ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第681話 その日アルンの裏街で

「ここが採集の最終目的地なんですね、ハチマン様!」

「お、おう、上手い事を言うなマックス」

「えへへ、それじゃあ頑張って素材を集めますね!」

「ああ、俺はとりあえず、ここまで取った素材の整理を、

リナとリョクと一緒に終わらせてから参加するからな」

「はい、それじゃあみんな、色々集めてリナちゃんの所に持ってきましょう!」

 

 まさかこんな所にこんな場所があるなどとは思ってもいなかったのだろう、

セラフィムがテンション高めにそう言い、同じくクリシュナとリオンも、

連れ立って広場の奥へと走り出していった。

ユキノも微笑みながらそこに付いていき、セラフィムもその後に続いた。

 

「さて、とりあえず未鑑定の素材のチェックと整理整頓をしちまうか」

「はいな、沢山食べるのな!」

「私がメモっておくから、二人はどんどん鑑定していくじゃん」

「というか、今気付いたんだがリナゾーに会うのは実は今日が初めてか?」

「そういえばそうなのな、でも他のリナちゃんが経験した事も全部記憶にあるから、

初めてだって気はしないけどな!」

「そうなのか」

「実は私も、リナゾーと直接会ったのは、ここに来てからなんだよね、

私は姉妹の中で、一番最初に退場したから」

「なのな、その後リナゾーも退場しちゃって、

リンねぇねの中で復活したリョクと入れ違いになったのな!」

「だからうん、会えて本当に良かったじゃん」

「だな!」

 

 ハチマンは二人の会話に特に何もコメントはせず、黙って二人の頭を撫でるにとどめた。

彼女達に何か事情があるのは理解していたが、

彼女達の表情が初めて会った時と比べて段違いに明るくなっており、

何よりハチマンのおかげで今が幸せだと言ってくれているのだ、

ハチマンはその彼女達の気持ちを尊重し、

その幸せを守る為に可能な限り協力しようと思っていたのだった。

 

「これが頭を撫でられる感覚なのな、リクねぇねはいつもこんな気持ちだったのな」

「気持ちいいよねぇ、やっと色々な感覚に慣れてきたって感じじゃんね」

「しかしここに来て最初に会ったのがハチマンで本当に良かったのな!」

「最初はかなり戸惑ったけど、あれは本当に運が良かったじゃん」

「よく分からないが、二人がそう思ってくれるんだったら、俺としても本当に良かったよ」

 

 三人はそんな会話を交わしながら、初めて出会った時の事を思い出していた。

 

 

 

 GGOの事件が解決して少しした頃ハチマンは、

この機会にALO内で敵性勢力が拠点にしそうな場所を予めチェックしておこうと思い立ち、

各種族の街の正確な地図を作る必要性にかられ、

手始めに滅多に人が通らない、アルンの裏町の調査をしていた。

 

「この辺りはやっぱり人が来ないんだな、いくつかプレイヤーズハウスの物件も出ているが、

今はアルンに拠点を構えるよりは、アインクラッドの方が人気だからまったく売れてないな」

 

 そう呟きながらハチマンは、片っ端から街の路地の様子を確認していった。

そしてとある路地に差し掛かった時、

そこにハチマンは、六人の赤い髪の女性が倒れているのを発見した。

 

「うおっ、何だ?まさかの行き倒れか?」

 

 そもそもALOのシステムで、気絶というのはありえない。

リアルで気絶していたら強制ログアウトされているはずなのだ。

だが不思議な事に、その六人の女性は完全に気を失っているように見えた。

 

「おい、何があった?」

 

 そのハチマンの言葉に反応したのか、六人の女性は一人、また一人と起き上がり始めた。

 

「ん、ここは……?」

「急に目の前が真っ暗になったのは覚えてるんだけど、どうなってるのにゃ?」

 

 最初に起き上がった二人は、きょろきょろと辺りを見回し、

横に倒れている三人の姿を見て、大きく目を見開いた。

 

「あれ、これって何がどうなってるんだ?」

「別々に実体化してるみたいだわねぇ」

「何これ、凄く興味があるじゃん」

「リョウちゃん、リクちゃん、リョクちゃん!」

「リョウねえ、リクねえ、リョク!」

 

 リョウ、リク、リョクと呼ばれたその三人は、軽い感じでその二人に声をかけた。

 

「あは、久しぶりだねぇ」

「まさか再び実体化するとはなぁ」

「何が起こったのか、解明しなくちゃじゃんね」

「ま、まさかこんな……」

「また会えるなんて!」

 

 二人はその三人に抱き付き、わんわんと泣きだした。

三人は苦笑しながらもその二人をしっかりと抱き締め、

どうやら五人は再会を喜びあっているんだなと、ハチマンは漠然と感じていた。

 

「あっ、そういえばリナは?」

「見てリン、リナッチ一人しかいないにゃ……」

「リナ、起きろリナ、他のリナはどうしたんだ?」

 

 そのリンと呼ばれた女性は、ただ一人倒れたままでいる、

若干幼く見えるリナというらしい女性を必死で揺さぶった。

 

「ん……リンねぇね、一体何なのな?」

「何じゃない、リナッチ、他のリナはどうしたんだ?

まさかリナコに続いて他のみんなも……」

「他のリナ?ちょ、ちょっと待ってな、何かおかしいのな」

 

 そしてリナは目をつぶり、しばらく後に再び目を開けたのだが、

ハチマンはそのリナと呼ばれた女性を見て、違和感を感じていた。

 

(あの子から複数の気配を感じる気がするんだが気のせいか?)

 

 それはあくまでもハチマンの感覚によるものであり、

まったく確信などがある訳ではなかったのだが、

当のリナが、ある意味それを裏付けるような事を言った。

 

「分かったのな、他のリナはいなくなったんじゃなく、

体だけが一人に統合されたみたいなのな、今リナの中に、六人とも存在してるのな」

「そ、そうなの?そじゃあみんな無事なのね?リナゾーやリナコも?」

「大丈夫、ちゃんといるのな!」

「それは嬉しい事実なのにゃ!」

 

 その女性達は、おそらく姉妹なのだろうが、嬉しそうにそう微笑みあった。

 

「それにしても一体何が起こったのにゃ……」

「それよりも先に、安全を確保する必要があるみたいよねぇ」

「だな、リツとリンも手伝え、敵だ!」

 

 その瞬間に、戸惑いながらも六人の様子をじっと眺めていたハチマンは、

咄嗟に後ろに飛んだ。その目の前を、鉄パイプのような物が通り過ぎた。

 

「あれぇ?結構いい反応をするみたいな?当たったと思ったんだけどなぁ」

「リョウ、何かおかしい、ケムリクサの力が出ない、というか無いみたいだぜ、

リツ、ミドリちゃんはどうなってる?」

「ミドリちゃんの葉っぱも無くなって、本体だけになっちゃってるみたいだにゃ……」

「え~?本当に?」

「悪いリョウ、そうなると俺は役に立たねえ」

「私もにゃ」

「それじゃあリン、二人でやるよぉ?」

「分かった、私がみんなを守る!」

 

 そう言ってそのリンという少女は、猛烈な勢いでハチマンに突撃してきた。

 

「待て、事情は分からんが俺は敵じゃない、

六人が倒れているのを見て起こそうとしただけだ」

「アカムシが喋った!?」

「アカムシって何だ?」

「アカムシはアカムシだ!」

「なるほど、よく分からん」

 

 そう言ってハチマンは、とりあえずリンを制圧しようと思い、

相手を傷つけないようにと鞘に入れたまま短剣を構えた。

 

「何だそれは、武器か?」

 

(ん、こいつもしかして、鞘に入っているとはいえ刃物を見た事が無いんじゃないだろうな)

 

 ハチマンはそんな疑問を感じながら、リンの拳にカウンターを合わせた。

 

「あっ」

「ほれ、捕獲っと」

 

 そう言ってハチマンは、体勢を崩したリンの体を抱きとめ、

ぐるりと体を入れ替え、そのままリンの腰の辺りを背後から片手で拘束した。

 

「くっ……」

「おっと」

 

 次の瞬間に、ハチマンの頭があった位置を鉄パイプが通り過ぎた。

一歩間違えばリンという女性に当たっていたかもしれないが、

その鉄パイプは完全に軌道をコントロールされており、

スレスレでリンの体に命中しないような軌道を通っていた事にハチマンは気付いていた。

 

「ありゃ、君、中々やるねぇ、リン、抜けられる?」

「大丈夫、離せ!」

「うお、力はかなり強いんだな、リン」

「人の名前を勝手に呼ぶな!」

 

 リョウの攻撃を避けたせいで力が抜けたとはいえ、リンは力ずくで拘束から逃れ、

ハチマンはリンの拘束を続けるのは少し厳しいかと考え、ターゲットを変える事にした。

 

「よっと」

 

 次の瞬間に、再びハチマンの頭を目掛けて鉄パイプが放たれた。

だがハチマンは、むしろその攻撃を待っていた。

ハチマンは鉄パイプをギリギリで避けつつ、リョウと呼ばれた女性の懐に飛び込み、

その首に手を回してそのままリョウの足を引っ掛けて地面に引き倒した。

 

「リョウねえ!」

「君、やっぱりやるねぇ、これはちょっとまずいかも?」

「聞いた感じお前が長女なんだよな?俺はこれ以上お前達と争うつもりはないから、

他の奴らを引かせてくれないか?」

「そうねぇ、確かに殺気を感じないし、信じてあげてもいいんだけど……」

「ならもう終わりだ、ほれ」

 

 そう言ってハチマンは、自分の武器をリョウに渡し、無防備にその場に腰を下ろした。

 

「ありゃ、いさぎよいねぇ、リン、戦闘終了。どうやらこの人はアカムシじゃないみたい」

「アカムシじゃなければ何?」

「多分、人なのかなぁ」

「人?本当に?」

「うん、まあ多分だけどねぇ。それに気付かない?私もさっき気付いたんだけど、

私達、触覚や他の感覚が、全部分かるようになってるみたいよ」

「あっ、そういえば確かに……」

「えっ、マジか」

「確かにいつもと体の感じが違うのにゃ」

「色々分かるのな!」

「お前達が言ってる事は、本当に訳が分からないな」

 

 ハチマンはその姉妹の会話がまったく理解出来ず、ただ苦笑する事しか出来なかった。

 

「とりあえず、そろそろ水を補給したいところだけど」

「でもケムリクサが無くなったせいか、前よりも水が必要な感じがしないのにゃ」

「とりあえず、どこか落ち着ける場所でこの人に色々と話を聞きたいじゃん」

「落ち着ける場所に行きたいのか?

それなら俺が何とかするが、とりあえずお前らはコンバート組なんだよな?」

「コンバートって何だ?」

「知らない言葉じゃん」

「マジか、一体どうなってるんだ……」

 

 ハチマンは混乱しつつも、とりあえず六人と話をする為に、

近くの宿屋の一室を借りる事にした。

 

「とりあえずここを借りたから、ここで話すとするか、

そこの蛇口を捻ればいくらでも水が出てくるから、飲みたいならいくらでも飲むといい」

「いくらでも!?」

「本当なのな?」

「嘘を言ってどうするよ、ほれ、こうするんだ」

 

 ハチマンはそう言って蛇口を捻り、そこから水が溢れだした。

それを見た瞬間に、六人はわっと沸いた。

 

「こんなに水が……ちょっと感動なのな!」

「どうやらここには水がいくらでもあるみたいよねぇ」

「赤霧の気配も感じないし、ここは天国なのにゃ」

「まあ良く分からないが、とりあえず情報交換といくか」

 

 こうしてハチマンは、成り行きで不思議な六人の姉妹を拾う事となったのだった。


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