ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第705話 襲撃のエルザ

『八幡に会いに行くので今日の仕事はキャンセル、

と言ってもお世話になった事務所への報告だけだから別にいいよね!

それじゃあ行ってきます、決して私を探さないように!』

 

 エルザからのこんな置手紙を見つけた豪志は、苦笑する事しか出来なかった。

 

「まあ最近熱心に仕事をしてくれてたし、今日は別にいいか……

倉社長も話せば分かってくれると思うし。

それにしても、八幡さんに会いに行くと言いながら探すなとは……」

 

 そう呟いた豪志は、倉エージェンシーに連絡を入れた。

 

「あ、倉社長、今日はエルザと一緒にそちらにお伺いする予定だったんですが、

またエルザの悪い病気が出まして……」

『病気?って事は、比企谷さん絡みかい?』

「はい、そうです」

『あはははは、それはエルザにとっては必要な事だと思うから別に構わないし、

当然僕が気分を害したりする事もないから安心してよ、

それにしても豪志君も苦労するよね、まあ頑張って』

「はい、大変申し訳ありません、そういう訳で、今日は僕一人でそちらに伺います」

『了解、それじゃあ後でね』

「はい、宜しくお願いします」

 

 どうやら倉エージェンシーの朝景社長は、エルザについてはかなり寛容であるようだ。

そして豪志は電話を切った後、八幡に連絡を入れた。

 

「さすがにこれは報告しない訳にはいかないよなぁ……

後でエルザに殴られるかもしれないけど、まあそれはそれでいいか……」

 

 豪志にとってそれはご褒美以外の何物でもなかった為、

ここで八幡に連絡をしないという選択肢は、豪志の中には存在しないのであった。

 

 

 

「遂にやってきたわよ帰還者用学校!さ~て、八幡はどこかなぁ?」

 

 その頃当の神崎エルザは帰還者用学校に突撃しようとしていた。

どこで手に入れたのか、制服まで用意する念の入れようである。

 

「八幡は多分有名だろうから、誰に聞いてもどこにいるか、すぐ分かると思うんだけど、

でもその前に、一応筋は通さないといけないよねぇ」

 

 エルザはそう呟くと、近くを通った生徒にこう尋ねた。

 

「ごめん、ちょっとそこの君、理事長室ってどこかなぁ?」

「はい?えっ、か、神崎エルザ?」

「あら、私の事知ってるんだ?」

「当たり前じゃないですか!理事長室ですね、今案内します!」

「ありがと、それじゃあ宜しくね!」

 

 さすがは神崎エルザ、そのネームバリューは抜群であった。

 

 

 

「ふう、昨日一日のんびりしたせいか、ちょっとだるいな」

「八幡、昨日はお墓参りだったんだよな?」

「ああ、しっかりと優里奈のご両親と兄貴に挨拶してきたぞ」

「もうすっかりパパだよねぇ」

「優里奈とは五つしか違わないけどな」

 

 その時八幡のスマホに着信があった。

 

「っと、電話か、エムから?う~ん、ホームルーム開始まではまだちょっと時間があるな」

 

 八幡はチラッと時計を見た後にその電話に出た。

 

「エムか?何かあったか?」

『すみません八幡さん、実は……もしかしたらエルザが、そっちに向かったかもしれません』

「そっちって、まさか学校にか?」

『はい、八幡に会いに行くので今日の仕事はキャンセル、との書き置きがありまして……』

「うえっ、マジかよあの野郎、仕事の方は大丈夫なのか?」

『はい、倉社長に報告する事があっただけなので、そっちは大丈夫です』

「そうか、それなら良かったが」

『とりあえず取り急ぎ、それだけ伝えておこうと思って連絡しました』

「おう、ありがとな、後はこっちで対処するわ」

『はい、お願いします』

 

 そして電話を切って直ぐに、八幡は窓へと駆け寄った。

 

「どうやら姿は見えないようだが……」

「八幡君、どうかした?」

「いや、それがよ、もしかしたらエルザがここに襲撃してくるかもしれないらしくてな」

「エルザが襲撃?ああ、会いに来るかもって事?」

「そうとも言うな」

「もう、襲撃だなんて大げさなんだから。でもそっかぁ、まだ来てないみたいだけど、

ちゃんと監視しておかないと、もしかしたら大変な事になるかもね」

「色々な意味でな、おい和人、頼みがある」

「分かってるって、窓際の席の俺が、ちょこちょこチェックしておくって」

「悪い、頼んだ」

「おうよ!」

 

 和人はその八幡の頼みを快く引き受け、

授業中もちょこちょこと入り口の方をチェックしていたのだが、

エルザが姿を現す気配はまったく無い。

 

「来ないな」

「だな……もしかしたら自重して、放課後にでも来るつもりなのかな」

「あいつの辞書に自重なんて言葉は無いんじゃないか?」

「だよなぁ……まあ引き続き警戒を頼むわ」

「あいよ」

 

 そして迎えた三時間目、本来は体育の時間なのだが、何故か自習という事になった。

 

「体育が自習なんて珍しいな」

「何か急な用事が出来たとか何とか」

「まあいいか、とりあえず俺はちょっと眠いから寝るわ、

明日奈、悪いが何かあったら起こしてくれ」

「うん、分かった」

 

 続く四時間目も何故か自習になり、一同は首を傾げる事となった。

 

「一体何なんだろうな」

「さあ……まあそういう日もあるよ」

「何となく不気味だ……」

 

 だが迎えた昼休みに事態が動いた。いきなりこんなアナウンスが流れたのである。

 

『全校生徒の皆さん、突然ですが午後の授業は中止し、臨時の生徒総会を行います。

時間までに体育館に集合して下さい、

尚、比企谷八幡君はお昼休みが終わったら理事長室までお越し下さい』

 

「ぐぬ……」

「授業が中止?おい八幡、一体何をやったんだ?」

「濡れ衣だ、今日は俺は何もしていない」

「今日は……ね。珍しく理事長本人からの呼び出しじゃなかったね、一体何だろうね」

「まったく心当たりが無いな……」

 

 八幡は一体何をされるのか不安で仕方がなかったが、

さりとて無視していい案件でもなく、重い足を引きずりながら理事長室へと向かった。

 

「はぁ……何なんだよ一体」

「まあ頑張って、八幡君」

「私達は体育館に行きますね」

「やばいと思ったらすぐに逃げてくるのよ」

「まあやばいと思った時点でもう手遅れだろうけどな」

「そうなんだよなぁ、はぁ……」

 

 もはやため息しか出ない状態であった八幡は、

そんな仲間達の声を背中に受けながら移動を開始し、

特に何事もなく理事長室へとたどり着いた。

 

 コンコンコン。

 

 だがそのノックに対する反応は何もない。

 

 コンコンコン。

 

 理事長室の中からは何の音もせず、八幡は場所を間違えたのではないかと不安になった。

 

 コンコンコン。

 

「はぁ……人を呼び出しておいて何なんだよあの魔女は」

 

 八幡はそう呟きながら、もういいやと思い、ドアノブを捻って理事長室の中に入った。

 

「失礼しま~っす、ってやっぱり誰もいないか……」

 

 そのままソファーに座り、しばらく待つ事にした八幡であったが、

待てど暮らせど一向に理事長が現れる気配はない。

 

「もしかして俺の聞き間違いか?いや、さすがにそんな事はないよな、う~ん……」

 

 その時体育館から悲鳴のようなものが聞こえ、八幡は慌てて立ちあがった。

 

「今のは……」

 

 八幡は体育館まで全力疾走した。だが体育館の扉は閉ざされている。

 

「ここで一体何が……」

 

 そして八幡はその扉を開けた。その目の前に現れたのは、大量のサイリウムの光であった。

 

「な、何だこれは……」

 

 八幡は全校生徒がサイリウムを振っているという訳の分からない状況に絶句した。

そんな八幡の耳に、とてもよく聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

「ま、まさか……」

「今日は私の生徒総会臨時コンサートに来てくれてありがと~っ!

でもまあみんなアナウンスで呼ばれたんだろうから、

来てくれたって言うのはちょっと変かもだけどね、てへっ」

「「「「「「「エ・ル・ザ!エ・ル・ザ!」」」」」」」

「あっ、来た来た、八幡、こっちこっち!」

 

 さすがエルザは八幡を目ざとく見つけ、いきなりそう声をかけてきた。

その瞬間に生徒達が横に避け、花道が出来上がった。

 

「いいっ!?」

「ほらこっちこっち」

 

 八幡が動かないのを見て、エルザはステージから下に降りると、

たたっと八幡に走りより、その手を取ってステージの上へと誘った。

 

「おいエルザ、これは何のつもりだ?」

「何って私のコンサートだよ?」

「だから何故うちの学校でお前のコンサートが開かれてるんだって聞いてんだよ!」

「さあ、何でだろうねぇ?」

「お前な……」

 

 八幡は怒りのあまりわなわなと震えたが、

エルザはそんな八幡を強引にステージまで引っ張っていった。

 

「みんな、紹介するまでもないと思うけど、一応紹介するね!

こちらが今日のコンサートを企画してくれた人で~っす!」

「なっ……」

 

 八幡は慌ててそれを否定しようとしたが、場の雰囲気がそれを許さなかった。

生徒達から大歓声が上がったからである。

 

「「「「「「「「うおおおおおお!」」」」」」」」

「お前さぁ……」

「はい、そしてもう一つ、今聞いた通り、彼は私の事をお前と呼びます!

それは何故でしょう?答えは彼が私のご主人様だからで~っす!」

 

 その宣言にはさすがの八幡も大いに慌てた。

 

「おいこらてめえ、いきなり何を……」

「てめえ、頂きました!今の私に対する呼び方を、みんなも聞いたよね?」

「「「「「「「「聞きました!」」」」」」」」

 

 そのエルザの問いかけに、生徒達はノリノリでそう答えた。

見ると明日奈と里香、それに珪子は苦笑するに留めていたようだが、

和人はノリノリで一緒に叫んでいるようだ。

 

「あの野郎……」

 

 だが今の八幡には和人に文句を言う余裕はない。

何故ならステージ脇に、生徒達が集まってきたからだ。

 

「さすがは参謀!」

「まさかあの神崎エルザと知り合いのみならず、支配下に置いているとは……」

「みんな、この事は絶対に校外に漏らすなよ!」

「八幡様、私のご主人様になって下さい!」

 

 一部問題発言をしている女子もいるようだが、生徒達は口々に八幡を賞賛し、

八幡は何も言う事が出来ず、口をぱくぱくさせた。

 

(くそっ、やられた、呼び出しは俺の先手をとる為だったか……って事は黒幕は……)

 

 八幡は辺りをきょろきょろと見回し、端の方でニヤニヤしている理事長を発見した。

 

(絶対そのうち仕返ししてやる……)

 

 八幡はそんな念のこもった視線を理事長に向けたが、

理事長は何を勘違いしたのか、それを見て八幡に投げキッスを送ってきた。

 

(くそっ、あの魔女、思いっきり楽しんでやがる……)

 

 だがこの段階でエルザを止める訳にはいかなかった。

その場にいた全ての生徒達がわくわくした表情をしていたからだ。

そしてエルザのミニコンサートが始まり、エルザはいきなり新曲を披露した。

それは実は桜島麻衣主演の映画の主題歌であり、エルザが八幡に一番に聞かせる為に、

わざわざ学校を訪れた事がコンサートの後に判明した為、

八幡は結局エルザを怒る事が出来なかった。

もっとも最初から怒る事は出来ない。もし怒ったら、エルザが喜ぶだけだからだ。

かくも神崎エルザとは、八幡にとって扱いにくい人物なのである。

 

 

 

「八幡、私の歌、どうだった?」

 

 コンサートが終わった後、控え室の代わりにしていた理事長室で、

エルザは八幡にこう尋ねてきた。

 

「………あの映画の主題歌を歌う事になったんだな、

日々の努力の賜物だな、えらいぞエルザ」

「えへへぇ、ありがとう!」

「そしてこれは俺をはめた罰だ、心して受け取れ」

 

 そう言って八幡はエルザにデコピンをした。

 

「ええっ!?ここはもっときつい罰を与えるべきなんじゃない?」

「お前にはこれで十分だろ」

「えええええええええ!?」

 

 これに乗じて八幡にきつい罰という名のご褒美を与えてもらうというエルザの計画は、

最後の最後で見事に失敗する事となった。

こうして八幡はギリギリの所でエルザに一矢報いる事に成功したのだった。


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