「八幡さん、相模のおじ様、今日はお忙しい中、
私のお墓参りに付き合って頂いてありがとうございます」
「子供がそんな事を気にするもんじゃないわい」
「いや、ゴドフリー、優里奈は気立てはいいし見た目はかわいいしスタイルはいいし、
家事も得意だしよく気が付くし勉強も出来るし、
その辺りの駄目な大人よりもよっぽど大人だぞ」
「ベタ褒めですな、まあ優里奈ちゃんが幸せそうで、私も安心しましたぞ」
「俺が優里奈を不幸にするはずが無いだろ」
「いやいや、もしかしたら苦しい恋をしているんじゃないかと思いましてな」
「大丈夫ですよおじ様、適度に八幡さんを誘惑して、ちゃんと発散してますから」
その優里奈の言い方に二人は苦笑した。
「参謀も大変ですな」
「もう慣れた」
「ですか、わはははは!」
今日は八幡と優里奈は学校を休み、自由も仕事を休んでおり、
三人は優里奈の家族の墓参りへと向かっている真っ最中であった。
「まだちょっと残暑が厳しいな、優里奈、体調は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、私、健康優良児ですから」
「ん、それならいいんだが、どこかおかしいと思ったらすぐに言うんだぞ」
「はい、前みたいなミスは絶対にしません」
以前優里奈は自身の健康に関してミスを犯した事があった。
八幡に引き取られた直後、風邪でひどく具合が悪いのに、
八幡が学校に悪く思われないようにと無理をして学校に行き、
そのまま学校で倒れてしまい、慌てて八幡が駆けつけたという事があったのだ。
八幡は直ぐに優里奈を病院へと連れていき、そのままその日は優里奈の部屋で、
一晩中優里奈の看病をして過ごしたのである。
八幡は目隠しをして優里奈の体を拭いたり着替えさせたりと、
神経の磨り減る事を文句一つ言わずにこなし、
翌朝優里奈が目覚めた時にはすっかり熱も下がっており、
ベッドの脇で寝ていた八幡は、しっかりと優里奈の手を握ってくれていたのだった。
優里奈にとっては八幡に申し訳ないと思いつつも、とても幸せな思い出であった。
「あれをミスと言うのはやめるんだ、優里奈はただ頑張っただけだ。
というか優里奈がそういう時に気軽に俺に報告出来ないような、
プレッシャーみたいな物を受けていた事に気が付かなかった俺も悪い」
「そんな事ないです、あれは……」
そう何か言いかけた優里奈の口に、八幡は人差し指を当てた。
「どんな理由があろうと、優里奈のした事は俺の責任だ。それが保護者ってもんだからな」
「で、でも……」
「いいんだよ、俺は優里奈の保護者をする事を楽しんでるんだからな、
もし俺に申し訳ないと思うなら、もっと面倒をかけてくれればいい」
「八幡さん、普通は逆ですよ」
「いいんだって、その方が、いかにも保護者~!って感じだろ?」
「もう……」
優里奈はそう言って、幸せそうな顔をした。
自由はそんな二人を見て、うんうんと頷いていた。
「さて、そろそろ到着だな」
「それじゃあ向かいますかのう」
三人は荷物を分担して持ち、櫛稲田家のお墓へと向かった。
「おや、他にも櫛稲田家のお墓があるんだな」
「きっと全国でここにしか無いと思いますけどね」
「珍しい苗字だからなぁ」
「まあもう誰も入る事のないお墓ですけどね」
その言葉で八幡は、優里奈がこのお墓に入るつもりが無い事を知った。
「まあ俺が死んだ後の話になるんだろうが、優里奈はもしかしてここのお墓には……」
「もちろん入りません、私は八幡さんと同じお墓に入りますから」
「そうか」
「はい、死んだ後も八幡さんのお世話をしないといけませんからね」
八幡はその言葉にポリポリと頭をかいた。
自由はそんな二人を見てニヤニヤしているだけである。
「俺ってそんなに頼りなく見えるのか?」
「いいえ?まったくそういう所が見えないから、逆に困ってます」
「そ、そうか……」
「まあ私が好きで押しかけているような面もありますから、気にしないで下さい」
八幡は、それで本当にいいのか迷ったが、
優里奈がそう言う以上、否定してはいけないと考え、
同時に優里奈の両親や兄が安心出来るような方法を思いつき、それを口に出した。
「ん~、まああれだ、いずれうちのお墓の近くに優里奈の家のお墓を移せばいい。
そうすれば優里奈も安心して俺と同じ墓に入れるだろ」
「そんな手がありましたか」
目から鱗だったのか、優里奈は感心したようにそう言った。
「まあずっと先の話だ、今日は難しい事を考えず、お墓参りをしよう」
「はい!」
「こっちですぞ、参謀」
そして三人は、櫛稲田のお墓の前に立った。
「ここに優里奈の家族が眠ってるんだな」
「はい、それじゃあお参りをしましょうか」
三人はテキパキと準備を進め、お墓に花を沿えて線香を置き、
心から優里奈の家族の冥福を祈った。
優里奈は同時に家族に色々報告したようで、八幡や自由よりも長く祈っていた。
「お待たせしました、さあ、帰りましょう」
「私はこの後近くに寄る所があるので、これで失礼します、参謀」
「ん、送らなくてもいいのか?」
「大丈夫、部下の車を待たせておりますでな」
「そうか、今日はありがとな、ゴドフリー」
「いやいや何の何の、それじゃあ優里奈ちゃん、また何かあったらその時にね」
「はい、相模のおじ様、またです!」
二人は自由を見送り、そのままキットで自宅へと戻る事にした。
「そうだ優里奈、ちょっと一緒に行ってほしい所があるんだが……」
「分かりました、行きましょう!」
「即答かよ、どこに行くのか聞いてくれてもいいんだぞ?」
「そんなの別にいいですよ、八幡さんと一緒という事実があれば十分です」
「俺としてはそう言われると、優里奈の親離れの必要性を感じてならないんだが……」
「嫌ですよ、私、親離れは絶対にするつもりはないですから!」
「まあそれはそれで安心ではあるんだがな、う~ん……」
八幡は、まあいずれ時が解決してくれるかもしれないなと問題を棚上げする事にした。
「それで八幡さん、行きたい所というのは……」
「優里奈が自作した、家族に会う為のシステムがあっただろ?」
「あ、はい、あの後八幡さんに渡したあれですね」
「あれなんだがな、ちょっとアルゴに頼んで改修させてみたんだ、
優里奈もAIとはいえ、まだご両親やお兄さんに直接報告したい事もあるだろうと思ってな」
「それはまあ無くもないですけど……」
優里奈は若干不満そうにそう言った。優里奈としては、もう亡くなった家族の事は、
完全に割り切っているという自覚があったからだ。
「優里奈の気持ちは分からなくもないが、
新しいシステムにはAKを使ってるからな、以前とはまったく別物になっているはずだ。
あくまでAIと割り切った上で会話してくれればいい、
そこから何か新しい気付きもあるかもしれないしな」
「AKって前に八幡さんが言っていた、感情が成長するAIって奴ですよね?」
「おう、その通りだ」
「分かりました、せっかくですし、ログインしてみますね」
「あ、俺も一緒に入るからな」
「八幡さんもですか?それならまったく意味が違ってきますね、
分かりました、張り切って行きましょう!」
優里奈は突然明るい声でそう言った。もしかしたら、
結婚相手を親に紹介するような感覚なのかもしれない。
まああながち間違った感覚でもないので、八幡は苦笑しながらもそれでいいと思う事にした。
実は今日の本当の目的は、自分の口で優里奈の両親と兄に、
優里奈の将来を引き受ける事を報告したいと八幡が考えたからであり、
立場は逆だがその優里奈の感覚は、大筋においては正しかったのである。
「俺の部屋からログインするからな」
二人はそのままマンションの八幡の部屋へと移動した。
「それじゃあ行くか」
「はい!」
八幡がそう言ってログインしたのを確認した後、
優里奈はいつものようにそっと八幡の手を握り、少し遅れてログインした。
それは八幡には内緒の優里奈の隠れた幸せでもあった。
「うわぁ、ここも久しぶりだなぁ」
優里奈はかつて自分が使っていた部屋にログインし、懐かしそうに部屋の中を見回した。
「あっと、八幡さんはどこかな……」
「優里奈、戻ったのかい?比企谷さんが来ているからこっちにおいで」
「あ、は~い!」
優里奈は思わずその父の声にそう返事をした。
「えっと、ただいま」
「おう、おかえり」
「おかえりなさい」
「久しぶりだな優里奈、お前、もしかしてちょっと太ったか?」
いきなり兄である大地にそう言われ、優里奈は面食らった。
確かにこのシステムを使っていた頃よりも優里奈は太っている。
いや、その言い方は実は正確ではなく、その頃の優里奈が痩せすぎていただけなのだ。
今は標準よりもやや少なく、理想的な状態を保っていた。
優里奈がそう抗議しようとした時、横から母親がこう言った。
「大地、あなたはデリカシーが無い事を言うんじゃないの、
よく見てみなさい、優里奈は前より健康的になっただけなのよ」
「確かに前よりも肌の艶がいい気がするな、俺が間違ってた、ごめんな、優里奈」
「仕方ないなぁ、許してあげるから今度何か甘い物を買ってきてね」
その言葉は優里奈の口から自然と零れ落ちた。
作り物だとは分かっていても、やはり家族は家族なのだろう。
優里奈はそう考え、難しい事は考えず、思いつくままに受け答えをする事にした。
「分かった分かった、あっと比企谷さんすみません、お話の邪魔をしてしまって」
「いえいえいいんですよ、それじゃあ本題ですが、
皆さんが亡くなってからもう三年近くになりますが、
少し前から私が正式に優里奈の保護者を努める事になりました。
なので今日はそのご報告に参った次第です」
「ああ、もうそんなになりますか……」
「そっか、もうそのくらいになるんだね」
「時間のたつのって早いものなのねぇ」
三人はそう言いつつ、優里奈に話しかけた。
「優里奈、私達は進化したとはいえ、所詮は作り物だ。
だが優里奈を大切に思う気持ちは本物のつもりだ」
「その上で聞くわよ、あなたは今、幸せ?」
「うん、幸せだよ、お父さん、お母さん」
「そうか……なら比企谷さん、うちの優里奈の事、宜しくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
八幡はそう言って頭を下げ、大地が横から優里奈に話しかけた。
「優里奈、こんな形でしか帰ってこれなくてごめんな、
比企谷さん、俺の代わりに優里奈の事、守ってやって下さい」
「はい、全力で守ります」
「ありがとうございます」
そこで優里奈は八幡の意図にやっと気付いた。
これは優里奈に話させる為ではなく、八幡が話す為に作られた物なのだと。
事実八幡は、直後に優里奈にこう言った。
「悪い優里奈、要するに俺が優里奈のご家族とこうして話したかったんだよ」
「やっぱりそうだったんですね、でも何でですか?」
それに答えたのは、優里奈の父であった。
「それは私達の元になったプログラムを作ったのが優里奈自身だからだろうね」
「お父さん……」
「まだそう呼んでくれるのは有り難いね、
要するに比企谷さんは、私達に気を遣ってくれたんだと思うよ」
「気を……遣う?」
その問いには優里奈の母が答えた。
「私達は優里奈の親代わりとして、優里奈自身の手で作られたのが始まりよ。
だから多分比企谷さんは、私達に考える能力をくれた上で、
筋を通す為にこうして挨拶に来てくれたんだと思うわ」
「お母さん……」
そして最後に優里奈の兄の大地がこう締めくくった。
「おい優里奈、こういう時に何て言えばいいか、分かってるよな?
優里奈は嫁に行きます、今まで育ててくれてありがとうございましたってのが定番だぞ」
「もう……からかわないでよお兄ちゃん、でもそれは確かにそうだよね、
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私はこれから八幡さんと一緒に生きて、
絶対に幸せになってみせます、また何か幸せな出来事があったら報告に来るので、
その時は私の話を聞いて下さいね」
「優里奈、何かスッキリした顔をしているな」
「八幡さんの気持ちがちょっと分かりましたから」
「そうか」
ログアウトした後、二人は穏やかな顔で、そんな会話を交わしていた。
「これでやっとスッキリしたわ」
「私もです」
「それじゃあ昼飯にするか、その後はどうする?」
「たまには家で八幡さんと一緒にのんびりしたいですね」
「そうか、それじゃあそうするか」
こうして優里奈にとって、今年のお墓参りはのんびりとした幸せな一日になったのだった。