トラフィックスから出てくる人達の様子を見物していたナユタとコヨミは、
プレイヤーの男女比に大きな隔たりがある事を目の当たりにし、
自分達が少数派である事を実感していた。
「やっぱり女性プレイヤーって少ないんだね、ナユさん」
「でもその数少ない女性プレイヤーは、皆さんかなり気合いの入った格好をしてますよね。
いいなぁ、AEは基本和風のみだから、そういう所は羨ましいです」
「ああ、西洋ファンタジーものって和洋折衷な事が多いしね、
それに関してはあっちの方が全然選択肢が多いよね」
「別に不満って程じゃないんですけど、そうなんですよねぇ」
「わっ、わっ、ねぇナユさん、あれ見てあれ」
その時トラフィックスの中から、いきなり沢山の女性達が姿を現した。
「何あれ凄い、あんなナイツもあるんだ?
お揃いの装備の肩の所に、G女連って書いてあるね、ナイツの名前かな?」
「ああ、G女連ですか、それならGGOでのスコードロンの名前ですね、
知り合いから話を聞いた事があります」
ソースは当然ハチマンである。
「そうなんだ?それにしてはみんな個性的でお洒落な格好をしてるよねぇ」
「銃で戦うゲームの服装っぽくはないですね、もしかして今日の為に新調してたりして」
実際のところ、その通りであった。ちなみにそう仕向けたのはおっかさんである。
おっかさんは、今回のイベントを迎えるにあたり、メンバー達にこう言ったのである。
『あんた達、せっかくのお祭りなんだ、当日はちゃんと着飾るんだよ』
その言葉に従い、今こうしてG女連のメンバー達は、
精一杯おしゃれをした状態でこの場に集まったという訳なのである。
そんな彼女達の姿を見て色めき立ったのは、当然周りにいる男共であった。
これはAEのプレイヤーのみならず、ALO出身のプレイヤーも同じ状態である。
逆にGGO出身のプレイヤー達は、下手に彼女達にちょっかいをかけると、
十狼が出てくる事を知っている為、彼女達には近付こうとはしない。
君子危うきに近寄らず、だが何が危うきか分からなければ、
やはりこうした場合は近寄ってしまうものらしい。
我も我もとG女連のメンバーに話しかけた男達は、
しかし直後に全員が銃口を向けられ、すごすごと退散する事となった。
「うわ、もしかしてあの人達って武闘派?」
「そこまでじゃないはずですけど、まあアウェイだからかもしれませんね」
そんな勇ましい姿を見せたメンバー達をかき分け、一人の年配の女性が姿を現した。
「あんた達、ちょっとこっちに集まりな」
「はい、おっかさん」
「みんな、集合だよ集合」
その風格漂う姿を見て、二人はこの女性がリーダーなのだと確信した。
「あの人がリーダーだよね?」
「統率力が高そうですね」
「それにしてもみんないい笑顔をしてるよね」
「多分メンバーに凄く慕われてるんでしょうね」
G女連のメンバー達は、おっかさんから何か指示を受けたようで、
直後に四方八方へと散っていき、自分達から他のプレイヤーに声をかけはじめた。
「……どうしたんだろね?」
「さあ………まあ私達に話しかけてきてくれたら事情が分かるかもですけどね」
「私、ちょっと偵察に行ってくる!」
コヨミはそう言うと、ナユタの反応を待たずにその女性達の方に走っていった。
丁度そのタイミングで、その中の一人のプレイヤーが、ナユタに声をかけてきた。
「すみませ~ん、あの………あ、あれ?」
その小柄な女性プレイヤーはきょとんとした顔をすると、
目を細めてじっとナユタの顔を見つめた。
「あ、あの、私の顔に何か……」
「もしかして………優里……じゃない、ナユちゃん?」
「えっ?はい、そうですけど、あの、貴方は……?」
相手が優里奈と言いかけた為、おそらく知り合いだろうと考えたナユタは、
しかし相手が誰だか分からなかった為、素直にそう尋ねる事にした。
「あっとごめん、私、イヴだよ!」
「あ、イヴさんでしたか!」
滅多にハチマンのマンションを訪れる事はないが、ナユタは当然イヴとは面識があった。
だがゲーム内で会った記憶は無かった為、ナユタは何故自分の事が分かったのかと驚いた。
「ど、どうして私だって分かったんですか?ゲーム内で会うのは初めてですよね?」
「ああ、うん。ほら、私ってばスリーピング・ナイツの動向をチェックしたりもするし、
その過程でナユちゃんの姿も見た事があったんだよね」
「ああ~、そういう事ですか!」
ナユタはその説明に納得した。
「今日はさ~、半休だったんだよね、だから私もちょっとAEを見物してみようかなって」
「そうだったんですね」
「しかし直で見ると、画像で見るのとはまた違う趣きがあるというか、
相変わらず羨ましいおっぱいだよねぇ……」
イヴはそう言ってナユタの胸をじっと見つめた。
ナユタはイヴに対してコヨミを相手にするような態度をとる事はなく、
恥ずかしそうに自分の胸を抱くような仕草をした。
だが逆にそのせいで、更に胸の大きさが強調される事になってしまった為、
イヴはそれを見て驚愕の表情をした。
「やっぱり凄い……羨ましい」
「以前ちょこっとだけGGOもやってみたんですけど、その時もこうだったんですよね。
何故か毎回胸がリアルと同じサイズになっちゃうんですよ……」
その言葉にイヴは、何か思い当たるフシがあったようだ。
「えっ、それって……ね、ねぇナユちゃん、生体スキャン機能って知ってる?」
「えっ?何ですかそれ?」
「ああ、やっぱり知らなかったんだ……」
イヴはため息をつくと、その機能についてナユタに説明した。
「ええっ!?そ、そんな機能があったんですか?特に何もいじりませんでしたけど」
「うん、デフォルトだとオンなんだよね、
ナユちゃんってもしかして、マニュアルとか見ないタイプ?」
「ああ、えと……は、はい」
「ハチマンさんがナユちゃんの胸の事をかなり気にしてたけど、
そういう事なら必然的にそうなっちゃうよねぇ……」
「わ、私ってばとんだミスを……」
ナユタはその言葉に激しく動揺したが、イヴはそんなナユタの肩をポンと叩いた。
「まあここまで育っちゃったらもう仕方ないよ」
「そ、それは私の胸の事ですか!?それともキャラの事ですか!?」
「う~ん、まあ両方?」
そう言いながらイヴはあろうことか、ぽよんっ、とナユタの胸に触れた。
「きゃっ」
「まあほら、ハチマンさんは過保護だから、
他の男にこの素敵な胸をじろじろ見られるのが嫌なだけで、
胸自体に不満がある訳じゃないだろうから、心配するような事は何もないよ」
「で、でも……」
「大丈夫大丈夫、だから気にせずゲームを精一杯楽しむといいよ」
「は、はい」
会話がそう締めくくられた丁度その時、偵察にいっていたコヨミが戻ってきた。
「ああ~っ、ずるい!ナユさんの胸は私の物なのに!」
「私の胸は私の物です、まあ敢えて他の誰の物かと言うなら、
それはハチ……いいえ、私の大切な人の物です!」
ナユタはハチマンの名前を出しそうになり、慌ててそう訂正した。
だがその言葉を聞き逃さなかったであろうイヴは、ニヤニヤしながらナユタの方を見ており、
ナユタは頬が熱くなるのを感じつつも、
自分の胸に手を伸ばしてきたコヨミの手をガシッと掴んで止め、
同時にもう片方の手でコヨミの頭を掴んだ。
「コヨミさんやめて下さい、お仕置きしますよ?」
「ナユさんのお仕置きならちょっとされてみたい気もする!」
「それじゃあ遠慮なく」
コヨミがそう言った瞬間、ナユタはそのままコヨミを片手で投げ飛ばした。
それでコヨミは吹っ飛ばされ、地面を転がりつつも見事に体勢を立て直し、
何事もなかったかのようにナユタの隣に戻ってきた。
「でね、色々回って情報収集してきたんだけど……」
「コヨミさん、めげませんね……」
「まるでピトみたいな人ね、あ、今はロビンか」
「ですね……」
ちなみにこの『ですね』は、ナユタ的に褒めているニュアンスで出た言葉である。
まさかあのロビンさんレベルとは!といった感じだろうか。
当のコヨミは二人の会話の意味が分からず、さりとて何か言う事もなく、
マイペースでナユタに情報収集の報告を始めた。
「ナユさん、あの人達は、ハチマン?って人か、
もしくはヴァルハラ・ウルヴズっていうナイツを探してるみたい。
多分あの有名人のALOのハチマンの事だと思うんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん、そうだよ」
ナユタはコヨミではなくイヴにそう尋ね、イヴもあっさりとそう答えた。
「あ、あれ?もしかしてこちらは関係者さん?」
「うん、まあそうかな。私はナユちゃんの知り合いのイヴ、宜しくね」
「が~~~~ん、私が情報収集に行った意味があまり無かった!」
「まあ結果論だって、ナユちゃんも別に悪く思ってはいないよね?」
「はい、もちろんです」
「フォローをありがとう二人とも!私はコヨミ、宜しくね、イヴさん」
こうして自己紹介が終わった所で、
ナユタはイヴにハチマン達の行方について、こう説明した。
「ハチマンさん達なら、四チームに分かれて東西南北に散っていきましたよ。
とりあえず全員が集まれるような広場や大きいお店、
もしくは何らかの施設を探しに出たみたいです。
多分そういった場所が見つかったらそこに集合するんじゃないですかね」
「なるほど、ランドマーク的な奴だ」
「はい、目印になるような集合場所を決めておくつもりなんだと思います」
「そっかぁ、って事は、もう少ししたらここに戻ってくる可能性が高い?」
「でしょうね、トラフィックスは遠くからでもよく見えますからね」
「オッケーありがと!ちょっとおっかさんに報告してくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
そう言ってイヴはおっかさんの所へ走っていき、
その会話を横で聞いていたコヨミが、ぼそっとナユタに言った。
「ナユさんって、もしかしてALOのハチマンの……」
ナユタはその瞬間に再びコヨミの意識を飛ばそうとした。
何故コヨミが聞いている横で普通にハチマンの話をしたのかというと、
要するに最初からそのつもりだったからである。
だがナユタはコヨミの死角から振り下ろそうとしたその拳を寸前で止めた。
コヨミがそこで言葉を止めず、続けてこう言ったからである。
「ファンだったんだね!」
「……………そうですね」
「やっぱり!顔を知ってた事といい、会話の内容をしっかりと記憶していた事といい、
一瞬ナユさんってストーカー気質?とか思っちゃったりもしたけど、
よくよく考えたらナユさんがハチマンって人のファンだってのが一番自然な考え方だよね!」
「……………ええ」
ストーカー扱いされた事で、やっぱり記憶を飛ばしてやろうかと考えたナユタだったが、
コヨミの性格上、多分悪い意味で言っている訳ではなく、
ただ軽率なだけなんだろうなと考え、そのまま熱狂的なファン設定でいく事にした。
「そうですね、私、ALOのハチマンさんの大ファンなんですよ、
もう何度も会いにいってるものだから、顔も覚えられちゃっているくらいです」
「そうなんだ、凄いなぁ!」
コヨミはその言葉に何の疑問も抱かず、本気で賞賛しているようなそぶりを見せた。
普通に考えれば、AEを熱心にプレイしているナユタが、
何故ALOのハチマンに何度も会いに行っているのかと疑問に思うところであろう。
(コヨミさんが単純で良かった……)
ナユタはほっとしつつも、そんなコヨミが満面の笑みを浮かべていた為、
やっぱりコヨミさんは憎めないなぁ等と考えていた。
(まあ信用出来るって確信出来たら謝って全部話せばいいかな)
ナユタは内心でコヨミに対して謝りながらそう考えを纏め、
そこでイヴが再びこちらに近付いてきた。
「ナユちゃん、情報ありがとね、私達、しばらくここで待つ事にしたよ」
「あの、フレンドリストとかからハチマンさんにメッセージを送れないんですか?」
「あ、うん、どうやらここは別のゲームのそういうリストは使えないみたいね、
まあスコードロンやギルドがゲームを跨いでても有効になったんだし、
多分そのうち使えるようにはなるんだろうけどね」
「そうなんですね、それじゃあ私からも開発に要望を出しておきます」
「うん、ありがとう!」
「いえ、どういたしまして」
こうして和やかな雰囲気の中、
せっかくだから私もハチマンって人を見てみたいとコヨミが言い出した事もあり、
ナユタとコヨミもイヴ達と一緒にヴァルハラのメンバー達が戻ってくるのを待つ事にした。