リズベットが、キラキラした目でずっとハチマンを見つめていた。
「おいピンク、一体どうした。脳みそまでピンクになったのか?」
「ちょっとやめてよねハチマン!あんたのせいで、最近アスナやキリトまでたまに、
ピ……リズ、って言うんだからね!」
「お、おう、それはすまない」
「分かればいいのよ分かれば」
リズベットはそう言うと、再びハチマンをキラキラした目で見つめ始めた。
「う……やっぱどこかおかしいぞピンク」
「ハチマン!また!」
話は少し前へと遡る。事件が収束し、家へと向かう途中での事だ。
「なあ、食事の前に、武器のメンテだけリズに頼んでおかないか?」
「確かにさっきの戦闘でかなり武器にも負担をかけたからな」
「せっかくだしリズも食事に誘う?」
「アスナの好きにしていいぞ」
「まあリズも忙しいかもだし、行ってからかな」
「ああ」
普通ラグーラビットの料理を振舞うとなれば、
誰もが是非誘って欲しいと懇願するほどのものなのだが、
二人からするとラグーラビットはそこまで特別な食材では無いため、
二人の会話も自然とこんな感じになるのだった。
リズベット武具店に着くと、案の定リズベットは忙しそうに働いていた。
「あら、三人揃ってどうしたの?武器のメンテ?」
「ああ。今回は俺とハチマンの二人分なんだけどな」
「ちょっと見せてみて」
リズベットは二人の武器を見て、少し驚いたそぶりを見せた。
「これ、ちょっと前にメンテしたばっかりのはずなのに、一体この短期間に何をしたの?」
「ああ、実はな……」
ハチマンは今日あった出来事をリズベットに説明し、
これからキリトと一緒に三人で飯を食うんだが、一緒にどうだとリズベットを誘った。
「うーん、行きたいんだけど最近忙しくて仕事の量がちょっとね……」
「そっかぁ、残念」
「ごめんねアスナ。また今度誘ってね」
「うん」
「なあ、リズ」
「何?キリト」
「今日の献立は、ラグーラビットだぞ」
それを聞いた瞬間、リズベットの動きが加速した。
目にも止まらぬ速さで動いているが、見た感じ一切手を抜いているようには見えない。
それはまさしくプロを超えたプロの動きだった。三人は呆気にとられてそれを見ていたが、
しばらく経つとリズベットはピタリと動くのをやめた。
そしておもむろにハチマンの方をキラキラした目で見つめ、こう言った。
「ハチマン、仕事終わったよ!」
「お、おう……」
そして話は冒頭のシーンへと戻る。
「おい……」
「………」(キラキラ)
「あー、その……」
「………」(キラキラ)
「良かったらこれから飯でもどうだ?」
「喜んで!」
「そ、そうか……」
リズベットはとてもいい笑顔で即答した。
アスナは笑いを堪えながらそれを見ていた。キリトは微笑ましそうにしていた。
「ごめんリズ、ラグーラビットって結構うちじゃ普通に食べてるから、
普通はそういう反応になるって考えがすっかり頭から抜けちゃってたよ」
「な、なんて羨ましい……」
「俺に感謝するんだぞ、リズ」
キリトは、リズベットをからかうつもりでドヤ顔でそう言った。
「うん、ありがとうねキリト!愛してる!」
「あ、愛……?」
その返しは想定していなかったらしく、キリトはかなり動揺した。
「ちょっとリズ!少し前のハチマン君みたいになってるよ!」
「え?あ……ご、ごめんつい……」
「い、いや……」
(確かに少し前の俺みたいだな……)
ハチマンはそんな二人を見て、少し前の自分とアスナの事を思い出していた。
少しほっこりしつつも、暖かく見守る事にしたハチマンは、
場の雰囲気を和ませようとしてこう言った。
「良かったなリズ。もし今出したのが俺の名前だったら、
お前今頃アスナに粛清されてたところだぞ」
「粛清!?あ、アスナはそんな事しないよね?」
「当たり前でしょリズ……」
アスナは、さも心外だというように溜息をついた。
「ちょっと離れに呼び出して、小一時間じっくりと話し合うくらいだよ」
「あ、アスナ……?」
「ふふっ、良かったねリズ、相手がキリト君で」
「は、はい、良かったです……」
「まあとりあえず行こうぜ」
「そうだね!じゃあみんなで我が家へゴー!」
家に着くとアスナは、早速料理の準備にとりかかった。
三人は思い思いにくつろいでいたが、
ハチマンは、キリトとリズベットがまだ少しお互いを意識していると感じたのか、
少しだけおせっかいをする事にした。
「おいリズ、何か手伝う事がないか、一緒に行ってアスナに聞いてみようぜ。
キリトは今日は完全にお客様だから、とりあえず座っててくれ」
「そうだね、そうしよっか」
「俺も手伝うよ」
「人手が足りなかったら呼ぶからまあのんびりしててくれ」
「そうか、それじゃ、お言葉に甘える事にするよ」
そしてハチマンは、キッチンまでの短い距離の間に素早くリズベットに耳打ちした。
「おいリズ。お前がダークリパルサーに込めた気持ちを、
キリトはうっすらとだがちゃんと理解している。
それにお前の明るさと誠実さはあいつに絶対必要なものだと俺は思う」
「は、ハチマン?」
「お前はアスナの次にいい女だ。もっと自分に自信を持てよ」
「うん!ありがとう!後、ハチマンだってキリトの次にいい男だよ!」
「言ってろバーカ」
ハチマンはリズベットをアスナの手伝いとして残し、キリトの所へと戻っていった。
キリトの隣に腰掛けたハチマンは、そのままキリトに話しかけた。
「なあキリト。お前、時々ダークリパルサーをじっと見つめている事があるよな」
「ああ。アハトを持つハチマンなら俺の気持ちが分かるだろ?」
「そうだな……時々思うんだよ。もしリズがいなかったらってな」
「リズがいなかったらか……」
「キリトも俺も、相棒と呼べる武器を手に入れる事は多分出来なかっただろうな」
「そう……だよな。本当にリズがいてくれて良かったと思う」
「俺はアスナ一人を守るので手一杯だ。もし今後リズに何か危険が迫ったとしたら……」
「そうだな。その時は俺が必ず守るさ」
「頼んだぞ、キリト」
「ああ」
ほどなくして料理も出来上がり、四人はその料理に舌鼓を打った。
リズベットはずっと笑顔を絶やさずに明るく振舞っており、
キリトはそれを眩しそうに見ていた。
四人は色々な話で盛り上がり、キリトとリズはそのまま泊まる事になった。
夜もふけた頃キリトは、なんとなく庭に出て横になっていた。
「俺が必ず守る、か……」
とその時、家から誰かが出てくる気配がした。どうやらリズベットのようだ。
リズベットはキリトには気付いていないようで、
キリトから少し離れた所にキリトと同じように横になった。
「ハチマンとアスナは本当に仲が良くて羨しいな……いつか私もキリトと……」
いきなり自分の名前が出たキリトはビクッとしたが、
その内容を理解すると、うっかり聞いてしまった罪悪感と恥ずかしさでいっぱいになった。
「もうこうなったらいっそ、既成事実を……」
直後にリズベットが不穏な事を言い出したので、キリトは慌ててそれを止めに入った。
「リズ、ちょっと待て!ストップストップ!」
「へ?キリト?あっ……いや、今のはその!アレがアレだから!」
「わかった、わかったから少し落ち着け」
「ううー……」
涙目なリズベットをなんとか落ち着かせようとしたキリトは、
ハチマンのやり方を真似する事にした。何もハチマンを参考にする事はないと思うが、
ここらへんはキリトもやはり不器用なのであった。
キリトはリズベットを軽く抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いた。
リズベットはいきなり抱きしめられて驚いたようだったが、
顔を赤くしつつもそのままキリトに身を任せていた。
「キリト、あの、その……なんかごめん」
「気にするなって。俺もなんか盗み聞きみたいになっちゃってごめんな」
「や、それはいいんだけどその……恥ずかしいって言うか……」
「なあ、リズ」
キリトはリズベットを離し、その瞳をじっと見つめながら言った。
「リズの気持ちは正直とても嬉しい。でも、俺にはまだやらなきゃいけない事がある。
俺はハチマンほど器用じゃないから、攻略と恋愛を両立させられる自信がない。だから」
「だから?」
「俺達はこの戦いに必ず勝利する。そして現実世界に戻ったら必ずリズに会いにいくから、
それまで少しだけ、返事は待ってくれないか?」
「うん……私、待ってる!」
「ごめんな」
「ううん。こっちこそこんな時期に余計な負担をかけちゃってごめんね」
「いや、まあ、時間の問題だった気もするし……それは別に……」
「え?」
「い、いや、なんでもない」
リズベットは聞き返しはしたが、そのキリトのセリフをしっかりと聞いていたので、
嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すために、そのままキリトの胸に顔を埋めた。
キリトは黙ってそれを優しく受け止めていた。
窓からそれをこっそりと見ていたハチマンとアスナは、
顔を見合わせて満足そうに微笑んだのだった。