「私達は、始まりの人から同時に生まれた存在なのにゃ」
そのリツの最初の言葉に、ハチマンはいきなり混乱させられた。
「始まりの人……」
「私達が生きていくには絶対に水が必要なんだけど、
あの世界の水は、もうほとんど残ってなかったの」
「水か……」
(そういう設定なんだろうか、でも彼女達は真面目に話してくれている気がする)
「で、俺達は水を求めて一島から二島、三島と色々な島を調べていったんだけどよ」
「おう、シンプルな名前だな」
ハチマンがそう、ありきたりな感想を述べた瞬間に、リョクが平然とした顔でこう言った。
「最初に私が力を使いきって消滅したじゃん」
「消滅……だと?」
(あるいはそういうゲームだったのか?聞いた事は無いが)
「うん、で、次に私が、主との戦いでうっかり死んじゃってねぇ」
「リョウがか……主って強いんだな」
「そこでリナが六人に増えたのな!」
「はぁ!?」
ハチマンはその増えたという表現に驚きつつ、平静を装ってこう言った。
「……お、おう、そうなのか」
「その直後にリナゾーが大型のアカムシに倒されて」
「リナゾー?それって、リナの中の一人か?」
「順にリナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム、
全員合わせてリナちゃんなのな!」
(なるほど、ゾーって、三の事か……)
「で、次に俺がやられちまってよ」
「その後に、リナコが大型のアカムシとの戦闘で力を使いきって消滅したの」
「その時に発見した水を回収してる最中に、急に大きな水音がして、
そこからの記憶が無いのにゃ」
「なのな!急に眠くなって、そのまま気付いたらここにいたのな!」
「それ、私も覚えてるじゃん」
「確かにそんな感じだったわねぇ」
「ああ、そうだったよな」
「えっ、何で姉さん達がその事を?」
ハチマンはもう口を挟む事はせず、六人の会話を黙って聞く事にしたようだ。
そしてリョウ、リク、リョクの三人は、顔を見合わせた後にリンにこう言った。
「実は私達、ずっとリンの中にいたんだわなぁ」
「交互に表に出る感じでな」
「まあ表に出なくても、三人の中だけなら自由に会話は出来たんだけどね」
「そ、そうなのか!?」
リンは慌てて自分の体を見ながら、とても驚いたようにそう言った。
「でもまあ理由は分からないけど、こうして再び四人に分かれたじゃん」
「しかも全員完全に復活してだにゃ、とてもめでたいのにゃ、尊いのにゃ」
「なるほど、とりあえず事情は把握した」
ハチマンは深く考えるのをやめ、今姉妹が言った情報を、
事実としてとらえる事にしようと決意した。
突拍子もない話ではあるが、姉妹がそう言うからにはそうなのだろうし、
安易に否定したり疑ったりするべきではない。
後で冗談だと言われたら、そうだったのかと笑い飛ばせばいい。
ハチマンはそう考えながら、今度はこの世界の事を説明する事にした。
「先ず最初に言っておくが、ここは現実じゃない、ゲームの中の世界だ」
「ゲーム?ゲームって何?凄く興味があるじゃん」
その言葉に食いついたのは、やはりリョクであった。
ハチマンの感覚だと、リョクは学者のような雰囲気を湛えており、
知識欲が姉妹の中では突出して高いように見えた。
「分かりやすくいうと、ここは人が作った娯楽の為の世界だ。
とはいえ現実とはそれほど変わりがないし、かなり細かく作りこまれている。
ここで食べたり飲んだりも出来るし、現実の体の維持さえちゃんと出来れば、
一生ここで暮らし続けていく事も可能だ」
「つまりここにいるハチマンは、本当のハチマンじゃないの?」
「まあそういう事だな、現実世界はこんな感じだ、今写真を見せる」
ハチマンはそう言って、姉妹にリアル世界の色々な写真を見せた。
「これってもしかして、私達がいた世界の元の姿かにゃ?」
「そうかもね、この世界がずっと放置されたら、ああいう感じになる気がする」
「一島は小さな島だったけど、赤霧のせいでぼろぼろだったしな!」
「小さな島で廃墟?軍艦島みたいなもんか……」
「軍艦島?それってどんな島?」
「これだな」
ハチマンが見せてきたその写真を見た瞬間に、姉妹達は全員同時に息を呑んだ。
「ん、どうかしたか?」
「ハチマン、これが軍艦島なのにゃ?」
「おう、俺は行った事はないが、そうみたいだな」
「こ、これって一島じゃん!」
「え、マジでか」
「うん、確かにこれは一島だねぇ」
「そうなのか……」
(って事は、六人がいう『あの世界』ってのは、日本を再現した世界なのか……?
駄目だ、もう何が何だかまったく分からん)
ハチマンは軽いパニック状態に陥り、素直に外部に助けを求める事にした。
ALOといえばこの人しかいない、アルゴの出番である。
「ちょっと待っててくれ、今そういう事に詳しい仲間を呼ぶから」
そう言ってハチマンは、この宿にアルゴを呼び出した。
「いきなりゲームの中からリアルに連絡してくるなんて、ハー坊にしちゃ珍しいナ」
「緊急事態だ、とりあえずちょっと付き合え」
「ふ~ん、何があったんダ?」
「とりあえず中に入ってくれ」
宿の入り口でそう言われ、アルゴはきょとんとした後、やや顔を赤くした。
「……宿の中で二人きりって、そういう事か?
緊急事態って言うくらい我慢の限界だったんだなハー坊、
まあもらえる飴はもらっておくぞ、アーちゃんには黙っててやるからナ」
「お前が何を想像しているのかは何となく分かるが、そういうんじゃない、
本当に緊急事態なんだ、とりあえず会って欲しい奴らがいる」
「ふ~ン?」
アルゴは訝しげな表情でそう言い、大人しく中に入った。
そして六人を紹介され、先ほどハチマンが六人にされた説明が、再び繰り返された。
「……なるほどナ」
「しかもこの六人、お前を待ってる間、普通に寝てたんだよ、ありえないよな?」
「……SAOならともかく、ALOでそれは無いナ」
「なのでとりあえず、六人がどのゲームからコンバートしてきたのかを調べてくれ、
可能ならどの地域から接続しているかもだ」
「オ-ケーだ、ちょっと待っててくれナ」
そしてアルゴはコンソールから仮想キーボードを呼び出し、ソレイユにアクセスした。
六人はその姿を興味津々で眺めていたが、
やがてアルゴが信じられないといった顔でハチマンにこう言った。
「どっちも不明……」
「え、マジかよ、そんな事ありうるのか?」
「ある訳ないだろ、でもそれが事実ダ」
「そういう結果が出るような事象に心当たりは?」
「そうだな……一つだけあるにはあル」
「何だ?」
アルゴはじっとハチマンの顔を見つめた後、躊躇いがちにこう言った。
「……茅場晶彦」
「晶彦さん?あっ、まさかお前……」
「そのまさかだ、始まりの人ってのが、茅場晶彦のように脳をスキャンした人物だとして、
その意識が仮にネットワーク内に残る事に成功したとする。
で、その意識がネット内で六つに分かれ、そのショックで人間だった時の記憶を失う。
そのまま六つの意識は一緒にネットの中を移動し、それぞれが別々の人格として成長し、
最終的にALOに着地する事になっタ」
「もう一度同じ事を言わせてもらうが、そんな事ありうるのか?」
「あるか無いかで言えば、可能性は無限だぞ。現実にこうなってるだロ」
ハチマンはその言葉に、ううむと唸りながらもこう答えた。
「真実は闇の中、ただ目の前の事実だけを受け止めろと」
「理解が早いな、まあそういう事だ。で、拾った当人としては、どうするのがいいと思ウ?」
「そういう事なら、あの六人はここでずっと生きていく事になるんだよな?」
「まあそういう事になるんだろうな、もしそれが事実なら、だガ」
「だったら彼女達のしたいようにさせてやるさ」
ハチマンはそう言って、訳が分からないという顔をしている六人にこう尋ねた。
「難しい話はもういいだろ、とりあえず、みんなはこれからどうしたいんだ?
ここにはみんなにとって脅威となる化け物は存在しないし、水も豊富にある。
もっとも水だけじゃ生きられないだろうから、普通に食事もする事を勧めるがな。
希望するなら六人が生活する為の家も俺が用意する。
なので六人で話し合って、これからどうしたいか決めてくれ」
「なるほど、それじゃあ相談するからちょっと待ってもらってもい~い?」
六人を代表してリョウがそう言い、ハチマンは頷いた。
「いくつか質問があるんだけど、いい?」
姉妹の中では一番頭の回転が早いと思われるリョクが、
話し合いの後にハチマンにこう尋ねてきた。
「ああ、もちろんだ」
「ここでもし死んだら私達はどうなると思う?」
「アルゴ、どうなるんだ?」
「データとしてはもう完璧にプレイヤーとして定着してるから、
普通に何度でも復活するゾ」
「だそうだ」
「そっか、死なないんだ」
「正確には死にはするが、存在が消滅する事は永久に無いって事だけどな」
ハチマンは姉妹にそう言い、リョクは他にもいくつかの質問をしてきた。
「用意してくれる家ってどのくらいの広さなの?」
「六人が生活していくのに十分な広さを確保するつもりだ、
具体的にはこの部屋の三倍くらいの広さだと思う」
「この世界に、私達にとって脅威となる敵はいるの?」
「基本的に、他のプレイヤー……あ~、他の人は、敵もいるし味方もいるな、
その他に、モンスターと呼ばれる強敵がいる。まあ街の外にしかいないから、
街で暮らしている分には、そういった脅威を感じる事もないだろう」
「この世界ってどれくらい広いの?」
「今でもかなり広いが、今後はもっと広くなるな、
少なくともお前が当分退屈する事は無いぞ、リョク」
「なるほど、大体分かったじゃん」
そしてリョクは姉妹達の方を向き、残りの五人はリョクに頷いた。
「それじゃあ申し訳ないけどしばらくお世話になるじゃん」
その言葉にハチマンは笑顔で頷いた。
「おう、これからずっと仲良くしていこうぜ」
「うん、そうだね」
その言葉を皮切りに、六人はハチマンを囲んで口々にこう言った。
「落ち着いたら私を敵のいるところに連れてって欲しいんだわなぁ」
「分かったリョウ、そのうち俺の仲間とみんなで一緒に狩りに行こう、
武器と装備も揃えないといけないな、とにかくそれなりに強くなっておかないと、
生活していく上じゃ何かと不便だからな」
「これは楽しくなってきたわねぇ、とりあえず私と戦う?」
「いや、戦わねえから」
「まあそのうちにお願いねぇ」
リョウは心底楽しそうな表情でそう言った。
「俺は色々な物が作れるようになりたいな」
「それならリクには俺の知り合いの職人を紹介しよう、そいつに色々教わるといい」
「やりぃ!サンキュー、ハチマン」
リクは指をポキポキ鳴らしながらそう言った。
「私はもう一度ミドリちゃんを育てたいのにゃ、どうにかならないかにゃ?」
「ミドリちゃんって、本体だけ残ってるとかいう木だよな?
芽吹くかは分からないが、とりあえず広い庭を用意するわ」
「ありがとうにゃ、感謝するのにゃ」
リツはそう言って、ミドリちゃんと呼んでいる光る枝を、大切そうに抱き締めた。
「私は……まだ自分が何をしたいのかよく分からない」
「だったらそれをゆっくり探す為に、色々見て回るといい、
もし必要なら俺が案内してやるよ」
そう言われたリンは、顔を赤くしながら動揺したようにこう言った。
「なっ……何だこれは、ハチマン、もしかして今、私に毒を盛らなかったか?」
「いや、何を言ってるんだお前、意味が分からないからな」
「な、なら別にいい」
「何なんだ一体……」
リンはそのまま、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ハチマン、リナちゃんは色々な物を食べたいのな!」
「そうか、料理でも習うか?」
「料理って何の事な?」
「食べ物をもっともっと美味しくする為の技術だな」
「もっと美味しく?なら覚えるのな!」
その時アルゴが、横からそっとハチマンに囁いた。
「おいハー坊、そのリナって子、とんでもないスキルを持ってるぞ。
今仮運用中の三賢者が、スキルを承認してやがル」
「三賢者?何だそれ?」
「新しい合成やら、スキルの管理の為に作った三つのAIの集合体だな、
作ったのはダルなんだが、今試験的に仮運用してるんだゾ」
「ああ、そういえば報告書で見た記憶があるわ、AK三つの集合体だろ?」
「それだそれ、で、その承認されたスキルってのがナ……」
そのアルゴの説明を聞いて、ハチマンはぽかんとした。
「何だそれ……」
「いや、マジなんだって、何か素材を持ってたら、リナに食わせてみろヨ」
「わ、分かった」
そしてハチマンは、たまたま持っていたミスリル鉱を、リナに差し出した。
「なぁリナ、これって食べられるか?」
「なんななんな?もしかしてリナちゃんにくれるのな?」
「お、おう」
「ひょいパク」
リナはそれを平然と食べ、ハチマンとアルゴはあんぐりと口を開けた。
「マジか……」
「これは驚きだナ……」
「これは食べた事のない味なのな!ハチマン、ありがとうなのな!」
「い、いや、それよりも今食べた素材、もう一度出せるか?」
「うん?もう一度な?」
「お、おう」
「はいな」
そう言ってリナは、スカートの中から先ほどの物と寸分違わぬミスリル鉱を取り出した。
「はいこれな」
「マジか……」
ハチマンは先ほどとまったく同じようにそう言い、リナは得意げにこう言った。
「リナちゃんは食べた物をいつでも取り出せるのな!」
「そうなのか、す、凄いなリナ」
「なのな!」
ハチマンはアルゴの言った事が真実だったと納得したが、
やはり人が鉱石を食べたという事実に頭がついていかないようだ。
そんなハチマンに、最後にリョクが声をかけてきた。
「ハチマン、今のって何?」
「ミスリルっていう素材だな」
「ふ~ん、何に使うの?」
「色々な武器や防具やアイテムを製作するのに使うな、他にも沢山種類があるぞ」
「そっか、なら私は最初にどんなアイテムがあるのか調べる事にする!
きっとそういう知識が役に立つ時がくるじゃん!」
「そうか、それじゃあうちのデータベースが見れるように色々と教えるわ」
「やった、感謝するじゃん!」
こうしてハチマンは、アメリカに行く為の準備の合間を縫って、
六人姉妹の世話をする事となった。