 

 道中はこのように手当たり次第であった。

おかげで素材もそれなりに集まってきたところで、

ユキノが茶目っ気を出したのか、ハチマンに向かってこう言った。

 

「リナさん、ハチマン君のその腰にある短剣だけど」

「ひょいパ……」

「うわあ!やめろリナ、ストップだストップ、これは素材じゃねえ!」

「惜しかったのな、もう少しで食べられたのに……」

「お前わざとかよ!もしこれを食ったらリツに言いつけるからな」

「リツねぇねは怒ると怖いからそれは勘弁なのな……」

「ユキノも例え冗談でもそういう事をするんじゃねえ」

「ふふっ、ごめんなさい、それじゃあその分働く事にするわ」

「おう、掘って掘って掘りまくってリナをお腹いっぱいにしてやってくれ」

「そっちじゃないわよ、そろそろ次の関門よ」

「ああ、地底湖か」

 

 そのハチマンの言葉通り、一行の目の前に、

シンと静まり返った不気味な地底湖が姿を現した。

 

「結構広いわね」

「でも生物が生息出来る環境じゃないですね、先生」

「おいリオン、お前、これがゲームだって事を忘れてないよな?」

「だってALOってそういうところ、意外とリアルじゃない?ね、先生」

「そうね、確かに合成レシピとか敵の配置とか、妙にリアルな部分がたまにあるのよね」

「それはクリシュナだから分かるんであって、俺達にはサッパリだからな」

「セラフィムなら分かるんじゃない?」

「私はそういうのは専門じゃないから無理かも」

「まあ結論から言うと、多分何かいるわよ」

 

 そこでユキノが横からそう言った。

 

「何か?何かって何?」

「さあ……」

「俺達もその姿を見た事はないからな」

「それなのに何かいるのは分かるの?遠くに波紋が見えたとか?」

「いや、まあこれからここを通過する事になるから、

とりあえずメニューを開いて経験値の欄をじっと見てろ」

「何それ……これから何をするつもり?」

「ユキノ、頼んだ」

「分かったわ」

 

 そして再びユキノが長い呪文の詠唱を始めた。

 

「またこのパターンなんだ……」

「大魔法を連発出来るところが凄いわよね……」

「ユキノは一日に、このクラスの魔法なら三回行使出来るからな」

 

 そのハチマンのセリフに、セラフィムが即座に突っ込みを入れた。

 

「ハチマン様、それはフラグですね」

「おう、まあそうだな」

「ちなみに私のフラグはもう立ってますよ、後は攻略するだけです」

「あ~はいはい、攻略本が発売されたら考えるわ」

 

 ハチマンはそう言って軽く流し、それに対してセラフィムが何か言おうとした瞬間に、

ユキノの呪文の詠唱が完了した。

 

「アイス・ワールド」

 

 その瞬間に地底湖は完全に凍りつき、同時にリオンがあっと声を上げた。

 

「どうしたの?」

「い、今経験値が入りました、しかもかなりの量が……」

「ええっ?」

 

 驚くリオン達に、ハチマンはドヤ顔で言った。

 

「どうだ、俺が言った意味が分かっただろ?」

「実はこれでリナちゃんとリョクはどんどん強くなってるのな!」

「まあでも敵の姿を見た事は一度も無いんだけどね」

 

 リナとリョクは続けてそう言った。

 

「確かにこれは、何かがいる事の証明ね、でも正体は不明と」

「もしかしたら岸からかなり遠くまで泳げば出てくるのかもしれないが、

こんな場所で泳ぐのは嫌だからな」

「確かにそうね、シンプルにおまけくらいに考えておくべきね」

「それじゃあ奥に進みましょうか、渡りきったら休憩にしましょう」

「そうだな、そうするか」

「ここを歩くのはきついから、いつものようにハチマンに掴まるのな」

「私も便乗しよっと」

 

 リナとリョクはハチマンの腕を掴み、滑りながらハチマンに引っ張ってもらうようだ。

他の者達もそれに続いて地底湖を渡り始めたのだが、

先ほどの岩の釣り橋の時は、中央に岩の部分があったから平気だったが、

今回はそういう部分が何もない為に、リナやリョクが最初から歩く事を放棄するくらい、

とにかく足元が滑る。本当に滑る。バランス感覚が鋭いユキノは平然と歩いており、

セラフィムは足のアイゼンを上手く利用して滑り止めにしていたが、

クリシュナとリオンはびくびくしながら氷の上を歩いていた。

 

「先生……」

「リオンちゃん……」

「おいおいお前ら大丈夫か?」

「だ、大丈夫、もうすぐ岸だしそれまでは何とか……」

「う~ん、随分と危なっかしいな、仕方ないか、リナ、リョク、先に行っててくれ」

「あいな!」

「オッケー、先に行ってるじゃん」

 

 そこでハチマンは予想外の行動に出た。腕を前に振り、二人を前へと滑らせたのだ。

 

「リナちゃん発進!」

「それじゃあお先に~」

 

 二人は氷の上を滑り、スイスイと前へと進んでいく。

その実態は、単に倒れないように前傾姿勢をとっているだけである。

要するにカーリングみたいな感じであろうか。

 

「あっ、そっか」

「最初から滑れば良かったんだ……

もし仮に転んでも、冷たくもないんだし装備が濡れる事もないし」

「まあそういう事だな、ほら、引っ張って前に飛ばしてやるから転ばないようにな」

「あ、ありがとう」

「私、スケートは苦手なんだよね……」

 

 ハチマンに引っ張ってもらった二人は、リナとリョクと同じように前に滑っていった。

 

「なるほど、こういうのはゲームならではね」

「こ、転ぶ、転んじゃう!」

「むしろ転んじゃってそのまま滑っていけばいいと思うわよ」

「そ、そうします」

 

 そのままクリシュナとリオンは滑っていったが、

クリシュナが普通に陸地にたどり着いたのとは違い、

リオンは上手く止まる事が出来ず、そのまま岸にあった岩めがけて突っ込んだ。

もっとも多少ダメージがくるくらいで別に痛くはないのだが、

リオンは慌てて足を出し、その岩を思いっきり蹴った。

 

 ガン!

 

 という音と共にその岩は破壊され、同時にリオンも何とか止まる事が出来た。

だがそのスカートは完全にめくれており、心配してリオンの様子を見にきたハチマンは、

慌てて目を背けた後、すぐに視線を戻し、しげしげとリオンのスカートの中を覗きこんだ。

他の者からすれば、完全に事案である。

 

「ちょっとハチマン君、あなたは何をしているの?って、ああ、そういう事」

 

 同じくリオンの事を心配してハチマンの後を追いかけてきたユキノは、

一瞬ハチマンを詰問しかけた後に、同じくリオンのスカートの中を覗き込み、

何かに納得したような表情でそう言った。

 

「どうだ?凄いだろ?」

「ええ、確かにそうね、派手だわ」

「これは早く全員に見せてやらないとな」

 

 そう言ってハチマンは、リオンのスカートの中に手を突っ込んだ。

もはや事案を通り越して犯罪である。

 

「な、な、な……」

 

 その時やっと体勢を立て直したリオンは、

その様子を見て顔を真っ赤にし、慌ててスカートを直して脚を閉じた。

 

「あっ、何するんだよお前、さっさと脚を開け」

「あ、あんたは一体何がしたいの!?」

「そうされると取りにくいんだよ!」

 

 一方その光景を呆然と眺めていたクリシュナは、

腕組みをしながら何か考え込んでいるセラフィムに、慌ててこう言った。

 

「ちょ、ちょっとセラフィム、止めなくていいの?」

「ユキノが止めてないから多分平気」

「それは確かにそうかもだけど……あれは何がどうなってるの?」

「素直に文脈から判断すると、リオンのパンツがとても派手な凄いパンツで、

それを全員に見せてやろうとハチマン様がリオンのパンツを脱がせようとしていて、

それにユキノが協力……」

 

 そこまで言ったセラフィムに、ハチマンからこう指令が飛んだ。

 

「おいマックス、リオンの脇に手を入れて、上に持ち上げてくれ」

 

 その言葉にセラフィムは目を見開いた。

 

「つまり私に手伝えという事ですね、ハチマン様」

「おう、手伝ってくれ」

「分かりました、ハチマン様と共に堕ちるなら本望!リオン、パンツお覚悟!」

「ちょ、ちょっと、やだ、やめ……」

 

 リオンはセラフィムに持ち上げられ、STRの差から抵抗する事も出来ず、

羞恥心から目をつぶった。その耳に、ハチマンのこんな言葉が聞こえてきた。

 

「おいクリシュナ、リナ、リョク、ちょっとこっちに来てみろ、これだこれ」

「え、えっと、うん……えっ、あ、本当に凄いじゃないこれ」

「本当にまさかよね」

「凄いのな!」

「お~っ、これは興味をそそられるじゃん」

「マックスもちょっと見てみろよ」

「はい、ハチマン様」

 

 リオンは自分のパンツの品評会が行われているのだと思い、

羞恥心から何も言えなかったが、そんなリオンをセラフィムは横にそっと下ろした。

 

「なるほど、これは凄いですね」

「えっ?」

 

 それでやっとリオンも、何かおかしいと気付いたようだ。

リオンはそっと目を開け、先ほどまで自分がいた場所を見た。

そこにはキラキラ光る珠が落ちており、リオンは目を見開いた。

 

「こ、これは?」

「お前が砕いた岩の中から出てきたんだよ、多分全属性の宝珠だな、リナ、頼むわ」

「はいな、ひょいパクっ……うん、四種の魔力を感じるのな!」

「って事は目的の魔法吸収エンチャントの素材の中でも最高位の奴で確定じゃん」

「おお、これでアサギが喜ぶな、やったなリオン、お前の手柄だ」

「え、あ、う、うん、ってあれ?ハチマンは私のパンツを見たのよね?」

「いや、心配しなくても太ももまでだ、セーフだったなリオン」

「そ、そう、ま、まあ良かったかな、いい素材も手に入ったんだしね!」

 

 そのリオンの言葉に、嬉しいながらも少し残念そうな響きが混じっていたのを、

師匠であるクリシュナは聞き逃さなかった。

 

「ねぇユキノ、セラフィム、今リオンちゃん、少し残念そうじゃなかった?」

「それはそうよ、先日も事故でハチマン君がリオンちゃんの胸を揉んだらしいけど、

リオンちゃんはどう考えてもハチマン君を、

ハラスメントのセーフリストに登録してるじゃない」

「あっ!」

「今もハラスメント警告は出ていなかった、つまりそういう事」

「なるほど、あれは手順が面倒だから、

確固たる意思で自発的に登録しようとしない限り、普通はいじらないものね」

「ちなみに私も外してるわよ」

「私も」

「そ、そうなの?」

「当たり前じゃない、せっかくのラッキースケベをシステムに邪魔されてたまるものですか」

「むしろ自分から押し付けるのが吉」

「ふ、二人ともたくましいのね……」

 

 何はともあれ目的の品の一つを運よく入手する事に成功した一行は、

そのまま更に奥へと進んでいく。


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