ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第692話 情報屋ソレイアルさん

「ここがスリーピング・ガーデンか」

「今は私しかいませんけどね」

「随分とヴァルハラ・ガーデンに似てるな……」

「あ、こっそりアルゴさんに教えてもらって真似したらしいですよ」

「そういう事か、そりゃ似てる訳だわ」

 

 スリーピング・ガーデンの作りはヴァルハラ・ガーデンとそっくりだった。

シャナはナユタにお茶を入れてもらい、ソファーでしばらくくつろぐ事にした。

 

「ここの本来の主達は、今も戦ってるんだろうな……」

 

 シャナはそう、ぼそっと呟いた。

 

「スリーピング・ナイツのみんなは今は何のゲームをやってるんですか?」

「今はリアル・トーキョー・オンラインとかいう、

限りなく東京を忠実に再現したゲームをやってるらしいぞ」

「そうなんですか、うわぁ、そういうのも楽しそうですね」

 

 ナユタはわくわくした顔でそう言った。

確かにゲームの中に自分がよく知っている場所が出てくるというのは謎のわくわく感がある。

 

「最近普及してきたソーシャルカメラってのがあるだろ?」

「あ、最近あちこちに設置されてきてる、あの監視カメラみたいな奴ですね」

「まああれは実はうちの製品なんだがな、

あれから送られてきている映像を利用して街を再現してるんだよ」

 

 そのシャナがさりげなく言った一言に、ナユタは驚いた声で言った。

 

「あれってソレイユの製品だったんですか!?」

「おう、うちも色々手広くやってるからな。

ちなみにうちが今研究してるニューロリンカーって機械も、

ソーシャルカメラと連動する事になってるわ」

「そうなんですか、どんな機械なんですか?」

「一言で言うなら、人生をより長く楽しめるようになる機械、かな」

「なるほど、それはいい感じですね!」

「お前が大人になる頃には、完成させてみせるさ」

 

 シャナはあと何年かかるかな、などと思いながらそう言ったのだが、

ナユタはずばっと正論で斬り込んできた。

 

「じゃああと一年ですね、私も来年十八になりますから!」

「いっ!?あ、いや、年齢的なものじゃなく、体……はもう大人だし、

精神的……には成熟してる気がするか、あ~、まあもう少し時間をくれると嬉しい」

「仕方ないですね、それじゃあもうちょっと待っててあげます」

「おう、ありがとな」

 

 その後、ナユタが家の機能を使い、

スリーピング・ナイツのメンバーが写った写真を見せてきた。

二人はソファーに並んで腰掛けながらそれを見て、

スリーピング・ナイツ関連の思い出についてお互いに語り合ったのだった。

 

 

 

 一方その頃、当のスリーピング・ナイツを纏める二人のリーダーは、

現実世界でメイクイーン・ニャンニャンがある場所にいた。

そこはゲームの中では情報屋となっており、

その扉には『情報屋・ソレイアル』という看板がかかっていた。

 

「やっほ~ソレイアルさん、八幡は元気してる?」

「うん、元気元気、でも毎日忙しそうにしてるよ」

 

 このソレイアルは、以前二人が始めて情報屋FGを訪れた時、

FGに見せられたビデオメッセージの中で八幡が語っていたように、

各ゲームに潜り込ませているソレイユの社員の一人であった。

ちなみにソレイアルはゲームに関しては初心者であり、

ゲーム選びこそ自分でしたものの、キャラを作る段階からつまってしまい、

八幡に手伝ってもらってやっとログイン出来たという経緯があり、

その為このキャラの名付け親も八幡だったりする。

 

「そうなんだ、それじゃあしばらくかまってもらえないわね」

 

 ランはとても寂しそうにそう言った。

 

「もっと一緒に遊んで欲しいよねぇ」

「まあ仕方ないわね、今度うちに来てくれた時に、思いっきりセクハラしましょう」

「ふふっ、頑張ってね」

 

 姉妹の裏事情を多少なりとも伝え聞いていたソレイアルは、

それがVRの中での話なのだと理解しており、微笑ましいものを見るような目でそう言った。

 

「そういえば前はAEをプレイしてたのよね?

今度ALOとコラボするみたいだけど、一時的にでもそっちに戻ったりしないの?」

「う~ん、それなんだけどねぇ……」

「興味はあるんだけど、今度会う時はALOでって決めてるのよね」

「そっかぁ、じゃあそれまで頑張って鍛えるしかないね」

「そこまで遠い未来の話じゃないと思うのよね」

「ボク達かなり強くなったよね」

「それでもまだ八幡に勝てる気はしないから、まだまだ修行が必要ね」

 

 AEの話はそれで終わり、二人は身内という安心感もあり、

ソファーに座ってだらだらし始めた。

普段二人がどれだけ頑張っているのかを知っているソレイアルは、二人に飲み物を提供し、

同時に自分の分も用意して、二人の前に座った。

 

「ありがとうソレイアルさん」

「最近はかなり頑張ったから、たまには自宅で一日のんびりしようかしら?」

「その時に合わせて八幡を呼び出そっか」

「そうね、自宅でのんびり寛ぎつつたくさん甘やかさせてもらうのは最高ね」

「それある!じゃなかった、それあり!」

「ソレイアルさんは、相変わらずそれが口癖になってるのね、

もしかしてその名前も、そこから来てるのかしら」

「あはははは、まさかぁ」

 

 ソレイアルはそう言って楽しそうに笑ったが、実はそれは正解である。

かおりが最初にこのゲームを選択し、キャラ作成について八幡に相談した時、

名前は何がいいか聞かれた八幡は冗談のつもりで、

『それ、ある、とかでいいんじゃね』と言ったのだが、

それを聞き間違えたかおりが、『ソレイアルかぁ、ソレイユっぽいしそれでいいかな』

とそのまま入力してしまい、八幡もまあそれでいいかと特に何も突っ込まず、

この名前になったと、そんな訳なのであった。

 

「ソレイアルさんって、八幡と結構親しいの?」

「う~ん、まあ他の社員さん達と比べたらそうかもね、

実は私、八幡とは中学の時に同級生だったの」

 

 すっかり雑談モードに入ったソレイアルは、あっさりと二人にそうカミングアウトした。

 

「えっ、そうなんだ!」

「中学の時の八幡ってどんな感じだったの?」

「そうだねぇ、実は中学の時、彼に告白されたんだけど、

その時は私、特に彼の事を知ろうともしないまま、あっさりふっちゃったんだよね……」

「ええっ!?」

「世が世ならソレイアルさんは、八幡の彼女だったかもしれないの!?」

「う、うん……もう本当に痛恨だよ、私は一生その事を後悔しながら生きていくんだよ……」

 

 そんなソレイアルを、二人はよしよしと慰めた。

もし自分達が同じ立場だったら、同じように落ち込むのは間違いないからだ。

 

「ドンマイ、ソレイアルさん」

「強く生きるんだよ、きっとそのうちいい事があるよ」

「うん、うん……」

 

 その日から、二人がソレイアルを見る目が以前よりも温かくなったのは、

当然の成り行きであっただろう。

 

 

 

 後日二人の自宅を八幡が訪れた時、二人はソレイアルと知り合った事を八幡に伝えた。

 

「ああ、それあるさんな」

 

 その八幡の返事を聞いた二人は顔を見合わせて、

先日自分達が言った冗談が真実を言い当てていた事を知った。

 

「中学の時の同級生だったのよね」

「まあな、高校に行ってから疎遠になってたが、高校二年の時に再会して、

俺がSAOから戻った後に、改めて親しくなったって感じだな」

「八幡ってどんな中学時代を送ってたの?」

「……あまり言いたくはないが、まあ周りからはうざい奴だと思われてただろうな」

「そうなの?」

「まさかソレイアルさんにもそう思われてたのかな?」

「いや、あいつはそういう奴じゃなかった。誰にでも等しく優しい奴だったよ」

「裏を返せば誰にも特別な興味がなかったって事なのかしら」

「かもしれないな、だから今親しくしてるのが正直意外なんだよな」

 

 その八幡の返事を聞いた二人は顔を見合わせ、ひそひそと囁き合った。

 

(八幡ってたまに女心がまったく分かってない時があるよね)

(ソレイアルさんも苦労するわよね)

 

「ん?どうかしたか?」

「ううん、何でもないよ」

「でもそんな八幡なんて、今からは想像もつかないわね」

「正直俺もそう思う、環境が変わりすぎだよな」

 

 そう言って八幡は乾いた笑いを浮かべ、二人はそんな八幡の両端に移動した。

 

「まあ昔の事は別にいいかしらね」

「しばらく放置してた分、今日はボク達をしっかりと甘やかしてね!」

「セクハラしてこないなら別に構わないぞ」

「うっ、それじゃあ私のアイデンティティが崩壊してしまうじゃない」

「お前のアイデンティティはセクハラで成り立ってるのかよ……」

 

 そう言いつつも、八幡は相変わらず二人には優しく、

二人は久々に、思う存分八幡に甘える事が出来た。

 

 

 

 そして現在である。シャナは先ほどの疑問について、ナユタにこう切り出した。

 

「そういえば姉さんの呼び方について、ここで聞かせてもらうって話だったよな」

「そうでしたね、えっと、ハル姉さんはたまにここに泊まりに来るんですよ」

「そうだったのか、それは知らなかったな」

「来る時は一人で来るので、別に私が一緒にいなくてもいいんですけど、

それはそれで寂しいんじゃないかって思って、

毎回私が相手をしてたと、まあそういう訳ですね」

「なるほどなぁ、その流れで姉さんが、『今度から私の事は、ハル姉さんと呼びなさい!』

とか言い出したんだろ?」

「正解です、口調もまさにそんな感じでした」

「姉さんは案外寂しがりやなんだよな、きっと優里奈が一緒にいてくれて喜んでたと思うぞ」

「それならいいんですけどね」

 

 ナユタはそう言って微笑んだ。

 

「で、その流れで色々と教えてもらったんですよ、

戦闘術や護身術、言い寄ってくる男の上手なあしらい方、会話の打ち切り方、

あとは、街中がゾンビで溢れた時のサバイバル術、とかですかね」

「前半は理解出来るが、最後のそれは意味が分からねえよ!」

 

 シャナは思いっきりそう突っ込み、ナユタは楽しそうに笑った。

 

「いつかきっと役にたちますよ」

「その知識が役にたつような状況になったらマジで困るんだがな……」

「そういえばそうですね」

「それじゃあそろそろ落ちるか、時間的にそろそろ飯が食いたい」

「そうですね、それじゃあログアウトしましょうか……

あっ、シャナさん、私は先に落ちて食事の準備をしてますね」

 

 そう言ってナユタは素早くログアウトした。

 

「うおっ、あいつは何をそんなに焦ってるんだ……」

 

 それはリアルで優里奈がこっそりと八幡の手を握っていたからであるが、

八幡がその事実に気付く事は無かった。

そして優里奈が食事の準備を始めようとした丁度その時、部屋のチャイムが鳴った。

 

「ん、誰か来たみたいだな」

「誰ですかね」

 

 八幡はそのままインターホン越しに、ドアの外の様子を確認した。

 

「ああ、噂をすればか、姉さんだわ」

 

 そして八幡がドアを開けた瞬間に、陽乃は相手が誰なのかを確認せず、

のんびりした口調でこう言った。

 

「いやぁ、最初は優里奈ちゃんの部屋に行ったんだけど、

誰もいなくてこっちの明かりが点いてたから、こっちにいるんじゃないかって思って……

って、あれ、八幡君?今日はこっちに来てたんだ、

そっかぁ、それじゃあ邪魔しちゃ悪いから、とりあえず今日はこのままお暇しようかしら」

「おいこら何を訳の分からない遠慮をしてやがる、今いるのは俺と優里奈だけだ。

せっかく血の繋がらない三人の家族が集まったんだから、これから一家団らんをするぞ」

 

 そう言って八幡は、陽乃を強引に家にあがらせた。


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