ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第072話 色気と食い気

 休暇三日目の朝、キリトが目を覚ましリビングへと向かうと、そこには誰もいなかった。

 

「あ、あれ?お~い誰もいないのか?」

 

 そう呼びかけながらキリトは家の中をうろついたが、やはり誰もいない。

首をかしげるキリトの耳に、どこからか話し声が聞こえた。

 

「今の声は……そうか、三人とも庭にいるのか」

 

 キリトは外に出て庭に向かい、三人に声をかけた。

 

「おはよう。三人とも庭で何を……し……て……」

 

 そんなキリトの目に映ったのは、水着姿でサングラスをかけ、

ビーチチェアに寝そべってトロピカルドリンクを飲む三人の姿だった。

 

「え、何だこれ……」

「お、起きたかキリト。お前の分もあるぞ。さっさと水着になれ」

「キリト君、アロハ~!」

「キリト、アロハ~!」

「あ、アロハ~……じゃない!何でいきなりこんな事になってるんだよ!」

「ハチマン君がだらだらしたいって言うから、その、ノリで?」

「大丈夫だよキリト。これはこれですごくいい感じ!」

「いや、まあそうかもしれないけどなリ……ズ……」

 

 キリトはリズベットの水着姿をまじまじと見つめた後、恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「おいキリト。今リズを見てから顔を背けるまで、かなり時間があったよな」

「なっ……」

「大丈夫だよキリト君。ハチマン君はさっき私の事を、その三倍くらい長く見つめてたから」

「それは比較対象がおかしい」

「まあまあ気にしない気にしない。ほら、キリトの場所はここ!」

 

 リズベットは空いているビーチチェアをぽんぽんと叩き、キリトを呼んだ。

 

「はぁ……わかったよ」

 

 キリトはそう言い、水着に着替えてビーチチェアに寝そべって、

ハチマンからもらったトロピカルドリンクを飲んでみた。

 

「お……」

「どう?悪くないでしょ?」

「ああ。いい感じにのんびりできるな」

「はいこれ、朝食のサンドイッチね」

「あ、ありがとう、リズ」

「今日は私が作りました!えへん!」

 

 どうやらそのサンドイッチはリズベットが作ったようだ。

 

「そうなのか。それじゃ、いただきます!」

 

 キリトはそう言い、サンドイッチにかぶりついた。肝心の味は……

 

「うん、普通にうまい」

「良かった~!最近料理とかあんまりしてなかったから、

スキル的にもちょっと不安だったんだよね」

「いや、これ普通にうまいぞ。ありがとうな」

「うんっ」

 

 そんな二人を見て、ハチマンのいたずら心がやや疼いたようだ。

 

「おいキリト。リズの水着が見れたのは、俺がだらだらしたいって言ったからだからな。

そのところを十分理解した上で、俺に感謝するように」

「ぐっ……突然えらそうに……」

「楽しいんだからいいじゃない。こんなの滅多に無い事なんだしね」

「まあそうだなリズ」

「ところでキリト君、何か忘れてない?」

 

 突然アスナがそんな事を言い出した。

キリトは何の話かさっぱりわからず、首をかしげるばかりだった。

 

「すまん、何の事かさっぱりだ……」

「はぁ……仕方ないなぁ……ハチマン君、さっきのシーンを再現しようか」

「おう、わかった。それでは再現VTRをどうぞ」

 

 二人は立ち上がり、いきなり寸劇のようなものを始めた。

 

「アスナ、今日は出来ればビーチチェアとかに寝そべってだらだらしたいんだが」

「いいね、それじゃそれっぽいドリンクを用意して、ついでに水着も着ようか」

「おお、まさにそれっぽいな。それじゃ準備するか」

「おはよう二人とも。何の話?」

 

 その寸劇を見ていたリズが、ノリで途中からいきなり参加した。

 

「あ、リズ。かくかくしかじかと言うわけなの」

「おーいいね!」

「ちょっと待っててね、すぐ準備しちゃうから」

「そしてアスナの準備が終わった。おい、こっちも準備出来たぞ」

「それじゃ全員水着に着替えよっか」

「おー!」

「アスナ……その水着、すごい似合ってるぞ。さすがは俺のアスナだ!」

「ありがとうハチマン君!」

「ねぇねぇ、私のはどうかな?」

「おう、リズも似合ってるんじゃないかな多分知らんけど」

「うっわ、適当だなぁ」

「リズ、ハチマン君はこう言いたいんだよ。俺は俺の大切なアスナを褒めるので忙しいから、

お前は別の奴にちゃんと褒めてもらえよって」

「アスナの対ハチマン通訳モードは高性能だね……まあ、内容は理解したよ。なるほどね!」

 

 そして三人は同時にキリトをじっと見つめた。

 

「じー……」

「じー……」

「忘れてた事、思い出したか?」

「お、おう……リズ、その水着、すごい似合ってるよ」

「うん!何か無理に言わせたみたいな感じだけど、それでも嬉しい!ありがとう!」

「どういたしまして」

「よし、これにて一件落着だな」

「それじゃ引き続きのんびりしよう!」

「そうだな、たまにはこういうのもいいな」

 

 その後四人は本当に一日だらだらし、夕方にはキリトとリズベットは帰っていった。

 

 

 

「ねぇハチマン君」

「ん、どうした?」

「その……昨日から何か盛り上がっちゃったけど、シリカちゃんの事は良かったのかな?」

「ああ、その事か。それなら昨日のうちにメッセージで確認済だ」

「えっ、いつの間に……」

「シリカとアルゴには、事前にちゃんと話はしておかないといけないからな」

「えっ、アルゴさんも?」

 

 それを聞いたアスナは、想定外の言葉だったのか、かなり驚いたようだ。

 

「何だ、気付いてなかったのか」

「うん、そっちはまったく……」

「まああれだ、シリカは恋愛感情というより、

キリトを兄だと思っている部分の方が大きいとメッセージでは言ってたな」

「まあそれは何となくわかるよ」

「アルゴは……情報屋は特定個人に特別な感情を抱いちゃいけないと言っていた」

「それって……でも……」

「まあ、アルゴにも譲れないものがあるんだろうよ」

「でも本当にそれでいいのかな……」

「別に関係が確定したわけでもないし、後は本人達に任せればいい」

「うん……」

「まあ、もしあれだったら今夜シリカとアルゴを夕食にでも招待すればいいんじゃないか。

ラグーラビットのストックもその分くらいはまだ残ってるしな」

「うん!そうする!」

 

 アスナが二人に連絡すると、どうやらOKが出たようで、

二日連続で食事会のようなものが開かれる事が決定した。

 

「ラグーラビットのシチューもいいんだが、和風ステーキ風にするとどうなるんだ?」

「うーん、多分それもすごく美味しいと思う」

「それじゃ今日はそれで頼む」

「うん」

 

 その時すぐ後ろから突然、コンコンという音がした。二人が慌てて振り向くとそこには、

ナイフとフォークを握り、目を輝かせてリビングの椅子に座っているアルゴがいた。

先ほどのコンコンという音はどうやら、

アルゴがナイフとフォークの柄をテーブルに打ち付けている音だったようだ。

 

「おい……」

「ん?どうしたハー坊。飯はまだカ?」

「今連絡したばっかりなのに、何でもうそこにいるんだよ」

「オレっちは連絡を受けてから普通に走ってきただけだぞ……全力デ」

「そんなに食べたかったんだね……」

「心配しなくても、マイナイフとマイフォークは持参してきたゾ」

「そんな心配別にしてねーよ……」

「ちなみにシリカの嬢ちゃんももういるぞ」

「えっ?」

 

 それを聞いた二人はきょろきょろと辺りを見回し、

入り口のドアの影からこちらをこそっと見ているシリカを発見した。

 

「シリカ、お前もか」

「すっすみません、声をかけるタイミングを逃してしまいました!

あ、マイナイフとマイフォークは持参してきたので心配ないです!」

「いやだから、そんな心配別にしてねーって……

つーかそのマイナイフとマイフォークって流行ってんのか?」

「あれっ、言わなかったっけ?」

 

 その問いに答えたのは、意外にもアスナだった。

どうやら買い物の時にアスナが、デザインのいいナイフとフォークのセットを見つけて、

ハチマン組の女性チーム全員に配ったようだ。

 

「なるほど、アスナが選んだのか。実にセンスのいいナイフとフォークだな」

「でしょでしょ?最初見た時、これは!って思ったんだよね」

「お前ら常にそれを持ち歩いて、オレの嫁のセンスの良さを宣伝するんだぞ」

「さっきまでこっちが優位だったのに、いつの間にか押されてるナ……」

「恐るべしですね!」

 

 その後アスナが料理を作り、テーブルにはかなりの量の料理が並んだ。

 

「いただきます!」

「うまそうだな、いただきまス」

 

 二人はすごい勢いで食事を始め、ハチマンとアスナは呆気にとられた。

やはり二人とも、何か思うところがあったのだろう。

アルゴとシリカはそのまま食べすぎで動けなくなった。

そんな二人をハチマンとアスナは、優しく介護していた。

さすがに今日は帰るのはつらいという事で、二人は泊まる事になったのだが、

どうやら女性陣は一部屋に集まって、夜を徹して女子トークをするらしい。

 

「それじゃまあ、俺は寝るから三人は楽しんでくれよな」

「うん、おやすみ、ハチマン君」

「ハー坊、今日はありがとナ」

「ハチマンさん、ありがとうございました!」

「おう」

 

 その後どんな会話が繰り広げられたのかはハチマンには分からなかったが、

次の日シリカとアルゴが晴れやかな顔をしていたのでハチマンは安心し、

やはり俺の嫁は最高だなと、少しずれた感想を抱いたのだった。


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