結果的に言うと、風神雷神戦は、それはもうあっさりと終わった。
「おいおい、こんなんでいいの?」
「まだ誰も勝ててなかったのよね」
「えっと、それは皆さんが強すぎるせいだと思います」
それなりに活躍したとはいえ、逆の見方をすれば、
それなりの活躍しか出来なかったナユタがその事実を踏まえてそう言った。
こう見えてナユタはAEでは有名人であり、その強さはかなりのものである。
だがそのナユタをもってしても、後発のゲームにコンバートしたにも関わらず、
それなりの活躍しか出来ないという時点で、
今のスリーピング・ナイツの実力がどのくらい突き抜けているのかがよく分かる。
「まあほとんど消耗が無いまま勝ったのだからよしとしましょう」
「そうだなぁ、大した事なかったとはいえ、所詮前座だしな」
「本番に向けて気を引き締めよう!」
そして一行は、最終目的地である東京タワーへと向け歩き出した。
その道中、ナユタは先ほどの戦闘の感想を、ランに向けて話していた。
「しばらく見ないうちに皆さん随分とその、何て言えばいいのか分からないですけど、
動きが自由……って言うんですか?そんな感じになりましたよね。
あんな動きが出来るのは、ハチマンさんやキリトさんだけかと思ってました」
その言葉から、ナユタの中ではアスナはまだ、
他の二人よりは常識的な動きをするように見えているらしい事が分かる。
もっともアスナはヒールを捨てれば常識外のとんでもない動きをいくらでもするのだが、
生憎ナユタはまだそんな場面には遭遇していない。
その為ここでアスナの名前が出る事はなかった。
こういった偶然が積み重なったせいか、ランとユウキは、まだアスナの名を知らない。
「ハチマンに常に言われてるからね、『イメージ出来る動きは全て再現が可能だ、
だから常識に捕らわれてはいけない』ってね」
「それ、ハチマンさんの常套句ですよね、私もよく言われますよ」
「まあ要するにそういう事、私達はとにかく強くなる事だけを考えて、
思いついた事をとにかく試しまくってきたわ。さて、やっと目的地に着いたようね」
そのランの言葉通り、東京タワーはもう目の前であった。
東京タワーの前では、一般プレイヤーが数多くたむろっていた。
そう、ここはセーフティゾーンなのである。
だが東京タワーに入ろうとする者は誰もいない、否、フラグを立てていない為入れないのだ。
もっとも中にはボス部屋の入り口があるだけな為、特に中に入る意味はないのである。
そんな中、スリーピング・ナイツの面々はその人ごみの中を堂々と進んでいった。
中には顔なじみの者もおり、こちらに手を振ったりもしてくるのだが、
そんな知り合いにランとユウキは笑顔で手を振り替えしていた。
そして東京タワーの入り口に、一際激しく手を振ってくる者がいた、ソレイアルである。
「みんな、ついにここまで来たね」
「ソレイアルさん、来てくれたのね」
「ええ、貴方達の戦いの結果を見届けにね」
「まあ結果はもう分かってるんだけどね、当然勝って戻ってくるわ」
「うん、期待して待ってる」
ソレイアルはそれ以上特に何か干渉するつもりはないようで、
黙ってスリーピング・ナイツを見送った。
「ソレイアルさん、行ってきます」
「行ってくるぜ!」
「吉報を待っててね!」
メンバー達がそう言って通り過ぎる中、クロービスだけがその前で足を止め、
そんなクロービスに、ソレイアルは何かをそっと手渡した。
「これ、ハチマンからよ。あと伝言、『そのアイテムが使われた瞬間に実行する』だそうよ」
「ありがとうございます、戦闘が終わったら使いますね」
「私もその時は、ハチマンと一緒に外で待ってるからね」
「はい、ではまたその時に」
そう言ってクロービスは、仲間達の方へと向かった。
「さて、それじゃあついにラスボスの登場よ、もっともどんな敵かは知らないけど」
「とにかく見てみないとだね」
代表してランが誰も近寄らない東京タワーの入り口の扉を開け、
それを見ていた周りの者から大歓声が上がった。
「おい、ついに誰かがボスに挑戦するみたいだぜ」
「あれってスリーピング・ナイツじゃないの?今売り出し中の」
「売り出すも何も、あそこにかなうギルドなんて存在しないだろ」
「これは是非観戦しないと」
リアル・トーキョー・オンラインにおいては、
確かにボス戦はインスタンスエリアで行われる。
だが演出の一環なのだろう、戦闘エフェクトは、その場所において再現されていた。
なので今回のような場合、それなりに離れた開けた場所に移動すれば、
展望台の上の戦闘の様子が何となく分かるのである。
その為、すぐ近くにある開けたセーフティゾーン、芝公園に、
どんどんと観客が詰めかける事態となったのであった。
その頃エレベーターに乗ってどんどん上へと上がっていったスリーピング・ナイツは、
インスタンスエリアに入った時特有の気持ち悪さを感じ、目的地が近い事を悟っていた。
「そろそろ着くかな」
「芝公園に見えていた人の頭が一瞬で消えたから、
もうここはインスタンスエリアの中だろうな」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
そして展望台に到着した一同は、その場の様子を確認してぽかんとした。
「展望台の屋根が無い……」
「下からは分からないしなぁ、これは一本とられたわ」
「って事は、敵は上から来る?」
その言葉で一同は、何となく顔を上へ向けた。
そして塔の基幹部に何か緑がかった物が蠢いているのを見て、一同は慌てて行動に移った。
「あ……」
「おいおい真上かよ!」
「とりあえず距離をとるわよ、みんな、走って!」
そして展望台の端で振り返った一同は見た、塔に巻きつく巨大な生き物の姿を。
「き………きたあああああああ!」
その姿を見た瞬間に、ランが大歓声を上げた。
「ちょっとラン、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか、ああ開発様、空気を読んでくれてありがとう」
そんな一同を赤く光る目で見下ろしているのは、まごうことなき龍の姿であった。
その姿は観客達からもよく見えており、地上はざわついていた。
「龍か」
「龍だな」
「でかくないか?」
「あれはやばそうだな……」
観客達とスリーピング・ナイツの面々の感想には特に差がないようで、
戦場で交わされていたのも同じような会話であった。
「おいおい本当に龍神か?」
「実はフラグだったのか……」
「まあ敵が何だろうとぶっ飛ばす!」
「そうね、スリーピング・ナイツの進む道には勝利あるのみよ!」
だがさすがのランとユウキも、若干表情を強張らせていた。
それも当然だろう、多分この龍は飛ぶ、そして飛ぶ敵は基本恐ろしく手ごわい。
遠距離攻撃が豊富なゲームならまだいいが、
リアル・トーキョー・オンラインは、東京が舞台のくせに、
その設定はゴリゴリの魔法なしの物理ファンタジーなのである。
当然ファンタジー故に銃も存在しない。弓は存在するが、この中に弓の使い手はいない。
そんな緊張状態の中、クロービスが動いた。
クロービスは、ランとユウキの肩をポンと叩き、満面の笑みでこう言った。
「二人とも大丈夫だって、もう勝つ事は決定事項なんだから」
そう言われた二人は顔を見合わせ、その表情から強張りが消えた。
「そういえばそうだったわね」
「ごめんごめん、ボクも忘れちゃってたよ」
他のメンバー達もそれで肩の力が抜けたのか、リラックスした表情になった。
それを確認したランは、剣を掲げて戦闘開始を宣言した。
「スリーピング・ナイツ、ゴー!」
その声に反応するように、龍神が鎌首をもたげさせた。
龍神はそのまま予想通り宙に浮かび上がり、凄い勢いで先頭のラン目掛けてダイブしてくる。
ランはスライディングでその攻撃をかわしつつ剣を立て、龍神の顎を斬り裂こうとした。
それを察知した龍神は突撃を中断し、そのまま飛びあがろうとした。
「ユウ!」
「任せて!」
龍が回避行動をとった事で、余裕が出来たユウキはそのまま加速し、
ランの背中を踏み台に、思いっきり飛んだ。
「だああああ!」
ユウキは凄まじい速度で剣を振るったが、龍神はその攻撃を体を捻ってかわした。
「ちっ………ヒゲ一本だけか!」
その攻撃は龍神の左ヒゲを斬り落とすに留まり、ユウキは毒づいた。
「くっそ、やっぱり飛ぶ敵は面倒だなぁ」
「地面に落とそうにも、羽根とかがある訳じゃないし、
どうやって飛行能力を奪えばいいか分からないしな」
「後は相手に遠隔攻撃が無い事を祈るばかりだよな」
「おいタルケン、フラグ立てんな!」
テッチがタルケンにそう突っ込んだ瞬間に、突然上空にいる龍神の目が光り、
残る右のヒゲがバチバチと電気を帯びたように発光し始めた。
「やばいやばいやばい」
「これは……みんな、右に避けて!」
ランは咄嗟にそう叫び、メンバー達は全力でその言葉に従った。
そのランの読みはピタリとはまり、敵の攻撃範囲は、こちらから見て左のみに留まった。
要するに敵の残る右のヒゲのある方角である。
「ユウ、さっきのはファインプレーだったみたいよ、
ヒゲを落とした事で、敵の攻撃が半分になったわ」
「やったね!ボクえらい!」
「残る攻撃手段は……基本の噛みつき、爪、後は尻尾くらいかしらね」
「東洋龍だとブレスは無いかな?」
「まあ備えは怠らないようにしましょう」
この後は一進一退の攻防が続いたが、その最中にクロービスは敵をじっと観察し、
敵の行動パターンと、その確率の把握に努めていた。
そんな龍神の様子は下からもよく見えていた。
「おいおいおい、ほとんどが雷っぽい範囲攻撃じゃないかよ」
「バ開発め、やりすぎだろ!」
「他の攻撃が選択された時は、龍が凄い速度でビュンビュン飛び回ってるな」
「だけどまだあの龍が動いてるって事は、スリーピング・ナイツが健在だって事だよな」
「頑張れよ、スリーピング・ナイツ!」
その激しい戦闘の中、ランはそろそろデータが溜まってきたはずだと思い、
戦いの手は止めないまま、短くクロービスに質問を飛ばした。
「クロービス、どう?」
「やっぱり序盤は噛みつき、爪、尻尾、そして雷光の四パターンのみだと思う。
確率は噛みつき十パー、爪十パー、尻尾十パー、雷光七十パー!」
「なるほどね、っと、右!」
一番前で敵と対峙していたランとユウキは、敵の雷光を察知する度にそう叫び続けている。
「これって最初にどちらかのヒゲを落とせてなかったら、
逃げ場が無かったように思うんだけど」
「確かに……」
「クソゲーかよ!」
「右!」
「くそ、またか!」
一同はその言葉で再び右に飛んだ。龍神は直後に空中でぐるりと回った。
どうやら次の攻撃は、三割の直接攻撃のどれからしい。
「この直接攻撃の数少ないチャンスにもう一本のヒゲを落とすわよ!」
そうすれば敵の雷光は収まり、その後は延々と直接攻撃が続く事になるはず、
みんな、それまでひたすら我慢よ!」
「「「「「「「おう!」」」」」」」
だが中々そのチャンスは訪れない、どうやら噛みつきにも二種類あるようで、
そのほとんどがヒゲを斬られる事を警戒した、浅い噛みつき攻撃のようであった。
「ラン、ごめん、噛みつきは二種類、途中から上空に逃げるパターンと、
そのまま突っ込んでくるパターンがある、確率は一対四!」
「それは厄介ね……さすがに無傷とはいかないし、
このままだとジリ貧になる可能性があるわ」
「ラン、どうする?」
「私に任せて下さい!」
そんなメンバー達に向け、ナユタがそう叫んだ。