ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第682話 真実は闇の中

「私達は、始まりの人から同時に生まれた存在なのにゃ」

 

 そのリツの最初の言葉に、ハチマンはいきなり混乱させられた。

 

「始まりの人……」

「私達が生きていくには絶対に水が必要なんだけど、

あの世界の水は、もうほとんど残ってなかったの」

「水か……」

 

(そういう設定なんだろうか、でも彼女達は真面目に話してくれている気がする)

 

「で、俺達は水を求めて一島から二島、三島と色々な島を調べていったんだけどよ」

「おう、シンプルな名前だな」

 

 ハチマンがそう、ありきたりな感想を述べた瞬間に、リョクが平然とした顔でこう言った。

 

「最初に私が力を使いきって消滅したじゃん」

「消滅……だと?」

 

(あるいはそういうゲームだったのか?聞いた事は無いが)

 

「うん、で、次に私が、主との戦いでうっかり死んじゃってねぇ」

「リョウがか……主って強いんだな」

「そこでリナが六人に増えたのな!」

「はぁ!?」

 

 ハチマンはその増えたという表現に驚きつつ、平静を装ってこう言った。

 

「……お、おう、そうなのか」

「その直後にリナゾーが大型のアカムシに倒されて」

「リナゾー?それって、リナの中の一人か?」

「順にリナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナコ、リナム、

全員合わせてリナちゃんなのな!」

 

(なるほど、ゾーって、三の事か……)

 

「で、次に俺がやられちまってよ」

「その後に、リナコが大型のアカムシとの戦闘で力を使いきって消滅したの」

「その時に発見した水を回収してる最中に、急に大きな水音がして、

そこからの記憶が無いのにゃ」

「なのな!急に眠くなって、そのまま気付いたらここにいたのな!」

「それ、私も覚えてるじゃん」

「確かにそんな感じだったわねぇ」

「ああ、そうだったよな」

「えっ、何で姉さん達がその事を?」

 

 ハチマンはもう口を挟む事はせず、六人の会話を黙って聞く事にしたようだ。

そしてリョウ、リク、リョクの三人は、顔を見合わせた後にリンにこう言った。

 

「実は私達、ずっとリンの中にいたんだわなぁ」

「交互に表に出る感じでな」

「まあ表に出なくても、三人の中だけなら自由に会話は出来たんだけどね」

「そ、そうなのか!?」

 

 リンは慌てて自分の体を見ながら、とても驚いたようにそう言った。

 

「でもまあ理由は分からないけど、こうして再び四人に分かれたじゃん」

「しかも全員完全に復活してだにゃ、とてもめでたいのにゃ、尊いのにゃ」

「なるほど、とりあえず事情は把握した」

 

 ハチマンは深く考えるのをやめ、今姉妹が言った情報を、

事実としてとらえる事にしようと決意した。

突拍子もない話ではあるが、姉妹がそう言うからにはそうなのだろうし、

安易に否定したり疑ったりするべきではない。

後で冗談だと言われたら、そうだったのかと笑い飛ばせばいい。

ハチマンはそう考えながら、今度はこの世界の事を説明する事にした。

 

「先ず最初に言っておくが、ここは現実じゃない、ゲームの中の世界だ」

「ゲーム?ゲームって何?凄く興味があるじゃん」

 

 その言葉に食いついたのは、やはりリョクであった。

ハチマンの感覚だと、リョクは学者のような雰囲気を湛えており、

知識欲が姉妹の中では突出して高いように見えた。

 

「分かりやすくいうと、ここは人が作った娯楽の為の世界だ。

とはいえ現実とはそれほど変わりがないし、かなり細かく作りこまれている。

ここで食べたり飲んだりも出来るし、現実の体の維持さえちゃんと出来れば、

一生ここで暮らし続けていく事も可能だ」

「つまりここにいるハチマンは、本当のハチマンじゃないの?」

「まあそういう事だな、現実世界はこんな感じだ、今写真を見せる」

 

 ハチマンはそう言って、姉妹にリアル世界の色々な写真を見せた。

 

「これってもしかして、私達がいた世界の元の姿かにゃ?」

「そうかもね、この世界がずっと放置されたら、ああいう感じになる気がする」

「一島は小さな島だったけど、赤霧のせいでぼろぼろだったしな!」

「小さな島で廃墟?軍艦島みたいなもんか……」

「軍艦島?それってどんな島?」

「これだな」

 

 ハチマンが見せてきたその写真を見た瞬間に、姉妹達は全員同時に息を呑んだ。

 

「ん、どうかしたか?」

「ハチマン、これが軍艦島なのにゃ?」

「おう、俺は行った事はないが、そうみたいだな」

「こ、これって一島じゃん!」

「え、マジでか」

「うん、確かにこれは一島だねぇ」

「そうなのか……」

 

(って事は、六人がいう『あの世界』ってのは、日本を再現した世界なのか……?

駄目だ、もう何が何だかまったく分からん)

 

 ハチマンは軽いパニック状態に陥り、素直に外部に助けを求める事にした。

ALOといえばこの人しかいない、アルゴの出番である。

 

「ちょっと待っててくれ、今そういう事に詳しい仲間を呼ぶから」

 

 そう言ってハチマンは、この宿にアルゴを呼び出した。

 

 

 

「いきなりゲームの中からリアルに連絡してくるなんて、ハー坊にしちゃ珍しいナ」

「緊急事態だ、とりあえずちょっと付き合え」

「ふ~ん、何があったんダ?」

「とりあえず中に入ってくれ」

 

 宿の入り口でそう言われ、アルゴはきょとんとした後、やや顔を赤くした。

 

「……宿の中で二人きりって、そういう事か?

緊急事態って言うくらい我慢の限界だったんだなハー坊、

まあもらえる飴はもらっておくぞ、アーちゃんには黙っててやるからナ」

「お前が何を想像しているのかは何となく分かるが、そういうんじゃない、

本当に緊急事態なんだ、とりあえず会って欲しい奴らがいる」

「ふ~ン?」

 

 アルゴは訝しげな表情でそう言い、大人しく中に入った。

そして六人を紹介され、先ほどハチマンが六人にされた説明が、再び繰り返された。

 

「……なるほどナ」

「しかもこの六人、お前を待ってる間、普通に寝てたんだよ、ありえないよな?」

「……SAOならともかく、ALOでそれは無いナ」

「なのでとりあえず、六人がどのゲームからコンバートしてきたのかを調べてくれ、

可能ならどの地域から接続しているかもだ」

「オ-ケーだ、ちょっと待っててくれナ」

 

 そしてアルゴはコンソールから仮想キーボードを呼び出し、ソレイユにアクセスした。

六人はその姿を興味津々で眺めていたが、

やがてアルゴが信じられないといった顔でハチマンにこう言った。

 

「どっちも不明……」

「え、マジかよ、そんな事ありうるのか?」

「ある訳ないだろ、でもそれが事実ダ」

「そういう結果が出るような事象に心当たりは?」

「そうだな……一つだけあるにはあル」

「何だ?」

 

 アルゴはじっとハチマンの顔を見つめた後、躊躇いがちにこう言った。

 

「……茅場晶彦」

「晶彦さん?あっ、まさかお前……」

「そのまさかだ、始まりの人ってのが、茅場晶彦のように脳をスキャンした人物だとして、

その意識が仮にネットワーク内に残る事に成功したとする。

で、その意識がネット内で六つに分かれ、そのショックで人間だった時の記憶を失う。

そのまま六つの意識は一緒にネットの中を移動し、それぞれが別々の人格として成長し、

最終的にALOに着地する事になっタ」

「もう一度同じ事を言わせてもらうが、そんな事ありうるのか?」

「あるか無いかで言えば、可能性は無限だぞ。現実にこうなってるだロ」

 

 ハチマンはその言葉に、ううむと唸りながらもこう答えた。

 

「真実は闇の中、ただ目の前の事実だけを受け止めろと」

「理解が早いな、まあそういう事だ。で、拾った当人としては、どうするのがいいと思ウ?」

「そういう事なら、あの六人はここでずっと生きていく事になるんだよな?」

「まあそういう事になるんだろうな、もしそれが事実なら、だガ」

「だったら彼女達のしたいようにさせてやるさ」

 

 ハチマンはそう言って、訳が分からないという顔をしている六人にこう尋ねた。

 

「難しい話はもういいだろ、とりあえず、みんなはこれからどうしたいんだ?

ここにはみんなにとって脅威となる化け物は存在しないし、水も豊富にある。

もっとも水だけじゃ生きられないだろうから、普通に食事もする事を勧めるがな。

希望するなら六人が生活する為の家も俺が用意する。

なので六人で話し合って、これからどうしたいか決めてくれ」

「なるほど、それじゃあ相談するからちょっと待ってもらってもい~い?」

 

 六人を代表してリョウがそう言い、ハチマンは頷いた。

 

 

 

「いくつか質問があるんだけど、いい?」

 

 姉妹の中では一番頭の回転が早いと思われるリョクが、

話し合いの後にハチマンにこう尋ねてきた。

 

「ああ、もちろんだ」

「ここでもし死んだら私達はどうなると思う?」

「アルゴ、どうなるんだ?」

「データとしてはもう完璧にプレイヤーとして定着してるから、

普通に何度でも復活するゾ」

「だそうだ」

「そっか、死なないんだ」

「正確には死にはするが、存在が消滅する事は永久に無いって事だけどな」

 

 ハチマンは姉妹にそう言い、リョクは他にもいくつかの質問をしてきた。

 

「用意してくれる家ってどのくらいの広さなの?」

「六人が生活していくのに十分な広さを確保するつもりだ、

具体的にはこの部屋の三倍くらいの広さだと思う」

「この世界に、私達にとって脅威となる敵はいるの?」

「基本的に、他のプレイヤー……あ~、他の人は、敵もいるし味方もいるな、

その他に、モンスターと呼ばれる強敵がいる。まあ街の外にしかいないから、

街で暮らしている分には、そういった脅威を感じる事もないだろう」

「この世界ってどれくらい広いの?」

「今でもかなり広いが、今後はもっと広くなるな、

少なくともお前が当分退屈する事は無いぞ、リョク」

「なるほど、大体分かったじゃん」

 

 そしてリョクは姉妹達の方を向き、残りの五人はリョクに頷いた。

 

「それじゃあ申し訳ないけどしばらくお世話になるじゃん」

 

 その言葉にハチマンは笑顔で頷いた。

 

「おう、これからずっと仲良くしていこうぜ」

「うん、そうだね」

 

 その言葉を皮切りに、六人はハチマンを囲んで口々にこう言った。

 

「落ち着いたら私を敵のいるところに連れてって欲しいんだわなぁ」

「分かったリョウ、そのうち俺の仲間とみんなで一緒に狩りに行こう、

武器と装備も揃えないといけないな、とにかくそれなりに強くなっておかないと、

生活していく上じゃ何かと不便だからな」

「これは楽しくなってきたわねぇ、とりあえず私と戦う?」

「いや、戦わねえから」

「まあそのうちにお願いねぇ」

 

 リョウは心底楽しそうな表情でそう言った。

 

「俺は色々な物が作れるようになりたいな」

「それならリクには俺の知り合いの職人を紹介しよう、そいつに色々教わるといい」

「やりぃ!サンキュー、ハチマン」

 

 リクは指をポキポキ鳴らしながらそう言った。

 

「私はもう一度ミドリちゃんを育てたいのにゃ、どうにかならないかにゃ?」

「ミドリちゃんって、本体だけ残ってるとかいう木だよな?

芽吹くかは分からないが、とりあえず広い庭を用意するわ」

「ありがとうにゃ、感謝するのにゃ」

 

 リツはそう言って、ミドリちゃんと呼んでいる光る枝を、大切そうに抱き締めた。

 

「私は……まだ自分が何をしたいのかよく分からない」

「だったらそれをゆっくり探す為に、色々見て回るといい、

もし必要なら俺が案内してやるよ」

 

 そう言われたリンは、顔を赤くしながら動揺したようにこう言った。

 

「なっ……何だこれは、ハチマン、もしかして今、私に毒を盛らなかったか?」

「いや、何を言ってるんだお前、意味が分からないからな」

「な、なら別にいい」

「何なんだ一体……」

 

 リンはそのまま、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

「ハチマン、リナちゃんは色々な物を食べたいのな!」

「そうか、料理でも習うか?」

「料理って何の事な?」

「食べ物をもっともっと美味しくする為の技術だな」

「もっと美味しく?なら覚えるのな!」

 

 その時アルゴが、横からそっとハチマンに囁いた。

 

「おいハー坊、そのリナって子、とんでもないスキルを持ってるぞ。

今仮運用中の三賢者が、スキルを承認してやがル」

「三賢者?何だそれ?」

「新しい合成やら、スキルの管理の為に作った三つのAIの集合体だな、

作ったのはダルなんだが、今試験的に仮運用してるんだゾ」

「ああ、そういえば報告書で見た記憶があるわ、AK三つの集合体だろ?」

「それだそれ、で、その承認されたスキルってのがナ……」

 

 そのアルゴの説明を聞いて、ハチマンはぽかんとした。

 

「何だそれ……」

「いや、マジなんだって、何か素材を持ってたら、リナに食わせてみろヨ」

「わ、分かった」

 

 そしてハチマンは、たまたま持っていたミスリル鉱を、リナに差し出した。

 

「なぁリナ、これって食べられるか?」

「なんななんな?もしかしてリナちゃんにくれるのな?」

「お、おう」

「ひょいパク」

 

 リナはそれを平然と食べ、ハチマンとアルゴはあんぐりと口を開けた。

 

「マジか……」

「これは驚きだナ……」

「これは食べた事のない味なのな!ハチマン、ありがとうなのな!」

「い、いや、それよりも今食べた素材、もう一度出せるか?」

「うん?もう一度な?」

「お、おう」

「はいな」

 

 そう言ってリナは、スカートの中から先ほどの物と寸分違わぬミスリル鉱を取り出した。

 

「はいこれな」

「マジか……」

 

 ハチマンは先ほどとまったく同じようにそう言い、リナは得意げにこう言った。

 

「リナちゃんは食べた物をいつでも取り出せるのな!」

「そうなのか、す、凄いなリナ」

「なのな!」

 

 ハチマンはアルゴの言った事が真実だったと納得したが、

やはり人が鉱石を食べたという事実に頭がついていかないようだ。

そんなハチマンに、最後にリョクが声をかけてきた。

 

「ハチマン、今のって何?」

「ミスリルっていう素材だな」

「ふ~ん、何に使うの?」

「色々な武器や防具やアイテムを製作するのに使うな、他にも沢山種類があるぞ」

「そっか、なら私は最初にどんなアイテムがあるのか調べる事にする!

きっとそういう知識が役に立つ時がくるじゃん!」

「そうか、それじゃあうちのデータベースが見れるように色々と教えるわ」

「やった、感謝するじゃん!」

 

 こうしてハチマンは、アメリカに行く為の準備の合間を縫って、

六人姉妹の世話をする事となった。


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