「それじゃあ今日は予定通り、全員で飛ぶ練習だな」
「やっとだにゃ、凄く楽しみだにゃ」
「ハチマン、リナも練習すればお空を飛べるのな?」
「おう、絶対に飛べる、というかもう飛べる、後は慣れるだけだな」
「そうなのな?それじゃあ早く慣れて、ぶんぶん空を飛びまわるのな!」
六姉妹の為の家の整備が終わった直後、ハチマンはそういう口実で姉妹を外に連れ出し、
そのまま宿屋ではなくその家に連れて行く腹積もりで、そう話を進めていた。
「空かぁ、とりあえず戦う?」
「リョウはそれしか言えないのかよ……そういうのはキリト相手にやってくれ」
「え~?最近ちょっとマンネリぎみでさぁ、新しい相手と戦いたいんだよねぇ」
「そういうセリフは一度でもキリトに勝ってから言うんだな」
「あ~、彼強いよねぇ、私とリンが二人がかりなのにちっとも勝てないよ」
「当然だな、あいつはALO最強の剣士だからな」
「やっぱりそうなのか、道理で強い訳だな」
「まあもう少し頑張ってみろよリン、リョウと協力してみるとかな、
息の合ったコンビ攻撃ってのは意外とやっかいなもんだぞ」
「そうか……うん、リョウ姉、今度ちょっと考えてみよっか」
「そうねぇ、そういうのもきっと必要だわねぇ」
リョウとリンはあれからずっと、キリトを相手に戦闘訓練をしていたようだが、
それでどうやらキリトの強さを思い知らされたらしい。
だがキリトに何度やられようとも二人の向上心は衰えず、
姉妹の為にもより強くなろうという姿勢が伺え、
ハチマンは、この二人はまだまだ伸びると確信していた為、そのようなアドバイスをした。
鈍器と格闘装備という珍しいスタイルの為、それ専用の武器も作らないといけない、
そう考えたハチマンは、家関連の製作が終わったナタクとリズベットに、
引き続き二人の武器の製作を依頼する事を決めた。
「か~っ、空を飛ぶのってさ、さぞ気持ちいいものなんだろうな」
「おう、期待してくれていいぞ、リク」
「それって背中をかいてもらうのとどっちが気持ちいいんだ?」
「いや、比べるものじゃないと思うが……」
さすがのハチマンも、そのリクの訳の分からない比較に適切なコメントは出せなかった。
「う~ん、ちゃんと比較したいから、飛ぶ前に誰かに背中をかいてもらうべきなのかねぇ?」
リクはそう言いながら、ハチマンの顔を下から覗きこんだ。
「まあ比較するってならその方がいいかもしれないな」
「だろだろ?」
「……」
「いやぁ、俺もその方がいいって思ってたんだよなぁ?」
そう、うんうん、だよなだよなと一人で何かに納得したそうに頷いているリクに、
ハチマンは普通に正論で答えた。
「まあよく分からんが、今は姉妹全員が五感を備えているんだろ?
良かったな、いつでも誰かに背中をかいてもら……」
「あ~あ、どこかに俺の背中をかいてくれる親切なハチマンはいないのかねぇ?」
ハチマンがそう言いかけた瞬間に、リクは再びハチマンの顔を下から覗き込み、
かぶせるようにそう言った。ハチマンはそれで黙り込み、ため息をつくと、リクに言った。
「分かった分かった、かいてやるから背中を出せ」
「おお~、別に催促した訳じゃないのに話せるな、ハチマン!」
「あれが催促じゃないとかどの口が言ってるんだ、ああ?」
ハチマンはそうリクに凄んでみせたが、リクにはまったく通用しない。
「いいから早く頼むぜ、もう待ちきれないんだよぉ~」
「だから背中をこっちに向けろと」
「ああん?このまま俺の背中に手を回せばいいじゃねえかよ」
「………………はい?」
「ほら、早くやってくれよぉ、ほらぁ」
ハチマンはさすがに面食らい、助けを求めるように他の者の顔を見たが、
全員どうにもならないという風に首を振った。
「まじでそれ、俺がやんのか?」
「まだかぁ?もう待ちくたびれたんですけど~?」
「わ、分かったよ、やってやるから絶対におかしな事はしてくるなよ」
「おかしな事って何だ?よく分かんね」
「そ、そうか、それならいい」
そしてハチマンは正面からリクの背中に手を回し、
余計な所が接触しないように気を遣いながらリクの背中をカリカリとかいた。
「ああ~、あああ~~~~、もうたまんねぇ~、これ最っ高……
これ、自分でやっても何か違えんだよなぁ、ハチマンもそう思うだろ?」
「ま、まあそうかもな」
「しかも妙にハチマンを身近に感じるこの感覚、うはぁ、癖になるぜぇ……」
その瞬間に、宿屋の奥からアスナがリョクと一緒に姿を現した。
どうやら二人で今日の練習が終わった後の事について話していたらしい。
そしてアスナはハチマンとリクの姿を見て、ピタリとその動きを止めた。
「ハチマン君、一体何をしているのかな?かな?」
「い、いや、これはだな……」
「おお~、アスナ、お前もこっちに来てハチマンに背中をかいてもらえよ、
これはかなりきくぜぇ……」
アスナの形相を見て必死に言い訳しようとしていたハチマンだったが、
どうやらその必要は無かったようだ。
アスナはリクにそう言われ、きょとんとした後、手をポンと叩いてこう言った。
「あ、ああ~、この前言ってた奴だ!」
「そうそう、この前アスナに背中をかいてもらった時に、ふと思いついたアレだよアレ」
どうやら二人の間では、何かこの行為に関するやり取りが過去にあったようだ。
そしてリクはアスナと場所を代わり、アスナは少し頬を赤らめながらハチマンに言った。
「えっと、それじゃあ宜しくお願いします」
「あ、はい」
思わず敬語になってしまった二人であったが、
いざ行為が始まると、アスナは頬を紅潮させ、気持ち良さそうに呟いた。
「んっ、はぁ……こ、これは癖になる……
確かに私の体にはハチマン君の手しか触れていないのに、
他から見ると、抱きしめられる寸前にしか見えないこの状態は、
二人の秘密の行為を他人に見られているような背徳感が凄い……」
「アスナ?お~い、アスナ?」
「まずい、これはまずい、もしここで私が誘惑に負けてハチマン君に抱き付いてしまったら、
あの子達の誰かが他意はないまま真似をしちゃう可能性が高い、
そうなると、芋づる式に他の子達にも広がってしまう、
耐えるのよアスナ、ここが私の天王山よ!」
「いやアスナ、もう手は離れてるからな、お~い?」
ハチマンはアスナの表情を見て恥ずかしくなったのか、
とっくにアスナの背中から手を引っ込めていたのだが、
アスナはそれには気付かず、妄想の世界で必死に何かと戦い続けていた。
アスナは今でもSAO時代の名残で、たまにこうなる事があるが、
当然ハチマン絡みの出来事限定である。
「あ~、それじゃあアスナの事はほっといて、とりあえず行くとするか」
「アスナはこのままでいいのにゃ?」
「まあ問題ないだろ、正気に戻ったら追いかけてくるだろうさ、
それじゃあ俺の後についてきてくれ」
「ほらほらみんなさっさと行くじゃん」
五人をハチマンとリョクがそう促し、七人は歩いてアルンの外へと出た。
その後を、アスナが慌てて追いかけてきた。
「ハチマン君、待って、待ってってば!」
「おうアスナ、やっと正気に戻ったか?」
「正気?何の事か分からないけど、私、強大な敵との戦いに勝ったよハチマン君!」
「そ、そうか、よくやったなアスナ」
ハチマンはアスナが得意げな表情をしているのを見て、
深く突っ込む事はせず、そう言うに留めた。
そしてアルン郊外で、姉妹達の飛行訓練が始まった。
最初は当然コントローラーを使用しての飛行となる。
「ここをこうして、こうか……おっ、簡単じゃねえか」
「余裕余裕、予習した通り」
「まあこんなもんか、問題ないな」
物の細かい操作に慣れているリクが最初に自由自在に飛べるようになり、
コントローラーの操作を事前に予習していたリョクがそれに続いた。
そして身体能力に優れるリンが三番目に飛行を会得したが、
残る三人は、中々苦戦しているようだった。
「まさかリョウがここで手こずるとはなぁ」
「予想外だったね」
「あいつ、戦いが絡まないと意外とポンコツなんだな……」
ハチマンが見るに、リョウがいけない点は、要するに肩の力の入りすぎである。
受け流すのは得意だが、カウンターは苦手みたいな感じだろうか、
戦闘技術はかなり卓越しているはずなのだが、技術の方向性の違いなのだろう。
「よし……アスナ、あいつの背中をかいてやってくれ、脱力させるんだ」
「さっきの奴だね、分かった!腰くだけにさせてくる!」
そう言ってアスナはリョウの下に向かい、リョウの背中を正面からかきはじめた。
だが何かがしっくりこないようで、アスナはしばらく後、とぼとぼとこちらに戻ってきた。
「ハチマン君、どうやら私が相手だと、技術とときめきが足りないみたいだよ……」
「技術はともかくときめきって何だよ、意味が分からないんだが……」
「彼女としては忸怩たるものがあるけど、ここはもうハチマン君に出てもらうしか!」
「いや、まあそれは別に構わないんだが……」
そう言ってハチマンはリョウの背中側に回りこんだのだが、
当のアスナがゼスチャーでそれを否定した。
「ハチマン君、前、前だってば!」
「え、ええ~……」
ハチマンは仕方なくリョウの前に回り、先ほどリクやアスナにしたように、
ぐるりとリョウの背中に手を回した。
「お手数をおかけしてすまないねぇ」
心なしか恥ずかしそうな顔でリョウがそう言った。
「いや、それは別に構わないんだが……それじゃあまあ、やってみるわ」
「う、うん、よく分からないけど宜しくねぇ?
………って、妙に近いんだけど、え、何これ、何か顔が熱いしドキドキするんだけど」
そして施術が始まってしばらくした後、いきなりリョウがそんな事を言い出した。
口調もいつもののんびりしたものではなく、慌てたような感じになっている。
「お、おい、どうした?」
「も、もう無理……だわねぇ……」
そこにアスナが駆け寄ってきて、リョウの状態を確認した後、
うんうんと頷き、ハチマンに惜しみない賞賛を与えた。
「ほらね、リョウは男の子に慣れてないはずだから、絶対いけると思ったんだ!
ほら、リョウのこんな顔、見た事ないでしょう?凄くかわいいよね!
それに加えてまだ触られる感覚に慣れてないリョウに、
マッサージで鍛えた技を存分に駆使したこの鬼畜な所業、さすがはハチマン君だよ!」
「お前それ、褒めてんのか……?」
「当然だよ!ハチマン君、鬼畜!」
「ええ~……」
ハチマンは納得いかないようだったが、その結果はすぐに出た。
完全に脱力したリョウが、すいすいと飛び始めたのだ。
「お、おお、おお~!」
「やった、大成功!」
「本当に自由自在に飛んでやがる……」
これで残るは二人、リツとリナである。だがリツの場合は単純にのんびりしていただけで、
その気になったら飛べるようになるのはすぐだった。
リナは興味本位でコントローラーをめちゃくちゃにいじっていただけだったらしく、
リョウにきちんと説明を受けたらすぐに飛べるようになった。何ともお騒がせな二人である。
「よし、それじゃあ全員飛べるようになったし、
飛行訓練はここまでにして、とりあえず『家』に帰るか」
「うん、『家』に帰るじゃん!」
そしてアルンに戻った後、残る五人の姉妹達は、
ハチマンが見知らぬ道に入っていくのを見てきょとんとした。
「ハチマン、こっちは知らない道なのな、本当にこっちでいいのな?」
「ああ、こっちでいい。もうすぐ着くからまあ待っててくれ」
「むむむ、まあハチマンがそう言うなら……」
そして数分後、姉妹達は袋小路の奥にある扉の前にいた。
そこでリョクは姉妹達に振り返り、満面の笑みで言った。
「ここが私達の新しい家だよ!みんなおかえりじゃん!」