ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第726話 ひよりの過去

 次の日学校で、サッコこと柏坂ひよりは、

前日に八幡に言われた事を実行しようと悪戦苦闘していた。

 

「うぅ……クラスに尋ねてこいと言われても……」

 

 八幡達のクラスは、生き残ったSAOの四天王の全員が所属している為、

全校の中で一番ヒエラルキーが高いクラスであり、

クラス内の団結力も半端無い為、他のクラスの人間が行きにくい雰囲気があった。

 

「どうしよう、でも行かない訳にはいかないし……」

 

 ひよりは八幡達のクラスの前で立ちすくみ、どうしようかと下を向いていた。

そんなひよりの姿はそれはもう目立つ。

ひよりは美人ではあるが、普段はあまり目立たない物静かな生徒であり、

実は胸も大きいのだが、それを悟らせないように普段から地味な服装を心がけていた。

そんなひよりにとって、今の状況はまるで拷問であった。

 

「まずいまずいまずい、これ以上目立つのは……」

 

 そんなひよりの肩を叩く者がいた。ひよりが来るのを今か今かと待っていた八幡である。

 

「悪い悪い、そういえばこのクラスは入りにくいって評判なんだったわ、

とりあえず昼に屋上……は駄目だな、視聴覚室を借りておくからそこで待ち合わせるか」

「あっ、は、はい、すみません」

 

 そしてひよりは逃げ出すように自分のクラスに戻り、

八幡は苦笑しながらぼそりと呟いた。

 

「随分ビクビクしてるな、まああいつの境遇なら仕方ないか」

 

 八幡は昨日の祝勝会が終わってログアウトした後、

アルゴと連絡をとり、ひよりの境遇についてしっかりと予習をしてきていた。

それによるとひよりは、SAOのダンジョンで命の危険に晒された時に、

たまたまそこに通りかかったラフコフのメンバーに命を救われ、

無事に脱出させてもらうのを条件に、ラフコフの後方支援メンバーとして採用され、

そのまま金策や情報収集や補給を担当していたらしい。

当然本意ではなく、脅された上での行動であったようだ。

他にもそういうプレイヤーは数多くいたらしく、

そういったプレイヤーは、ラフコフのグリーンメンバーと呼ばれていたようだ。

グリーンとは当然ネームの色の事である。

 

「さて、視聴覚室を借りてくるか」

 

 そう呟いた八幡は、職員室へ向かっていった。

 

 

 

「なぁ、さっき八幡が話しかけてた子は誰だ?八幡の知り合いか?」

 

 その姿を見ていた和人が、同じくその様子を見ていたアスナにそう聞いてきた。

 

「えっとね、大きな声じゃ言えないんだけど、元ラフコフの子らしいよ」

「あんな子が?というかラフコフに女性メンバーなんていなかったよな?

ああ、もしかして下部組織か?」

「本隊で下部組織のお目付け役みたいな事をさせられてたんだってさ」

「なるほど、確かにそう言う奴がいないと、みんな逃げちまうよな」

 

 和人は察し良くそう言い、明日奈はそれに頷いた。

 

「それじゃああの時あそこにはいなかったんだな」

「もしかしたらいたかもしれないけど、少なくとも私は見つけられなったなぁ」

「そうか、あの時明日奈は外にいたんだもんな」

「うん、その時は見なかったね」

 

 二人はそう、当時の事を思い出しながら言った。

 

「で、何でその子と八幡が?」

「えっとね、昨日の戦いの時にあの場にいたらしくて、

それでちょっと話すかってなったみたい」

「ほうほう、それでよく元ラフコフだって分かったな」

「それが彼女、八幡君の名前を聞いて降伏したらしくてさ、

で、その時名乗ったSAOのプレイヤーネームを、アルゴさんが知ってたんだよね」

「なるほどなぁ、まあそういう事なら全部八幡に任せればいいな」

「うん、必要があるならまた声がかかるだろうしね」

「だな」

 

 

 

 そして昼休み、約束通り、ひよりが視聴覚室に顔を出した。

 

「失礼します」

「おう、悪いな呼び出しちまって」

「いえ、こちらこそ昨日は敵対しちゃってすみませんでした」

「いや、まあそういうのはよくある事だから気にしなくていい」

 

 そして二人は向かい合って座り、とりあえず昼食をとりながら話す事にした。

 

「八幡さんのお弁当って手作りですか?」

「ああ、今日は優里奈っていう俺が保護者をやってる子に作ってもらった」

「ほ、保護者!?」

「おう、SAOで死んだ、ヤクモっていうプレイヤーの妹なんだよ、

優里奈は両親ももういなくてな、ヤクモの死にたまたま居合わせた俺が、

そのまま優里奈の保護者をやってると、まあそういう事だな」

「そうなんですか……さすが凄いです八幡さん!」

「まあたまたま機会があったってだけだけどな」

「それでも凄いです!」

「お、おう」

 

 どうやらひよりは八幡に感謝するだけではなく、かなり尊敬しているようだ。

まあそれはそうだろう、一部を覗き、SAOのプレイヤーは大抵こういう反応を示す。

 

「さて、とりあえず話を聞こうか」

「あっ、はい」

 

 そしてひよりは当時の事を八幡に説明した。

自分が迷宮内で転移の罠にはまり、結晶使用禁止エリアに飛ばされた事、

そしてそこで一人じゃ倒せない敵に遭遇し、死を覚悟した事、

そこでラフィンコフィンの幹部に助けられた事、そしてその後の事まで、

ひよりは詳しく八幡に話してくれた。

 

「なるほどなぁ、それはつらかったな」

「でもいい事もあったんですよ、そのおかげで友達が出来たんです。

向こうはオレンジプレイヤーでしたけど、二人で一緒に物資を取りにいったり、

買い物をしたり食事をしたり、凄く楽しかったんです」

「オレンジか、多分そいつも脅されてたんだろ?」

「そうですね、下部組織はラフコフには絶対服従でしたからね」

 

 どうやら八幡が知る以上に、ラフィンコフィンというギルドの傘は広がっていたようだ。

八幡は、当時は気付かなかったなと思いつつ、

そういえばロザリアは自分から進んでやってたなと思い、

とりあえず後で頭を一発殴っておこうと考えた。

 

「でもラフィンコフィンが無くなったあの日、

そこにいた私は、その友達の手を取る事が出来なかったんです」

「ん、ひよりもあそこにいたのか?」

「はい、ハチマンさんとキリトさんの姿は見ました」

「そうだったのか、でも悪い、俺は覚えがないな」

「でしょうね、遠くから見ただけですから」

「ふむ」

 

 ひよりが言うには、どうやらあの時あそこの近くには、

下部組織の者達も集められていたらしい。

グリーンとオレンジが混在していた中、その者達を発見した血盟騎士団のメンバーは、

オレンジプレイヤーだけを問答無用で牢屋に叩きこんだらしい。

 

「そうだったのか、そういえば確かにそういった報告があったかもしれない」

「その時の血盟騎士団の人達は殺気だっていて、

私はどうしても、その友達も被害者ですって言えなかったんです」

「まああの時はな……」

 

 八幡は、苦い思いで当時の事をそう振り返った。

 

「それ以来その友達には会えていません、

本当は謝りたいんですが、居場所がまったく分からないんです」

 

(調べてやってもいいんだが、会うのが正解かどうかは分からないんだよな……)

 

 八幡はそう考え、その場は頷くに留めた。

 

「なるほど」

「私の方はそんな感じです、その後私は無理をせず、十分安全マージンをとりつつ、

ただ生きる為だけに下層で狩りをしていました。

そして街で、あのゲームクリアのアナウンスを聞いたんです」

「そうか」

「八幡さん、本当にありがとうございました、私は体力があった方じゃないんで、

実はかなり危ない状態だったらしいんです、おかげで今こうして私は生きています」

「気にしないでくれ、自分の為にやった事だからな、

まああの時は正直俺も一歩間違えば死んでたんだけどな」

「そうなんですか!?」

「おう、あの時はな……」

 

 八幡もひよりに自分達に何があったかを伝え、こうして二人は情報交換を終えた。

 

「まあこっちはこんな感じだ」

「凄い、本当に凄いです!」

「あ~、まあそっちの事はいいとしてだ、ひよりはALOをやるって言ってたよな?

もし良かったらうちに入るか?」

 

 その八幡の申し出にひよりの心は激しくぐらついた。ヴァルハラに憧れていたからだ。

だがひよりはそれを断った。自分にはその資格がないと思ったからだ。

八幡がこう言う以上、問題はないのかもしれないが、

ひよりはどうしても、その申し出を受ける気になれなかった。

 

「すみません、少し考えさせて下さい」

「おう、まあその気になったらいつでも言ってくれ、

でな、それ絡みで一つ、こちらから提供出来る物があるんだよな」

「提供……ですか?」

「おう、これだ」

「ひっ……」

 

 そう言って八幡が取り出した物を見て、ひよりは思わず小さな悲鳴を上げた。

それはひよりにとっては思い出したくもないが忘れられない物……ナーヴギアであった。

 

「こ、これ、まだ残ってたんですか?」

「おう、まあ危ない機能は外してあるけどな」

「何故これを?」

「実はな、これを使ってALOにログインすると、当時のキャラを引き継げるんだよな」

「そうなんですか!?」

「ああ、そしてそのコンバートは他人のナーヴギアを使っても可能だ、

実はSAOのキャラデータは今もALOのサーバーに残ってるんだよ、

開発に携わってた須郷って馬鹿のせいでな」

「あっ、この前裁判で有罪になったあの人ですね!」

「控訴したらしいがまあ無駄だろうな、で、本題だが、

これをかぶる勇気があれば、ひよりは昔のキャラ、ルクスだったか、

ルクスをまた使う事が出来る。まあ強制するつもりはないから好きにしてくれ、

これはひよりに貸しておくからな」

「あ、ありがとうございます、ちょっと考えてみます」

 

 ひよりはナーヴギアを恐々と受け取り、こうして二人の話は終わった。

この日ひよりは悶々とした夜を過ごす事となったが、

結局ナーヴギアを使い、SAOからキャラをコンバートさせる事を決めた。


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