赤いヴァルハラ・コールが上がった時、
一番混乱したのはおそらく連合のメンバー達であった。
リアルで帰宅時に、空が夕焼けに包まれているだけでもビクッとしてしまうくらい、
トラウマになっている者がかなりの数存在したのである。
だがその状態を、何とか支えようとする者達がいた。例のロザリアのトリマキーズである。
「落ち着けお前ら、別にまだヴァルハラのメンバーが現れた訳じゃない、
俺達の前にいるのはあくまでG女連の連中だ、
確かにうちは先日G女連にナイツの申し入れをし、今は保留状態だが、
こうして敵対する事で悪い印象を与えちまったんだし、それはもう諦めよう、
女性ばかりとはいえ所詮は他のゲームのプレイヤーなんだから気にする事はない、
戦力はこっちが上なんだから、援軍が来る前にやっちまおうぜ!」
普段はALOで活動している連合がG女連と面識があったのは、
先日こんな事があったからだ。トラフィックスの導入にあたり、
当然連合もどこかとナイツを組みたいと考え、その候補を色々と探していた。
そこで筆頭候補に上がったのがG女連である。女性だけのスコードロン、最高ではないか。
そう考えた彼らは、あくまで紳士的にG女連に声をかけたのだが、
その頼みはあっさりと断られたのである。
「確かに私達はまだナイツは組んじゃいないが、
申し訳ないがあんた達と組む選択肢は無いね」
「な、何故ですか?うちはこう見えて、ALOの最大勢力ですよ?」
「だって連合って、反ヴァルハラ連合の略なんだろう?
噂じゃそのヴァルハラってのが、最大勢力じゃなくとも最強勢力らしいじゃないか、
そんな所と敵対するのは女性ばかりのうちにとってはちょっとねぇ。
うちはそういった敵対関係とは無縁な、女性ばかりのギルドを探して組む事にするよ」
おっかさんのこの言葉は、
ヴァルハラがシャナ=ハチマンのギルドだと分かった上での発言である。
もちろんG女連がヴァルハラと直接繋がりがあるなどと言う事はしない。
いずれはバレる事なのだろうが、ここで相手を激高させても何もいい事はないのだ。
だが連合の連中の物分りの悪さは、おっかさんの想像を超えていた。
「だ、大丈夫、俺達が絶対に守りますから!」
「確かに今までは負けてばかりだったけど、
G女連の皆さんが一緒なら百人力です、頑張りますからそこを何とかお願いします!」
こうなるともうまったく手がつけられない。
そもそもヴァルハラには一度も勝った事がないのに絶対に守るという事が既に矛盾している。
更にG女連が一緒だと百人力というのが意味が分からない。
銃の威力はトラフィックス関連だと基本弱体されており、
共通エリアでは殺傷力こそあるものの、AEでは鈍器扱いである。
おっかさんは困り、ちょっと待っててくれと言って仲間達と相談を始めた。
「お前達、どう言えばあっちは引いてくれると思う?」
「何か必死すぎて気持ち悪いですね……」
「もう相談したけど無理でした、ごめんなさいでいいんじゃないですかね」
「もしくは今ここにいないメンバーとも相談したいので、先送りさせて下さいとか」
「先送りか、とりあえずそうするのがいいかねぇ……」
そして今に至ると、まあそんな訳なのであった。
「おっかさん、敵の目付きが変わった、向こうも動き出すかも」
「ほうほう、そうかいそうかい、それじゃあ迎え撃つとしようかね。
こっちには心強い味方もいてくれる事だしね」
「はぁい、任されましたぁ、私が相手を一瞬スタンさせるから、
その無防備状態の敵にじゃんじゃん弾を撃ち込んじゃってね!」
そう言ってG女連の女性陣の中から出てきたのは、何とソレイユであった。
どうやらハチマンの指示で事前にこちらに移動していたらしい。
「うちの隠し玉にもそろそろ動いてもらおうかなぁ」
「そんなのがいるのかい?」
「ええ、とっておきが。もっとも腕は少々落ちるかもだけど、
まあこれだけ敵が沢山いれば何とかなるのかなぁ」
ソレイユはそう言って、自身の帯剣である『ジ・エンドレス』を抜き、高々と空に掲げた。
ジ・エンドレスは本邦初公開であった為、連合の連中は、
その剣を見てもソレイユがこの場にいる事にはまだ気付いていないが、
それを遠くから見ていたその隠し玉とやらは当然それに気が付き、
連合に向け、M82の銃口を向けた。
「やれやれ、やっと俺の出番か……なんちゃって」
そしてそのプレイヤーは、戦場に閃光が走ったタイミングに合わせ、銃の引き金を引いた。
「さてお前ら、覚悟は出来たな!こっちも仕掛けるぞ!」
「おう、もうこうなったらやってやらぁ!」
「あの女共を屈服させてやる!」
そう雄叫びを上げながら、連合のメンバー達はG女連に突撃しようとした。
その瞬間にG女連の真ん中あたりにいた女性プレイヤーが、剣を前に振り下ろした。
同時にその剣の先から光のエフェクトが走り、連合百五十人全員が、一斉にスタンした。
ちなみに剣にそんな効果がある訳ではなく、ただの演技である。
「がっ………ぐっ………!」
「な、何………らこれ」
その瞬間にG女連から一斉射撃が行われ、
防御も受身もまったくとる事が出来ない連合のメンバー達は、そのまま地面にどっと倒れた。
後方にいた者達も巻き込んで、まるでドミノ倒しである。
直後にどこか遠くから、大口径の弾が次々と飛来し、
さすがに鈍器扱いとはいえ凄まじい威力を持ったその弾は、
トリマキーズの者達の頭を軽く吹き飛ばした。
「あら、あの子も中々やるじゃない、伊達に十狼とやらじゃないって事かしら」
そう一人呟くソレイユに、おっかさんが尋ねた。
「今のってもしかして、シャナのM82じゃないかい?」
「ええ、今はシャナを、うちのロザリアが使ってるんで」
「ああ~、そういう事かい、なるほどなるほど、ロザリアちゃんもやるもんだねぇ」
「ここまで命中させられるとは思ってなかったけど、精密な狙撃は出来なくても、
敵が密集してるから当てるだけならいけるんじゃないかって話だったのよねぇ」
「おっ、相手が起き上がり始めたね、次いこうか次」
「ええ、それじゃあ続けて徹底的に敵を殴りつけてやりましょっか」
こうして連合のメンバー達は、無防備状態のまま何度も何度も銃による打撃をくらい、
さすがにHPが耐え切れない者が続出し、徐々にその数を減らしていく事になったのだった。
そして最後はやはり、サラマンダー軍である。
所謂戦闘馬鹿のユージーンは、赤いヴァルハラ・コールを見て、
味方に突撃の指示を出しかけ、寸前で思いとどまった。
「むっ、いつもの癖で突撃しようとしてしまったが、
まさかヴァルハラのメンバーが味方にいるのか?」
「そんな訳ないだろ、まだ気付かないのかよユージーン、
俺達はこっちだこっち、まったくやれやれだな」
そう言いながら、目の前にいた二刀流の侍は、自らが着ていた鎧の面頬を外し、
その下からとても見覚えのある顔を覗かせた。
「キ、キリト………ま、まさか今まで俺達が相手にしてきたのは………」
「むしろ何で気付かないんだよ、いくらAEでの出来事とはいえ、
一人で二百人規模のプレイヤーを倒せる奴なんて、俺達以外にいる訳ないだろ」
「う………」
確かに言われてみればそうかもしれないとユージーンはそう思ったが、
ここまできたらもう後には引けないと考え、キリトに言った。
「く、くそっ、こうなったらキリト、このまま勝負だ!」
「おう、それじゃあこんな使いづらい装備は解除して、メイン装備に戻すか」
そう言ってキリトはコンソールを操作し、その姿が一瞬で変化した。
手に持つのは彗王丸、そして身に付けるのは、漆黒のオートマチック・フラワーズである。
「そ、その武器と鎧は……」
「ああ、ユージーンはまだ見た事がなかったか、これは彗王丸、
リズとナタクが二人がかりで作り上げた、まあ魔剣だな、
そっちの魔剣グラムと同じくらいのランクの武器だ」
「グラムと同じだと………?そ、そんな物が……」
ユージーンはそう言われ、自分のアドバンテージが無くなった事を悟った。
「そしてこの装備はオートマチック・フラワーズ、まだ試作品だが、
とりあえず幹部用に制式採用された、スクナ特製の装備だな、
ちなみに色々な機能があるが、まだ秘密だ」
「幹部用だと……」
その言葉に、ユージーンは内心でうめいた。
ヴァルハラの幹部と言えるのは五人、その誰もが明らかに自分よりも強く、
その五人の専用装備といえば、並大抵の性能ではないだろうからだ。
「ちなみに俺のオートマチック・フラワーズの色は黒、
ハチマンが赤でアスナが白、ユキノが青で、ソレイユさんが金だ」
「う、うぬ……ハチマンが赤だと!?」
そう言うユージーンの表情を見て、キリトは面白そうにこう言った。
「何だ、羨ましいのか?」
そう図星を突かれたユージーンは、虚勢を張ってこう言い返した。
「べ、別に羨ましくなんかないわ!」
「そうかぁ、ユージーンにも一着あげてもいいかなって話もあったんだが、残念だ……」
キリトが寂しそうな表情でそう言った為、ユージーンは慌てて前言を翻した。
「い、今のは嘘だ、凄く羨ましいから俺にもそれをくれないか!?」
「いや、今のは冗談だからな」
「おいいいいいいいいいい!?」
キリトはそんなユージーンを見て、楽しそうに笑った。
「さて、それじゃあやるとするか」
「く、くそっ、こうなったら実力で奪い取ってやる!」
「出来るもんならやってみろ」
キリトはそう言って彗王丸を二つに分け、二剣を構えた。
「なっ、そ、その剣は分離するのか?何で格好いい……い、いやいや、
別に羨ましくなんかないからな!」
「俺は何も言ってない………っての!」
キリトはそう言ってユージーンに斬りかかり、
サラマンダー軍の者達は、どうしていいか分からずカゲムネの下に集まった。
「カ、カゲムネさん、俺達は一体どうしたら……」
「そんなの俺にも分からねえよ、とりあえず待機だ待機!」
そんなサラマンダー軍の様子を見て、キリト以外の者達は、クラインだけをその場に残し、
こっそりとハチマンのいるヴァルハラ本陣へと帰投していったが、
キリトとユージーンの戦いに目を奪われていたカゲムネ達は、その事に気付かなかった。
「ハチマン、予定通りキリトがユージーンと一騎打ちを始めたよ」
「了解だリズ、キリトがユージーンを倒したら、例の行動に移るぞ」
「あんたも本当にそういうの、好きよねぇ」
「おう、一度やってみたかったんだよ、ユージーンが倒れたら、
残るメンバーを統率するのは多分カゲムネだよな?
クラインはちゃんと単眼鏡を持っていったか?」
「うん、ノリノリで準備してた」
「さすがはクラインだ、さて、キリト達の戦いはどうなったかな」
ハチマンはそう言って単眼鏡を覗きこんだ。
見ると丁度ユージーンがどっと地面に倒れる所であったが、
どうやら完全に殺してはいないようだ。
「おお、早かったな、さすがはキリトだ」
「えっと、キリトと一緒にクラインが、カゲムネ君の方に向かったね」
「よし、シノン、リオン、準備はいいか?」
「うん、バッチリよ」
「やっと私達の出番だね」
二人はそう言って、サラマンダー軍の方に向けて武器を構えた。
ちなみにシノンの無矢の弓は魔改造されて、最大三本だった増やせる矢の数が、
今は五十本くらいにまで増えている。
「さて、それじゃあ俺も演技をするか」
ハチマンはとてもいい笑顔でそう言った。
「おいカゲムネ、結果は見ての通りだ、これからどうするんだ?」
丁度その頃クラインが、カゲムネにそう話しかけていた。
キリトは黙ってその後ろに佇んでいる。
「ユージーンさん……」
「ぐ、ぐぬ、紙一重の戦いだったな……」
ユージーンは片手片足を失い、悔しそうにそう言ったが、
誰がどう見てもユージーンの惨敗である。
「どうすると言われても………」
「そんなお前に判断材料を一つ提供しよう、ほれ、これでうちの本陣を見てみろって」
「本陣を?」
カゲムネはそう言われ、単眼鏡を覗きこんだ。
そのレンズの中では、鬼の形相になったハチマンが、シノンとリオンに何か叫んでいた。
「あ、これついでに通信機な、あっちの声が聞こえるからよ」
クラインは次に通信機を出し、そのスピーカーをカゲムネに向けた。
そこからはハチマンのこんな声が聞こえてきた。
『カゲムネの奴、何故ユージーンと一緒になってうちと敵対してやがる、
もうこうなったら仕方ない、あの馬鹿どもに弓と銃を撃ちかけろ!』
その瞬間に、シノンとリオンの二人が攻撃を開始した。
シノンは威力はほぼ無くなるが、最大まで矢を分裂させ、
凄まじい数の光の矢がサラマンダー軍に降り注ぎ、
リオンのロジカルウィッチスピアからは、事前に充填しておいた四色の魔力が、
全弾撃ち尽くすつもりなのか、一気にサラマンダー軍を襲った。
「う、うおおおおおお!」
「うひぃ!」
「おっと危ない、キリト、防御頼む」
「あいよ」
クラインはそう言ってキリトの背後に隠れ、
キリトはキリトで降り注ぐ矢と弾を手に持つ彗王丸であっさりと叩き落とし、
その攻撃が止むと、二人はカゲムネがどう動くか興味深そうにそちらを見つめた。
ちなみに先ほどの、うひぃ!は、ユージーンに流れ弾が当たった時の声である。
「や、やばい、ハチマンさんが怒ってる………」
カゲムネはそう呟き、他のサラマンダー軍の者達の脳裏にも、
かつて蹂躙された苦い記憶が浮かび上がった。
「カゲムネさん、どうします?」
「き、決まってる、突撃だ!」
「ハ、ハチマンさん達の本陣にですか!?」
慌ててそう言ったそのプレイヤーに向け、カゲムネは必死の形相でこう言った。
「馬鹿野郎、そんな訳ないだろ!被害者の会に向けて突撃だ、とにかく急げ!」
「は、はい!」
サラマンダー軍はそのまま被害者の会の本陣に突撃していき、
こうしてこの戦いは、最終局面を迎える事となった。
シノンの無矢の弓が出てきたのは第289話です。
オートマチック・フラワーズは、アニメ版ユウキが着ている服と同じデザインだと思って下さい。
いずれユウキとランが、ヴァルハラには所属しないまま、
オートマチック・フラワーズを手に入れるエピソードも公開されると思います!