「お、おいカゲムネ……」
「ユージーンさんは復活するまで大人しく俺達の戦いぶりを見てて下さい!
ハチマンさんの怒りは俺達が何とかしますので!」
「あ、ああ……」
目の前で被害者の会に突撃していく部下達を、ユージーンは呆然と見つめていた。
そんなユージーンにキリトが声をかけた。
「それじゃあ俺達も一緒に無双してくるわ、楽しい時間の始まりだ」
「む、無双だと……ずるいぞキリト、俺にもやらせろ!」
どうやらその言葉でユージーンは、
自分が敵を斬って斬って斬りまくる姿を想像したらしく、
少し上気したような顔でキリトにそう言い返した。
「手足が生えたら追いかけてこいって、それじゃあ行くわ、また後でなユージーン」
「落ち武者狩りにやられるなよ!」
キリトとクラインはそう言って、カゲムネ達の後を追った。
「だ、誰が落ち武者だ!」
「お前だお前」
「他に誰がいるんだよ」
「ぐぅ………」
一方その頃ハチマンは、敵に突撃を始めたサラマンダー軍の様子を見て、
嬉しそうにこう叫んだ。
「よし、松尾山の小早川……じゃない、サラマンダー軍が動いたぞ、
赤いヴァルハラ・コールを打ち上げろ!」
「あんた、ノリノリね……」
「まあ仕方ないですよ、ハチマンさんはこういうの、大好きですから!」
そして再び赤いヴァルハラ・コールが天に打ち上げられた。
「ユキノ、あれ!」
「どうやら上手くいったようね、サラマンダー軍が動いたわ」
「ユージーン君達が?一体何をしたの?」
そう尋ねてきたアリシャに、ユキノはこう答えた。
「関が原の故事に倣ったのよ、ハチマン君は怒った演技をして、
サラマンダー軍に遠距離攻撃を仕掛けたの」
「あ、ああ~!あれかぁ!」
「なるほど、そういう事か……その時のユージーンの顔を見てみたかったな」
「ちなみに仕掛けるのはユージーン将軍にではなく、カゲムネ君にらしいけどね」
「なるほど、ユージーンは意地になって反撃してくるかもしれないからな」
「まあそれも、今頃キリト君に抑えられていると思うけどね」
「ほうほう、益々見てみたかったな」
サクヤは興味深そうにそう言うと、味方の方に振り返った。
「よし、シルフ軍、出撃だ!」
「ケットシー軍も出撃だよ!サラマンダー軍と呼吸を合わせて敵に攻撃を仕掛ける!」
こうして被害者の会は、正面と左右から激しい挟撃にさらされる事となった。
「リーダー、領主軍の連中が傭兵料を突き返してきました!」
先だって、レヴィが捕獲していたプレイヤーが丁度この時本陣に戻り、
被害者の会のリーダーであるヨツナリにそう伝えていた。
「何だと、どういう事だ?」
「それが、もともと領主軍は、敵と深い協力関係にあったようで、
敵の正体が判明した瞬間にこちらとの関係を切ってきました」
「むぅ……だがこちらの方が圧倒的に数が多いんだ、まだやれる!」
「リーダー、サラマンダー軍が裏切りました!」
「くっ、このタイミングでか……」
そんな凶報が相次ぎ、ヨツナリは傍らに控えていた一人のプレイヤーの方を見た。
そのプレイヤーは被害者の会のメンバーではないが、その腕を見込み、
事情を話して今回の戦いに参加してもらった、まあゲストのような存在であった。
「サッコさんはこの戦況、どう思います?」
サッコというのがそのプレイヤーの名前であった。
これは単に、苗字が柏坂であった為、坂をサッカにし、
女性っぽくする為に末尾をコに変えただけであった。
「私はそういう事は分からない、ただ目の前の敵を斬るだけ」
「ですね……」
「でも正面から凄いプレッシャーが近付いてる気はする、だからそちらは私に任せて」
「あ、ありがとうございます、お願いします!
右翼の二百人はサラマンダー軍に備えるんだ!左翼の百人は領主軍に備えろ!
残る二百人は正面の敵を撃破だ!
挟撃されているとはいえ、どの戦場もこちらの方が数が多い、
落ち着いて数的優勢を生かして対処してくれ!」
ヨツナリが言っている事は至極真っ当であり、
むしろそれしかないという指示であったが、何せ相手はヴァルハラである。
そういった常識はまったく通用しない。
「お前ら、ここで負けたら俺達に明日は無いぞ!」
カゲムネがそう叫ぶ中、その横をキリトとクラインが駆け抜けた。
「カゲムネ、付いて来い!」
「うおおおおおおお!」
二人が敵陣に到達した瞬間、誇張でも何でもなく敵が弾けとんだ。
特にキリトの暴れっぷりが凄まじい。敵陣を縦横無尽に切り裂いていき、
カゲムネもそれに乗って敵陣へと突貫した。
「思ったより敵が薄いな、反対でも戦いが起こってるみたいだな」
「サクヤさんやアリシャさんがユキノに尻を叩かれて攻撃を開始したんだろ」
「ユキノなら本当にやってそうだな………」
その当のユキノは、珍しくヒーラーとしての仕事に集中していた。
混戦状態になると、ユキノの魔法は使いにくい。
その上アスナとリーファには特にサポートする必要もなく、自己回復してしまうので、
今は主に領主軍の面倒を見ている形だ。
指示出しもサクヤとアリシャがやっているので楽な事この上ない。
「こうしてユキノと一緒に戦うのは久しぶりだな」
「そう言われると確かにそうかもしれないわね」
「何か懐かしいね!」
「敵はこちらの倍くらいかしら、そこまで手こずらずに終わりそうね」
「ユキノ、本陣の方に行かなくても大丈夫か?」
「もう少ししたら行ってみるわ、多分大丈夫だとは思うのだけれど……」
それがフラグだったかどうかは定かではないが、
当のハチマン達は、意外な程頑強な抵抗を受けていた。
「おお?あのプレイヤー、中々やるな」
「大将、銃の殺傷能力が低い分、あそこだけ押されちまってるみたいだ」
「ダイン達も忍レジェンドと連携して頑張ってるように見えるけどなぁ。
よし、あそこにはうちが行く、閣下、ダイン達と共に左翼に移動して下さい、
右翼はうちが叩きます」
「おう、分かった、こっちは任せたぜ」
その指示を受け、ダイン達が徐々に左へと移動し始めた。
その穴にヴァルハラの本隊が滑りこむ。
「ユイユイ、セラフィム、アサギ、三人で先頭に立って敵を押し込んでくれ、
手ごわそうなのが一人いるから注意してくれな」
「あの黙々と戦ってる女剣士だよね」
「隣にいる副官っぽいのはうるさいけどね」
その視線の先にいるのはサッコであった。
そして隣にいる男が、かかれ、かかれぇ!と大きな声で叫んでおり、
その方面だけがまだ味方が優勢とは言えない状況となっていた。
「リズ、シリカ、エギルはそれぞれタンク三人に付いてくれ、
フェイリスとイロハ、ユミー、それにシノンとリオンはその後ろから、
なるべく敵が密集してる後方をターゲットにして全力攻撃だ。
アルゴとロビンは俺に続け、あの女剣士の所に向かうぞ、
メビウスさんは俺のサポートをお願いします」
その言葉に一番喜んだのは、もしかしたらクックロビンだったかもしれない。
ハチマンの隣で戦えるのだ、これ以上興奮する事はないのだろう。
「任せて!今宵のリョクタイは血に飢えておるわ!」
クックロビンはそう言って、緑色に光るリョクタイをブンッと振った。
「よし、突撃!」
そしてタンク三人を先頭に、ヴァルハラ本陣が突撃を開始した。
それまで互角だった形勢が、見る見るうちにこちらが有利に傾いていく。
「道が開いたな、行け、ロビン」
「うん!」
そしてクックロビンは跳ねるようにドンッ、と加速し、一気にサッコに迫った。
「むっ」
サッコがそれを迎え撃ち、二人は一対一のような状況となった。
どうやらハチマンはサッコの戦闘能力を、自分が出るまでもないと判断したようだ。
「何奴………ぐわっ!」
その戦いに介入しようとした敵の副官らしき人物は、アルゴによってあっさりと倒された。
「ロビン、後は頼むゾ」
「ありがとう、任せて!」
そしてクックロビンとサッコは正面から向かい合った。
「という訳で、あなたの相手は私よ!」
「……………」
「随分と物静かな人だねぇ、まあいいや、始めよっか」
「……分かった」
そして二人は戦闘へと突入した。形勢は今のところ互角に見えるが、
二人とも様子見らしく、まだどちらも本気を出しているようには見えない。
「あのプレイヤー、多分SAOサバイバーだな」
サッコの動きを見ていたハチマンが、後ろにいたメビウスに言った。
「そうなの?」
「はい、たまにSAOのソードスキルを再現したような動きをしてますからね、
もっともナーブギアを使ってる訳もないんで、ステータスは引き継いでないはずですが」
「そっかぁ、やっぱりそういうのって分かるもんなんだね」
「まあでもロビンなら負ける事は万が一にもないでしょう、
とりあえず俺達は周りの奴らを片っ端から倒していきましょう」
「うん、多少無茶してもいいよ、私が癒すから!」
「頼りにしてます」
そしてハチマンは雷丸を抜き、二人の戦いを邪魔しそうな周辺にいた敵を蹂躙し始めた。
それを横目で見ながらも、サッコはロビンを相手に全力を出さざるを得ず、
まるで自分が丸裸にされているような気分を味わいながらも、
戦い続ける事しか出来なかった。
「チラチラよそ見してないで、こっちの戦いに集中しなさい」
「くっ……」
「まああなたが気にしようとしまいと、ハチマンが全員片付けちゃうと思うけどね!」
クックロビンがそう言った瞬間、サッコはピタっと動きを止めた。
「ハチ………マン?」
「ええそうよ、うちはヴァルハラだもの。
リーダーはハチマン、VRMMO界一の有名人なんだけど聞いた事ない?」
「嘘………それはまずい………」
そう呟いたサッコは戦意を失ったのか、いきなり武器をしまった。
「え、ちょ、ちょっと、いきなりどうしたの?」
「ハチマンさんが相手じゃ戦えない、降伏する」
「ええええええええ?」
そんな二人の様子を見て、何があったのかとハチマンがこちらに近付いてきた。
もはや周りに敵の姿はなく、その場にいるのはその四人だけであった。
「どうした?何かあったか?」
「って、早っ、もう敵がいない!?」
「ふふん、このくらい余裕だろ」
「くっ、いつか私もそのくらいの強さを……じゃなくて、
ハチマン、この人、ハチマンの事を知ってるみたい」
「ふ~ん?」
ハチマンはそう言ってじろじろとサッコの事を見たが、当然見覚えはない。
「名前は?」
「ここではサッコと言います、SAOではルクスと名乗ってました」
「ルクス……?いや、そんな名前の知り合いはいなかったが……」
そこにアルゴがやってきて、戸惑うハチマンの耳元でこう言った。
「ハー坊、あいつ、ラフコフの末端のメンバーだゾ」
「何だと?」
「もっとも脅されて下部組織の監視役をしていた奴だから、多分人を殺した事はないんだゾ」
「なるほどな、それなら別に問題ないか」
「ちなみにハー坊の隣のクラスの生徒で、名前は柏坂ひよりダ」
「はぁ!?」
ハチマンはそう言われ、驚いた顔でサッコの方を見た。
サッコはきょとんとしたが、二人の会話が聞こえないせいで特に反応はない。
「お前は何でも知ってるな……」
「何でもじゃないぞ、調べた事だけダ」
「まあいいや、アルゴ、ロビン、メビウスさん、俺はちょっとこいつと話があるんで、
ユイユイ達の方に向かってそのまま敵の大将の首をとってきて下さい」
「了解、さ~て、大将首は私が頂くぞ~!」
「気をつけてね、ハチマン君!」
そして三人が去った後、サッコはハチマンに言った。
「あ、あの、今の人、アルゴって……」
「アルゴの事は知ってるのか」
「あ、はい、初期の頃に何度か情報を買った事が……」
「なるほど、初期の頃な、で、途中から道を踏み外したと」
「す、すみません……」
サッコはその言葉で自分の事情を全て知られていると理解し、ハチマンに謝った。
「いや、まあ脅されてたなら仕方ないさ」
「あの、ラフコフを潰してくれて、本当にありがとうございました、助かりました」
「ああ、まあ『ひより』の為にやった事じゃないから気にしないでいい」
その言葉でサッコは心臓をドクンと跳ねさせた。
「そ、そこまで知ってるんですか?」
「知ってたのはアルゴだけどな、まあいい、俺は戦いでまだ忙しいんでな、
この話の続きは後日学校でな、え~と、ここではサッコだったか、
サッコはこの後どうするんだ?」
「あ、はい、もうこのゲームはあまりやる気がないので、
ALOにキャラをコンバートさせて、名前も戻してそこでのんびり遊ぼうかと」
「そうか、それじゃあ明日にでも、時間がある時にうちのクラスに遊びに来てくれ」
「そ、そっちのクラスにですか!?分かりました、必ず行きます」
「おう、それじゃあまたな」
「はい!」
そしてサッコはお辞儀をし、そのままログアウトしていった。
「さて、と……」
ハチマンはそう言って、ユイユイ達と合流する為に走り出した。