ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第686話 満足のいく成果

「敵襲!かなり多いわ!」 

 

 ユキノが突然そう叫び、ハチマンは慌ててそちらを見た。

見るとかなりの敵の大群が、ユキノ達の方へと向かってきているのが見え、

ハチマンはためらいなく岩から手を離し、元の岩場にブランとロープでぶら下がると、

そのロープを上り始めた。その時上からこんなユキノの声が聞こえてきた。

 

「リョクさん、リンさん、一分時間を稼いで頂戴、そうすれば私が何とかするわ」

「ほいほ~い」

「分かった、やってみる」

 

 ハチマンはその言葉で、ユキノが大きな魔法を使うつもりだと判断し、上る速度を早めた。

戦闘力があるのがリョウとリンしかいない以上、

もしかしたら姉妹が危機に陥る可能性があるからだ。

もっともユキノなら、詠唱しながら武器を振るうくらいの事はしてくれそうだが、

ユキノに任せきりにする訳にはいかない。ハチマンはそう考え、必死でそのロープを上った。

 

「ユキノ、俺が上に行くまでにあと三十秒くらいかかる、それまで持たせてくれ」

 

 当然詠唱中のユキノからの返事はない。

そして上からは、リョウとリンが必死に戦う声だけが聞こえてくる。

 

「この作ってもらった特製の伸縮自在の鉄パイプ、中々調子がいいわねぇ」

「この刃が飛び出すナックル、使える!」

「リン、そっちに行ったのは任せるわ」

「うん、敵は強いけど、ここは狭いから多分大丈夫!みんなは私が守る!」

「そろそろだ、今行く!」

 

 そしてハチマンは遂に岩に手を届かせ、一気に体を引きつけ、上へと飛び上がった。

 

「ハチマン!」

「待ってたのな!」

 

 その瞬間にユキノの魔法が発動し、ハチマンの後方から氷がきしむ音が聞こえた。

 

「ハチマン君、前へ!リョウさんとリンさん、それに他のみんなはこっちに走って!」

 

(ユキノの奴、崖を背にするつもりか?)

 

 ハチマンは一瞬そう思ったが、今はとりあえず敵の排除が優先な為、

ハチマンはその指示通り敵に襲いかかった。まだ敵はかなりの数が残っており、

道が狭い事もあって、その殲滅には時間がかかりそうだ。

だがそのせいで逆にリョウとリンが時間を稼げたともいえる為、

ハチマンは、痛し痒しだなと思いつつ、全力で敵の排除を続けた。

 

「ハチマン、凄いのな!強いのな!」

「まさかこれほどだとはねぇ……ちょっと戦う?」

「リョウちゃん、こんな時なんだから自重するのにゃ」

「もしかしてキリトとほとんど変わらない?ハチマンってこんなに強かったのか」

「おいリン、顔が赤いぞ、もしかして具合でも悪いのか?」

 

 リクにそう言われたリンは、慌てて定番の言葉を叫んだ。

 

「な、何でもない!きっと毒だ!」

 

 その瞬間にリンの体が光った。どうやらユキノが魔法を使ったらしい。

 

「どうやら毒ではないようね」

 

 その断定的な口調に、リンは益々顔を赤らめ、下を向いた。

ハチマンは姉妹達がのんびりした様子であり、ユキノもまったく慌てていないのを感じ、

みんなは無事なんだと判断して安心し、そのまま敵の殲滅を続け、ついに敵を全滅させた。

 

「ふう、結構数が多かったが、まあ問題ないな」

「ハチマン、お疲れ!」

「結局全部一人で倒しちゃったわねぇ」

「俺達も戦えるようにならないとだな」

「なのな!」

「うん、そうだね、今ので痛感したにゃ……」

「私もこんな魔法が使えるようになりたいじゃん!」

 

(こんな魔法?)

 

 その言葉だけに反応した訳ではなかったが、それでハチマンは振り返った。

 

「うおっ、どうなってるんだそれ……」

 

 そこには一面の銀世界が広がっており、ハチマンは薄々事情を理解すると、

真っ直ぐユキノの所へと向かった。

 

「おい……」

「ハチマン君、お疲れ様」

「これはどういう事だ?」

「これ?これって何の事かしら」

「この氷の大地、って言っていいのか、これだよこれ!」

 

 そこには崖を埋め尽くさんばかりの氷の大地が広がっており、

向こう岸まで余裕で通れる状態になっていた。

ハチマンはそれを指差しながら、ユキノにこれでもかというくらい激しくアピールした。

 

「だからさっき言いかけたじゃない、私の魔法でって」

「……おいお前、何で俺を跳ばせた」

「あら、あなたが跳ぶ気満々だったから、それを邪魔してはいけないと思ったのだけれど」

「た、確かにそうだったけどよ!安全な方法があるなら教えてくれてもいいじゃないかよ!」

「子供みたいな事を言うんじゃないの、もういいじゃない。

ほら、敵の後続が来るかもしれないから、早く向こうに渡ってしまいましょう」

「く、くそっ、お前は昔からそういうところがあるよな!」

 

 ハチマンは納得いかない表情でその言葉に従い、向こう岸へと歩き始めた。

その周りをリナがぐるぐる回り出した。

 

「ハチマン、格好良かったのな!凄く強かったのな!」

「お?そ、そうか?まあ俺は強いからな」

「なのな!」

 

 それであっさりとハチマンの機嫌は直ったようだ。何ともチョロインである。

 

「ユキノはこんな事が出来たんだわねぇ」

「ええ、まあ詠唱にかなり時間がかかってしまうのだけれど」

「私にもいつかこんな魔法が使えるようになる?」

「ええ、リョクさんも、頑張って鍛えればこうなれるわよ」

「俺にはあんな長い呪文を覚えるのは無理だなぁ」

「リクさんは器用だから、魔法の手数で勝負すればいいと思うわ」

「なるほど、数で勝負か!」

「私はみんなを回復出来るようになりたいにゃ」

「そっちは私の専門よ、リツさん、今度色々教えるから、一緒に強くなりましょうね」

「ありがとう、お願いにゃ!」

 

 そんな和やかな雰囲気の中、一同は坑道らしき入り口を遠くに見つけた。

ここはもう完全に向こう岸であり、ユキノはそれを確認すると、氷の大地を消した。

背後にチラリと敵が見えた為である。どうやら敵の後続が到着したようだ。

それにより敵はあっさりと落下して死亡し、ハチマン達の安全は完全に確保された。

 

「さて、それじゃあハチマン君、これからどうしましょうか」

「この辺りで少し採掘してみるか?リナが気になる場所を掘れば何か出てくると思うし」

「任せてな!そこら中から美味しそうな気配がするのな!」

 

 そう言ってリナはあちこちを指し示し始め、姉妹達が分担してそこを掘り始めた。

ユキノもそれを手伝い、ハチマンは一応危険が無いかどうか、

正面に新たに口を開けている坑道の前に陣取り、敵が来ないかどうか見張っていた。

 

「ハチマン、怪しい場所を指示してきたのな!」

「おう、えらいぞリナ……あ~、ところで今日は何リナだ?」

 

 ハチマンはユキノに聞こえないように、こっそりとリナにそう尋ねた。

隠す必要はないのかもしれないが、ハチマンはこの事を他人に言うつもりはないようだ。

 

「リナコなのな!ハチマンはまだどれが何リナか区別がつかないのな?」

「そうだな、悪い、まったく見分けがつかないわ……」

 

 ハチマンは申し訳なさそうにそう言ったが、リナは気にしないという風に首を振った。

 

「別に気にする事じゃないのな、リナちゃん達は全員そっくりだしな!

それに毎回ハチマンに、今日は何リナなのか当ててもらう遊びも楽しそうなのな!」

「ああ、それはいいな、そのうち区別がつくようになるかもしれないな」

「そもそもハチマンは、リナちゃんが何リナだろうと変わらずいつも優しいのな!

だからリナちゃんは、あまりそういう事は気にしないのな!」

「そうか、ありがとな、リナコ、それにリナッチ、リナジ、リナゾー、リナヨ、リナム」

 

 ハチマンは敢えて全員の名前を出してそうお礼を言った。

もしかしたら全員が聞いているかもしれないと思ったからだ。

 

「どういたしましてなのな!あ、ハチマン、その足元から美味しそうな感じがするのな!」

ちょっとリナちゃんが掘ってみるのな!」

「分かった、俺は見張りをしておくから、何か出てきたら教えてくれ」

 

 そして楽しそうに採掘を始めるリナの様子を、ハチマンは微笑みながら見つめていた。

遠くに目をやると、他の五人も楽しそうに採掘を楽しんでおり、

ハチマンはその傍にいるユキノと目が合い、頷き合った。

 

「ハチマン、何か出てきたのな!」

「おう、さすがはリナだな」

「えっへん!」

 

 そしてリナは、それを持って姉妹達の方に走っていった。

どうやらまとめて鑑定するつもりらしい。

 

「あれはいつ見ても慣れないな……」

 

 ハチマンは、遠くでリナがひょいパクしている光景を見ながらそう呟いた。

その後、ハチマン達は、地底湖やマグマ地帯をユキノ任せで通り抜け、

遂にヴァルハラ広場へと到達する事となったのだった。

 

 

 

「あの時はそうやってここに到達したんだよな」

「今日まで色々あったじゃんね」

「おかげでリナはいつもお腹いっぱいなのな!」

「二人とも、今は幸せか?」

 

 ハチマンは二人にそう尋ね、二人はハチマンを見上げながら笑顔で言った。

 

「当たり前なのな!何でそんな分かりきった事を聞くのな?」

「ありがとうハチマン、大好きじゃんね!」

「そうか、それならいい」

 

 そして三人も採取活動に加わり、その日は必要なエンチャント素材に加え、

リツも満足するであろう、店の為の十分な商品のストックも集める事が出来た。

鑑定中はリョクによる講義も行われ、クリシュナ、リオン、セラフィムは、

持ち前の頭脳を生かし、素材に関しての基礎知識を確実に蓄えていった。

 

「さて、そろそろ帰るか」

「そういえばここってどうやって帰るの?ユキノの魔力はそんなに残ってないよね?」

「普通に飛んで帰るぞ」

「飛んで!?ここって飛べるの?」

「いや、こっちに外に出れる出口があってな、そこから飛べるんだよな」

「あ、そうなのね。あれ、でも逆に言えば、そこからここに直接来る事は出来ないの?」

「それがなぁ……」

 

 そしてハチマンに案内されたその場所は、何と言えばいいか、

ウォータースラーダーのような細い細い滑り台のような道だった。

 

「一応外から中に戻ろうとした事はあるんだがな、

羽根が広げられない上に、角度が急すぎて、とてもじゃないが上れなかったんだよな」

「そういう事か、でもハチマン、よくここに入ってみようって思ったわよね」

 

 リオンのその疑問に、ハチマンはあっさりとこう答えた。

 

「一応向こうに光が見えたんで、外に通じてると確信はしていたが、

最悪どうにもならなくなったらそこで死ねばいいかなと」

「……ハチマンってさ、仲間が死ぬ事は許さない癖に、自分は簡単に死のうとするのね」

「ぐっ、わ、悪いかよ」

「ううん、ハチマンらしいなって」

 

 そしてハチマンの説明を受け、ハチマン、リオン、クリシュナが外に出て、

次にリナ、リョク、セラフィム、ユキノが外に出た。

一応リナとリョクを真ん中に挟む格好で、何かあってもすぐに対応出来るようにした形だ。

滑り台から外に飛び出し、そこから飛行状態になる感覚は新鮮だったようで、

リオンやセラフィムは、一度出たら、再び滑る事が出来ないのをとても残念がっていた。

 

「お前ら、絶叫マシンが平気なタイプだろ」

「うん、全然平気」

「ハチマン様は苦手なんですか?それじゃあ今度私が手を握っててあげますね」

「別に苦手じゃないから大丈夫だ、さて、帰るとするか」

 

 そして七人は意気揚々とアルンへと向けて飛んでいった。

 

 

 

「こんなに?凄いのにゃ!」

「多分しばらく行けてなかったからだろうな」

「ハチマン、ありがとにゃ!」

「いやいや、何か困ったらいつでも言うんだぞ」

 

 こうしてスモーキング・リーフにリナとリョクを送り届けた後、

ハチマン達はそのままヴァルハラ・ガーデンへと向かった。

リオンとクリシュナはそこですぐに落ち、そのままリアルで勉強をするようだ。

残ったセラフィムとユキノはハチマンと分担して素材を持ち、

職人達の作業部屋へと向かった。

 

「あれ、アルゴじゃないか、珍しくこっちに来てたんだな」

「お帰りハー坊、待ってたぜ、収穫はどうだっタ?」

「豊作?大漁?まあそんな感じだな、で、用件は?」

「まあそれは後でいいぞ、とりあえず素材を出してやれよ、

この三人がうずうずしてるみたいだしナ」

「オーケーだ、それじゃあ全部出すからな」

 

 そして三人は、次から次へと素材を机の上に並べていった。

 

「おお、おおお……」

「あっ、軽アダマンタイトがこんなに……これでいけますね!」

「オリハルコンまであったんだ、後はダマスカスに、ミスリルに、

凄い凄い、これでうちの素材ストックもかなり改善されるね」

「こっちも凄いわ、蜘蛛花に虹綿、木材関係もこんなに……」

 

 三人は興奮したようにそう言葉を交わし、必要な素材を振り分けると、

その場でいくつかの合成を開始した。

 

「それは何だ?」

「アサギとリオンのアイゼンだよ」

「アイゼン……?後方に下がらないようにする為のかかとのアレだよな?

アサギは分かるが、何でそれをリオンにも?」

「それはこれのせいですよ、ハチマンさん」

 

 ナタクがそう言って、ロジカルウィッチスピアを持ち、

隣の部屋に併設された的に向けて何かを発射した。

 

「おお、マジかよ、こんなのまで設計してたのか」

「ふふっ、どうですか?」

「完璧だ、リオンが慌てる姿が目に浮かぶようだわ」

「ククッ、ククククク」

「フッ、フフッ、フフフフフ」

 

 リズベットはリズベットで、アサギの為の武器を作っており、ナタクもそれに加わった。

スクナはスクナでリオンとアサギの為の色々な装備を作っていたが、

それを見たユキノがスクナに何か言い、スクナはそれに頷くと、装備の修正を始めた。

ユキノはそれを見て満足したように頷くと、ハチマンの方へと戻ってきた。

 

「ユキノ、今スクナに何を言ったんだ?」

「もう少し露出を上げたらどうかしら、と言ったわ」

「露出を?何でまたそんな事を……」

「ヴァルハラのメンバーは、憧れじゃないといけないのよ、

その為には多少露出部分を増やした方がいいわ、アスナやシノンだってそうでしょう?

それにセラフィムやフェイリスさんだってそうなっているはずよ」

「そ、そう言われると確かに……」

 

 ハチマンはそのユキノの言葉に驚かされた。

まさかそういう意図があったなどとは思いもしなかったからだ。

そんな二人にアルゴが声をかけてきた。

 

「二人とも、そろそろいいカ?」

「あ、悪いアルゴ、そういえば待たせてたんだったな、で、何かあったのか?」

「おう、実はな……トラフィックスが、

一週間後にアスカ・エンパイアに寄港する事になったゾ」

 

 その言葉は突然放たれ、そんな事は予想もしていなかった二人は思わず固まった。




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