ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第729話 MVP

「ナユちゃん、何かいい手があるの?」

「いい手というか、最近の私って、AEだと基本ぴょんぴょん跳ねまわってるんですよね、

その経験から考えると、うん、多分スキル無しでもいけます」

「自信はどのくらい?」

「そうですね、八割方いけると確信してます」

「分かったわ、でも約束して、絶対に死なないって」

「もちろんですよ、私、こう見えて結構しぶといんですよ」

 

 そしてナユタは隣にいたクロービスに、一つ頼み事をした。

 

「クロービス君、予備の剣を貸してもらっていい?」

「あ、うん、これでいい?」

「ありがとう、クロービス君の剣を使ってあいつのヒゲをぶった切ってくるね」

 

 ナユタはそう言って、一人で一番先頭に立ち、龍神のダイブを待ち構えた。

 

「ナユさん、気をつけてね!」

「はい!」

 

 そんなナユタ目掛けて龍神が飛び込んでくる。だがそれはいつもの浅いパターンであり、

龍神はナユタがしゃがんで回避行動をとった瞬間に、上空へと向きを変えた。

 

「逃がしません!」

 

 ナユタがとったその行動は、当然それに対する備えであった。

ナユタはしゃがんだ反動を使って思いっきり飛び上がり、

半開きになったままの龍神の下あごに手をかけた。

それに気付いた龍神は、ナユタを振り落とそうと、ブンブンと顔を上下に振った。

 

「ナユちゃん!」

 

 思わずそう叫んだランだったが、その瞬間にナユタはまるで魔法のように、

一瞬で龍神の目の前、上顎の上に立っていた。

 

「ええっ!?」

「何今の、魔法?」

「い、今の瞬間に一体何が?」

 

 種を明かすと、ナユタはブンブンと首を振る龍神に呼吸を合わせ、

龍神が頭を持ち上げた瞬間にパッと手を離し、

続けて龍神が頭を下げた瞬間にその手で鼻先を掴み、

そのまま筋力に任せて手で自分の体を引き寄せ、龍神の目の前に飛び移ったのであった。

おそらく成功させるにはコンマ単位のタイミング調整が必要だったと思われるが、

普段から戦巫女として無双跳びを多用し、

一瞬のタイミングに賭けた戦闘を繰り返しているナユタにとっては、

特に難易度の高いものではなかったようだ。当然本人のセンスの問題もあるだろう。

 

「その左ヒゲ、貰い受けます」

 

 ナユタはそう言って、返す勢いでクロービスから借りた剣を振るい、

飛び降りざまに龍神の左ヒゲを切断した。

 

「わ~お、やるなぁ」

「私達も負けてられないわね!」

 

 ナユタはそのまま見事に着地を決め、笑顔でクロービスに剣を差し出してきた。

 

「ふふっ、いい剣ですね、髭切の太刀とでも名付けましょうか?」

「そんなメジャーな名前を付けたらプレッシャーになっちゃうよ」

 

 そんな冗談を交わしつつ、二人はそのまま仲間達と共に龍神との近接戦闘へと突入した。

もう雷光は使えない為、龍神は延々とダイブを繰り返すモードへと移行したのだ。

 

「こうなったらこっちのものよ、一気に削るわよ!」

 

 その言葉通り、龍神の体力は順調に削られていった。

その様子を見ていた観客達もまた、大盛り上がりだった。

 

「おお、雷がこなくなったな」

「どうやったのかは分からないが、封じる事に成功したみたいだな」

「おうおう、龍がブンブン飛び回ってやがる」

「おわっ、何だこの声」

「耳が、耳が!」

 

 そして残り二十パーセントまで体力を減らされた瞬間に、龍神は凄まじい音量で咆哮した。

その声は、遠く離れた別の地域にまで響き渡る程の大音声であった。

 

「うるせえなこいつ」

「断末魔……には早いか、って事はこれはいつものアレか」

「ここからが本番よ、敵は発狂モードに移行したわ!」

 

 発狂モードに入った龍神は、目を光らせて雨雲を呼んでいく。

周囲は一気に真っ黒な雲に包まれ。スリーピング・ナイツの面々の視界を一気に奪った。

 

「ちっ、やっかいな」

「これはまずいね、下手に直撃をくらうと、一発でHPが持ってかれるかも。

みんな、直撃だけはくらわないように気をつけて」

「くそ、敵がどこから来るのかまったく分からねえ」

「何かいい手は……」

「待って、確かこの辺りに……」

 

 その時クロービスが何か思い出したようにアイテム欄を見始めた。

 

「あった、超強力LEDランタン!」

 

 夜間探索用のそのランタンのスイッチを入れたクロービスは、

レーザーの類ほどではないものの、その光が雨雲を突き抜け、

かなり先まで届く事をしっかりと確認した。

 

「これならいける、みんな、一分程度時間を稼いで」

「分かったわ、みんな、とにかく集中、集中よ」

 

 その後、突っ込んできた龍の攻撃は、幸い誰にも直撃する事はせず、

次の敵の襲撃に備えて散る仲間達を横目に、

クロービスは自分の剣の柄にそのライトを結んだ。

 

「準備出来たよ!」

「クロービス、後ろ!」

 

 その時ノリがそう叫んだ。振り向いたクロービスの眼前に、龍神の口が迫る。

 

「ナイス・タイミング!」

 

 クロービスは右手に持ったランタン付きの剣を前に差し出し、

右手が龍神の口に飲み込まれたまま、宙へと体を持っていかれた。

 

「くおっ……!」

「クロービス!」

「ま、待って、大丈夫、ちゃんと考えてあるから!」

 

 クロービスは龍神の口の端に左手をかけ、

一瞬だけ体を安定させると、口内に飲み込まれた剣を強引に捻り、

そのまま龍神の口の中に突き刺した。

 

「GYAAAAAAAAA!」

 

 その瞬間に龍神は激しく咆哮し、口を開けてクロービスを下に落とした。

 

「やばっ、これは考えてなかった、この高さだと……」

 

 かなりの高さから落下していくクロービスを、だがナユタが受け止めた。

どうやら上空の光を追いかけていたらしい。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうナユさん、助かったよ、でもこの事は八幡さんには内緒で……」

 

 クロービスはナユタの胸に顔を埋める形となっていた為にそう言ったが、

クロービスにとってはいい思い出になった事だろう。

そしてナユタに抱かれたまま、クロービスは顔を上げて仲間達に向けて叫んだ。

 

「みんな、ランタンは敵の口の中だ、光を目印に攻撃を!」

「よくやったわクロービス!」

「後はボク達に任せて!」

「お前はそのままナユさんの胸の中でちょっと休んでろよ!」

 

 仲間達は上空の光を目で追いながら、敵の襲撃に備え、

その光が下に降りたのを見て、その方向からの攻撃に備えた。

 

「すれ違いざまに全力で攻撃を叩きこめ!」

 

 そして龍神がダイブしてきた瞬間に、全員が渾身の力を込めて攻撃を叩きこんだ。

 

「くらえ蛇野郎!」

「いい加減しつこいんだよ!」

「もう死んどけ!」

「その目………もらったわ」

 

 最後にランが、龍神の目に剣を突き差し、龍神は絶叫して天へと上っていった。

 

「やったか!?」

「だからフラグ立てんな!」

「でも今回はフラグを折ったはずだよ」

「そうね、手応えはあったわ」

 

 その瞬間にぶわっと雨雲が晴れ、上空で身悶える龍神の姿が見えた。

そして龍神は力を失ったように落下を始めると、そのまま地面へと激突した。

 

「我らの勝利よ!」

 

 そして宙に『龍神 撃破』の文字が表示され、それが見えた観客達も、大歓声を上げた。

 

「あいつら、やりやがった!」

「初見突破かよ!」

「凄えなスリーピング・ナイツ!」

 

 当のスリーピング・ナイツのメンバー達も、イエーイとハイタッチをしており、

クロービスをその輪に加わらせる為に、ナユタはクロービスを下に下ろした。

その瞬間にクロービスの体が、ジジッと音を立て少しブレ、

クロービスはまともに立つ事が出来ずによろけ、

ナユタはそんなクロービスを再び抱き締めた。

 

「みんな、クロービス君が!」

 

 その言葉を受け、仲間達が二人を取り囲んだ。

 

「クロービス!」

「おいおい、羨ましいな」

「今日の戦いで勝てたのは、しっかり準備をしてくれたクロービスのおかげだな」

「最高だったな!」

 

 仲間達は誰も余計な事は言わず、順番にクロービスとハイタッチをしていく。

 

「クロービス、今日の勝利はあなたのものよ」

「みんなの勝利でしょ、ラン」

「じゃあMVPって事にしておこうか」

「ははっ、ありがとうユウキ」

 

 そしてクロービスの姿のブレがどんどん大きくなり、

そんな中、クロービスは最後の力を振り絞り、輝くような笑顔を仲間達に向けた。

 

「みんな、ありがとう」

 

 クロービスはそう言うと、密かに左手に隠し持っていた、

八幡から託されたというアイテムのスイッチを入れ、そのままその姿は光となって消滅した。

仲間達は最後まで笑顔を崩さなかったが、それを確認した瞬間に全員がナユタに背を向けた。

そして誰もがお互いの顔を見えない状態で、全員が肩を振るわせ、

声を出さないように全員が泣き始めた。もちろんナユタも、その状態で嗚咽を漏らしていた。

 

 

 

 こうしてクロービスは最後の戦いを乗り越え、

スリーピング・ナイツの前から静かに退場していった。




明日でこの章は終わりとなります

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