その日からハチマンは、六人の為にあちこちを走り回った。
先ず最初に行ったのは、姉妹の家探しである。それに際して姉妹に、
『家』の概念を教えるところから始めないといけなかったのはご愛嬌である。
「個室が六部屋、全員が集まれるキッチン併設のリビング、植物を育てられる庭か、
これは探すのに苦労しそうだな、せめてアインクラッドの攻略がもう少し進んでいれば、
心当たりもいくつかあったんだがなぁ」
「ハー坊、やっぱりベッドも必要みたいだぞ、あの六人、ゲーム内で眠るらしい。
ついでに言うと、まあ当たり前なんだが、最初のログインから一度もログアウトしてねエ」
「やっぱりか……分かった、何とかするわ」
「ああ、そうなると、メディキュボイドで接続してる誰かって可能性も出てくるが」
「確かにそうだが、まあ限りなく可能性は低いだろうナ」
「相変わらず真実は闇の中、いや闇って表現はあの六人には似つかわしくないか、
真実は光の中って事か」
「そういえば、ハー坊、リョクがハー坊の事を探してたみたいだぞ」
「分かった、宿屋に顔を出してみるわ」
そして宿屋を訪れたハチマンに、リョクが一つ頼み事をしてきた。
それは、姉妹が自力で最低限生きていけるように、
店を構えてそこで素材を売りたいというものだった。
ハチマンはそれを快諾し、更なる苦労をしょいこむ事になったのだが、
一時期生き続ける事を諦めていたくらい苦労してきたらしい、
あの姉妹の笑顔の為だと思えばそれも苦にはならなかったようだ。
「家探しとかの環境を整えるのは俺が何とかするとして、
六人に色々教える教師役が必要だな、
とりあえずリズとナタクとスクナには色々作ってもらうから、あの三人は当然として、
キリトとアスナとシリカに追加で協力を仰ぐとするか、
とりあえずの情報開示はその六人までだな」
ハチマンはそう判断し、その六人に姉妹を紹介した。
当然事前に姉妹の背景については説明済である。
当然その内容は、荒唐無稽な話になってしまったのだが、
ハチマンが言うならと、六人はそれを信用し、
交代で姉妹の借りている宿に通い、この世界で生きていく為の様々な事を教える事となった。
ちなみにキリト達を選んだ理由は、色々相談するのに学校が都合がいいという理由である。
他のメンバー達に紹介するのは、もう少し環境が整ってからにするつもりのようだ。
「ねぇキリト君、ちょっと戦わない?」
「またかよ、仕方ないな、近くのレンタル訓練スペースに行くか」
「キリト、リョウ姉さん、私も一緒に連れてって」
「そう?それじゃあリンも一緒にお願いだわね、キリト君」
「オッケーオッケー、それじゃあ行こうぜ」
リョウとリンは、死ぬ危険は無くなったとはいえ、自らをもっと鍛える事にしたようだ。
その為キリトはここを訪れる度に戦いに駆り出されていた。
「アスナねぇね、また料理を教えてなのな」
「ちょっと待ってね、今リツさんに、一般常識について教えてるところだから」
「それならリナも一緒に勉強するのな!」
「それじゃあ一緒にやろっか、その後三人で料理ね」
「ありがとうアスナ」
「はいな!」
リツとリナは、姉妹達の生活を支える役目を選んだらしく、
アスナと一緒にいる事が多くなった。
特にアスナはリナの事がかわいくて仕方がないようで、何かとリナの事を気にかけていた。
リクはナタク達三人に合成について教えてもらい、
今では初級の職人として、簡単な修理や製作は出来るようになっていた。
そんなキリト達を、シリカは積極的に補助していた。
「やっぱり頼れるものは仲間だよなぁ」
「ハチマン、今日はどこに行く?」
「そうだな、アインクラッドはやはり望み薄みたいだから、
初心にかえってアルンのまだ行った事のない方面に行ってみるか」
「オッケーオッケー、準備するじゃん」
そして最後の一人であるリョクは、積極的にハチマンと一緒に行動していた。
おそらくは、もっとこの世界の事を知ろうとしているのだろう。
「昨日の物件は惜しかったじゃんね」
「ちょっと部屋数が足りなかったな。
こうなったらもう、立地で決めちまった方がいいかもな、
で、資金を投入して中を拡張すれば、それでおそらく素敵な家の完成だ。
ベッドとかはもう、自前で用意する前提で条件から除外しよう」
ALOのプレイヤールームには、基本寝室は存在しない。
何故ならベッドの存在価値がまったく無いからだ。
寝ればアミュスフィアの機能で自動でログアウトしてしまうし、
実際宿屋にベッドがあるのも、単にSAO時代の名残と雰囲気作りの為である。
ベッドに需要があるとすれば、後は十八禁な用途で使う目的くらいのものであろう。
「とりあえず最初の部屋数が多ければ多いほど、拡張出来る部分もまた大きくなるから、
とにかく出来るだけ初期の面積が広い物件を探すとするか」
「なるほど、事前に考えておく事が結構あるんだね」
「そういう事だ、リョクは六人の参謀役として幅広い知識を身につけてくれ。
常に俺が近くにいてやれる訳じゃないからな」
「え~?そうなの?」
「ああ、もう少ししたら俺はちょっと遠くに出かけてくるから、
しばらくここには来れなくなるんだよな」
「それはちょっと寂しいじゃんね」
「俺がいない間は一人でネットでも見て勉強しておくといい、使い方は教えたよな?」
「うん、だけどあれ、情報量が多すぎだし」
「まあ基本はALO関係のサイトだけ見ておけばいいさ、
で、分からない言葉があったら調べる、みたいな」
「う~、頑張る」
「そのうち他の五人にも文字を教えた方がいいな、
今のままだと街を歩くのにも一苦労だろうしな」
「それは凄く思うじゃん」
二人はそんな会話を交わしながら、あちこちを見て回った。
「中々いい物件がないな」
「ハチマン、こっちは?」
「そっちは色々な施設が遠くて何かと不便な地域なんだよな、人通りもほぼ無いしな……
あ、待てよ、でも実はそれでいいのか?」
「人は少ない方がいいじゃんね、うちの店の事を知ってる人だけが来る、みたいな」
「確かにそうだな、よし、行ってみるか」
リョクの言葉に一理あると思ったハチマンは、そう言ってリョクと共に、
人気がまったくない裏路地へと入っていった。
「この辺りはまるで迷路だな」
「でもちょっとわくわくするじゃん」
「確かにな……ん?」
「どうかした?」
「いや、この路地、ただの袋小路だと思ったら、どうやら奥が扉になってて、
そこが売りに出されてるみたいだな、チラッと値札が見えたわ」
「本当に?行ってみるじゃん!」
そして二人はその扉の前へと移動し、値札をいじって見学モードを選択し、
その扉の中へと入っていった。
「お」
「結構広いじゃん?ちょっと部屋の数を数えてくる!
「おう、頼むわリョク。庭も最初からあるな、
少し狭いが広げるだけならゼロから増設するより簡単だからこれはかなり大きいぞ。
あれ、風呂まであるのか、まあこれはこのままでいいか」
ハチマンが設備関係を確認し終わった頃、奥からリョクが戻ってきた。
「部屋数はリビングの他に個室が五つあるじゃん」
「おお、それならいけるか?」
「うん、場所的にも奥まった所にあっていい感じ、ちょっと気に入ったかも」
「じゃあここに決めちまうか」
「うん!」
こうして都合のいい条件の個人ハウスを発見した二人は、
ハチマンがリョクに資金を提供し、無事に購入を済ませる事が出来た。
「さて、細々とした部分の設定だけ先にしちまうか、
リョク、今から俺が言う通りにコンソールを操作してくれ」
「分かった、やってみるね」
そして店舗用のスペースが増設され、個室も六つに増えた。
庭も広くなり、そこに店の商品をしまっておく倉庫も新たに増築された。
「基本はこんな感じか、それじゃあ先にナタク達を呼んで、内装をどうにかするか」
「わくわくするなぁ、どうなるのか凄く楽しみじゃん!」
「他の五人が気に入ってくれればいいんだがな」
「大丈夫、あの五人はちょろいから!」
「そ、そうか」
そして五人には内緒でナタク達が呼ばれ、
三人はリョクの意見を聞きつつ家の整備を開始した。
「手始めに、僕はベッドを用意しますね、スクナさん、布団の準備をお願いします」
「分かったわ、任せて。リョク、布団に書く絵柄とか、何か意見はある?」
「それなら絵柄は無しでもいいから、色を緑色系統にしてもらえると安心するじゃん」
「オーケー、それじゃあその方向でやってみるわ」
「ねぇハチマン、これだと風呂が狭くない?」
「ん、そう言われると確かにそうだな、
おいリョク、この部屋を六倍くらいに大きく出来ないか?」
「出来るけど、そもそもこの部屋って何の部屋?全然必要性が感じられないというか、
何の為にこんな場所があるのか意味不明なんだけど」
「騙されたと思ってやっとけって、俺がお前達が困るような事を言うはずがないだろう?」
「まあそうだけどさ、分かった、やっとくじゃん」
それからスクナはナタクにクローゼットを作ってもらい、
服を色々なデザインで数着ずつ収納し、それ以外にお揃いのパジャマも用意した。
後は姉妹に自分で買いに行ってもらうつもりのようだ。
やはり好きな格好をして欲しいからだ。当然スクナは頼まれたらそれも作るつもりであった。
他にも食器棚やその他もろもろの家具を相談して用意し、
一般生活環境がほぼ整ったところで、次は店舗と庭をいじる事になった。
「現物を飾るのは問題があるだろうから、商品リストを表示出来るようにしてっと」
「庭の倉庫は種類別に綺麗に収納出来るようにしておくわね」
「セキュリティの問題もありますね、ハチマンさん、どうします?」
「録画端末の設置に加え、抑止力的にうちのマークをどこか見える所に置くか、
まあここは扱いは個人ハウスだから、パスワードを一般公開する事もないし、
おかしな奴が入ってくる可能性はほぼゼロなんだが、
口コミで伝わる過程で変なのが紛れ込む可能性はあるからな」
「それとは別に、固有の排除機能もオンにしておきましょうか、
パスワードを分けて、店舗以外には他人は入れないモードも作りましょう」
「だな、リョク、頼むわ」
「分かった、設定しておくね」
こうして三人の手によってどんどん家の改良が進み、
数日後、ついに姉妹に公開される運びとなったのであった。