リアル・トーキョー・オンラインからクロービスが姿を消した直後、
眠りの森の内部の、クロービスこと矢凪清文の病室では、
八幡、紅莉栖、真帆、理央の四人が慌しく動き回っていた。
「う……」
その時清文が目を覚ました。その顔色はかなり悪かったが、
清文は最後の力を振り絞り、八幡に笑顔を向けた。
「おかえり、清文。どうだ?いい夢は見れたか?」
「はい兄貴、無事に龍神を撃破してきました!」
「龍神?そうか、よくやったな清文」
「僕、ちゃんとやれてましたかね?」
「決まってるだろ、勝ったんだからな。お前は俺の自慢の弟だ、
もっと自分の働きを誇ってくれていいんだぞ」
清文は大好きな八幡にそう言われ、とても嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとうございます、そちらの首尾はどうですか?」
「全てオーケーだ、お前から合図をもらった瞬間に実行し、コンプリート済みだ」
「そうですか、彼とちょっと話せますか?」
「おう、ちょっとだけだぞ」
清文はやや疲れたような表情でそう言った後、しばらくその人物と会話し、
くれぐれもと何か念押しして、再び八幡の方に顔を向けた。
「オーケーです、もう思い残す事はありません」
「分かった、清文、向こうでも暴れてやるんだぞ」
「向こうって、スリーピング・ナイツのあの世支部ですか?」
「おう、あっちでメリダと二人で天下をとっちまえ」
「あはは、そうですね、てっぺんを目指してみます!」
清文は楽しそうにそう言った後、今度はクリス達三人に笑顔を向けた。
「紅莉栖さん、真帆さん、理央さん、本当にありがとうございました」
「ううん、清文君、私はあなたを尊敬するわ」
「ファイトだよ、清文君」
「頑張って、清文君」
そう言って紅莉栖達三人は、順番に清文にハグをしていった。
「あは、人生の最後がこんな華やかでいいんですかね?」
「いいに決まってるだろ、お前は俺の大事な……」
そこで八幡は言葉に詰まり、それ以上何も言えなかった。
「兄貴、湿っぽいのは無しですよ」
「おう、悪いな弟よ、それじゃあ俺達はそろそろここでお別れだ」
「めぐりさんにはこの前挨拶をしましたけど、改めて宜しくお伝え下さい」
その瞬間に、外から誰かの声が聞こえた。
「っと、悪い、その前にあと二人……」
その瞬間にドアが開き、二人の人物が中に入ってきた。
「清文!」
「清文君!」
「あ、えっと……ど、どちら様ですか?」
「俺だ、FGだ」
「私はソレイアルだよ!」
キョーマは八幡と紅莉栖に呼ばれ、慌てて駆けつけたらしい。
キョーマにとっても清文は、弟のような存在なのである。
そしてかおりは、実は眠りの森からログインしていた。
当然清文に別れを言う為の措置である。
「お二人とも、来てくれたんですね」
「当然だ、お前の門出だからな」
「清文君、勝利おめでとう、下も凄い騒ぎになってたよ」
「ありがとうございます!まさかこのタイミングでお二人に会えるなんて、
思ってもいませんでした、凄く嬉しいです!」
二人は両側から清文を抱き締め、清文はとても嬉しそうに微笑んだ。
そして最後に、清文の両親と、経子と楓と凛子が笑顔で入ってきた為、
そこで八幡達は清文に別れを告げ、外に出た。
その瞬間に堪えきれなくなったのだろう、理央とかおりが両側から八幡に抱き付いてきた。
二人とも、大粒の涙を流している。
「よく我慢したな、みんな」
見るとクリスは真帆と抱き合って号泣しており、キョーマも一人、涙を流していた。
「八幡だって同じじゃない」
「俺はこういう時に泣いたりなんかしない」
「じゃあそれは?」
八幡の目から零れ落ちる涙を見て、理央がそう言った。
「これはそう、汗だ、まだ残暑が厳しいからな」
「ふ~ん、まあそういう事にしておいてあげるよ」
丁度その時、部屋の中から聞こえていた笑い声が、すすり泣きへと変わった。
それで一同は、遂に清文が旅立った事を知った。
こうして清文は、その短い生涯を、たくさんの人々の笑顔に包まれて終える事となった。
「ラン、ユウキ、これからどうする?」
「今日の戦いで分かったでしょう?私達はもう十分に強い。
この後すぐにALOに乗り込んで、しっかりと準備を整えた上で、
ALOの最強ギルド、ヴァルハラ・リゾートに挑むわ」
「おっ、遂にか」
「腕がなるぜ!」
「まあもっとも、集団戦だと絶対に敵わないのは分かってるのよね、数が違いすぎるもの」
「確かに……」
そう冷静に分析をしつつ、ランはそれでも前向きな態度でこう宣言した。
「でもハチマンさえ倒してしまえばうちの勝利って事でいいと思うわ、うん、きっとそう」
「さすがラン、さすが汚い」
「という訳で、とにかく狙うのはハチマンの首よ、
その為にしばらくはALOに慣れる事を優先するわ、同時に情報収集と装備集め、
ここには他のゲームでハチマンが用意してくれていたような情報屋は存在しないから、
全て自分達でやるつもりで気合いを入れていくわよ!」
この後、再会を約しつつナユタと別れた一行は、
遂に最終目的地、ALOへのコンバート処理を開始した。
「まさかまたこの姿でゲームする事になるなんて……」
柏坂ひよりことサッコことルクスは、八幡に借りたナーヴギアを使い、
SAO時代の姿でALOに立っていた。
「右も左も分からないなぁ、というか、
スタート地点をアルンにしちゃったけどこれで良かったのかなぁ……」
ルクスはALOについてはまったくの初心者の為、やや心細さを覚えていた。
「そこの彼女、良かったらひと狩りいこうぜ!」
「ふえっ!?」
まさかナンパかと思い、まごまごしながら振り返ったルクスの前にいたのは、
先日会ったばかりのハチマンであった。
「ハチマンさん!」
「おう、今日この時間にログインするって話だったから、ちょっと様子を見にきてみた」
「あ、ありがとうございます、正直困ってまし………た、けど、
あの、ハチマンさん、少し元気が無いように見えますけど大丈夫ですか?」
それもそのはず、ハチマンは清文に別れを告げた直後に、
用事があるといってそのまま眠りの森からここにログインしていたのだった。
「……そう見えるか?」
「あ、はい、何となくですけど」
そう言われたハチマンは、自らの頬をパンパンと叩き、気合いを入れなおした。
(こんな事じゃ清文に笑われちまうな)
「ハ、ハチマンさん、いきなり何を!?」
「いや、ちょっと眠気覚ましにな」
「ああ、眠かったんですか?それなのにわざわざすみません」
「いや、気にしないでくれ、この前ルクスはアルンから開始するって言ってたから、
最初だけでも少しアドバイスしておこうと思ってな」
「ありがとうございます、宜しくお願いします」
そしてハチマンは、右も左も分からないであろう、ルクスに簡単なレクチャーを始めた。
「昔は各種族の領都からスタートだったから、
やれる事の選択肢はそんなに多くなかったんだよな、
でも今は央都アルンから開始出来るから、選択肢がかなり増えた分、
初心者は困る事が多いのが現状の課題なんだよな」
「なるほど……経営者側の視点ですね」
「まあそんな感じだ、まあでもルクスはSAOサバイバーなんだ、
とりあえずアインクラッドに行けば、何をするにしても困る事は無いだろう」
「えっ、いきなりあそこに行けるんですか?」
「おう、転移門があるからな」
「転移門……懐かしいですね」
ルクスは昔を懐かしむように、目を細めながらそう言った。
「それじゃあとりあえず門に案内するわ」
「ありがとうございます!」
「っと、その前にだ」
「はい?」
「ちょっと知り合いの店を紹介しとく、素材屋なんだが、
出来ればそこで素材を売ってやって欲しいからな」
「ああ、なるほどです」
「こっちだ」
そしてハチマンは、ルクスをスモーキング・リーフへと案内した。
これには顔繋ぎという意味合いもあった。
「あれ、ハチマンにゃ!」
「リツ姉、ハチマンが来たのな?」
「おう、リツ、リナジ、今日は知り合いの新人を連れてきた、今後仲良くしてやってくれ」
ハチマンはそう言って、ルクスを二人に紹介した。
「ルクスです、今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくにゃ、私はリツにゃ」
「リナなのな、宜しくなのな!」
「それじゃあリツ、店の事をルクスに説明してくれ」
「分かったにゃ」
そしてリツが店の事をルクスに説明している間、リナがハチマンに話しかけてきた。
「ハチマン、何で今日はリナジだって分かったのな?」
「まあさすがにもう何度も会ってるんだ、何となくだが見分けもつくさ」
「くっ、ハチマンのくせに生意気なのな!」
そう言いながらもリナはとても嬉しそうな顔をしていた。
「あ、後な、多分もうすぐ、俺達の敵になる奴らがこの世界に来るかもしれないから、
町で見かけたら声をかけてやってくれないか?」
「敵なのに声をかけるのな?」
「おう、敵といってもまあ、身内みたいなものだからな」
「なるほど、分かったのな、ちなみに名前は何て言うのな?」
「ギルドの名前はスリーピング・ナイツ、
個人名なら、ラン、ユウキ、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーだな」
「覚えたのな!」
リナはこう見えて、記憶力に優れているのか、こういう事を忘れた事はない。
丁度その時説明を聞き終えたルクスがこちらに戻ってきた。
「説明は聞き終わりました、こんな素敵な店を紹介して頂いてありがとうございます」
「こちらこそお得意様が増えて助かりますにゃ」
「だそうだ、それじゃあ転移門に向かうか」
「はい!」
そして二人はそのまま転移門へと向かった。
「あっ、作りはSAOと一緒なんですね」
「操作方法も一緒だぞ、まあSAOの門のプログラムを流用したからだけどな」
「あは、それじゃあ同じで当たり前ですね」
二人はそのままアインクラッドに転移し、始まりの街へと足を踏み入れた。
「うわぁ、懐かしいです……」
「まあそうだよな」
その時ハチマンの耳に、とても聞きなれた声が飛び込んできた。
「ラン、あっちに店がいっぱい並んでるよ」
「ちょっと待ちなさいユウキ、今どこかで愛する人の声がした気がするのよ」
「え~?本当に?もしかして近くにいたりするのかなぁ?」
(やべっ)
そのランのセリフを聞いたハチマンは、慌ててルクスの手を引き、その場から離れた。
「ハチマンさん、どうしたんですか?」
「いや、あ~……とりあえずSAO時代と違う点だけ教えておこうと思ってな」
「あ、なるほどです」
(あいつらもう来やがったのか……予想してたとはいえ、これから楽しくなりそうだ)
ハチマンは内心で闘志を燃やしつつ、ルクスをとある場所へと案内した。剣士の碑である。
「ここだ」
「生命の碑……」
「今は剣士の碑って名前なんだよな、その機能は……」
ハチマンは剣士の碑について説明し、ルクスはそれを聞いて目を輝かせた。
「なるほど、いつかは私も名前を載せたいですね」
「ちなみに一番最初の名前を見てみろ」
「あっ、ハチマンさんの名前がある!」
「ちなみに三層まで全員うちの身内だ」
「キリトさんやアスナさんの名前も……やっぱり凄いですね!」
「おう、凄かろ?」
ハチマンは自慢げにそう言い、その後もルクスを色々な場所へと連れていった。
「さて、まあこのくらいか」
「参考になりました、今日は本当にありがとうございます!」
「何か困った事があったら尋ねてきてくれ、教室でもいいしヴァルハラ・ガーデンでもいい」
「ヴァルハラ・ガーデン!今度行ってみます!」
「場所は分かるか?」
「はい、コルンの街ですよね?」
「事前に調べてたのか、それじゃあまたな、ルクス」
「はい、またです!」
そしてハチマンが落ちた後、
ルクスはとりあえず装備を揃えようと、始まりの街の露店へと向かった。
「最初はやっぱり一番弱い武器しか買えないなぁ」
そこに、とても賑やかな集団がやってきた。
「ラン、とりあえず弱くてもいいから武器を買っとこうよ」
「そうね、でもどこに売ってるのかしらね、あ、そこの美人さん、すみません、
ALOを始めたての初心者でも買える武器を売ってる露店をご存知ありませんか?」
「あ、私もついさっき始めたばかりの初心者ですよ、でも案内は出来ます、こっちです」
「ありがとう!親切な美人のお姉さん!」
「みんな、行くわよ!」
こうして偶然ながら、ルクスはスリーピング・ナイツと知り合う事になったのであった。
ここから彼女達の冒険が始まる。
これでこの章は終わりとなります、明日からは新章の始まりです。