優里奈は八幡の部屋の前に立ち、一応インターホンのボタンを押した。
当然合鍵は所持しているのだが、親しき仲にも礼儀は必要だと考えたからである。
「優里奈か?遠慮せず合鍵で中に入ってくれ」
「はい、分かりました」
そして優里奈は合鍵を使って中に入った。当然安全の為にも施錠は忘れない。
「八幡さん、何かお話があるという事でしたが……」
「おう、きっと聞いたら優里奈も驚くぞ……って、どうした?肩でも痛いのか?」
その言葉通り、優里奈は少し肩を気にするようなそぶりを見せていた。
当然演技も入っているのだが、半分は本気である。
それもまあ優里奈の体型なら当然であろう。
「いえ、あの、何でもないので……」
「何でもない事はないだろ、まさか怪我をしたとかじゃないだろうな」
八幡はおろおろしたようにそう言った。
そんな八幡の様子を見て、優里奈は少し心が痛んだが、
この時はそれ以上に八幡に甘えたいという気持ちが勝っていた。
せっかくの明日奈の好意であり、優里奈自身も八幡の事が大好きな為、
こういうチャンスは確実にものにしたいのだ。
普段は控えめで大人しい優里奈にも当然欲はあり、
その中で今一番大きいものが、もっと八幡に愛されたい、もっと触れられたいという、
年頃の女の子に相応しい欲なのであった。
「いえ、えっと、これはまあ前からなんですが、肩の具合が少し……」
「ああ……優里奈はスタイルがいいから、まあ当然そうなるか……」
八幡はかなり婉曲な表現を使ってそう言った。
年頃の娘的存在を持つ親的な八幡にとっては、
下手な表現を使って優里奈に嫌われる事が、一番恐れる事なのである。
だが他ならぬ優里奈自身が、そんな八幡の気遣いをぶっちぎってストレートにこう言った。
「はい、胸が大きいとどうしても肩こりがひどいんですよね……」
「おい、俺の気遣いをあっさり無にするな。まあでも結局原因はそれなんだよな」
八幡は面食らいながらも優里奈に合わせてそう言った。
このぐいぐいくる感じが、本来の優里奈の持ち味である。
この辺りが理央や香蓮とは正反対であり、詩乃と共通する部分であろう。
「あ~、優里奈が嫌じゃなかったら、俺がマッサージをしてやってもいいんだが」
そして優里奈が待ち望んでいた言葉が八幡の口から飛び出した。
正直不満な部分もあったが、優里奈は喜んでその言葉に飛びついた。
「はい、是非お願いします!でも一つだけいいですか?
私が八幡さんに触られて嫌な部分なんてありませんから、
そんな事は気にしなくていいんですからね」
不満とはつまり、そういう事である。
更に言うと、内容をよく考えると実はかなり危険な発言であった。
だが八幡はその発言について深く考える事もなく、反射的に優里奈に謝った。
「わ、悪い、年頃の美人で気立てがいい娘を持つと、
どうしても嫌われたくないって気持ちが先に立っちまうんだよな、
そもそも俺は、親代わりをするにしてもまだちょっと未熟すぎるからなぁ……」
「八幡さんは未熟なんかじゃありません、私にとってはとても大切な人です!」
優里奈はそう言ったが、それは親としての在り方とは違う視点で放たれた言葉である。
だが好き嫌いという視点だけで言えば、それは極上の好意を示しており、
八幡はやや赤面しつつ、その場の雰囲気を誤魔化すようにこう言った。
「それじゃあとりあえず寝室に移動して、横になってもらってもいいか?」
「はい、寝室ですね」
優里奈はその言葉に素直に従い、寝室へと向かった。続けて寝室に入った八幡は、
ベッドに座った優里奈が八幡の存在を気にせず、平気な顔で服を脱ぎ始めた為、
慌ててそこから目を背けた。
「ゆ、優里奈、とりあえず準備が出来たら声をかけてくれな」
その数秒後、優里奈は八幡にこう返事をした。
「はい、出来ました」
「おおう、早いな、それじゃあ……」
そこには上半身裸の優里奈が座っており、八幡は再び目を背けた。
ちなみに下半身にはバスタオルが巻かれており、その下がどうなっているのかは分からない。
「ゆ、優里奈、そのままうつ伏せでベッドに横になってくれ」
「あっ、そうでしたね、すみません」
そんな八幡の態度を見て、優里奈は今はこれくらいにしておいてあげようかなと、
ペロっと舌を出した。今日はいつもと比べてより小悪魔的な優里奈である。
「準備が出来ました」
「よし、それじゃあちょっと、どこがこっているか調べてみるからな」
「お願いしますね」
そう言って八幡は、本丸である肩周辺に手を当て、軽く揉みほぐし始めた。
「うっ、ん……八幡さん、やっぱり相当こってますか?」
「そうだな……正直大変だよな、とは思うわ」
八幡は直接的な表現は避け、遠まわしにそう言った。
「やっぱりまめに揉んでもらうしかないんですかね」
「う~ん、まあやっぱりそれが一番なんだろうな」
「それじゃあ私には八幡さんがいてくれるから、一生安心ですね」
「そうだな、まあ時間がある時に、俺がまめに肩のこりを解してやるさ」
こうやって日々、八幡は言質をとられていくのである。
「学校の方はどうだ?何か問題はあるか?」
「特に何も問題はありませんよ、
ちゃんと毎日地味で胸が目立たない格好をしていますから安心して下さいね」
「い、いや、勉強とか部活とか、そっちの事を聞いてるんだが」
「そっちですか?八幡さんが一番心配してるのは、私の格好の事だと思ってましたけど」
「う……ま、まあそっちも心配してるのは確かだが……」
八幡はしどろもどろでそう答えつつも、しっかりと肩のマッサージを終えた。
「どうだ?肩が軽くなっただろ?」
そう言われた優里奈は手で胸を隠し、もう片方の手をぐるぐるさせた。
「本当だ、凄いです八幡さん、肩が凄く軽いです!」
「そ、そうか、うん、それなら良かった」
八幡は優里奈の体を直視しないようにそう言ったが、
それをいい事に優里奈は八幡の隙を突き、裸のまま八幡に抱きついた。
「ありがとうございます八幡さん!これからも宜しくお願いしますね!」
「わっ、ちょっ、落ち着け優里奈、とりあえず他の所もチェックするから、
また横になってくれ、な?」
「はい、八幡さん、私今、とっても幸せです!」
そう言って優里奈は最後の仕上げとばかりに八幡の首筋にキスをし、少し舌を這わせた。
明日奈の許可との兼ね合いで、口はアウトだと判断したからであったが、
何故頬にしなかったのかというと、そっちの方が八幡が焦ると思ったからであった。
「お、おい、優里奈!」
「日ごろの感謝の気持ちですよ、それじゃあ続きをお願いします」
「お、お前な……」
「ふふっ、ただのいたずらですってば」
「はぁ……」
八幡はどぎまぎしながらも、そのまま優里奈の体のこり具合をチェックし始めた。
他の部分のこりはそうでもなかったが、ふくらはぎだけが多少張っている感触があった。
「若干足が張ってる感じがするな」
「女子高生は歩くのが仕事ですからね!」
「い~や、勉強が仕事だ、ちゃんと勉強してるか?」
「はい、成績上位をちゃんと維持してますよ!
環境が変わったせいで成績が落ちたとか言われたくないですからね」
それはひとえに八幡の評価を下げたくないという優里奈の意地でもあった。
今が幸せであり充実していると証明する為に、優里奈は日々努力しているのだ。
「そうか、それならいいが、でも優里奈はもっと好きに生きてもいいんだからな」
「好きに………ですか?」
その瞬間に優里奈の瞳が蠱惑的に光った。
「ああ、優里奈の事はソレイユの次期幹部候補生育成プロジェクトに登録してはあるが、
優里奈が何かやりたい事があるならその道に進んでくれてもいい。
俺はお前がどんな進路を選択しようと援助を惜しむつもりはないし、
最大限その決断を尊重するつもりでいる」
「…………さん」
「ん?」
その時優里奈が小さな声で呟いた。
「悪い、よく聞こえなかった、今何て言ったんだ?」
「八幡さんのお嫁さん、と言いました」
「いっ!?」
「どんな進路を選択しても援助してくれて、尊重してくれるんですよね?
それじゃあ私、八幡さんのお嫁さんになりたいです」
「い、いや、それは……」
そんなしどろもどろになった八幡に、優里奈は体を起こして徐々に近付いていった。
「ま、待て、落ち着いて話し合おう、きっと話せば分かる、そうに違いない」
「何かを話したとして、私がその内容に納得しますかね?」
「う……」
八幡は、そのいつもとは違う優里奈の迫力にたじたじとなった。
いや、思い返せば過去にも何度かそういう事はあった。
だが今回のそれはいつもとは違う気がする。八幡は優里奈の方をじっと見つめ、
それで改めて優里奈の胸が完全に見えてしまっている事に気が付き、
懇願するように優里奈に言った。
「なぁ優里奈、せめて胸を隠してくれ……」
「そうですね、それじゃあバスタオルを上げて隠しますね」
「えっ?」
その瞬間に、八幡の虚を突くように優里奈が下半身に巻いていたバスタオルを上げた。
「うわっ」
八幡は思わず悲鳴を上げたが、どうやら事前に服の下に着ていたのだろう、
優里奈はバスタオルの下に水着を着ており、
八幡は心の底から安堵したようにため息をついた。
「お、驚かせるなよ……」
「ふふっ、もしかして、私が全裸だと思っちゃいましたか?」
「あ、ああ、まんまと騙されたわ」
「まあ冗談はこのくらいにして……」
「冗談!?冗談だと!?」
優里奈がさらっとそう言った為、八幡は完全に脱力した。
「当たり前じゃないですか、最近八幡さんにあまりかまってもらえてなかったから、
ちょっと仕返しをしてみただけです」
「い、いや、その、すまん………」
とは言ったものの、実際優里奈はかなり本気であった。
だがそれは明日奈に許可された範囲を十分意識した上での本気である。
何故なら優里奈の幸せの中には明日奈の存在も含まれており、
ここでごり押しして明日奈を失うような事は、優里奈はしたくなかったからだ。
だが自分が娘のような扱いばかりされてしまうのは防ぎたかった為、
きっちりと女としての自分を八幡に意識させたという訳であった。
「さて、それじゃあマッサージの続きをお願いしますね」
「お、おう、分かった」
「でも八幡さん」
「ん?」
「さっきわたしの胸を見ましたよね?」
それで思い出してしまったのか、八幡の心臓がドキリと波うった。
「う……あ、あれはあれだ、年頃の娘のいる家庭では稀によくある事だ」
「もうわたし、お嫁には行けませんね、でもまあ望むところです」
「ほ、本当に冗談なんだよな?」
「ふふっ、八幡さん、わたしって実はかなり重くて面倒臭い女かもしれませんよ?」
「もう勘弁してくれ……」
八幡はそう言ってギブアップという風に両手を上げた。
「じゃあその分しっかり私の体を揉み解して下さいね、
もちろん全身ですよ、当然前もですよ」
「む、胸はちゃんと隠してくれよな……」
「はい!」
こうしてマッサージが再開され、優里奈は自分の体がかつてない程に軽いと感じていた。
「凄い凄い、さすがは八幡さんです!
先生、今のうちに次のマッサージの予約をしたいんですけど!
そうですね、それじゃあ三日後くらいにしましょうか、はい!」
「何だその小芝居、テンション高いなおい……」
そう言いながらも八幡は、優里奈の全身をきっちりと揉み解した。
「まあこんなもんかな」
「ありがとうございます!それじゃあリビングで一家団欒でもしましょうか」
優里奈は服を着ながら八幡にそう提案した。当然八幡は優里奈の方は見ていない。
「一家って、今は俺達二人しかいないけどな、まあそうするか」
「とりあえず愛情のたっぷり詰まったコーヒーを入れますね、いつものでいいですか?」
「おう、甘いやつな」
「はい、甘いやつで!」
そして二人はリビングで向かい合い、ずずっとコーヒーをすすった。
「ふう……」
「さて、それじゃあお話を聞かせて下さい」
「話?何の話だ?」
「もう、八幡さんは、私が驚くような話をする為にここに来たんですよね?」
「あっ」
八幡はそれで本来の目的を思い出し、優里奈に説明を始めた。