ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第718話 天下分け目の猫が原

 集結する被害者の会に、遠慮なしにどんどん近付いていくそのハチマン僧侶は、

当然ではあるが、会の者達に呼びとめられた。

 

「おい、何だお前は」

「見た通りの坊主でございますよ」

「坊主が俺達に何か用か?」

「はい、皆様の背後に暗雲が漂っているようでしたので、

お節介かとは思いましたが、一言お伝えせねばと」

 

 そのハチマンの言葉にその場にいた者達はざわっとした。

 

「何だと!?お前、何者だ?」

「だから見た通りの坊主でございますよ、ただ拙僧は先日、

大量の羽虫にまとわりつかれて大層難儀したという娘を拾いましてな、この子なのですが」

 

 そして後ろからナユタがその姿を現し、その場にいた一部の者は気まずそうに目を背けた。

 

「お、俺達が羽虫だと?」

「誰もそんな事は言っておりませぬが、そうですなぁ、

ハラスメント警告ぎりぎりの所をブンブン飛び回るというのは、

やはり羽虫の習性なのやもしれませぬな。

まあいずれにしろ、皆様の背後に漂う暗雲がまもなく雷雲に変化しようとしております、

女神からの天罰が落ちぬように、ゆめゆめお気をつけ下されい」

「雷雲?天罰……?」

「そうですじゃ、ほれあのように」

 

 そしてハチマンは背後にいたソレイユを指差した。

確かにその神々しい姿は、その衣装と相まってまるで女神そのものである。

だがその中身は女神などではなく、悪魔そのものであった。

 

「は~い、それじゃあ天罰の入門編ね」

 

 そう言ってソレイユは、軽目の雷魔法を唱えた。

これはどの程度の威力が出るか測る為の観測気球のようなものである。

そしてソレイユの魔法はAEでの同じクラスの術として発動し、

その場にいた者達はビリッとした衝撃を受けた。

 

「うおっ」

「な、何だ今の?」

「詠唱が雷術と違ったぞ、まさかALOの魔法か?」

 

 一方ハチマンは、のんびりとした口調でソレイユにこう尋ねていた。

 

「姉さん、どんな感じだ?」

「そうねぇ……五十パーセントってところかしらね」

「半分か、まあ十分だな」

「そうね、これなら何とかなるんじゃないかしら」

「だな、それじゃあこのまま敵を釣るとするか」

「そうね、そうしましょう」

 

 そしてハチマンは再び被害者の会の者達の方に向き直り、

小道具の数珠をシャランと鳴らしてこう叫んだ。

 

「という訳で久しぶりだなお前ら、お前らが恨み骨髄な俺様がわざわざ出向いてやったぞ!」

「な、何だと!?」

「でも確かにあの顔は忘れもしない……」

「あの野郎!絶対に許さねえ!」

 

 そのハチマンの言葉でエキサイトしたのか、

かなりの人数がハチマン目掛けて突撃し始めた。だが速度に特化したハチマンやナユタ、

それに万能タイプのソレイユに追いつく事は出来ない。

 

「うちの娘にちょっかいをかけたあげく、開き直って逆ギレかよ、本当に格好悪い奴らだな」

「う、うるさい!その子が美人すぎるのがいけないんだろ!」

 

 その中の一人が開き直ったようにそう言った。

だがその言葉に対するハチマンの返事もまたぶっ飛んでいた。

 

「お、お前は中々見どころがあるな、確かにうちのナユタは美人すぎるからな。

よし、お前だけは半殺し程度で済ませてやろう」

 

 ハチマンは茶化すようにそう言うと、続けてこう言った。

 

「お前達の速度じゃ俺に追いつく事は出来ないぞ、猫が原でお前らを待っててやるから、

精々頑張って体勢を整えて、正々堂々とかかってくるんだな、ははははは、ははははははは」

 

 ハチマン達はそう言って速度を上げ、凄いスピードで走り去っていった。

取り残された被害者の会の者達は、悔しそうな表情でその場で足を止めると、

口々にこう言った。

 

「決戦は猫が原だ、軍を編成してすぐに向かうぞ!」

「後から付いてきている傭兵隊を誰か案内してやってくれ!

あと地形の説明も忘れるな!」

「それじゃあサラマンダー軍には私が!」

「おう、頼む」

「任せて下さい!」

 

 そう返事をしたのが見覚えのない者だとは誰も気付かなかった。

こうして被害者の会の者達は、まんまと猫が原に引きずり込まれる事となった。

 

「むむ、中央が何か騒がしいが、何かあったのか?」

「うん、何かお坊さんが暴れたらしいよ、本当に和風だよねぇ」

「どうやらそのお坊さんが、敵の首謀者だったらしいな」

 

 たまたま同じ陣営に所属する事になり、

のんびりと会話していたユージーンとアリシャの前に、

事情を確認しに行っていたサクヤが現れてそう言った。

 

「そうなのか?」

「ああ、私も遠目でチラリと見たが、相当な美人を二人連れていたぞ」

 

 サクヤのその言葉に、ユージーンは冗談めかしてこう言った。

 

「ほうほう、まるでハチマンだな」

「だねぇ、あはははは」

「まあどのゲームにも、ああいう奴はいるものなのだろうな」

 

 この三人は偶然真実を言い当てた格好だが、

合同イベントの開催前からAEの連中が被害を受けていたという話を聞いていた為、

三人は敵の正体がまさかヴァルハラ軍だとは、想像もしなかったのである。

 

「おっ、どうやら出発のようだな」

「それじゃあ私達も動くとしよっか、

他人に迷惑をかけまくったというそのお騒がせ野郎に一泡吹かせてやろう」

「俺は強い奴とやれれば何でもいい」

 

 そういって三人も、それぞれ宛がわれた案内役に従い、猫が原へと向かう事となった。

 

 

 

「お~い、準備はどうだ?」

「ハチマン君、無事で良かった」

「余裕余裕、あいつら足が遅いからな」

「ああ、ナユちゃんも速いし、姉さんも実は身体能力が凄いもんね」

 

 トラフィックスから無事戻ったハチマンに、アスナは笑顔でそう言った。

 

「準備はバッチリだよ、配置はこんな感じ」

 

 中央の重要な高地は、既に味方によって全部抑えられている。

残るは一つを覗き、正面からぶつかり合うのには明らかに不利な微妙な丘ばかりであった。

 

「装備の方はどうだ?」

「ちゃんと行き渡ってるよ、ほら、あのキリト君の格好を見てみて」

 

 ハチマンはそう言われ、単眼鏡を覗き込んだ。

そこに写ったのは全身を漆黒の鎧兜に身を包んだキリトの姿であった。

その鎧兜は洋風であり、どこかかつて織田信長が愛用していたという鎧に似ていた。

 

「おお、格好いいじゃないか」

「あれならキリト君の正体も簡単にはバレないでしょ?」

「おう、途中でキリトだと気付いた時のユージーンの顔が楽しみだな」

 

 ハチマンは遠くからこちらに接近中のサラマンダー軍を見ながらそう呟いた。

 

「さて、ユタローはちゃんとユージーンを誘導してくれてるかな……」

 

 

 

 重ねて言うが、被害者の会軍団が編成を終えた後、各傭兵隊には案内役が与えられた。

サラマンダー軍を担当する事になったのは、立候補したロクローというプレイヤーである。

だが実はこのロクローは、ユタローのサブ垢であった。

自身の隠密性を極限まで高める為に、ユタローが考えに考え抜いて出した結論は、

二つのキャラを使い分ける事であった。これは単純だが、実に効果的である。

かつてMMORPGが全盛期だった時は、多くのプレイヤーが普通に複垢プレイをしていた。

それは合成キャラだったりヒーラーだったりする事が多かったが、

ユタローはそれを隠密行動に特化したキャラに育て上げていた。

この決して敵に悟られずに情報収集を行うユタローのスタイルが、

この時のハチマンの考えにピタリとはまったのである。

 

「こっちです、将軍」

「ここは……中々いい地形だな、一気に敵目掛けて駆け下りる事が出来そうだ。

だがよくこんな絶好の場所が残っていたもんだ、あっちの指導者の目は節穴だな」

 

 その口の動きはハチマンに読まれており、後でユージーンはこの事で、

ハチマンにネチネチといじめられる事になる。口は災いの元なのだ。

 

「この山には名前はあるのか?」

「はい、ここは松尾山と言います」

「ほうほう、松尾山な、さすがは地名も和風なんだな」

 

 ユージーンはその言葉の意味に気が付かず、ただそう感想を述べるにとどまった。

 

「それじゃあ私はこれで本隊に戻りますので」

「うむ、案内ご苦労、もしかしたら俺達が敵の首魁を倒してしまうかもしれないが、

それでも構わんのだろう?」

「はい、問題ないです、宜しくお願いします」

 

 そしてロクローは途中でこっそりと草むらに入り、そこでキャラチェンジした。

 

 

 

「殿、作戦は無事に成功です、将軍の軍を正面の松尾山まで誘導する事に成功しました」

「よくやった、残るは領主軍とビービー軍だが……お、いた、あそこか」

 

 その二つの軍は正面やや斜め方向の、本隊の横に布陣していた。

今回の戦いにそれほど熱心でないのか、二軍ともにかなりのんびりとした雰囲気だった。

 

「まあこれだけの人数差だ、当然そうなるよなぁ。うちの正体を知らない訳だしな」

 

 ハチマンはとても嫌らしい笑みを浮かべながらそう言うと、

気分を出す為に用意した小道具の中から、先ず花火を用意させた。

 

「さ~て、祭りの始まりだ。ロクダユウ、花火を上げろ!」

「はっ!」

 

 こうして後に『天下分け目の猫が原』と呼ばれる戦いが幕を開けたのだった。

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