ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第690話 あやかし横丁

「優里奈はトラフィックスの事は当然知ってるよな?」

「はい、ALOとGGOからログイン出来る宇宙船ですよね?」

「宇宙船……優里奈の中ではそういう認識なのか」

「あれ、違いましたっけ」

「いや、まあそんな感じのイメージでいい。で、そのトラフィックスがな、

今度アスカ・エンパイアに寄港する事になったらしい」

「そうなんですか!?」

「おう、先方の強い要望で実現する事になったそうだ」

「いつ頃ですか?」

「もう少し先らしいが、多分来月半ばくらいだと思うぞ」

「それならすぐですね!」

 

 優里奈はわくわくしたような顔でそう言った。

優里奈もいずれはヴァルハラ入りする事になるのだろうが、

今は一人でアスカ・エンパイアをプレイしている。

それが優里奈の意思だったとはいえ、やはり時々寂しくなるのだろう。

 

「ゲーム内で皆さんにお会い出来るなんて、凄く楽しみです!」

「あ~、まあうちは目立つ分敵も多いから、その辺りは十分注意してな」

「大丈夫ですよ、私、結構強くなりましたから!」

「真面目に鍛えてるんだな、えらいぞ優里奈」

「えへへ」

 

 優里奈はそう言って八幡の方に頭を差し出してきた。

 

(これは撫でろって事なんだろうなぁ)

 

 八幡はそう思い、そのまま優里奈の頭を撫でた。

 

「撫で撫で頂きました!」

「やっぱりテンション高いなおい!」

「八幡さん、私、最初は正体を隠して、サプライズで私バレしてみたいです!」

「ほうほう、それは面白いかもしれないな」

「ただいまアイデアを募集中です!採用された方にはもれなく私をプレゼント!」

「それってそもそも俺しか応募しないよな……?」

「まあもう私はとっくに八幡さんの物なんですけどね」

「だから何でそんなにテンションが高いんだよお前は……」

 

 八幡は苦笑したが、優里奈がやる気になっているのは間違いない為、

そこに水をさすような事を言うつもりはまったく無かった。

 

「で、正体を隠すってどうやるつもりだ?」

「変装します、あ、当日はこの胸当てを外してもいいですよね?」

「う~ん、まあこういう時くらいは別にいいか、で、どんな変装をするつもりだ?」

「そうですね、アイデアを引き続き募集中です!」

「ああ悪い、そういえばさっきそう言ってたな、ふ~む、ゲーム内で変装なぁ……

でもナユタの顔を知ってる奴は誰もいないんだから、

別に普段の格好でも問題ないんじゃないか?」

「あ、そういえばそうですね、でもなぁ、う~ん……」

 

 どうやら優里奈はまだ変装に拘っているようだ。

 

「他の奴らがナユタを優里奈だと最初から認識してるなら変装する意味もあるだろうが、

誰も知らないんだから、いつもの格好を少し派手にするくらいで十分なんじゃないか?」

「そういえばそうですね、それじゃあアイマスクをつけて……」

「あ、髪型はちょっといじらないと駄目だな、完全にリアルと一致してるからな」

 

(それと体型とでバレる可能性があるからな)

 

「確かにそうですね、ちょっと考えてみます」

「まあほんの少し変えるだけでも大分違う印象で見えるから、工夫してみるといい」

「そうですね、それじゃあ早速アスカ・エンパイアに行きましょう!」

「え、今からか?」

「はい、今からです!」

「それじゃあここからFGでログインするか、

いや、そういえば丁度シャナが今何も持ってない状態だったな、そっちにするか」

「え?そうなんですか?」

「おう、場合によってはシャナで、

ALOとGGOのイベントに参加する可能性もあると思ってな」

「ああ、戦闘スタイルの問題でですか」

「そんな感じだ、とりあえずシャナでログインして情報屋FGに行くわ」

「それじゃあ私も情報屋FGに行きますね」

 

 二人はそう言って、並んでベッドに横たわってログインした。

ちなみに八幡に先にログインさせ、少し遅れて優里奈が、

八幡の手をしっかりと握ってからログインしたのはまあご愛嬌であろう。

 

 

 

「シャナさん、お待たせしました!」

「おう、それじゃあ早速買い物に行くとするか、

とはいえ俺は、どこに店があるのかなんてまったく知らないけどな」

「あ、それなら最近あやかし横丁っていう新しい街が出来たみたいなんですよ、

まだ商店街しかないんですけど、いずれ百物語ってイベントが導入される予定なんですよね」

「ほうほう、それじゃあ試しにそこに行ってみるか。

いい物が無かったら、別の場所に行けばいいだけだしな」

「はい!」

 

 そして二人は店を出て、並んで歩き出した。

だが繁華街に近付くにつれ、ナユタはやや困ったような顔をしだし、

少し迷うようなそぶりを見せた後、突然こう言いだした。

 

「あ、あの、えっと、シャナさん、手を繋いでもいいですか?」

「それくらいなら別に構わないが……その表情だと何か理由がありそうだよな」

「ありがとうございます、繁華街だと結構初心者が多くて、

私に声をかけてくるプレイヤーの比率がグンと上がっちゃうんですよね」

 

 その言葉にシャナは、こめかみをピクリとさせた。

 

「ほう、以前ちょっと暴れたくらいじゃ、まだ足りなかったみたいだな」

 

 その言葉通り、以前八幡は、わざわざハチマンをコンバートさせ、

ナユタにまとわりつく男共をたった一人でボコボコにした事がある。

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 その瞬間にナユタは、口をあんぐりと開けながらシャナにそう言い、

シャナは首を傾げながらナユタに聞き返した。

 

「ちょっとだよな?」

「あれがちょっと……ま、まあ私としては、

あれから煩わしい人が減ったんで良かったんですけど……」

 

 ナユタは何ともいえない表情でそう言うと、何故かシャナに頭を下げた。

 

「え~っと……ごめんなさい、言葉が足りませんでした。

さっきの言葉にはまだ続きがあるんですよ」

「そうなのか?俺こそ早とちりしちまったみたいだな、すまん」

「いえ、それじゃあ説明を続けますね。

で、私が声をかけられるじゃないですか、そうすると、

二次被害を恐れて周りのベテランの人達が止めてくれるんですけど……」

「二次被害って何だ?」

 

 シャナはその言葉にきょとんとした。

 

「その、前にハチマンさんが……」

「ハチマン?それはリアルの俺の事じゃなくて、キャラの事だよな?」

「あの、はい、関係ない男性プレイヤーまで、その……ボコボコに」

「えっ?ええと、確かあの時は…………あ」

 

 シャナは必死に記憶の糸を手繰り、自分が何をしたか思い出したのか、

気まずそうにナユタから目を背けた。

 

「近くにいたあいつらが悪い。で、止めてくれるとどうなるんだ?」

 

 シャナはそう抗弁し、露骨に話題を元に戻した。

 

「どうなるというか、このまま私とシャナさんが一緒に歩いてたら、

凄い数の人が私達に声をかけてくると思うんですよ、

当然その目的は、シャナさんを私から引き離す事です」

「あ、ああ~、その発想は無かったわ」

 

 要するにナユタは、シャナがナユタにまとわりついているように見られれば、

再びの二次被害を恐れる他のプレイヤーが、

次から次へとシャナを排除しようと二人に声をかけてくると言いたいのであった。

 

「それが煩わしいので、私が自発的に一緒にいるんだと分からせる為に、

手を繋いでおきたいなって思って」

「な、何かすまん」

「いいんですよ、普段は別に困ってませんから。シャナさんが一緒の時だけです」

「まあそういう事なら……」

 

 それで納得したのか、二人は仲良く手を繋いだままあやかし横丁へと足を踏み入れた。

ナユタが危惧した通り、何人かがシャナに声をかけようとするそぶりを見せたが、

ナユタの表情を見て、そのほとんどが思いとどまり、ほぼ誰にも声をかけられずに済んだ。

例外的に声をかけてきたのは、ナユタと顔見知りらしい、数人の女性プレイヤーだけである。

 

「あら、今日はデート?」

「はい、そうですよ」

「ただの付き添いです」

 

 だがそのシャナの発言はスルーされた。こう言う場合、男には発言権は無いのだ。

 

「例のあの人と違う人みたいだけど、大丈夫なの?」

「あ、大きな声じゃ言えませんが、大丈夫なんです」

「あ~、もしかして中の人が……」

 

 その女性は何かに納得したようにそう言ったが、

ナユタはそれを肯定も否定もしなかった。

ここで下手に何か言ったら、ハチマンとシャナの関係性について、

余計な噂が流れてしまう可能性も否定出来なかったからである。

 

「そっかそっか、末永くお幸せにね!」

「ありがとうございます!」

 

 その親しげな会話にシャナは、ナユタにも仲のいい友達が出来たのかと安心したが、

実際は何度か言葉を交わした程度の顔見知り程度の相手だったりする。

それが友達に見えたのは、ひとえにナユタの社交能力の賜物である。

 

「結構お店がありますね」

「こういう店ってプレイヤーがやってるのか?」

「はい、街が出来る時には事前にオークションが開かれるんですよ」

「そうなのか……商品のラインナップはと……ああ、結構色々なおしゃれ装備があるな、

ネコ耳カチューシャにエルフ耳カチューシャ?これって合成品だよな?」

「はい、AEも結構合成品の種類が多いんですよ」

「そうなのか、とりあえず色々試着してみるか」

「はい!」

 

 メイン装備まで変更するつもりはなく、プチ変装しかするつもりがなかったナユタは、

キズメルが付けている通称黒アゲハ様マスクや各種獣耳装備を楽しそうに付け、

その度にシャナと一緒にスクリーンショットの撮影をしていた。

 

「これも中々……でもこれも捨てがたい」

「まあゆっくり選ぶといい、別にどうしてもここで買わないといけない訳でもないから、

じっくりと吟味して選ぶんだぞ」

「はい!」

 

 その後もナユタは店内全ての品をチェックする勢いでうろうろと歩き回り、

とあるアイテムの前で足を止めた。

 

「これは……アイマスク?いや、目隠しですかね?」

「目隠しに見えるが、装備しても普通に視界は確保されるみたいだな、

まあ完全なネタアイテムだな」

「ちょっと装備してみますね」

「おう」

 

 ナユタはそれを手に取り、しゅるっと顔に巻いた。

 

「本当だ、普通に見えますね」

「ふむ、思い出したわ、それは昔やってたゴブリンを退治するアニメの中で、

剣の乙女が装備してた奴だわ、昔は好きだったなぁ」

 

 シャナはあくまで作品が、というつもりでそう発言したのだが、

ナユタはどうやら別の意味にとったようだ。

 

「なるほど、後で調べてみよう……」

 

 ぼそっとそう呟いた後、ナユタはこれに決めた事をシャナに告げ、

即座にその目隠しを購入した。

 

「いい買い物が出来ました!」

「そうか、良かったな」

「それじゃあとりあえず、スリーピング・ガーデンにでも行きましょうか」

「そういえば今はナユタが管理してるんだったか」

「はい、留守は立派に守ります!」

「ん~、あいつらにとっては仮の拠点だし、最終的にはあいつらはALOに来るはずだから、

あまり守ろう守ろうって気を張りすぎるなよ」

「あ、そうなんですか、う~ん、家ごとコンバート出来ればいいんですけどね」

「ふむ……」

 

 シャナはその言葉で何か思い付いたのか、一瞬考え込むそぶりを見せた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。それじゃあ案内してくれ、俺も一度も行った事が無いんでな」

「はい、それじゃあ行きましょうか」

 

 二人はそのまま街と街とを結ぶ街道に出た。

AEの首都であるヤオヨロズはこういった街の集合体であり、

全てが建物で埋め尽くされている訳ではないのである。

いずれはこの街道も街になるのかもしれないが、少なくとも今はそんな状態である。

 

「こっちですシャナさん」

「ん」

「きゃっ」

 

 ナユタがシャナにそう声をかけた瞬間に、シャナはいきなりナユタを抱き寄せた。

 

「だ、駄目ですシャナさん、そういうのはその、ログアウトした後で……」

「落ち着けナユタ、戦闘だ」

「えっ?敵ですか?」

「いや、今あっちの森の中に光る物が見えた、多分誰かと誰かが戦ってる」

「本当だ……こっそり見てみますか?」

「そうだな、AEの戦闘はちゃんと見た事が無かったから一度ちゃんと見てみたい。

ナユタ、一応何か俺が使えそうな武器はあるか?」

「それじゃあこの短刀を」

 

 そして二人は茂みに隠れ、その戦闘の様子を伺った。


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