一方その頃ヴァルハラ・ガーデンでは、ナタク達三人が、
アサギの新装備について活発に議論を交わしていた。
「浮遊型シールド?」
「はい、アサギさんのスタイルも、結構特殊になりそうじゃないですか。
攻撃的タンクって言うんですか?鉄扇を守りに使うのはいいとして、
アサギさんのスタイルだと、敵の一撃を防いだ直後にその鉄扇で攻撃、
同時に空いた手でバル・バラを投擲、みたいな感じになりますよね?」
「そうねぇ、確かに攻防一体って感じになるわよね」
「攻撃の手が足りない時は、腕に鉄扇を装着してバル・バラを両手で投げる予定よね」
「で、懸念されるのは、最近飛び道具が増えたじゃないですか、
そうすると、鉄扇で防御中にバル・バラを投擲して、
その間に飛び道具なりなんなりで、側面から攻撃を受けた時に、
防御に回せる装備が一切無いって事だと思うんですよ」
「ああ、確かにその時に簡単な防御が出来るような装備があるといいわよね」
「です、なので肩あたりに、浮遊型のシールドみたいな、
動きを阻害しない自立防御が可能な簡単な防具を付けられればいいなと思ったんですよね」
「一理あるわね」
「乱戦だとタンクは忙しいものね」
ナタクのその意見に、リズベットとスクナはうんうんと頷いた。
「一応簡単な設計図とエンチャント候補は用意してあるんですけど、
どうしても三賢者の承認が得られなくて困ってるんですよ、どうすればいいですかね?」
「ちなみに何のエンチャントを付けたの?」
「プレイヤー追随、浮遊、自動攻撃判定、戦闘時位置関係固定ですね」
「戦闘時位置関係固定?持ち主との座標を常に一定にするって奴よね、
それはまたマイナーなのを引っ張り出してきたわね」
「それが無いと、多分敵の攻撃を受けた瞬間に盾が弾かれるだけだと思うんですよね……」
「確かにそうよね、でも戦闘時位置関係固定が、多分承認不可の原因だと思うわ、
自動攻撃判定と矛盾するもの」
「やっぱりそこですよね、う~ん、これは困った……」
「それに固定されちゃうと、自在に敵の攻撃を迎撃ってのは無理じゃない?」
「あっ……」
三人は色々と意見を出し合ったが、他にいいエンチャントの組み合わせも見つからず、
この件は実現不可という結論に達した。
「これは無理ですね」
「そうね、でも基本アイデアは悪くないと思うわ、
これ、宙に浮かせる事を諦めればいけるんじゃない?」
「なるほど、確かにそこに拘る必要はないかもしれませんね、
可動式盾か……それならいいサンプルがあります、こんな感じですよね?」
そう言ってナタクは、とある作品に登場する人型兵器のイラストを二人に見せた。
「ああ、うん、こんな感じかな」
「肩に盾が付いてて自在に動く感じよね」
「ですです、これなら設計も簡単ですね、あとは簡単に破壊されないように、
軽くてそれなりの硬度のある素材があればいけますね」
「アダマンタイト……は硬さは申し分ないけど重さがなぁ」
「それなら軽アダマンタイトね、ユイちゃん、在庫はあったかしら」
「軽アダマンタイトの在庫は今丁度切らしてますね、ママの暁姫でかなり使いましたから」
その三人の言葉を聞いて、ユイが即座にそう答えた。
ユイはヴァルハラが保有している素材の種類と量を常に把握しているのだった。
「う~ん、ハチマンさんが都合よく取ってきてくれないかなぁ」
「まあ最悪それ目的でまた行ってもらうとして、設計だけしておけばいいんじゃないかしら」
「そうしますか」
「そうするとエンチャントは……」
「自動攻撃判定だけでいけるんじゃないかしらね」
「アサギさんの動きを阻害しないように、稼動域を調節すればそれだけでいいですね」
こうしてまた一つ、ヴァルハラに特殊な装備が登場する事になった。
ヴァルハラの装備はこうして作られているという一つの事例である。
「お、今日もやってるな、本当に三人は熱心だよナ」
丁度そこに、珍しくアルゴが姿を見せた。
「あ、アルゴさん、珍しいですね」
「ちょっと気晴らしかな、色々煮詰まってるんだよナ」
「お疲れ様です」
「ザスカーとの兼ね合い?」
「それもあるんだが、飛び込みでちょっと大きな仕事が入っちまったんだよナ……」
「へぇ、別のイベント?」
「ああ、しかもあっちが事前にかなり準備を進めた上でプレゼンしてきたから、
こっちもそれに合わせないといけなくて、今はちょっと人を多く動員してるんだよな、
それを纏めるのが大変なんだゾ」
「そうなんだ、それじゃあもう発表まで秒読み?」
「ああ、楽しみにしてくれていいぞ、オレっちも最初は驚いたからナ」
「なるほど、それじゃあ期待しておくわ」
「で、今日はハー坊は?」
アルゴはハチマンに用事があったのだろうか、きょろきょろしながらそう尋ねてきた。
「今日はスモーキング・リーフに行ってから、クリシュナ、リオンちゃん、
セラフィム、ユキノの四人と一緒に素材収集にグロッティ鉱山に行ってるわよ」
「スモーキング・リーフ?ああ、あのアンノウンか……」
「アンノウン?」
「リナのスキルの事については、職人の三人はもちろん知ってるんだよナ?」
「うん、もちろん」
「あれって確かに特殊なスキルだと思うけど、取得条件は何なの?」
「存在しなイ」
「えっ?」
「無いんですか?」
「どういう事?」
そのアルゴの答えに、三人はポカンとした。
「実はあのスキルな、三賢者の追認なんだよナ」
「追認?まさか最初から取得してたって事ですか?」
「だな、あの六人は少し前に突然ALOに現れたんだが、
それをハー坊がたまたま拾って、色々支援して今の場所に落ち着いたのは知ってるカ?」
「うん、概要だけだけど知ってる」
「ログを確認すると、その直後に三賢者がリナのスキルを公式に承認してるんだよナ」
「そうだったんですか……」
「まああの六人に関しては謎が多いが、直接会った感じ、
邪悪な意図を持った存在じゃないと思うし、
むしろ今の状態を幸せだと思っているみたいだから、三賢者とハー坊が認めた以上、
オレっちもそういうものだと思って深く考えないようにしてるんだよナ」
「そうだったんですか、分かりました、僕も今まで通り、仲良くしていきたいと思います」
「私もそうするわ」
「あたしもあたしも!」
「そうしてやってくれ、で、今は何の話をしてたんダ?」
「あ、これです」
ナタクはそう言って、『バーガ・ハリBS-R』と書かれたイラストをアルゴに見せた。
「ああ、もしかしてラウンドバインダを作ってたのカ?」
どうやらアルゴもハチマンやキリトの影響を受けたのか、
その元ネタには詳しいらしく、専門用語がポンと飛び出してきた。
「さすがはアルゴさん、話が早いですね。
本当は浮遊型のシールドにするつもりだったんですけど、
浮遊させるのがどうしても無理だったんですよ、三賢者の承認が得られなくて。
でもよく考えると確かに問題があったんですよね、三賢者って凄いですよね」
「あれはよく出来たシステムだろ?作ったのはダルだけどナ」
「そうなんですか」
「三つのAK型AIによる承認システム、世界観、実現可能度、他者とのバランスの、
三つの観点から合成完成品の導入の可否を判断する管理システム、
これが完成したからこその、新しい合成システムの導入だナ」
「おかげで毎日凄く充実してますよ」
「これ、自由度が上がったのが凄くいいわよね、いかにも物作りをしてるって感じ」
「裁縫は主にデザイン重視なんだけど、それもやりやすくなったし、
エンチャントを考えるのも凄く楽しくてやりがいがあるわね」
「好評みたいでオレっちも嬉しいゾ」
そしてアルゴも何となく相談に加わり、リズベットが次にこんな事を言い出した。
「あと、リオンちゃんの例の槍の事なんだけどさ」
「ああ、愛着が沸いたって、手放すのを惜しがってましたよね」
「これ、素材に戻して武器の魂を継承するのもありかなって思ったんだけど」
「それはいいかもしれませんね」
「問題は、どういうパーツにしてロジカルウィッチスピアに装着するかなのよね」
「あれはかなり完成された武器ですもんねぇ」
「あえて言うなら直接攻撃の射程が短いところかなって個人的には思うんだけど」
「穂先を伸びるようにしますか?」
「それならいっそ、ギミックを追加しちまえばいいんじゃないカ?」
その会話を聞いていたアルゴが、突然横からそう言ってきた。
「ギミックですか?」
「ああ、ハー坊もキー坊もナタクも大好物な奴だ、ロマン武器だナ」
「ロマン武器?ま、まさか……」
「ああ、あれダ」
「あれですか!」
その二人の会話にきょとんとしていたリズベットとスクナは、
ナタクに概要を説明されても、まだきょとんとしていた。
「仕様は分かったけど、そこまで燃える理由がよく分からないわ」
「まあそうですよね、男のロマンって奴です」
「まあハチマンやキリトが好きな武器だってなら、それでいいんじゃない?」
「はい、僕が必ず仕上げてみせます!」
「が、頑張って」
それからもアサギの装備関連について色々提案が成され、
同時に他のメンバーの装備についてもいくつかの問題点が指摘された。
こうして日々、ヴァルハラのメンバー達の装備は魔改造されていくのだった。
一方その頃、ハチマン達は第三の難所へと差し掛かっていた。
「こ、これは……」
「何これ、確かにちょっと暑いなとは思ってたけど、
何で地底湖の奥にこんな場所があるの?」
「落ちたら絶対に死ぬよね?」
そこにあったのは、マグマが流れる川であった。いわゆる溶岩流である。
「当たり前だろ、さて、ユキノ先生、宜しくお願いします」
ハチマンが澄ました顔でそう言い、ユキノが一歩前に出た。
「またユキノの出番なんだ……」
「っていうか、いつの間にか呪文の詠唱を始めてたのね」
どうやらユキノは既に呪文の詠唱を開始していたらしく、即座にその呪文は発動した。
その為他の者達は気付かなかったが、この呪文は前の二つと比べても、
倍以上の長さの呪文の詠唱を必要とする程の極大魔法である。
最初の魔法で使ったMPはユキノのMPの三割、次の魔法も三割、
この魔法は実にその倍の六割を必要とする魔法であったが、
移動中に二割ほど回復する事で、ユキノは帳尻を合わせているのだった。
「次の魔法は一分くらいしか持たないから、まあ時間に余裕はあるが、
魔法の発動と同時に全員ダッシュで向こうに渡るんだぞ」
「わ、分かったわ」
「みんなでダッシュだな!」
「私、走るのはちょっと苦手じゃん……」
「心配するな、いつも通り俺がかついでやるから」
「何かごめんね、ハチマン」
「気にするなって」
そしてユキノの魔法が発動した。
「アルティメット・アイスノヴァ!」
その瞬間に、溶岩流が白くなり、一気に凍りついた。
「今だ、走れ!」
「行くのな!」
六人はその言葉で一斉に走り出した。ちなみに一人足りないのは、
ハチマンがリョクを肩に担いでいたからだ。いわゆるお米様抱っこである。
リオンがふと横を見ると、上流の方から徐々にではあるが、
元の溶岩の色に戻ってきているのが確認出来た。
「あのペースならそこそこ余裕があるわね」
「ユキノは本当に化け物だよね」
「ある意味ハチマンよりも強い気がするわ」
「おう、俺は昔から、ユキノには頭が上がらなかったからな」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?リオンさん、ちょっと後でお話しましょうか」
「ご、ごめんなさい、遠慮します!」
そしてリオンは走る速度を上げ、一番に対岸にたどり着いた。
「リオン、その目の前の洞窟の先だ」
「分かった!」
リオンはハチマンにそう言われ、そのまま洞窟へと突入した。
遠くに明かりのようなものが見え、リオンはその光を目掛けて走り、
洞窟を抜けると、そこには白い空と一面緑色に覆われた世界が広がっていた。
「な、何これ……」
すぐにハチマン達もリオンに追いつき、初めてここを訪れたセラフィムとクリシュナは、
リオンと同じように驚きの声を上げた。
「草原?」
「凄く明るい、これってもしかして、天井が光ってるの?」
「ああ、ここが最終目的地、名付けてヴァルハラ広場だ」
「さりげなく所有権を主張してるのね」
「第一発見者は俺なんだから別に構わないだろ」
「まあ別に異論はないけどね、まさか溶岩流のすぐ奥にこんな場所があったなんて……」
そこには天井が光り輝いている広い広い広場があり、
そこには見渡す限り、色々な草花が咲き誇っていたのだった。