「ねぇ、せっかくだから、優里奈ちゃんも誘ってみる?
ここまで来て誘わないのもどうかと思うしさ」
マンションに着いた直後に放たれたその結衣の言葉に、八幡は確かにそうだなと同意した。
「そうだよな、親代わりとしての責任もあるし、その辺りはしっかりしないとな」
「うん、それじゃあ優里奈ちゃんに聞いてみよっか」
だが残念な事に、優里奈はどうやら今は留守にしているようだ。
この場合の残念というのは、優里奈にとって、という意味である。
「いないみたいだね」
「まあ約束してた訳じゃないからな、それじゃあアルゴの部屋に行くか」
「うん!」
「アルゴさんの部屋に入るのは初めてね、というかいきなり尋ねてしまっていいのかしら」
「それならさっき伝えておいたぞ、もっとも結衣の事はまだ伝えてないが、
まあ雪乃がオーケーなんだったら問題ないだろ」
「もし駄目だったら、ゆいゆいがアルゴさんに嫌われているという事になるわね」
雪乃のその冗談に、結衣は本気で涙目になった。
「ちょっとゆきのん、冗談でもそういう事は言わないでよ、不安になるじゃん!」
「ごめんなさい、多分大丈夫よ、多分ね」
「ゆきのん言い方、言い方!」
そして八幡は、アルゴの部屋のインターホンを押した。
「中が散らかってたら、最初は片付けをしないとだな……」
直後にアルゴが部屋の扉を開けて顔を出し、結衣の顔を見たのだが、
アルゴは特に何も言わず、そのまま三人を家の中へと誘った。
「待ちくたびれたぞハー坊、ささ、みんな中に入ってくれヨ」
「ふう……良かった……」
「何が良かったんだゆいゆい?気になるじゃないかヨ」
「あ、えっと、ここで断られたら、あたしがアルゴさんに嫌われてるんだって、
ゆきのんに散々脅かされたからさ……」
「んな訳ないだろ、さあ、さっさと三人で天国に行っちまおうゼ」
「うん、そうだね!」
「お邪魔します」
そのアルゴの別の意味での不穏な言葉に、八幡は一瞬顔をしかめたが、
特に深い意味は無いだろうと思い直し、そのまま中に入った。
アルゴはこういった思わせぶりな言い回しを、面白がってわざとする事が多いからだ。
中に入ると、アルゴの部屋は八幡の予想とは違い、まったく散らかってはおらず、
むしろ物の少なさに驚くくらい、綺麗な状態であった。
「おお……」
「ハー坊、どうしタ?」
「いや、予想以上に綺麗な部屋だと思ってな、それに結構物が少ないんだな」
「まあハー坊のせいで疲れてるから、帰ってからは寝るだけだしナ」
「う……何かすまん」
「いいっていいって、その分たまにこうして労ってもらうからナ」
「ああ、しっかりと疲れを取らせてもらうさ」
八幡は義務感にかられてそう言った。
先ほどの結衣の作戦は、どうやら大成功のようである。
「さて、誰からやる?」
「そうだな、順番を決めたり楽な格好に着替えたりしたいから、
ちょっとここで待っててくれるか?オレっち達はちょっと寝室で色々と相談するワ」
「分かった、決まったら呼んでくれ」
「悪いなハー坊」
そして三人は寝室に消えていき、八幡は三人にどういった施術をするか真剣に考え始めた。
「三人ともとりあえず肩こりがひどいらしいから、肩をしっかりと揉み解すとして、
アルゴは座り仕事が多いから、おそらく腰も何とかしないと多分やばいな、
雪乃と結衣はその辺りは問題無いとは思うが、
こればっかりは触って確認してみないと何ともだな……」
八幡にとって、女性の肌に直接触る事は、通常は躊躇われる事であったが、
今回は結衣の作戦のせいで、八幡が義務感に燃えていた為、
その八幡の躊躇いはかなり軽減されている。
一方寝室に入った三人は、示し合わせたように水着に着替えている真っ最中であった。
「二人とも水着を用意してきたんだな、まあオレっちもそうだから人の事は言えないけどナ」
「というか、他に何も思い浮かばなかったというのが正しいのかしらね、
さすがに下着姿、もしくは全裸でマッサージしてもらうというのは問題があると思うし」
「あたしはそれでもいいかなってちょっと思っちゃってた……
こんな機会滅多にないし、まあ結局水着にしたんだけど」
「まあさすがにあからさますぎると引かれちまうだろうし、
バランス的には丁度いいんじゃないカ?」
アルゴもその結衣の言葉に頷きつつ、何か気になったのか、二人にこう質問してきた。
「しかしハー坊の奴、随分と素直にオレっち達の好きにさせてくれたよな、
最悪オレっち達が全員裸で現れる可能性もあったと思うんだがなぁ、
もしかして雪乃が何か言ったのカ?」
「それなら多分、ゆいゆいの一言だと思うわ」
「ゆいゆいの一言?どんナ?」
アルゴは意外そうな顔で結衣にそう尋ねてきた。
「えっとね、本職にやってもらってもいいんだけど、
もし相手が変な人だったらやだなって、その、遠まわしに今後もお願いってつもりで、えへ」
「なるほど、それが別の意味で作用したって訳カ」
「うん、多分ね」
「それじゃあ多少露出を増やしても問題ないカ?」
「でもこれ以上布地を減らしても、あんま変わらなくない?」
「確かにそうだな、あとは水着をずらすなりで工夫するしかカ」
「そうなると、大事なのはトップバッターという事になるわね」
その言葉にアルゴと結衣は頷いた。
「ここまではセーフっていう線引きをしないとだしね」
「そうなると適任は……」
「オレっちか雪乃って事になるか、正直ゆいゆいはトップにするにはエロすぎるからナ」
アルゴがハッキリとそう言い、雪乃もそれに同意した。
「そうね、同じ露出具合でも、そのエロさに八幡君が構えてしまう可能性があるわね」
「二人とも、エロいとか言わないで!」
「それじゃあトップは私が行くわ」
そこで雪乃が手を上げてそう言った。
「私はアルゴさんほど、八幡君の観察に自信がある訳じゃないから、
最初は少しずつ様子を見ながらアルゴさんからサインを出してもらって、
それでギリギリのラインを見極めるのがいいんじゃないかしらね」
「なるほど、それはいいかもしれないナ」
「あたしもその方がいいかも、実際に見ながらの方が、
どのくらいまでがセーフなのか把握しやすいしね」
「よし、それじゃあその線でいくカ」
「オーケーよ、頑張りましょう」
「頑張ろうね!」
こうして三人は順番を決め、八幡を寝室へと招き入れた。
雪乃はあらかじめベッドに横たわって待機していた。
これは八幡が三人の水着に対して抱く印象を、少しでも大人しめに見せる為の演出である。
「最初は雪乃か、よし、それじゃあ真面目にやらせてもらうわ」
「お願いするわね八幡君、特に肩と腰をお願い、本当につらいのよ」
ここぞとばかりに雪乃はそうアピールし、八幡の脳内を完全に治療モードへと変えた。
「任せろ、普段世話になってる分、その償いのつもりでしっかりやるわ」
「償いなんて必要ないわ、こうして気にかけてもらえるだけで十分よ」
「そうはいかないさ、その……本当にみんなには感謝してるんだ」
その言葉だけで三人はお腹いっぱいなくらい幸福感を感じていたが、
それだけで済ますにはこのチャンスはもったいなさすぎた。
そして雪乃はあくまでも自然さを装い、八幡にこう言った。
「この水着の背中の紐、少し太くてちょっと気になるのよね、
もし嫌じゃなかったら、施術にも邪魔だろうし外してくれると嬉しいわ」
「分かった、別に見えちゃいけない所が見える訳じゃないし、外させてもらうわ。
確かにこの太さだと少しやりにくいしな」
その雪乃の仕込んだ小技に、二人は心の中で惜しみない賞賛を送った。
(雪乃、ナイス!まさかそこまで考えて水着を選んでくるなんてナ!)
(さっすがゆきのん、我らが副長!)
そして遂に八幡のマッサージが開始された。
「一番やばいのはやっぱり肩か?」
「そう思っていたのだけれど、今横になってみて感じたのは、
最近ちょっとデスクワークが多かったせいか、腰の方がより重いように感じるわ、
高校の時は何故平気だったのか分からないくらいにね」
「高校の時か……そういや確かに授業中はずっと座ってた訳だし、
放課後も雪乃は部室でずっと座って本を読んでたよな」
そう言いながら八幡は、平然と雪乃の腰に手を当て、色々探り始めた。
その視線は目の前の雪乃の腰を見ているようで見ていない。
どうやら昔の事を思い出しているようだ。アルゴと結衣はその事に気付き、目を見張った。
「んっ……い、今考えると、学校にいる時間の半分以上は座っていた訳じゃない、
それなのに……あんっ……あの頃は腰が痛くなる事なんてまったく無かったわよね。
あ、もう少し下の方が結構痛むのだけれど」
雪乃はアルゴが出すサインをこっそり見ながらそう付け加えた。
「だな、そう考えると、高校生くらいの年の時って体の構造が謎すぎるよな、
何であんな固い椅子に長時間座ってても平気だったんだろうな」
八幡の視線は微妙に定まっておらず、
アルゴと結衣の、雪乃に対する評価は天元突破し、天井知らずとなっていた。
(凄い凄い、完璧にヒッキーの意識を逸らしてるね)
(思い出補正って奴だな、さすがとしか言いようがないよナ)
そしてアルゴはまだいけると判断し、雪乃にそうサインを出した。
「そうなのよね……んっ……今同じ事をしろと言われても、んっ、あっ、
絶対に無理……だと……んあっ……断言……出来るわ」
だが雪乃はそれ以上の事を要求する事をしなかった。
声からすると、どうやらかなりやばい状態らしい。あの冷静な雪乃からしてこれである。
二人は八幡の手元を注視しつつ、それに対する雪乃の反応を見て戦慄した。
(嘘、今ってまだそこまで際どい位置じゃないよね?)
(あの雪乃の反応……あの程度でも相当やばいって事だナ)
二人はそれ以上の要求を雪乃にしてもらう事を諦め、
ただただ自分の番が来た時に備え、八幡の手技をその目に焼き付ける事しか出来なかった。
「はぁ、はぁ……あ、あとは八幡君が色々触って確かめてみてくれるかしら、
じ、自分では分からない所がこっているかもしれないのだしね」
「分かった、痛かったら直ぐに言ってくれな」
「ありがとう、相変わらず、や、優しいのね」
「俺は別に優しくなんかないけどな」
「そういう所は変わらないわね」
「どうだろうなぁ」
雪乃は息も絶え絶えな状態になりながらも、後の二人の事を考え、
先鋒たる役目を果たそうと、根性を出してそう言った。
(ゆきのんが尊い……)
(心から尊敬と感謝の念を送るゾ……)
この頃には八幡は、完全に雪乃の体調の事を考えながらマッサージに集中しており、
おかしな邪念が入る余地はまったく無いようで、
冷静な状態なら少しは躊躇してしまうような位置にも平気で手を伸ばし、
確認するように撫でたり押したりしてきた。それによって雪乃自身も我慢の限界を超え、
八幡が本格的に体の各部を揉み解し始めるのと共に、
その体はびくんびくんとし始め、大きな声を出す事こそ我慢していたが、
その表情はとても人に見せられないような状態になっていた。
だがうつ伏せだった為、幸いな事に、八幡には気付かれなかったようだ。
「よし、こんな感じか、どうだ?まだつらい部分はあるか?」
「い、いいえ、凄く体が楽になったわ、ありがとう八幡君」
そして雪乃はよろよろと立ち上がり、アルゴに渡された大きめのタオルを肩にかけ、
リビングから寝室に持ち込んであったソファーに腰掛けた。
(ごめんなさい、出来ればもっと際どい部分や、可能なら前もいきたかったんだけど)
(さすがにあれを見せられたら、そこまで要求するのは不可能だと思うから大丈夫だよ)
(今以上を求めるなら、本気で女の尊厳を捨てる覚悟をしないといけないだろうからナ)
(そう言ってもらえると助かるわ、二人とも、頑張って耐えてね)
(そう言われるとちょっと怖いナ……)
(でもまあとにかく頑張るしかないよね!)
最初に雪乃がこんな感じというラインを引いてくれた為、
アルゴと結衣のマッサージに関しては、特に問題なく進む事となった。
「おいおいアルゴ、お前は腰の痛みが完全に慢性化してるだろ、
俺も頑張るが、それとは別に、もっと腰に負担がかからないような椅子を用意させるから、
それまではあまり無理しないでくれよな」
「それは……た、助かる、あと他に……んっ、んんっ……おかしな所は、あっ……無いカ?」
「待ってろ、今確認するからな」
治療モードに入った八幡は容赦なくアルゴの体をまさぐり続け、
アルゴはそれで完璧に陥落し、結衣と交代する頃には雪乃以上に息絶え絶えとなっていた。
「よ、よし、ゆいゆい、交代だナ……」
(これは想像以上だぞ、死ぬ気で頑張れヨ)
(う、うん、頑張る……)
結衣はそう気合いを入れてマッサージに臨んだのだが、
結衣は主に肩周りが一番やばかった為、出だしは思ったよりも穏やかなものとなった。
「ああ、やっぱり結衣は肩だよなぁ……」
ここにきて八幡の顔が、初めて赤く染まった。
結衣の胸の膨らみを、横からまともに見てしまったからだ。
だが八幡はその状態から持ち直し、真剣な表情で結衣の肩を解し始めた。
これはひとえに高校時代の結衣の功績である。
あの頃の結衣はかなり無防備に八幡に胸を押し付けたりしてくる事が多く、
それによって八幡の脳には、『結衣というのはそういう生き物だ』
という情報が刷り込まれてしまったのだ。
そして結衣もまた、他の部位を八幡にチェックしてもらい、
太もものあたりがかなり張っていると指摘された。
「あ、た、確かに最近、よ、よく歩いてたかも」
「そのせいか、まあ大丈夫、羽のように軽くしてやるさ」
「お、お願いね、ヒッキー」
「ああ、任せておけ」
そこから結衣は布団を口にくわえて必死に耐え続けた。
八幡は容赦なく結衣の体を揉み倒し、
そろそろ我慢の限界という所でやっとマッサージが終了した。
「はぁ……はぁ……」
「どうだ?体が軽いだろ?」
「う、うん、信じられないくらい全身が軽い」
「肩はどうだ?」
「全然痛くない!凄いよヒッキー!」
「そうだろうそうだろう、やばかったらいつでも言ってくれ、俺がなんとかしてやるから」
「うん、お願い!」
こうして三人は、最初にアルゴが言った通りに天国に連れていかれた。
雪乃と結衣は、家まで送るという八幡の申し出を断り、
三人で簡単な女子会をするという理由をつけてアルゴの家に居残った。
実際は腰砕けになってしまい、まだ動けなかっただけであり、
復活までにはかなりの時間を要する事だろう。
そして八幡は三人に挨拶をすると、そのまま自分の部屋へと向かった。
これはアスカ・エンパイア絡みの話を優里奈とする為である。
「凄かったわね……」
「凄かったね……」
「正直何度も女の尊厳を失いかけたゾ……」
「うん……」
「表情を見られてたら、完全にアウトだったわね」
「あれを正面からもしてもらってるアーちゃんは正直化け物だナ」
「色々と自重しないでいいなら楽なのだけれど」
「まあその辺りはいずれボスが何とかしてくれるだロ」
「そういう未来が来ればいいよねぇ」
一方その頃、八幡から連絡を受けた優里奈は、
八幡の部屋に向かう前に明日奈に連絡を入れていた。
『優里奈ちゃん、アルゴさんは計画通りに八幡君を家に呼んだ?』
「はい、バッチリでした!」
『そう、さりげなくアルゴさんにその事を勧めた甲斐があったよ、
最近ちょっと煮詰まってた感じだったから、
この辺りでストレスを発散させておかないといけないって思ったんだよね。
で、同行者は誰かいたの?それとも優里奈ちゃんが?』
「アルゴさん以外に雪乃さんと結衣さんが来たので、
最初の計画通り、私は居留守を使いました」
『三人なら何も間違いは起こらなかっただろうね、うん、計画通り!』
「ですね、いいガス抜きになったと思います、
しかし明日奈さんも大変ですよね、そういった部分にも気を遣わないといけませんし」
『八幡君を他の人に取られたくないから必死なだけだよ、
もっともその努力がいつか無駄になるかもしれないけど、
それならそれでみんな一緒なら毎日楽しいと思うしね。
とりあえず優里奈ちゃんも、この機会に八幡君にマッサージをしてもらうといいよ、
二人きりになっちゃうのも優里奈ちゃんなら許すし、多少羽目を外しても目を瞑るからね』
「ありがとうございます、明日奈さん」
どうやら今回の黒幕は明日奈であり、これもガス抜きの一環であったようだ。
こういった根回しがしっかり出来るが故に、明日奈の正妻としての地位は磐石なのである。
そして明日奈との通話を終えた優里奈は、軽い足取りで八幡の部屋へと向かった。