最近の八幡は基本、日曜以外は最低一回はソレイユに顔を出す。
明日奈らと約束があって顔を出せない日もあるが、
この日の放課後も八幡は、いつも通りにソレイユへと到着し、
受付にいたかおりとえるに軽い感じで挨拶をした。
「よっ、今日はどうだ?何か変わった事とか厄介事は無かったか?」
「うん、何もないよ八幡、じゃなくて……何もありませんわ、次期社長」
そのかおりの気取った言い方に、隣にいたえるが思いっきり噴き出した。
「かおり、その喋り方はさすがにどうかと思う」
「えっ、今の私、凄くお淑やかそうじゃなかった?」
「そう思わせるにはかおりには絶対的に色気が足りない、あと最近化粧が濃い」
「うっ……実はこのところ、ちょっと夜更かしでさ」
「あれか、リアルトーキョーオンラインのせいか」
「うん、あの子達と一緒にいると、時間の感覚が無くなっちゃうんだよね」
「あいつらは基本夜更かしだからなぁ、
まああいつらの面倒を見てくれてありがとな、かおり」
「あ~あ、その子達、私のやってるゲームにはいつ来てくれるんだろ」
その会話を横で聞いていたえるが、二人に割って入った。
「ウルシエルは何のゲームをやってるんだったか?」
「もう、私を天使扱いするのはいい加減やめて下さい、
これでも地元じゃ男前で通ってるんですからね!」
(それって女性に対する褒め言葉なのか……?)
八幡はその言葉にそんな感想を抱いたが、本人がいいならそれでいいかと思い、
えるに倒して曖昧に頷く程度に留めた。
「えっと、今私がやってるのは、『天魔ウォーズ』っていう天使と悪魔が戦うゲームですね」
「…………………お前はどっちの軍なんだ?」
「そんなの天使軍に決まってるじゃないですか、かわいいですし」
「お前さっき、私を天使扱いするのはやめてくれとか言ってたよな、
それなのにプライベートじゃ普通に天使をやってんじゃねえか!」
「まあそういう説もありますね、名前もそのまんまウルシエルですし」
「説とか意味が分かんねえよ、ってか名前まで一緒かよ!」
「仕方ないじゃないですか、もうすっかり呼ばれ慣れちゃってるんだし、
これって全部八幡さんのせいですからね、
責任をとって初詣はうちの神社に来てお賽銭をはずんで下さい」
「いきなり俗っぽい話になったな……まあいい、来年はキョーマ達と一緒に行くわ」
「約束ですからね!出来れば封筒に入れて、『えるへ』って書いておいて下さい!
そうすればお父さんも、文句を言わずに素直に私にそれを渡してくれると思うので!」
「お前も神職の娘なら、もっと神様に敬意を持て」
八幡は呆れた顔でそう言い、自分の部屋に向かいかけてピタッと足を止めた。
「そういえば多分だが、もうすぐ受付に和人の妹の直葉が入ってくると思うから、
ちゃんと二人で面倒を見てやってくれよな」
「直葉ちゃんね、オッケー、任せて!」
「やった、新しい後輩だ!色々教えてあげなくちゃ!」
「おかしな事は教えなくていいからな、ウルシエル」
「大丈夫ですよぉ、私がおもちゃにするのはうちの弟だけです」
「………るかがかわいそうだからやめてやれ、
あとかおり、俺に対して丁寧な言葉を使うのは、
五年後くらいからでいいから今は普通にしといてくれ」
「五年後?ああ、大学を卒業して就職するまでって事ね、ってか現役で受かる気満々なんだ」
「いやいや、こうして日々、自分にプレッシャーをかけてるんだよ」
「まあ頑張って」
「ああ、それじゃあ二人とも、またな」
「うん、また!」
「初詣の約束、忘れないで下さいね!」
「おう、何かあったら部屋の方に連絡してくれな」
そう言って八幡は自分の部屋へと向かった。
八幡の部屋は、社長室から見て秘書室を挟んで反対側にある。
その扉を開けると、そこにいたのは桐生萌郁であった。
萌郁は癖になっているのか、指で自分のデスクを一定間隔でトントンと叩いている。
本来は薔薇とクルス、それに南が八幡付きになる予定なのだが、
クルスと南はまだ正式に入社しておらず、
現状は薔薇と他数名の秘書が陽乃に付いて秘書業務を行っており、
そちら方面の人手がまったく足りていない為、
臨時扱いという事で、八幡はソレイユを訪れる前に毎回萌郁に連絡を入れており、
秘書扱いとしてこうして部屋にいてもらっているのであった。
「今日も悪いな萌郁」
「ううん、これも仕事だから」
「FBはよくしてくれてるか?」
「うん」
「そうか」
八幡は萌郁に頷くと、ここにいる事が多いが今はいない、もう一人について尋ねた。
「今日はレヴィはいないんだな」
「今日は社長のお供でレクトに行ってる。材木座君も一緒」
「材木座か、あいつはレクト番だからなぁ、そういえば最近あいつを見た覚えがないな、
たまには飲みにでも誘ってやって、話でもするかなぁ」
以前は基本八幡の傍を離れなかったレヴェッカは、
萌郁の加入によって八幡の護衛任務の負担が減った為、
陽乃が外出する時の護衛任務も行うようになっていた。
レヴェッカが今日のように陽乃について動く時は、基本萌郁が八幡に付いている。
ちなみに八幡が外出する時は、萌郁が密かにその後を付いていき、
周辺の監視やらの護衛業務を行っていたりするのである。
「で、レクトには何の用事だって?」
「カムラ社が例のALOとGGOとAEの共通ログインシステムを利用したいらしくて、
それに対してどうするかの相談と、
リアルトーキョーオンラインの版権買取希望が来たらしく、その事について相談したいとか」
「あ、あれってレクトのゲームだったのか、買取なぁ、ふ~ん、
つまりオーグマーでそんな感じのゲームを出すって事なんだろうな」
「うん、多分」
「まあ特に重要な事じゃないな、共通規格が広がるのは業界全体にとっていい事だしな」
「それはそう思う」
「お、今日は姉さんから何かあるのか、もしかしてそれ関連か?」
そして八幡は自分のデスクに座り、その上に置いてあった報告書に視線を向けた。
これは会社的には正式なものではなく、八幡に言っておいた方がいいと判断された物と、
意見を求めたい物が陽乃の気分で置かれるという、何とも大雑把なシステムとなっていた。
「最初は麻衣さんの映画の件か、って手書きのイラストかよ、姉さんも多芸だよな」
一枚目の紙にはデフォルメされた麻衣の絵が書いてあり、
その下に陽乃の字で『麻衣ちゃん映画主演おめでとう!』と書かれてあった。
「ぷっ、なぁ萌郁、これって結構似てるよな」
「麻衣ってあの桜島麻衣?それなら確かに似てる……と思う」
「だよな、これは永久保存しておくか」
最近の萌郁は八幡と一緒の時はそれなりに喋ってくれるようになった。
萌郁はFBが趣味で経営しているブラウン管工房にもたまに顔を出すようで、
その関係でキョーマともそれなりに親交があるようなのだが、
話によると萌郁は、キョーマが相手の時は、基本携帯のEメールで会話をしているらしく、
キョーマには『閃光の指圧師(シャイニング・フィンガー)』と呼ばれているらしい。
要するに、まだ誰とでもこうやって話せる訳ではないという事のようだ。
だが少なくとも八幡が相手の時は、萌郁はぶっきらぼうながらもちゃんと話してくれる為、
八幡はその事に関しては満足感を抱いていた。
「あれ、この映画ってレクトもスポンサーになってるのか、
さすがは章三さん、麻衣さんの将来性に気付いたか」
八幡は満足そうにそう呟き、次の項目を見て目を見開いた。
「スポンサーに対してのロケ見学の案内?つまりこれは俺に行けって事か……
日曜だし行ってみっかなぁ、メンバーはとりあえず明日奈と理央でいいな、
後はそうだな、毎回陰から見守っててもらうってのもアレだし、
萌郁、このロケ見学ってのに俺達と一緒に行くか?」
その八幡の提案に、萌郁は目を見開いた。
デスクを一定のリズムで叩いていた指が、今はまるで何かの曲のように、
リズミカルにトントントトンと叩かれていた。
これは最近八幡が発見した、萌郁が機嫌がいい時の合図である。
「………いいの?」
「おう、当たり前だろ」
「………………行く」
「そうか」
八幡はその返事に満足そうに頷いた。
「そういえば萌郁は映画とかはたまに見たりするのか?」
「それなりに」
「それなりか、俺はさっぱりなんだよな。もしかして映画を見るのが好きなのか?」
「ううん、単に一人で出来る事だからってだけ」
「…………」
「…………」
八幡は、萌郁が好んで一人でいたいならそれはそれで構わないが、
微妙に諦めが伴うその答えを聞いて、どうしたものかなと考え、
咄嗟の思いつきで萌郁にこう言ってみた。
「一人でなぁ、う~ん、今何か面白そうな映画がやってたら、
今日の会社からの帰りにでも俺と一緒に見に……」
「行く」
萌郁は八幡が最後まで言い終えないうちにそう被せてきた。
いつもの萌郁からは考えられない積極的な行為であり、
おそらく上機嫌なのであろう、萌郁の指トントンが、
先ほど以上にとてもリズミカルに行われていた。
「………分かった、それじゃあ後で調べて何を観るか二人で決めるか」
「うん」
そう話が纏まると、八幡は報告書をめくって次の一枚に目を通した。
「会社のメインPCの性能アップについて?ふ~ん、次世代技術研究部からか」
そこには性能をアップする方法として、二つの選択肢が提示されていた。
最初からスパコンクラスの高性能のPCを入れるか、
複数のPCを接続してそれに代えるか、どちらかを選んで欲しいというものだ。
「こんな専門的な事、俺に分かるかよ……
まあしかし、俺に尋ねるという事は、専門的な議論を尽くした上で、
素人の目先の変わった意見を聞きたいという事なんだろうな」
八幡は勝手にそう判断し、素人目線でこう文書を作成した。
どうやら過去にも同じような事例があったのだと思われる。
『PCが一つだと、いざ故障の際に主要業務が停止してしまう可能性がある気がする。
なのでそういった事に対応しやすい複数のPCをリンクする案がいいと思う。
あくまで素人意見なので、最終的な判断はレスキネン部長に任せる。
ニューロリンカーのバーストリンク機能の向上の為には絶対に必要な事だと思うので、
予算に関しては気にせず要求してくれ。
後は姉さんがその金額が妥当かどうか判断してくれると思う』
八幡はそう文書にしたため、そこで手を止めた。
「レスキネン部長……?あ、そうか、さっきのロケ、撮影場所は鎌倉だったよな、
レスキネン部長を鎌倉に案内する約束がまだだったから、この機会に誘ってみるとするか、
案内役は理央がいるから問題ないだろ、萌郁はどう思う?」
「きっと喜ぶ」
「だよな、後部座席に明日奈と理央と萌郁に乗ってもらって、
少し狭いかもしれないがそれでいいか?」
「大丈夫、私は細いから」
「!?」
その発言に八幡は意表を突かれた。
(萌郁が自分の何かをアピールするなんて珍しいな、まあいい傾向か)
八幡はそう考えつつ、萌郁に向かってこう言った。
「そうだな、萌郁は細くてスタイルがいいよな」
その瞬間に萌郁の指トントンが二本に増え、八幡はその初めて見るパターンに、
萌郁は今とても機嫌がいいようだと一人頷いた。