ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第691話 女忍者コヨミ

 シャナとナユタはそっと草むらに身を潜め、森の中の様子を伺っていた。

 

「あれってもしかして、忍同士の戦いってやつか?」

「そうみたいですね、結構ありますよ、推しの忍び衆同士の争い」

「推しって……それじゃあこれは、伊賀と甲賀の争いとかそういう奴か?」

「あるいは風魔と軒猿の争いかもしれませんね」

「ナユタは意外とそういうマイナー知識を持ってんのな……」

 

 シャナはナユタが何故そんな知識を持っているのか聞きたいと思ったが、

その間にその忍同士の戦いはかなり激化していた。

片方がオレンジ色の髪の少女が一人、もう片方は、屈強な男が三人という、

一見眉をひそめざるを得ない組み合わせの戦いであったが、

どうやら押しているのは女性の方のようだ。とにかくスピードが半端無いのである。

 

「あの女忍者、相当強いな」

「多分速度特化のビルドですね、スタミナさえ持てばこのまま勝ちきりそうですが……」

「心情的にはこういう場合、女忍者の方を助けるべきなんだろうな」

「でも正直正義がどっちにあるのか分かりませんよね」

「そもそも正義自体があるのかどうかも怪しいけどな」

「まあ介入する必要は無いかもしれませんね、本当に良くある事なので」

「そうなのか、まあとりあえずもう少し見物だけして、移動するとするか」

「はい、そうですね」

 

 二人はそのまま戦いの見物を続けた。

 

「あんなに小さいのにやるもんだよなぁ」

「シャナさん、それはセクハラです」

 

 いきなりナユタにそう言われ、シャナはぽかんとした。

 

「え、マジで?あの子はナユタより全然身長が低いよな?

AEではそういうのもセクハラになるのか?」

「あっ、し、身長ですね、はい、全然セクハラじゃないです」

 

 ナユタは慌ててそう言い、シャナはそんなナユタを訝しげに見つめた。

そして再びその女性に目をやったシャナは、ナユタが何の事を言っていたのか理解した。

 

「なるほど、確かにナユタと比べると小さいかもしれん」

「シャナさん、それはセクハラです」

「今度は合ってるな」

「もう、駄目ですよ、見知らぬ人の胸なんか見ちゃ。

シャナさんは私とアスナさんとハル姉さんの胸だけ見ていればそれでいいんです」

「まだテンション高いなおい、ってか、あれ?

ナユタはいつから姉さんの事をそんな風に呼んでるんだ?」

「ふふっ、秘密です」

「何だそれ、いつの間に…………」

 

 そう言いながらもシャナは、黙って頭の上に短剣を掲げた。

直後にギン!という音と共に、背後から忍び寄っていた敵が振り下ろした忍刀が弾かれ、

その敵に対していつの間に動いていたのだろう、ナユタが思いっきり掌底をくらわせた。

 

「お、いい反応だなナユタ、もしかして気付いてたのか?」

「はい、私はシャナさんの娘ですよ、当然気付いてました」

「そうか、俺はこれから一生、ナユタにこっそり背後から近付いて、

『だ~れだ』って目隠しをする楽しみが味わえないのか……」

「何故突然その話が出てくるのかは分かりませんが、

大丈夫ですよ、ちゃんと気付かないふりをしますから。ってかこれ、どうします?」

「決まってるだろ、敵対してきた奴は殲滅ってのがうちの家訓だ」

「うちの、じゃなくてシャナさんの、ですよね?」

「まあそうとも言うな」

「まあいいです、って事は私にとっては家訓って事で間違いないですからね。

それじゃあぱぱっとやっちゃいましょう」

「とりあえずどっち側か確認するか、まあ大体想像は付くが」

 

 シャナはそう言って、ナユタの攻撃を受けてすぐには立ち上がれない状態の敵を持ち上げ、

女忍者達が争っている方にぽいっと投げた。

 

「うわっ、いきなり何?ってかあんた誰?」

「さっきまではただの見物人だ、今はあんたの敵か味方のどっちかだよ、女忍者さん」

「どっちなのかハッキリしてよ、その結果次第でとんずらするから!」

「それはあんたらの返答次第だな、で、こいつはどっちの陣営のプレイヤーだ?」

「そんな奴、私は知らないわよ」

「なら決まりって事でいいのか?」

 

 そのシャナの問いに、男達は無言の攻撃で答えてきた。

だがその攻撃は全てカウンターを決められ、たたらを踏んだその三人は、

順番にシャナに蹴り飛ばされた。

 

「ヒュゥ、やるじゃないあんた」

「と言う訳で、どうやら俺達はあんたの味方らしいな」

「助かるわ!正直ちょっとやばいなって思ってた所だったのよ」

「押してたように見えたが」

「さすがに三対一だと、実際はいっぱいいっぱいだったわよ」

「そうか、それじゃあ……」

「シャナさん、ここは私が」

 

 その時ナユタがシャナの前に出た。

その瞬間にその男達は明らかにひるんだような様子を見せた。

どうやらナユタの事を知っているらしい。

 

「まずいな、こいつは例の悪魔使いだ」

「マジかよ、でも隣にいるこいつはあの悪魔じゃないぞ?」

「なら何とかなるか?こっちは今顔を隠してるからな」

 

 その言葉通り、その男達は古き良き忍者装束を身に纏っており、

その顔は目以外はまったく見えない状態であった。

 

「でも多分こいつも相当やるぞ」

「大丈夫だ、まもなく援軍が到着するはずだ」

「だってよナユタ」

「もし援軍がきたら、抑えといて下さい。その間にこの四人を私が殲滅します」

「オーケーだ、ってな訳でお前らの相手はうちのナユタだ、

俺は出ないから心配しなくてもいいぞ」

「ふざけるな!」

 

 その言葉に四人の男達は激高し、目の前にいるナユタに襲いかかってきた。

 

「死ね!」

「あなたが死になさい」

 

 ナユタはそう言って、敵の攻撃を交わしざまに、

目にも止まらぬ速さで近くの木に向かって跳躍し、

その木を蹴って、先頭にいた男の延髄に思いっきり蹴りを入れた。

 

「がっ……」

「次!」

 

 ナユタはそのまま一瞬怯んだ二番目の男の懐に入り、その鳩尾に掌底をかました。

 

「ぐはっ……」

「てめえ!」

「遅いですよ」

 

 ナユタはそう言って、いわゆるサマーソルトキックを三番目の男の顎にくらわせ、

そのまま上にあった木の枝を蹴って、四番目の男の顔面に蹴りを入れた。

まばたきする暇もない、見事な瞬殺であった。

 

「おお、やるなナユタ、凄い跳躍力だな」

「今の戦闘、どうでしたか?」

「ん、そうだな、正直驚いたな、いつの間にそんな技を身につけたんだ?」

「えっと、こういうのは全部ハル姉さんに教わりました」

「え、マジかよ、いつの間に……」

 

 シャナはその言葉に瞠目した。

優里奈と陽乃の接点がそこまであるとは思っていなかったからだ。

 

「まあその話はスリーピング・ガーデンででも説明しますね、

とりあえずこいつらにとどめをさしましょう」

「そうだな、そうするか」

 

 だがその心配は無かった。女忍者がにこやかな顔で、

倒れている四人の男に、順番にクナイを突き刺していたからだ。

 

「あ、トドメならさしといたよ!」

「お、サンキューな、手間が省けたわ」

「ううん、助けてもらったのはこっちだしね、ありがとう、二人とも」

「とりあえず敵の援軍が近付いてきてる気配がする、

倒すのは簡単だが正直めんどくさい、先に移動しようぜ」

「ん、分かった」

「それじゃあこっちへ」

 

 そして三人はナユタの案内で、スリーピング・ガーデンがある街の酒保に入る事にした。

 

「ふう、追っ手は来ないみたいだな」

「良かった良かった」

「これで落ち着けますね」

 

 そして女忍者は頭の後ろで手を組み、にこやかに言った。

 

「私の名前はコヨミ、あなた達は?」

「私はナユタです」

「俺はシャナだ」

「ふ~ん、ナユタにシャナね、ってナユタ!?悪魔使いの?」

 

 コヨミはどうやら先ほどの男達の会話は聞いていなかったようだ。

そしてそのコヨミの言葉に二人は顔を見合わせた。

 

「さっきも言ってたけど、その悪魔使いって何の事ですか?」

「だ、だってナユタって、あの戦巫女のナユタだよね?」

「あの戦巫女がどの戦巫女か分かりませんが、確かにそうですね」

「えっと、纏わりつくストーカー共を、無関係なプレイヤーも巻き添えにして、

悪魔みたいに強い男を使役してフルボッコにしたって……」

 

 その言葉にナユタは困った顔でシャナの方を見た。

シャナはシャナで、気まずそうに顔を逸らしている。

 

「え、もしかしてその男ってのがあんたなの?聞いてた外見と違うんだけど」

「……これは別キャラだが、まあ確かに少し前に、そんな事をした記憶が無い訳じゃないな」

 

 シャナは渋々とその事実を認め、コヨミはそんなシャナの肩をポンと叩いた。

 

「彼女思いなんだね」

「そうなんです、シャナさんは凄く私思いなんです!」

 

 そのコヨミの言葉にナユタは光の早さでそう言った。

 

「ナユタ、おかしな食いつき方をするな、言っておくが、彼女とかじゃないからな」

「えっ、そ、そうなの?それであんな暴れ方をしたの?」

「世の中にはコヨミの知らない事がまだまだ沢山あるんだよ」

「ふ~ん、まあ詮索はしないけど、でもナユタの事が大事なのは間違いないよね」

「まあそれはな」

「なら悪魔さんはいい人だ、うん、それだけ分かればいいや」

 

 そういってコヨミは笑い、こちらに手を差し出してきた。

 

「私は忍者のコヨミ、改めてよろしく!」

「よろしくお願いします、戦巫女のナユタです」

「俺はシャナ、生憎コンバート直後なんで、特に職業にはついてない。

まあ素浪人みたいなもんだ」

「えっ?」

 

 コヨミはその言葉に呆然とした顔をした。

 

「ん、俺は何かおかしな事を言ったか?」

「え、だ、だって、要するに無職って事だよね?」

「おいコヨミ、その言い方はやめろ」

「ごめんごめん、って事は、職業特性が一切無い状態であの強さ!?

意味がわからないんだけど!?」

「ふふん」

「そこで何故ナユタがドヤ顔をする……」

「ふふん」

「……まあいい、俺は他のゲームで短剣を使い慣れてるから、そのせいだろうさ」

「そういうレベルじゃないと思うんだけど……」

 

 どうやらコヨミはその説明に納得出来ないようだった。

 

「まあコンバート組ってのはそういうもんだ」

「元は何のゲームをやってたの?」

「GGOだな」

「GGO!?GGOなのに何で短剣使い!?あ、待って待って、

そういえば前GGOの動画で、プレイヤーが光る剣を振ってるのを見た事がある気がする」

「それも持ってるが、それとは関係なく、GGOのプレイヤーは普通に短剣も使うぞ、

というか軍人ってのは、短剣くらい普通に扱うもんだろ?」

「た、確かに……って違う、問題はそこじゃない!

要するに短剣で銃相手に戦ってるって事でしょ?」

「まあそういう事になるな、もっとも俺はちゃんと銃も使ってるがな」

「それでもよ!なるほど、それは強い訳だわ……GGO、シャナ…………ん?」

 

 その言葉にコヨミは何かを思い出したようだ。

コヨミは端末を取り出して何か操作し、その画面を見た後、驚愕した顔でシャナの顔を見た。

 

「あ、あんた、もしかしてあのシャナなの!?」

「あのシャナがどのシャナなのかは分からないが、まあそうだな」

「シャナさん、そのネタはさっき私が使いました」

 

 その言葉にナユタが安定の突っ込みを入れた。

 

「おう、悪い悪い、ちょっと真似してみたわ。

まあそういう事だ、ってな訳で俺達は行く所があるからそろそろ行くわ、

何で争ってたのかは知らないが、これからも頑張ってくれ、コヨミ」

「あ、うん、今日は本当にありがとうね、もしどこかでまた会ったら、

今度は普通に遊ぼうね!」

「はい、その時はまた」

「俺は今日はたまたま顔を出しただけだから、こっちにいる可能性はほぼ無いと思うが、

こっちのナユタはずっといるから、出来れば敵対する事なく仲良くしてやってくれ」

「もちろんだよ!」

 

 こうしてナユタは新たな知り合いを得る事になった。これ以降ナユタとコヨミは、

パーティを組んでアスカ・エンパイアの地を共に冒険する事になる。


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