「ここが猫屋敷?」
「はい、そうですね」
「な、何か不気味じゃない?」
「オバケ屋敷ですからね」
「そ、それはそうかもだけど……」
アスナは入る前から及び腰であったが、
そんなアスナの左右はハチマンとナユタでガッチリと固められていた。
セラフィムは三人の背後を守る事にしたようで、先頭は当然ユキノである。
ユキノは番町猫屋敷をじっと見つめていたが、珍しく無言であった。
どうやら興奮が極限に達しているのだろう、その表情は蕩けるような笑みを浮かべていた。
だがこのオバケ屋敷がそれほど甘いものではない事を、ユキノだけではなく、
他の四人も少し後に思い知らされる事になる。
「なあナユタ、ここの評判ってどうなんだ?」
「ええと……『色々な意味できつい』ってのが一般的らしいですね」
「ほほう……」
ナユタの説明は何とも分かりにくかったが、ハチマンは色々なパターンを想像し、
どんな状況でも対応出来るように心の中で準備し始めた。
「まあとりあえず中に入ってみましょう、そうすれば分かるわ」
「まあそうだな」
「ハ、ハチマン君、私、何だか嫌な予感がするんだけど……」
「大丈夫だ、俺がついてるからな」
「で、でも本当に嫌な予感が……」
「むぅ……」
まがりなりにもデスゲームという修羅場を潜り抜けたアスナの勘も、
ハチマンやキリトに負けず劣らずよく当たる。
だがせっかくここまで来たのだ、怖いもの見たさもあり、
ハチマンはアスナと手を繋ぐ事でその不安を軽減させ、その状態のまま中に入る事にした。
「うぅ……何だか空気がひんやりしてる気がする……」
「さて鬼が出るか蛇が出るか……」
「そんなの猫が出るに決まってるじゃない、おおげさね」
その会話を聞いていたのかいきなりユキノは振り返ってそう言い、
それがまったくの正論だった為、ハチマンはぐうの音も出なかった。
だが直後にユキノが悲鳴を上げた為、ハチマンは心臓をドキリとさせた。
「お、驚かすなよ、いきなりどうしたんだ?」
「ハ、ハチマン君、こんな所でいきなり人のおしりを触るなんてどういうつもり?」
「へ?」
そのいきなりのユキノの抗議にハチマンは思わずそう間抜けな声を上げた。
だがその直後にアスナとセラフィム、そしてナユタも同時に悲鳴を上げた。
「「「きゃっ」」」
「ハチマン君、あなたまさか……」
スッと目を細めたユキノにそう言われたハチマンは、
当然身に覚えがなかった為、慌ててこう言い訳をした。
「いやいやいや、俺は何もしてないって。
そもそも俺の右手はこうしてアスナの手を握ってるんだ、
この状態で左手だけでアスナやナユさん、それにマックスのおしりを触るのは不可能だろ?」
「確かにそうね、じゃあ……」
そう言ってユキノは下を見た。それに釣られて他の四人も下の方を見たのだが、
五人はそこに何か肌色の物が蠢いているのを見つけ、ビクッとした。
「な、何?」
「人の手………?」
そこにあったのは確かに小さな人の手であった。それは何か黒い物に繋がっており、
その黒い物は、待ってましたとばかりに鳴き声を上げた。
「うにゃぁぁぁぁあぁぁあああぁぁ」
「「「「ひいいいいいいいい!」」」」
そこにいたのは一匹の猫だった。否、猫というにはあまりにもおかしなその生物は、
確かに顔は猫であったが、その表情は下卑た笑いを浮かべており、
両手両足が全て人間の手のようになっている、おかしな生き物であった。
正直とても気持ちが悪い。それを見たナユタ以外の四人は思わず走り出しそうになったが、
その瞬間にその生き物は、まるで霞のようにフッとその姿を消した。
「な、何だ今の生き物は……」
「確かに顔は猫だったけど、あれを猫と呼びたくはないわね……」
さすがのユキノも今の生き物は愛せないようで、やや顔を青くしながらそう言った。
アスナは完全に固まっており、その姿を見たナユタは、
私が守らなくてはと使命感にも似た思いを抱き始めた。
「アスナさん、大丈夫ですか?アスナさん」
「えっ?あ、う、うん、どうかした?今何かあった?」
アスナはどうやら現実から目を背ける事にしたようだ。
「大丈夫ですよ、私がついてますから」
「う、うん、ありがとう優里奈ちゃん」
それは無意識に出た言葉だったようだ。直後にアスナが普通にこう続けたからだ。
「ナユちゃんがいてくれて本当に良かったよ、うん」
「ア、アスナさん、今私の事を……」
「ん?どうしたのナユちゃん、私今何か言った?」
「い、いいえ、何でもないです」
今のやり取りで、アスナが無意識に自分を頼ってくれているのだと感じたナユタは、
心の中で、ここぞという時にはアスナは絶対に自分が守るという誓いを立てた。
「と、とりあえず先に進みましょうか」
「だ、だな、正直俺もここを早く出たい気がしてきたわ……」
そして一行は先へと進み、おどろおどろしい池のほとりにたどり着いた。
「いかにも何か出てきそうな池だな……」
「ここまであからさまだとさすがの私も事前に心の準備が出来るから助かるよ……」
「さて、何が出てくるんですかね」
一同はそう言って探るように池の中を見つめていた。
だが次の攻撃は予想外の方向から来た。突然上から何か落ちてきたのだ。
ポチャン!
「う、うわっ!」
「何か落ちてきた!?」
「い、今のは……」
直後に池の中から猫の顔が現れ、こちらをじっと見つめてきた。
「ね、猫……?」
「良かった、今度は普通だね……」
その猫は、ニャ~ッと鳴いてジャンプしたが、その首から下は………魚であった。
「ね、猫面魚か……」
「これは怖くはないけど、微妙に嫌悪感を誘いますね」
「確かに気持ち悪い……」
そして猫面魚はチャプンと水の中に消えていった。
「それじゃあ次いくか次」
五人はそのまま奥へと進んだが、数歩進むとどこからともなく水音が聞こえ、
にゃ~ん、というか細い鳴き声が聞こえてきた。
「今の音はどこからだ?」
「どこかしらね……」
「どこにもいないみたいだけど……」
そしてまた少し進むと、同じような水音と鳴き声が聞こえ、
今度は草むらの中から猫の顔だけが姿を現した。
「こ、こっちを見るなよおい……」
「下半身はまた魚なのかしらね」
気味悪さを感じながらも五人は先へと進んでいく。
だがその背後から、ずるずると何かをひきずるような音が聞こえてきた。
「お、おいユキノ、猫好きのお前ならきっと大丈夫だ、
ちょっと後ろに何がいるか確認してみてくれよ」
「何が大丈夫なのかさっぱりなのだけど、こういう時はやはり男の子の出番じゃないかしら」
「それじゃあ私かアスナが……」
セラフィムが自分の名前を出した瞬間に、アスナが光の早さでこう言った。
「ひ、一人に押し付けるのは良くないよ、うん。みんなで見てみようそうしよう」
「みんなでか……」
「そうね、死なばもろともという奴ね、それじゃあハチマン君、タイミングは任せるわ」
「お、おう……それじゃあ三、二、一、振り向け」
その合図で五人は振り返った。だがそこには何もいなかった。
「あれ?」
「な、何もいないね」
「ふう……びびらせやがって……」
五人はほっと胸をなでおろし、再び前を向いたのだが、
その瞬間に、五人の目の前にピチピチと跳ねる物体が上から落ちてきた。
それは体の部分が魚の骨状態となった猫面魚であり、
その口からはぶくぶくと泡をふいていた。
「う、うわあああああああああああああ!」
「「「きゃああああああああああああああ!」」」
これにはさすがの豪胆なヴァルハラ組も思わず悲鳴を上げた。
だがナユタだけは今度も悲鳴を上げず、そのままアスナの前に出た。
「大丈夫です、アスナさん、私がいますから!」
「ナ、ナユちゃん!」
アスナはべそをかきながらナユタの背中にすがりつき、
ナユタはアスナを守るように仁王立ちした。
やがて猫面骨魚は消滅し、ナユタは笑顔でアスナに言った。
「もう大丈夫ですよ」
「うう、こ、怖かった!うわああああん!」
そのままアスナは泣き出し、さすがのハチマンも、
ここにアスナを連れてきた事を少し後悔していた。
「まさかこういう系統だったとはなぁ……」
「ハチマン君、私もかなりめげそうなのだけれど」
「ユキノがそんな事を言うなんて相当だな……」
「だってこれ以上ここにいたら、猫に対して苦手意識を持ってしまいそうじゃない?」
「確かに……」
そしてユキノだけではなく、セラフィムまでもが弱音をはきはじめた。
「ハチマン様、私もさすがにこれはきついです、まだゾンビとかの方がましですね」
「ううむ、よし、さっさとここから脱出する事にしよう。
ただひたすら前だけを見て走りぬけるんだ」
そのハチマンの言葉に残る四人は頷いた。
「それじゃあ多少ここの事を知っている私が先頭に立ちます」
「ナユさんは大丈夫なのか?」
「はい、私、こういうのって何か平気なんですよね」
「そ、そうか、それじゃあ任せる」
「はい、お任せ下さい」
そしてナユタは先頭をきって走り始めた。
たまに行く手に猫っぽい物体が現れるのだが、誰もそれをまともに見ようとはしない。
その道中で出てきたろくろっ首猫や怨霊猫、それにお菊さん猫やお岩さん猫などを、
ナユタは思いっきり殴りつけて道を開き、五人はそのままあっという間に出口へと到達した。
「やっと出れた!ありがとうナユちゃん、このお礼はいつか必ず!」
「それじゃあ今日、ハチマンさんのマンションで三人で川の字になって寝ましょう」
そのアスナの言葉にナユタは笑顔でそう答え、アスナはきょとんとした。
「えっ?えっ?」
「あらアスナ、やっぱり気付いていなかったのね」
「まあ仕方ないよ、ここの話を聞いてからのアスナは、ずっと心ここにあらずだったし」
ユキノとセラフィムにそう言われたアスナは、んん~?と目を細め、
ナユタの全身をなめるように見つめた。
「そう言われると、この凶悪な胸には心当たりが……」
そう言ってアスナはいきなりナユタの胸を揉み始めた。
「きゃっ」
「あ~!やっぱり優里奈ちゃんだ!」
「何故胸を揉んで優里奈だと分かるんだ」
ハチマンは本当に驚いたような顔でアスナにそう突っ込んだ。
「いやぁ、優里奈ちゃんとはよく一緒にお風呂に入るから、まあそれで色々?」
「アスナって意外とおっさんっぽいところがあるのね。
いきなりお風呂で『ぐへへへへ、おい優里奈、ちょっと胸をもませろよ』
とかやったりしているのかしら」
「やってないよ!?」
「そう、それじゃあハチマン君がやっているのね」
「流れ弾を無理やり俺に当てにくるなよ!そんな事一度も言った事無えよ!」
「むむむ、ハチマン様、私が誰なのか当ててみて下さい!」
「お前もお前で便乗しようとしてくるんじゃねえ!
どう考えてもマックス以外にありえないだろうが!」
「今私の事を視姦して私だと判断しましたよね!?」
「お前のテンションが上がると本当に疲れるな……」
ハチマンは突っ込みに疲れたのか、ため息をつきながらそう言った。
「そんなハチマンさんに朗報です、ここからはボーナスタイム、猫天国ですよ!」
突然ナユタがそんな事を言い、ハチマンは意味が分からずきょとんとした。
「言葉の意味が分からないんだが……」
「まあまあ、とりあえずこちらへ」
そしてナユタが進む先に、確かに『猫天国』の看板が見えた。
「あれは?」
「『猫を嫌いにならないで欲しいにゃん』と書いてあるね」
「まあそういう事です、いくらでももふもふ出来ますよ」
「マジか、開発も中々粋な事を……」
ハチマンがそう言いかけた瞬間に、ユキノが鬼のようなダッシュをみせた。
「は、速っ……」
「ハチマン君、私達も行こう!」
「お、おう」
そこは世界中の様々な猫がにゃんにゃん言いながら歩き回る、まさに猫天国であった。
「うわぁ、凄い凄い!」
「これがあるのからまあ多少怖くても大丈夫だと思ったんですが、
別の意味で怖すぎましたね、ごめんなさいアスナさん」
「いいのいいの、さあナユちゃん、一緒に猫と遊ぼう!」
「はい!」
こうして思う存分猫に癒された五人は、この日は宿に帰ってそのままログアウトし、
八幡と明日奈と優里奈は、約束通り川の字になって、
まるで本当の家族のように仲良く眠りにつく事となった。