ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第707話 ボス戦の準備は進む

「データはこんな感じなんだけど、大丈夫?」

「はい、ソレイアルさん、これで多分何とかなります」

「そう、役に立てたなら良かったんだけど」

 

 八幡と話をした後、クロービスは精力的に活動を始めた。

その仕事はパーティの装備集めと、それに伴う金策である。

菓子舗、矢凪屋竜禅堂の息子である彼はこういった才能があるらしく、

どのゲームに移動しても、チームの資産を確実に増やしている。

 

「えっと……」

 

 ソレイアルはクロービスに何か言いたそうな顔をしており、

その顔は若干沈んでいるように見えたが、そんなソレイアルにクロービスは言った。

 

「ソレイアルさん、そんな顔しないで下さい、八幡さんからもきつく言われてますよね?」

「確かに常に笑顔でいるようにって言われたけど、でも、でも……」

「僕なら大丈夫ですから。めぐりさんや八幡さん、それに他のみんなだって、

常に笑顔でいてくれますよね?気持ちは嬉しいですけど、そのルールは絶対ですよ」

 

 先日めぐりが次世代技術研究部を訪れた時、

悲しむそぶりを一切見せなかったのはこのルールがあったからである。

内心はどうあろうと、関係者達は今後もそんなそぶりを見せる事はないだろう。

スリーピング・ナイツのメンバーと関わって日が浅いソレイアルは、

まだその心構えが完全には出来ていなかったが、

それでも必死に笑顔を作り、クロービスへの協力を続けていた。

 

「……と、これが今あるボスの情報ね」

「まさかのお台場決戦ですか……」

「必要だと思われるアイテムの情報はこれ」

「うわ、結構大変ですね、でも凄く分かりやすく纏められてるので助かります、

あれ、これお金で買えるかどうかの可否まで書いてあるじゃないですか、

凄いですね、ソレイアルさん!」

 

 そうクロービスに賞賛されたソレイアルは、何故か気まずそうに目を背けた。

 

「どうしたんですか?」

「いやぁ、あはは、私はこういうのは初心者だからさ、

実は昨日、八幡に頼んでデータを整理してもらったんだよね……」

「ああ、これは八幡さんの仕事でしたか、本当に敵わないなぁ……」

 

 それは要するに、クロービスの下を訪れた後に、

八幡がデータを整理したという事に他ならない。

 

「私も手伝ったんだよ!久々に残業しちゃった!」

 

 ソレイアルは何故か、何かを思い出すようにニヤニヤしながら残業自慢をした。

その表情を見て、クロービスは一つだけ思い当たる事があった。

 

「………もしかして残業中は八幡さんとずっと二人きりで、

ついでにそのまま食事とかを奢ってもらったりしましたか?」

「ふぇ!?な、何で分かるの!?」

「いやぁ、何でと言われても、分かりやすすぎて考えるまでもないというか……」

「そ、そんなに!?」

「はい、ソレイアルさんは出会った当初からそんな感じでしたし」

「そ、そうだったっけ!?」

「まあそういうのは自分じゃ分かりませんからね」

「うぅ……」

 

 ソレイアルはそのクロービスの指摘に盛大に恥じらった。

 

「ソレイアルさんって本当にかわいい人ですよねぇ」

「こ、子供が大人をからかうんじゃないの!」

「ほらそういう所ですよ、まったく八幡さんも罪な男ですよねぇ」

「それには激しく同意するけど、するけど!」

 

 ソレイアルは悔しそうにそう言った。

そして二人は示されたデータをチェックし終わると、二人で街に出かける事にした。

行く先は安全地帯として露店が乱立している新宿歌舞伎町である。

ここが唯一の安全地帯とは、開発も皮肉な事をするものだ。

 

「それじゃあ必要な物があるかどうかチェックして、あったら購入、

無かったら取りにいく算段をつけるとしましょうか」

「うん、頑張ろう!」

 

 二人はそう言って露店のチェックを始めた。

 

「あ、これ、キーアイテムじゃない?」

「ですね、これも購入っと」

「リストをチェックっと、後は……」

 

 二人は資金と相談しながら順調に物資を集めていった。

だがやはり、全てのアイテムを購入する事は不可能だった。

 

「全員で取りに行かないといけないアイテムはこの辺りか……

こっちは僕一人でも取りに行けるな……」

「私も一緒に行くよ!戦いには慣れてないけど、一応レベルはちゃんと上げてあるからね!」

「すみません、助かります」

 

 この時二人はデータに集中するあまり、モブの強さにばかり目がいっていた。

だがこの世界にはモブ以外の悪意が存在する。他のプレイヤーである。

二人はそのまま歌舞伎町を出て、入手難易度の低い素材を入手する為に、

池袋方面へと向かっていた。その後を、数人のプレイヤーが音も無く付いていっている事に、

二人は気付かないままであった。二人はアイテム購入で少し派手に金を使いすぎたのだ。

時間が無い為、必要なアイテムを一気に揃えようとした弊害である。

 

「情報によるとこの辺りなんですが」

「あっ、あそこじゃない?」

「写真と一致しますね」

「それじゃあ慎重に行ってみよっか」

「はい」

 

 二人はそのままそのビルに入っていった。

その様子を数人のプレイヤーの集団が観察していた。

 

「獲物がビルに入ったぜ」

「どうする?」

「出てきた所を襲えばいいんじゃないか?モブに襲われるとちょっとうざいしな」

「そうだな、それが良さそうだ」

 

 フードをかぶったプレイヤーがそう提案し、

横にいたもう一人のフードをかぶったプレイヤーが、妙に甲高い声でそう同意した。

もっともここにいる全員がフードをかぶっている為、それは特徴とは言い難いのであったが。

 

「それじゃあそうするか、相手のうち片方は、

例のスリーピング・ナイツとやらのメンバーだが、もう一人は街の情報屋だ。

この人数なら負ける事はまず無いだろ」

「見つけてから慌てて集めたとはいえ、こっちは八人もいるからな、

全員フードを着用する事にしたし、こっちの正体がバレて報復される心配もほぼ無いだろ」

 

 そしてそのプレイヤー達は、物蔭に隠れて二人が出てくるのを待ち始めた。

 

 

 

「ソレイアルさんって、意外と運動神経がいいんですね」

「これでも運動は得意だからね!」

「そうなんですね、いやぁ、ただの色ボケお姉さんかと思ってました、本当にすみません」

「クロービス君、言い方、言い方!」

 

 かおりは気を悪くした様子もなく、笑いながらそう突っ込んだ。

 

「おっとすみません、ただの恋する乙女かと思ってました、本当にすみません」

 

 クロービスも笑いながらそう言いなおしたが、

その言葉はソレイアルにとっては微妙だったらしい。

 

「その言い方って、いざ自分がされてみると、ちょっと恥ずかしいよね……」

「ああ、確かに僕も、恋する少年とか言われたら悶絶するかもしれませんね……」

 

 二人はそう言って微笑み合った。

その瞬間に物蔭から、隠れていたプレイヤー達が飛び出してきた。

 

「おい兄ちゃん、いい女を連れてるじゃねえか」

「命だけは勘弁してやるから、有り金全部とその女を置いてきな」

 

 その言葉を発したのは、先ほどのフードをかぶった二人のプレイヤーだった。

 

「えっ?」

「そ、そんな話だったか?」

「ま、まあいいか、その通りだ、大人しく従えば命だけは助けてやる」

 

 打ち合わせと違った為に戸惑ったようにそう言った他のプレイヤー達は、

しかしその物腰から中堅から上級プレイヤーだと思われ、クロービスは少し焦った。

 

(さすがに数が多い……まさかソレイアルさんを置いていく訳にもいかないし、

僕一人でやれる所までやるしかないか……しまったな、もっと周りに注意するべきだった)

 

 そしてクロービスはソレイアルに言った。

 

「ソレイアルさん、僕の後ろに!」

「え?そんな必要なくない?」

「あいつらは多分かなり上のランクのプレイヤーです、

ソレイアルさんのレベルだとやり合うのは危険です!」

「いや、そうじゃなくってさ」

 

 そう言ってソレイアルは一歩前に出た。そして戸惑うクロービスの前で、

ソレイアルは親指を立てて前に突き出し、その親指を下に向けた。

 

「命だけは助けてくれるっていう話だったけど、

私達はそんな手加減はしないわよ、あんた達は大人しくここで死になさい」

 

 その根拠の無いセリフに襲撃者達はぽかんとしたが、

意味を理解した瞬間頭に血が上ったのか、一斉に二人目掛けて襲いかかってきた。

 

「ふざけるな、雑魚のくせによ!」

「まったくやれやれだよな、後でお仕置きの必要があるな」

「あ、あは……ほどほどにしてあげて下さいね」

 

 そう言いながら例の二人組が、いきなり背後からそのプレイヤー達に襲いかかった。

 

「うおっ、お前ら一体何のつもりだ!」

「つもりも何も、俺達は最初からお前達の仲間じゃないんだが」

「仲間の人数くらい数えましょうよ」

「な、何だと!?」

 

 慌てて周りを見回したそのプレイヤーの目に映った、

ソレイアルとクロービス目掛けて襲いかかったプレイヤーの数は八人。

そして背後にこの二人、確かに当初よりも二人増えていた。

 

「な、何で……」

「何でって、お前らが雑魚なだけだろ」

「それじゃあお掃除を開始しますか」

「だな」

 

 そして二人と八人の戦いが始まった。それを呆然と見ていたクロービスは、

慌てて自分も参戦しようとしたが、

その二人のうちの背の高い方のプレイヤーの動きを見て思わず足を止めた。

 

(うわ、あの人、ランやユウキクラスの最上級プレイヤーだ、隣にいる人も僕達クラスかも)

 

 その考え通り、襲撃者達はあっさりと排除され、

その瞬間にソレイアルが二人に駆け寄った。

 

「もう、いるならいるって言ってよ、ちょっと怖かったんだからね!」

「その割には随分強気だったじゃないか、まったくお前は弱い癖に……」

「だって声で分かったんだもん」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

「私、そういうのは鋭いんだよね!」

 

 その様子をクロービスはぽかんと見つめていたが、

どうやらその二人がソレイアルの知り合いだという事だけは理解した。

 

「ソレイアルさんのお知り合いですか?

すみません、危ない所を助けて頂いてありがとうございました」

「クロービス、いくら目的に向かって突き進んでいたとしても、

ちゃんと周りにも注意を払わないと駄目だぞ」

「えっ?」

 

 クロービスは相手が自分の名前を知っていた事に驚いた。

そして二人はフードを外し、クロービスはそれが誰なのかやっと理解した。

 

「ハチマンさん、それにナユさん!」

「おう、ちょっとお節介させてもらったわ、もっとも今日の主目的は……」

「クロービスさん!」

 

 そう言いかけたハチマンを遮り、ナユタが一歩前に出て、クロービスの手をとった。

ナユタの表情は一点の曇りもない笑顔であったが、

その手はこれ以上ないくらい強くこちらの手を握ってきており、

それでクロービスは、ナユタが何の為にここに来てくれたのか、その理由を知った。

 

「ありがとうナユさん、本当に嬉しいよ」

「また会えて私も嬉しいです!」

 

 ナユタはまったく笑顔を崩さず、

クロービスはハチマンさん経由で頼んだ約束をちゃんと守ってくれているんだなと、

心の中でナユタの優しさに感謝した。

 

「ハチマンさんはともかく、ナユさんも相当強くなったよね」

「はい、私だってスリーピング・ナイツですから!」

「あは、ごめんごめん、そうだったね」

「ログインシステムが共通化されたせいで、

ゲームを跨いでチームを維持する事が可能になったからな。

多分今スリーピング・ナイツのメンバーリストにナユタの名前が載ってるんじゃないか?」

「そうなんですか?あっ、本当だ!」

「なので俺はさっさと逃げ出すわ、何かやばいのが近寄ってきてる気配がするんでな」

「えっ?」

「ナユタは挨拶の必要があると思うからここに残すが、

AEとALOのコラボの日が近いからな、

ナユタがこっちでの戦いに参加するかどうかはみんなで決めるといい。

っと、言ってる傍から来たみたいだ、じゃあな、クロービス」

「あっ、ハチマンさん!」

 

 そしてハチマンはそのままログアウトした。

そして最後の言葉通り、遠くから人の集団が走ってきているのが見えた。

その先頭にいるのはどう見ても………ランであった。

 

「ハチマン、ハチマンハチマン!」

「あっ、ナユさん、久しぶり!」

「お久しぶりです!」

 

 こうしてナユタはスリーピング・ナイツのメンバー達と再会した。

ランもさすがにハチマンではなくその場はナユタとの再会を優先したが、

それも束の間、直後にランは、血走った目で三人にこう尋ねてきた。

 

「ナユさんがいるって事は、きっとハチマンもいるのよね?

メンバーリストにナユさんの名前が出たから、そう推理して慌てて全員で走ってきたの」

「えっと、ハチマンさんは……」

「どこ?ハチマンはどこ?」

 

 そうきょろきょろするランに、ナユタとソレイアルはこう言った。

 

「ハチマンさんならやばいって言ってもうログアウトしましたよ」

「うんうん、あっさり逃げやがったよ」

「な、何ですって!?この私のリビドーはどう発散すればいいの!?

うわぁぁぁぁぁん!ハチマンはとんでもない物を盗んでいきました、私の心です!」

 

 そう言ってランはそこら中を走り回り始めた。

どうやらリビドーとやらを発散させているらしい。

そんなランを尻目に、ユウキ達はナユタを会話を始めた。

 

「ナユさんはしばらくこっちにいられるの?」

「えっと、ボス戦があるんですよね?その日はこっちにいるようにするつもりです、

でも他の日はちょっと用事がありまして……」

「あ~、そっか、AEとALOのイベントがあるもんね」

「皆さんはそっちには参加しないんですか?」

「ヴァルハラに戦いを挑むのはALOでって決めてるからね」

「なるほど」

「とりあえずボス戦の日は宜しくね、一緒に頑張りましょう」

「はい!」

 

 こうしてナユタは一時的にではあるが、スリーピング・ナイツに復帰する事となった。


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