その日ナユタは一人でヤオヨロズの外の森の中にいた。
「さて、名乗りはどうしよっかな……謎の盲目格闘家、ナユタ参上!
うん、こんな感じかな、あとは本番の時は髪を金髪に変えるとして、
服装は……う~ん、元ネタの通りだとさすがにハチマンさんが許してくれないだろうしなぁ、
あの衣装はちょっと露出がなぁ、特に横の部分とか……」
ナユタは腕組みをしながら悩み、服装については後回しにする事に決めた。
「まあいいや、まだ時間はあるし、今はとりあえず振り付けかな」
そしてナユタは身軽さと存分に発揮して近くの木に登り、
そこから飛び降りて決めポーズをとった。
「そこの人、何かお困りのようですね、私が今助けます!
我こそはアスカ・エンパイアにその名も轟く謎の盲目格闘家、ナユタです!」
ナユタはビシッと正面に指を差し、高らかにそう宣言した。
その直後に森の中から、どこかで見たような忍装束を着た女性が姿を現した。
「う~ん、今は困っている事は特に無いかなぁ」
「あっ、あなたは……」
「やっほーナユさん、この前会った美少女忍者、コヨミちゃんだよ!」
「普通自分で自分を美少女とか言いますか?」
「え~?美少女だよね?」
「さて、どうですかね」
「まさか見つかっちゃうとは思ってもいなかったよ、うまく穏形してたはずなんだけどなぁ」
どうやらコヨミは先ほどのナユタの行為が、
自分を見つけたが故の行為だと勘違いしているらしい。
もちろんまったくそんな事はなく、ナユタはハチマン達と会った時の為に、
効果的な登場をする為にその練習をしているだけであった。
「もちろん最初から分かってましたよ、だからわざとあんな演技をしたんです」
「やっぱりかぁ、私もまだまだ修行が足りないなぁ」
コヨミは自嘲ぎみにそう言うと、ナユタの隣に移動し、その顔を覗きこんできた。
「その眼帯……とは違うか、目隠しってこっちの事が見えてるの?」
「はい、見えてますよ」
「うわ、格好いいなぁそれ、私も付けてみようかな」
「真似しないで下さい、せっかくハチ……シャナさんの好みに合わせたんですから」
ナユタはうっかりハチマンの名前を出しそうになり、慌ててそう訂正した。
だが次にコヨミがこんな質問をしてきた為、ナユタは固まった。
「あ、ナユさん、さっき言ってたハチマンって誰の事?もしかしてあのALOのハチマン?」
「…………聞いてたんですか?」
「うん、ほら、私ってば耳がいいからさぁ、忍者だから!」
嬉しそうにそう言うコヨミの正面に、しかしナユタはいなかった。
「あ、あれ?」
「忘れて下さい」
そんな声が背後から聞こえ、コヨミは首筋に衝撃を受けてその場に崩れ落ちた。
ログアウトしていない事からおそらく意識はあると思うが、
目を回しているような状態なのは間違いないだろう。
「あ、あれ……ここは……?」
直後にコヨミが目をこすりながら起き上がった。
「あ、あれ?確かナユさん、ナユさんだよね?」
「そういうあなたはコヨミさんでしたよね、お久しぶりです」
「あれ、私ここで何してたんだっけ?」
「私が通りかかった時にはもう倒れてましたね」
「そっかぁ、まあいっか、ナユさん、久しぶり!」
「まあナユさん呼ばわりされる程親しくなった覚えはありませんけど、
同じ女性という事でセーフにしておきましょうか」
「うわ、ナユさん寛容!凄く優しくてちょろいから好き~!」
「ちょっといきなり距離を詰めすぎじゃないですか?」
「え~?いいじゃん別に、貴重な女性プレイヤー同士なんだしさぁ?」
「はぁ……まあいいですけど」
その瞬間にナユタはト~ンと後ろに跳び、そのまま真横に突撃した。
コヨミはコヨミでその場に伏せ、ナユタの行く手に向けて手裏剣のような物を投げつけた。
コヨミの手裏剣を咄嗟に手で防ごうとしたその男は、
ナユタの腹パンをくらってその場に崩れ落ちた。
「ぐふっ……く、くそっ、気付いてやがったか!」
「当たり前です、思いっきり見えてましたから」
「ば、馬鹿な……俺の穏形スキルはかなり高いんだぞ!」
「あんた馬鹿なの?そんな柿色の装束、森の中じゃ目立つに決まってるじゃない」
その指摘にその男はうろたえた。そんな事は考えてもいなかったのだろう。
「で、どっちが狙い?私?ナユさん?」
「ちょっと待って下さい、この人には見覚えが……」
ナユタはそう言ってじっと男の顔を見た後、口の部分を覆っていた布を下に下げた。
そこには先日ナユタが振った男の顔があり、ナユタは盛大にため息をついた。
「ナユさん、知り合いだった?」
「知り合いではないですね、先日街でナンパしてきた男です。
当然お断りしましたけど、たまにいるんですよ、
私に関する噂を知らないでこうしてつきまとってくるゴミ虫が」
「ああ~、確かに噂を知ってたらそんな事はしないもんねぇ」
男はその言葉にきょとんとした。
「う、噂って何だ?」
「それは自分で調べなさい、私の名前はナユタです」
「ナユタ……」
「それじゃあナユさん、こいつに止めを刺しちゃおっか」
「そうですね、私はもう触れたくもないので、コヨミさん、お願いします」
「あいよっ、敵対流派の奴だから、むしろ喜んで!」
そう言ってコヨミはその男にクナイを刺し、男は消滅した。
「いや~、ナユさんも、そんな立派な物を持っているせいで色々大変だよねぇ」
「立派な物?私の装備は特にそこまでレアリティのある物じゃないと思いますが」
「違い違う、ほら、これだよこれ、
ナユさんは本当にけしからん胸をしてるもんね、羨ましいなぁ」
そう言ってコヨミはいきなりナユタの胸を揉みだした。
そんなコヨミの鳩尾に、ナユタは容赦なく掌底を入れ、
直後にアッパーをかましてコヨミを再び昏倒させた。
コヨミはどさっとその場に倒れ、直後に再び起き上がった。
「あ、あれ?あの男は?」
「私がもう倒しておきましたよ、
ほらコヨミさん、こんな所で横になってると風邪をひきますよ」
「まあゲームの中だから風邪はひかないだろうけど、でもありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
ナユタはニコニコしながらコヨミを立たせ、コヨミはそんなナユタに頭を下げた。
「ナユさん、暇してるならちょっと化け物狩りでもしない?」
「別にいいですよ、私はそんなに強くはないですけど」
基本ハチマン基準で物を考えるナユタは謙遜するようにそう言ったが、
コヨミはそんなナユタを信じられない物を見るような目で見た。
「え、ナユさんが弱いとか何の冗談?」
「別に冗談のつもりはないんですが、私はもっと強い人をたくさん知ってますから」
「そっかぁ、まあ上には上がいるのも確かだしね」
コヨミはあっけらかんとそう言い、二人はそのまま狩り場へと向かった。
途中何度か敵襲があったが、その全てがコヨミの敵対派閥の忍者からのものであり、
ナユタが容赦なくそいつらを殲滅した為、コヨミはとても嬉しそうにしていた。
「いやぁ、ナユさんがいてくれると心強いよ本当に」
「コヨミさんって結構敵が多い人ですか?」
「いやぁ、単にうちの流派が弱小ってだけなんだけどね」
「なるほど、まあ私的には経験値がおいしいから構わないんですけどね」
「まあ化け物狩りの最中はPVPは仕掛けないって不文律があるから、
もうちょっとしたらわずらわしいのもいなくなるでしょ」
「そうですね、プレイヤーが化け物に安易に倒されてしまうと、
ヤオヨロズの街が縮小しちゃいますからね」
そういった不文律が出来たのはそういう理由からである。
化け物との戦闘中にプレイヤーがPKによって倒されても、
システムはそのプレイヤーが化け物に倒されたと判断するのだ。
そのせいで一時期ヤオヨロズの街が縮小を始めて騒然となり、
プレイヤーが苦労して原因を究明した結果、そうした事実が分かり、
それ以降、こうした不文律が出来たという訳なのであった。
「さて、ここが私お勧めの狩り場だよ!」
「へぇ、綺麗な場所ですね」
「それじゃあ私が敵を釣ってくるね!」
「お願いします」
こんな事が数回繰り返されるうちに、徐々に二人の間には信頼関係が構築されていった。
「ナユさん、今日はどこに行く?」
「私は別に一人でもいいんですけど」
「いいじゃん!一人は寂しいんだよ!コヨミは寂しいと死んじゃう生き物なんだよ!」
「はぁ、仕方ないですね……」
「やった!ナユさんってちょろいから好き~!」
「それじゃあ私は今日はログアウトしますね、コヨミさん、ご機嫌よう」
「わっ、嘘だってば、お詫びに何か奢るから許して!」
「それじゃあ化け猫茶屋のわらび餅で」
「オッケーオッケー、で、どこに行く?」
「今日はちょっとおしゃれ関係の装備が見たいなって」
「あ、それじゃあ私も付き合う!この前特殊効果付きなのに、
いいデザインのかんざしがあったんだよね」
「それは結構レアですね、でも私にかんざしは似合うのかなぁ……」
「刺突武器としても使えるよ、奥の手としてはありじゃない?」
「そう言われるとそうですね、って、問題は似合うかどうかなんですけど」
「そんなの似合うに決まってるじゃん!ナユさんの髪はそんなに綺麗なんだから!」
こうして二人はどんどん仲良くなっていき、
いつしかナユタもコヨミに完全に気を許し、恋愛話が出来るようにまでなっていた。
「そっかぁナユさんの好きな人って、微妙に手が届かない人なんだ」
「そうですね、一生一緒にいられるのは間違いないと思うんですけど」
「……それってまさか、実の兄とかじゃないよね?」
「いいえ、敢えて言うならパパですかね」
「ええっ!?」
「あ、でも血の繋がりはありませんよ?」
「そっかぁ、あ~、びっくりした」
「ちなみにママになる予定の人とも血は繋がってません」
「うわ、何か複雑な……」
「でも今私は幸せだからいいんです」
「私、ナユさんの事、応援してるからね!」
こんな状況の中、トラフィックスがアスカ・エンパイアに寄港する日は、
刻一刻と近付いていた。