「ここじゃここじゃ、さて、存分にやり合うがよいぞ」
「ありがとうおばば様」
「へぇ、こんな場所もあるんだ」
「どうやら緊張はしていないみたいだわねぇ」
「まあね」
「ALOのレベルを測るいい機会だしね」
ランとユウキ、そしてリョウは今、訓練場の真ん中で対峙していた。
「さて、どっちが戦う?あ、でも両方同時は勘弁ね、絶対に無理だし」
「おや、リョウ、あんたにしては珍しいじゃないか、一体どんな風の吹き回しだい?」
「やだなぁおばば様、私ってば、勝てない戦いは、
どうしても仕方がない時にしかしない主義なのよねぇ」
「なるほど」
ローバーはそれだけ確認すると、大人しく後ろへと下がり、
そしてランとユウキは、どちらが先に戦うのか相談を始めた。
「ユウ、ここはリーダーである私に譲りなさい」
「え~?やだよ、ボクだって早く戦いたいもん」
「どうしても引かないの?」
「そっちこそ引いてよラン」
「仕方ないわね、こうなったらジャンケンよ」
「分かった、本気でいくからね!」
「負けないわよ」
そして二人はジャンケンを始めた。だが中々決着がつかない。
というかまったく決着がつかない。
延々とあいこを繰り返す二人にさすがに業を煮やしたのか、
ローバーが二人の間に割って入った。
「まったく何なんじゃお主らは、双子の親和性か何かかえ?
もうこうなったらクジか何かで決めるがええわ、
売り物の短剣にこれこれこうして目印をつけて、
ほれ二人とも、どっちかを選ぶとええ、印の付いた方が当たりぞ」
「それじゃあ私は右を」
「ボクは左を」
この勝負に勝利したのはランであった。
「やったわ、正義の勝利よ」
「くぅ、負けたぁ!」
「という訳でお待たせしたわね、私が相手よ」
「やれやれやっと決まったみたいだわねぇ、
それじゃあローバーさん、開始の合図をお願い」
「心得た、このコインが地面に落ちた時が開始じゃ、ほれいくぞ」
そう言ってローバーは、取り出したコインを宙へと投げた。
そのコインが地面に落ち、チリン、という音を立てた瞬間に、
いきなりリョウがランに向かって突っ込んだ。
「先制攻撃……だわよ!」
リョウはそのまま無骨な神珍鉄パイプを振り上げ、ランへと襲いかかった。
ランはリョウの持つ鉄パイプから、不穏な雰囲気を感じていた為、
その攻撃をまともに受ける事はせず、上手く攻撃の軌道をずらして反撃しようとした。
「おおっと、危ない危ない」
リョウは即座に後ろに跳び、カウンターぎみに攻撃しようとしたランの意図を阻んだ。
「カウンターには突きだわねぇ」
リョウはそこから突き主体の攻撃に移行し、ランは舌打ちをしながらも、
即座にスタイルを変え、こちらも突き主体の攻撃に切り替えた。
「へぇ、そうくる?こうくればこう、こうくればこう、か」
ランはリョウと突きの応酬を繰り広げながら、
自分の攻撃が徐々に丸裸にされていくような感覚を味わっていた。
それが気のせいではない証拠に、一度放った技に対する相手の対応が、刻々と変化していく。
(この人……一体何なの……)
ランは得体の知れない警戒感を覚え、一旦後ろに下がる事にした。
「そこ!」
その瞬間にリョウの持つ神珍鉄パイプの先端に、光るリングのような物が現れ、
それが突然凄まじいスピードでランの方へと延びた。
「えっ?」
ランは咄嗟にそれを避けたが、それは逆にリョウの思う壺であった。
「ここから、こう!」
そう叫びながらリョウが手首を捻った瞬間に、そのリング部分がランの体に巻きついた。
「ちょ、ちょっと!何よこれ!」
「そしたらこのまま、こう!」
リョウはそのままランの体を持ち上げ、空中に投げ上げようとした。
おそらく空中で拘束を解除し、そのまま殴打しようという考えだったのだろう。
だがそのリョウの意図通りにはいかなかった。ランの体が持ち上がらなかったのである。
というか武器は持ち上がったが、ランはその輪からするりと抜けた。
そのせいでリョウは、バンザイをする格好になっていた。
「あ、あれ?」
見るとランは、咄嗟に刀を使い、自身が完全に拘束される前に、
体が抜けるくらいのスペースを確保していたようであった。
「んなっ……」
「棒立ちね、懐ががら空きよ」
そのリョウの隙を逃さず、ランは一気に距離を詰め、
刀の柄で、リョウの鳩尾に強烈な一撃を見舞わせた。
「ぐはっ!」
そしてリョウはどっとその場に倒れ、ローバーはそこで試合を止めた。
「そこまでじゃ、勝者、ラン!」
「当然ね」
そう言ってランは踵を返したが、内心では冷や汗をかいていた。
(危なかったわ、『偶然』刀で拘束をガード出来なかったら、
多分こっちがやられていたわね……)
そんなランに、ユウキが無邪気に声をかけてきた。
「それじゃあ次はボクの番だね!」
「残念ねユウ、多分あの攻撃の入り方だと、
リョウさんはしばらく目を覚まさないと思うわよ」
「えっ?でももう立ってるよ」
「何ですって?」
ランはそう言われ、慌てて振り返った。そこにはピンピンしているリョウの姿があり、
リョウはローバーと、照れた顔で話していた。
「いやぁ、いけると思ったんだけどなぁ、上手く捌かれちゃったね」
「狙いは悪くなかったと思うぞい、だが詰めが甘かったの、
相手の反撃の余地が完全に無くなる状態まで持っていけるようにしないと、
まあこういう事も起こりうるじゃろうな」
「うん、そこは反省しないとだわねぇ、さあて、次行きましょう次!」
(な、何であれで立てるの?おばば様もその事に何の疑問も持っていないみたいだし、
って事はこれが普通?これがALO………)
ランは背筋にぞくりとするものを感じたが、
それは恐怖などの感情ではなく、歓喜のせいであった。
(ここのトップがヴァルハラ……どうしよう、ちょっと興奮してきちゃったかも)
そんなランの内心を知ってか知らずか、ユウキが能天気な声でこう言った。
「それじゃあ行ってくるね、ランはあっちでちょっと落ち着いてきてね」
「え、ええ」
そして続けてユウキがリョウの前に立った。
「う~ん、構えはオーソドックスだわねぇ」
「まあね、ほら、ボクってば正統派だからさ」
「正統派…………ねっ!」
リョウは様子見をするように、ユウキ目掛けて神珍鉄パイプを突きだした。
ユウキは一瞬それを迎撃するように、持っていた剣を跳ね上げるそぶりを見せた。
「でもそうはさせないのよねぇ」
リョウはぼそりとそう呟きながら、神珍鉄パイプを持つ手に力を入れた。
その瞬間にリョウは、前につんのめった。
「ええっ!?」
見ると一体どうやったのか、ユウキがリョウの武器を、
上から下に叩きつけるように逆方向に弾いていた。
「嘘、全然見えなかったんだけど……」
次の瞬間に、リョウの首筋にユウキの剣が突きつけられ、
リョウは冷や汗をたらした後、大人しくギブアップした。
「うわぁ、これはやられたわ、様子見なんかしなければ良かった、はい、ギブアップ」
「やった、ボクの勝ち!」
ユウキは先程のランとリョウの戦闘を見て、
駆け引きの応酬になるとこちらが不利だと読み、刹那の攻防に身をゆだねる事にしたようだ。
今回はそれが上手くいき、形としては、ユウキの圧勝という形でこの戦闘は幕を閉じた。
だがこの戦闘は、そこまで差があるものではなかった。
リョウが武器を跳ね上げられるのを前提に動いていれば、
そのまま飛び込んできたユウキにカウンターをくらわせる事も出来たかもしれない。
たら、ればは戦闘には禁物だが、今回は運の女神がユウキに味方しただけである。
逆に言えば、他のゲームではどんな敵が相手でも、その実力をもって倒してきたユウキが、
いちかばちかに頼らなくてはいけない程、リョウが強かったという事になる。
それが分かっているが故に、ランもこの結果について、ああだこうだ言う事は無かったし、
ユウキもALOのプレイヤーは侮れないと、改めて心に留める事となった。
「リョウさん、このくらいで満足?」
「そうねぇ、とりあえずお互い修行して、また今度戦う?」
「修行……そうね、いずれまた」
「楽しかった!またやろうね!」
この日の勝負はこうして幕を閉じ、それからスリーピング・ナイツの一同は、
リョクの案内でそれなりの広さを持つ宿屋を確保する事が出来、
その後もちょこちょことスモーキング・リーフに顔を出す事となった。
そしてそれから数日後、ずっといなかったローバーがこの日は偶々なのか店を開いており、
そんなローバーに、ランが情報は無いか尋ねたと、まあそういった流れなのであった。
「さて、今回お奨めするのは、第二層の東の岩山の近くに自生している花じゃな、
エンチャントの素材なんじゃが、常に品薄で、随分と値段が高騰しておるわ」
「えっ、第二層?そんな低階層なら、いくらでも取りに行く人がいそうだけど……」
「そこにいくには大変な手間がかかるのじゃよ、座標で言えばマップのここ、
行き方はここの岩壁を登ってその先の洞窟に入り、地下水路を滑るとその岩山の中に入れる。
まあカルデラ火山みたいな物じゃな」
「へぇ、それは確かに面倒そうね」
「大冒険じゃん!」
ランはだるそうに、そしてユウキはわくわくした様子でそう言った。
「そこには一軒の小屋があっての、そこで体術スキル取得の為のクエストを受けられるから、
ついでに受けてクリアしてくるといいぞえ」
その言葉を聞いたランの目に光が戻った。
「体術スキル?へぇ、分かった、持ってて損な物じゃなさそうだし、やってみる」
「それを持っていると、素手で攻撃出来るようになるの?」
「それもあるが、剣を持って戦うにしても、補正がついて動きが明らかに良くなるぞえ」
「そんな神スキルが……」
「ありがとうおばば様、やってみるね!」
こうして二人は仲間達と共に、第二層の東の岩山を目指す事となった。