ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第685話 姉妹の家

「ここが私達の新しい家だよ!みんなおかえりじゃん!」

 

 リョクのその言葉に対する五人の反応は、あまり芳しくはなかった。

どうやら戸惑っているようだ。

 

(まあ確かにいきなりすぎたからなぁ、さて、リョクはどうするのかね)

 

 ハチマンが見守る中、リョクは特に気にした様子もなく、

姉妹達を家の中へと招き入れた。どうやら姉妹のこの反応は想定の範囲内だったらしい。

 

「まあまあいいからみんな中に入るじゃん!」

「あ、う、うん……」

「ここが私達の家……」

「とりあえず入ってみるにゃ!」

 

 中に入った姉妹は、最初にその広さに驚き、目を見開いた。

 

「これは広いな」

「こ、このキッチンを好きに使ってもいいのな!?」

「お庭が凄く広いのにゃ、ここならもしかしたらミドリちゃんを……」

「奥に部屋がたくさんあるわねぇ、そこにみんなの名前が書いてあるんだわねぇ」

 

 リョウのその言葉に、ハチマンとリョクはかなり驚いた。

 

「リョウ、お前、字が読めるのか?」

「ええ~?もちろん読めるけど?」

「リン、お前はどうだ?」

「どれ?ここに書いてある私の名前の事?」

「読めてるじゃん!」

 

 リョクは思わずそう絶叫した。

 

「え、何で何で?いつの間に?」

「そういえば今は読めるみたいだけど前は読めなかったにゃ」

「リナも普通に読めるのな!」

「ここに来てからじゃねえの?知らんけど」

 

 リツとリナとリクも普通に文字が読めるようになっているようだ。

ALOのキャラとしてデータ化された事による副産物なのかもしれないが、

おそらく理由は誰にも説明出来ないだろう。

 

「忘れてたのを思い出したって感じかね、まあ良かったじゃないか、リョク」

「う、うん、まあこれで色々手間が省けたから良かったといえば良かったのかも」

「だな、前向きにいこう」

「うん!」

 

 そしてリョクが、改めて設備の説明を始め、五人はその一言一言に目を輝かせた。

 

「ここが私達の家なんだな」

「いくらでも水が出てくるのな!」

「おお~、このベッドってのの感触、た、たまらねえ……」

「敵もいないみたいだし、これで安心だわねぇ」

「あ、でもリョクちゃん、こういうのを用意するのには、

お金ってのが必要なんじゃなかったのにゃ?」

「うん、だからハチマンに借りた、それを返済する為に、ここで店をやるから」

「「「「「店?」」」」」

 

 リョクはそう宣言し、五人はその言葉にきょとんとした。

 

「ここで暮らしていくのにはお金ってのが必要だから、

外で色々な物を拾ってきて、それをここに並べて欲しい人に売るじゃん!

そうすれば私達でもお金が稼げるじゃん!」

「なるほど、それが店なんだな」

「もちろんここ以外のスペースには他人が入れないようにしてあるじゃん、

まあハチマン達は例外だけど」

「それならおかしな敵が紛れ込んできても安心だわねぇ」

「おかしなのは私がぶっ飛ばすから大丈夫かな」

 

 姉妹達はリョクの説明を受け、店というものが何なのか理解したようだ。

ここまでの流れを受けてハチマンは、

やはりこの姉妹は存在自体が謎なんだなと、改めて実感する事となった。

 

「さて、それじゃあリツ、そろそろミドリちゃんを庭に植えてみない?」

 

 アスナにそう言われ、リツはハッとした顔をした。

 

「そ、そうだったにゃ!上手く定着してくれればいいんだけど……」

 

 リツはそのまま庭に出て、畑として用意されたスペースにミドリちゃんを植え、

そこに庭の蛇口から伸びたホースを使い、水をかけた。

 

「これでいいのかにゃ?」

「うん、毎日決まった時間に水をやるといいよ、

水のやりすぎはここではあまり良くないと判定されるから、くれぐれも注意してね」

「分かったのにゃ!」

 

 そしてアスナを家に一人残し、七人はそのまま買い物に出かける事にした。

ほとんどの物は職人チームが用意してくれていたが、

生活するという事は、必須な物だけあればいいという訳ではない。

時には無駄だと思える物も、必要な事がある。

まあそれは主にインテリアやら何やらの雑貨なのだが、

そういった物を買いにいこうという話になったのだった。

ちなみにアスナが残ったのは、お祝いの為の料理を用意する為であった。

そのまま七人はハウジング用の色々な品がある店に向かい、

個人個人が自分の部屋に置きたいと思う物を適当に購入した。その帰り道の事である。

 

「そういえば、店の名前はもう決めたのか?」

「うん、スモーキング・リーフ」

「ほう?意味は?」

「えっと、ケムリクサの事をナタク君に話したら、なるほどって言って教えてくれたじゃん」

「ケムリクサって何だ?」

「ケムリクサはケムリクサじゃん」

「なるほど、分からん」

「ハチマンはそればっかだよな」

「それじゃあ家の名前は何にしたんだ?ハウジングの固有名な」

「リリとワカバの家」

「………リリ?ワカバ?そういえば家に入る為のパスもワカバにしてたが、

リリとワカバって一体何なんだ?」

「分からないけど、でもそうしなきゃいけない気がしたじゃん」

「そうか、まあそういう事ってあるよな」

 

 ハチマンはそれで納得したようだ。この姉妹相手に物事を深く詮索する必要はない。

それでいいというならつまりそれは正解なのだ。

ハチマンはそう考え、家への最後の路地を曲がった所で姉妹達にこう言った。

 

「さて、多分アスナが出迎えてくれると思うから、

みんなちゃんと『ただいま』って言うんだぞ」

 

 そのハチマンの言葉通り、入り口から顔を出したアスナは、満面の笑みで言った。

 

「みんな、おかえり!」

「「「「「「「ただいま!」」」」」」」

 

 こうして姉妹達は安住の地を手に入れ、そこで暮らしていく事となった。

キリト達協力者全員も後で駆けつけ、その日は盛大なお祝いの会が開かれる事となり、

ハチマン達が帰った後、姉妹達は慣れない自分専用のベッドに戸惑いつつも、

生まれて始めての個室で幸せな気分で眠りについた。

 

 

 

 その次の日ハチマンは、姉妹達と共に店に置く為の素材を取りに行く事にし、

その紹介も兼ねてユキノを誘った。これは前日の帰りにリョクに頼まれた為であり、

最初はリナとリョクだけが一緒に行くという話だったのだが、

他の四人が難色を示した為、全員一緒に行動する事になったのだった。

これはハチマンの事は信頼しているが、敵がどういう存在か不明な以上、

ハチマン一人に二人の事を任せっきりにするのは少し不安だったからである。

キリトがいればまた違ったかもしれないが、姉妹はハチマンの実力をまだ知らないのだ。

 

「昨日話を聞いた時はちょっと疑問だったけれども、本当に不思議な人達ね」

「これから色々面倒をかけると思うが、頼むぞユキノ」

「まだ他の人達には秘密なのよね?」

「ああ、これからどうなるか、まだ分からないからな」

「まあ任せて頂戴、陰で色々動くのは得意なのよ」

「昔のお前からは想像もつかないセリフだよなぁ……」

 

 ハチマンはそう言いながら、後ろを付いてくる姉妹達に振り返った。

 

「まあみんなが幸せになれるならどうでもいいか」

「随分と彼女達に肩入れしてるのね」

「そうだな、あいつら最初に会った時、何かに絶望したような目をしてたからな」

「そう……一体何があったのかしらね」

「さあなぁ……だがこうして今笑ってくれてるんだ、それならそれでいい」

「私達は、出来る事しか出来ないものね」

「だな、よし、そろそろ着くな」

 

 グロッティ鉱山に着いた一行は、一応隊列を組み、入り口から中に入っていった。

先頭は当然ハチマンであり、その隣にはリンとリナが並ぶ。

その後にリツとリクが続き、最後尾のユキノにまとわりつくように、

リョウとリョクがそのすぐ前を歩いていた。

 

「ねぇユキノ、ちょっと戦う?」

「……何故私と?」

「強そうだから」

 

 どうやらリョウが最後尾に下がった理由はそういう事のようだ。

リョクはそれが不満なようで、リョウに抗議した。

 

「リョク姉、私とユキノの知的な会話の邪魔をしないで欲しいじゃん」

「え~?ちょっとくらいいいじゃない、きっとユキノは戦えば強いと思うのよねぇ」

「ふふっ、でも私の本職はヒーラーだから、本来戦うのは仕事じゃないのよね」

「ヒーラー……確か回復役って奴だっけ?」

「ええそうよ、いずれあなた達も単独で素材取りに行く事になるでしょうし、

誰がヒーラーをやるのか今のうちに決めておいた方がいいかもしれないわね」

「なるほど、それなら多分リツだろうなぁ」

「リツ姉なら適役じゃん」

「そう、なら今度少し手ほどきしておきましょうか」

「うん、お願い!」

「一応無理強いはしないでやってもらえるかなぁ?

多分大丈夫だと思うけど、本人の意思も大事にしてあげたいしねぇ」

「ええ、その辺りはきちんと頭に入れておくわ」

 

 この後、結局リツはヒーラーを希望する事となり、

他の姉妹達も戦闘においての自分の役目を各自で考えていく事になる。

 

「お~いユキノ、この辺りでそろそろ休もうぜ」

「ここで?そうね、洞窟の中に入ると敵の出現頻度が増えるでしょうし、

ここなら丁度いいかもしれないわね」

 

 そのハチマンの呼びかけにユキノは同意し、一同はそこで小休止する事となった。

 

「あっちには何かあるのな?」

「見た感じ崖で行き止まりみたいに見えるが、一応見てみるか?」

「見てみたいのな!」

「ん、まあ別にいいぞ、くれぐれも下に落ちないようにな」

 

 そう言ってハチマンは、リナを連れてそちらへと向かった。

ついでとばかりに他の者達も、ぞろぞろとその後をついてくる。

 

「ん、こんな感じになってたのか」

「凄い崖なのな!」

「細い橋のような物があるわね、これは気付かなかったわ」

「真ん中がスッポリと抜け落ちてるな」

「オブジェみたいなものかしら」

「でも向こう側は一応奥に続いてはいるように見えるが」

「あそこに行く道は無いわね、

もしかしたらいずれ洞窟内を飛べるようになるのかもしれないけど」

「まあどう考えてもあそこには行けないな」

「そうでもないのだけれど、例えば……」

 

 ユキノがそう言いかけたその時、リナが突然こう言った。

 

「ハチマン、あの奥から美味しそうな気配がするじゃん!」

「何だそれ、あの奥から?」

「うん、あの途切れた所まで行って、向こう側に飛び移ったりは出来ないのな?」

「あそこか……全力で走れればいけるかもしれないが……」

「やってみてな!ハチマンならきっと出来るのな!」

「いいっ!?マジかよ……」

 

 さすがのハチマンも、この申し出に簡単に頷く事は出来なかった。

岩の足場は五センチ程度しかなく、見た感じでは、

対岸へと届かせるには全力疾走が必要になる。

そしてその対岸の足場の幅も五センチ程度しかないのだ。

 

「命綱を付ければいいんじゃないかしら、その端を全員で持っていれば、

まあ支える事くらいは出来ると思うわ」

「……せめて端を岩にくくりつけるとかしてくれ」

「分かったわ、つまりやってくれるのね?」

「ああもう、分かった、やればいいんだろやれば」

「ハチマン、ファイトにゃ!」

「おいおいやるなぁ、頑張れよ!」

「やっぱり男の子、だわねぇ」

 

 ハチマンは本心ではもちろんやりたくはないのだが、

リナの前で弱気なところを見せる事は出来なかった。お兄ちゃん的見栄があったのだろう。

 

「よし………行くぞ」

 

 そしてハチマンは腰にロープをくくりつけ、崖に向かって走った。

さすがハチマンの全力は早く、一瞬で崖の手前まで到達し、

ハチマンは覚悟を決めて岩の橋へと飛び込み、その端で思いっきり飛んだ。

 

「うおおおおおお!」

 

 ギリギリ、本当にギリギリのところでハチマンの右手が向こうの端に届き、

ハチマンは何とか向こう側の岩の橋の端に手をかける事に成功した。

 

「おお!」

「さすがはハチマンなのな!」

「凄っ」

 

 だがその体勢から橋の上に体を起こすのは並大抵の事ではない。

ハチマンはジタバタしながら何とか体を持ち上げ、

橋を抱くようにして、何とかその下に両手両足でぶら下がる事に成功した。

 

「悪い、向きも変えないとだし、これはちょっと時間がかかるわ。

しかもよく考えたら、このロープは向こう岸までは届かないから、慎重にいかないとだ」

「そうね、まあ向こう岸で待ってて頂戴、私達は私の魔法でのんびりと……」

「魔法?魔法って何の事だ?」

「待って、まずいわ、敵襲!かなり多いわ!」

 

 その時突然ユキノがそんな声を発し、その会話は途中で中断される事となった。


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