ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第720話 正体を現す~ビービー、領主軍

 信号弾が打ち上げられた直後、各方面に散っていた者達はそれに気付くと、

予め準備していた旗を上げた。

 

「来た、合図だ!」

「全員武器を持ち替えて装備も変えて!ここからは本気だよ!」

 

 各人は手はず通りにスムーズに、次々とヴァルハラとしての姿を現していった。

 

 

 

「シノハラ、全速で撤退!この場から逃げ出すわよ!」

「りょ、了解!」

 

 一番迅速に動いたのはビービーであった。

ビービーはまだ信号弾が上がりきらないうちからシノハラにそう叫び、

ビービー軍は即座に撤退を始めた。

 

「女神様、一体何が……」

「馬鹿、見て分からないの?あれは多分ヴァルハラ・コールよ!」

「それって例の……」

「ええ、とんだまぬけだったわ、遊びだと思って参加した戦いが、

実はヴァルハラが相手だったなんてね。

いくら私でも、トラフィックス内ならともかく、銃が弱体された今の状況で、

フルメンバーのヴァルハラと簡単に事を構える気はまったくないわよ、勝てる訳がない」

 

 先日は東の荒地でヴァルハラとやりあったビービーであったが、

それはあくまでヴァルハラがフルメンバーではなく、銃が有効に機能していたからだった。

 

「おいお前ら、まだ戦いの最中だぞ、怖気づいたのか?」

 

 そう声をかけてくる被害者の会の本隊の者に、ビービーは怒鳴るように言った。

 

「やばいから速攻でここから逃げるのよ、あんた達も精々死なないように頑張りなさいな!」

「なっ………せ、せめて報酬分くらいは働けよ!」

「それなら返すわよ、ほら!」

 

 ビービーはそう言ってその場に金をバラまいた。

どうせAEの専用通貨など、このイベント中にしか使えないのだし別に惜しくはない。

そしてその背後でヴァルハラ・コールの赤い花が咲き、直後にヴァルハラの旗が掲げられた。

 

「ほら見なさい、やっぱりヴァルハラじゃないの」

「ほ、本当だ……」

「正面の森に入っちゃえば多少は安全だろうから、みんな、スピードを上げて全力疾走よ!」

「ま、待って下さい女神様!」

 

 ここで身体能力の差が出た。ビービーはまがりなりにも一流のプレイヤーであり、

ZEMALや他の連中よりもはるかに足が早い。だがこの時はそれが裏目に出た。

ビービーの足にいきなり何かが巻き付き、そのまま一気に上へと吊り上げられたのだ。

 

「きゃっ……ちょ、ちょっと、何なの?」

「何でしょうね」

「はい、確保~!」

 

 ビービーはその声の主達に樹上で目隠しをされ、口には猿轡をかまされた。

直後に手足も何か紐のような物で拘束され、そのまま何か袋のような物に押し込められた。

おそらく相手は手だれなのだろう、ここまでがわずか十秒ほどの出来事である。

そしてビービー軍の残りの者がこのタイミングで森に入り、

ビービーの不在に気付かずにそのまま通り過ぎていった。

 

「女神様、待って下さいってば!」

 

 その声を聞き、ビービーを拘束した者はぼそりとこう呟いた。

 

「まあその女神様はここにいるんだけどね」

「それじゃあしばらくしたら下におりて、そのまま大回りして本陣に戻ろっか」

「はい」

 

(この声はレコンとコマチ!?くっ、これはやられたわね)

 

 ビービーはその声で、敵の正体に気がついた。だがこの状態ではどうする事も出来ない。

 

(はぁ、まあいいわ、別にリアルで死ぬ訳じゃないし、

この後自分がどうなるのか一応興味はあるし、

とりあえず大人しく様子を見る事にしましょうか)

 

 こうしてビービーはあっさりと捕らえられ、

レコンとコマチの手によって本陣へと連れていかれる事となった。

 

 

 

 一方その頃サクヤとアリシャは、呆然と空を見上げていた。

 

「サクヤちゃん、私、とんでもない物が見えるんだけど」

「奇遇だな、私もだ」

 

 そう呟く二人の目の前の空には、赤い花が咲いていた。

二人は当然ヴァルハラ・コールには精通しており、

その指示を受けて一緒に戦った事もあるのだ。

だがこうしていざ自分達が標的にされるのは初めてであり、

その赤い色は気のせいか、やや黒味がかって見え、

まるで血の色であるかのようなイメージを沸き起こさせた。

 

「えっと……あれってやっぱりあれだよね?」

「そういう事なら心当たりが無いでもないな、あそこで突きを主体にして戦ってたのは……」

「当然アスナだよね?」

「そして正統派の剣士はうちのリーファだろう」

 

 そして二人はやや青ざめた表情で顔を見合わせた。

 

「うわ、どどどどうしよう、これってもしかしてピンチ?」

「私達二人が出れば、まああの二人だけなら勝てないまでも、いい勝負が出来ると思う。

だが問題は、今あそこで能面を外してニタリと笑っている、性格の悪い奴の方だな……」

「ひっ………」

 

 前方には、先ほどまで指揮をとっていた者と支援魔法らしき物をかけていた者が、

二人とも能面を外してニタリと笑っていた。

 

「ユ、ユキノ……」

 

 ハチマンがSAOから戻ってくる前の段階であれば、

ユキノはそこまでこの二人と差があるプレイヤーではなかった。

だがそこからのユキノの成長率は凄まじいものがあった。

そのせいで今では、二人がかりでも絶対に勝てないと断言出来る程の力の差がついている。

 

「その横にいるのはクリシュナだな、この時点でもう絶対に無理だ」

 

 ただでさえ手に負えないアスナ、リーファ、ユキノの三人が、

クリシュナの魔法によって超絶強化されるのだ。これはもう笑うしかない状況である。

 

「おい見ろ、アスナの武装が……」

「暁姫……それにあれはオートマチック・フラワーズ……まだ未完成っぽいけど」

「リーファもだ、あれはイェンホウだな」

「クックロビンのリョクタイとの兄弟剣だっけ、あれもやばいよね……」

 

 二人はアスナの武器、暁姫の威力と、

その専用装備であるオートマチック・フラワーズの防御性能の高さをよく知っていた。

そしてその横には、オレンジ色に輝く片手直剣イェンホウを持ったリーファの姿があるのだ。

 

「う、もう一人増えた……」

「あれって新人の子じゃない?でもあの子も相当強いのよね、動きが軍人っぽいし」

「お手上げだね、うん、諦めよう」

「だな……」

 

 二人の目の前でアスナ達の下に合流したのはレヴィである。

レヴィは捕虜にしたらしい、敵のプレイヤーを一人引きずっており、

そのまま戦意を喪失した二人の方に、アスナ達が近付いてきた。

当然それを取り囲むシルフとケットシーの連合軍の者達も、同様に戦いを放棄している。

 

「あら二人とも、こんな所で奇遇ね」

「は、はは……」

「そ、そうだな」

 

 最初に声をかけてきたのは二人と一番付き合いの長いユキノである。

二人は何を言えばいいか分からず、ただそう答えるに留めた。

そしてユキノはレヴィを促し、引きずっていた捕虜をそんな二人の前に差し出した。

 

「この男は?」

「ハチマン君からの伝言よ、返金はこの男にお願いします、

そして新たな雇用費は私から受け取るように、だそうよ」

「新たな雇用費?」

「えっと、それってつまり……」

 

 何となく事情を察した二人に、

ユキノはアイテム化したALOの通貨がつまった袋を差し出した。

 

「ようこそ我が軍へ」

 

 その言葉に二人は一も二もなく飛びついた。

 

「う、うん、もちろん最初からそのつもりだったよ、宜しくね、ユキノ」

「こ、これは有り難く受け取っておく、そしてこっちはそこの捕虜の君、

君達のトップの所に持ってってやってくれ、ついでに説明を忘れないようにな」

 

 サクヤはそう言って、同じくアイテム化させた通貨をその捕虜に差し出した。

 

「これは?」

「傭兵として雇われた際にそちらからもらった報酬だな」

「くっ、お前ら、裏切るのか!」

「裏切るというか、元々私達はこちら側なのでな……表返ると言えばいいかな」

「えへっ、ごめんね、うっかり所属する先を勘違いしちゃったみたい!」

 

 サクヤのその言葉を受け、アリシャがドジっ子アピールをしながらそう言った。

 

「という訳ですまんな、途中で死なないように気をつけて戻ってくれ」

「くそっ、後で目にものをみせてやる!」

 

 解放されたその捕虜のプレイヤーは、そう三下っぽい捨てゼリフを言い、解放された後、

自らが所属する被害者の会の本隊の方へと走り去っていった。

 

「さて、これですっきりしたな」

「みんな、ここからが本番だよ、今までのは悪い夢だった、いい?」

 

 アリシャがそんな事を言い、シルフ・ケットシーの同盟軍は息を吹き返した。

 

「そういえばユージーン君はどうする?ついでにやっちゃう?」

「そっちはハチマン君がおもちゃにして遊ぶそうだから心配いらないわ」

「お、おもちゃね……」

「まあいいや、こっちはどうする?」

「次に赤いヴァルハラ・コールが上がったら敵の本隊に突撃よ」

「了解了解、みんな、そのつもりで準備してね!」

 

 こうしてサクヤとアリシャは無事にヴァルハラ軍に寝返る事となったのだった。




ありがとう平成、ようこそ令和!

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