「くっ、何てこと……あのユキノって人、要注意だわ……」
悔しそうにそう呟くランに、隣にいたユウキが声をかけた。
「ねぇラン、今あのユキノってハチマンに呼ばれた人、
空中に飛び出した時、周囲の状況をじっくり観察してなかった?
実は結構余裕があったはずだよね?」
「ユウにも見えたのね、多分その通りよ。
あのユキノという人は、空中で瞬時にこの場の状況を判断し、
その上でハチマンに抱き締めてもらう為に、自力でちゃんと着地出来たのにも関わらず、
わざと体勢が崩れたように見せかけて、ハチマンの腕の中に『収まりに行った』のよ」
そのユキノは、今はハチマンに感謝の意を伝える為、
さりげなくその首に手を回し、ハチマンの首筋に軽く頬ずりをするような格好になっていた。
ハチマンが嫌がらない微妙なラインを出たり入ったりするその手管は、
まさに経験に裏打ちされた、熟練の技である。
「ぐぬぬぬぬ、こんな場面を見せつけられるなんて、この屈辱は絶対に忘れないわ」
「ねぇラン、あの人がもしかして噂のハチマンの彼女かな?」
「多分そうね、あれが私達のライバルよ」
「でも愛人になるなら、胡麻をすっておく必要があるかもよ?」
「むむむむむ、確かにそう言われるとそうなのよね……」
二人がそんな会話を交わしている中、当のユキノは終始穏やかな様子であり、
二人をライバル視するようなそぶりはまったく見せなかった。
それどころか、ユキノは気さくにスリーピング・ナイツに話しかけてきた。
「格好悪いところを見られてしまって恥ずかしいわ、
皆さんこんにちは、初めまして。私はヴァルハラの副長を拝命しています、ユキノです」
ハチマンの腕の中にいる状態でそんな挨拶を平気でしてしまうユキノはさすがである。
ハチマンはそんなユキノを下に下ろした後、ぽりぽりと頭をかきながらこう言った。
「ユキノ、こいつらはまあ、俺の妹と弟みたいな連中だ。
そのうちヴァルハラに挑戦してくる予定だから、
こいつらと俺が知り合いだって事は、他のメンバーには内緒にな。
まあ今日は個人としてここに来たって事で、仲良くしてやってくれ」
「ああ、だから今日はキズメルと二人だけで出かけようとしていたのね。
まあ話は分かったわ、皆さん、改めて宜しくね」
ユキノはニコニコと笑顔でスリーピング・ナイツにそう言った。
「こうなった以上は仕方ないが、まさかお前が付いてきてるとは思わなかったぞ、
全然気配を感じなかったわ」
「ログインしたら、こそこそと出かけていくあなたの姿が見えたから、ね。
で、ここは一体何なの?」
「まあそれは後で説明する。で、先程の話だが、キズメルもそういう事だから、
今日のところはこいつらと仲良くしてやってくれ」
「ハチマンの頼みならそうしよう、夫を立てるのも妻の努めだからな」
お忘れかもしれないが、キズメルは彼女なりの使命感を持ち、
普段からハチマンの妻を自称しているのである。
「えっ?」
「つ、妻!?」
そしてそのキズメルの言葉は、ランとユウキのみならず、
スリーピング・ナイツ全員に衝撃を与えた。
「ハ、ハチマンさんって結婚してたの?」
「凄い美人じゃん!しかもダークエルフ!」
「あれ、ALOにダークエルフって種族は存在しましたっけ?」
シウネーが首を傾げながらハチマンにそう尋ねてきた。
「いや、いないな」
「えっ?じゃあこちらの方は……」
「一応言っておくが、こう見えて、キズメルはNPCだからな」
だがスリーピング・ナイツの中に、その言葉を信じる者は皆無であった。
「あはははは、ハチマン、面白い冗談を言うわね」
「そうだよ、まさかそんな、ねぇ?」
だがハチマンは無表情を貫き、一同はひそひそと話し始めた。
「え、あの雰囲気はもしかしてマジ?」
「そういえば、ハウスメイドNPCシステムってのがあったような……」
「ああ、NPCを表に連れ出せるんだっけ?」
「で、でもキズメルさん、どう見ても普通のプレイヤーにしか見えないよ?」
「でもダークエルフという種族を選ぶ事は絶対に出来なかったわ、ソースは私。
何故ならもし選べたら、コンバートの時に私が選ばないはずがないからよ!」
「「「「「「た、確かに……」」」」」」
そのランの言葉は妙に説得力があった。
それ故に一同は、ハチマンの言う事が真実なのだと嫌でも理解させられた。
その直後に彼らの口から出てきたのは、賞賛の言葉であった。
「ハチマンさん、さすがです」
「ハチマん兄貴、凄えな!」
「いや、まあ別に俺は何もえらくはないけどな」
そしてキズメルが一歩前に出て、スリーピング・ナイツに自己紹介をした。
「私の名はキズメル、ハチマンに命をもらい、ハチマンと一生を共に歩む者、
そしてハチマンの二番目の妻でもある」
キズメルは堂々とスリーピング・ナイツの面々にそう宣言し、
ハチマンは本人の手前、否定する事も出来ずにそっぽを向いた。
ユキノは後ろでクスクスと笑っている。
「二番目……」
「じゃあやっぱりユキノさんが……」
「随分と仲がいいみたいだし、決まりね」
「あれがハチマンさんの彼女かぁ、凄い美人だなぁ……」
そんな彼女らのひそひそ話は、ハチマンの耳には届いていない。
故に特に訂正も入らず、そのままハチマンは、ユキノにここに訪問した理由の説明を始めた。
「で、ユキノ、俺がここに来た理由だが、体術スキルの事は知ってるだろ?」
「ああ、ハチマン君が前衛全員に取るように厳命したあのスキルね、
私は後衛だから免除された訳だけれど」
「その体術スキルを得る為のクエストを受ける場所がここだ。
キズメルに取得可能なのかどうか、ちょっと興味が沸いたんでな、
ピクニックがてら、ちょっとここまで足を伸ばしてみたと、まあそんな訳なんだよ」
「あら、それは私的にも興味を引かれる議題ね」
「だろ?興味があるよな」
「料理スキルは取れたのだし、多分大丈夫だと推測は出来るのだけれど、
あれはあくまでキズメルさんの努力の結果として取得出来たものだしね」
「アインクラッドの導入と同時に多くのスキルがALOに実装された訳だが、
俺の知る中で、クエストで得られるタイプのスキルはこの体術スキルだけだからな、
試すにはこれしか選択肢がなかったと、まあそんな訳なんだよ」
「なるほどね」
その会話を聞いたランは、何とか会話に混ざろうと、
このタイミングでハチマンに声をかけた。
「偶然ね、私達もその体術スキルを取りに来たのよ」
「そういう事か、誰かに教えてもらったのか?」
「ええ、まあそんなところよ」
「それじゃあ早速みんなで行くとするか、こっちだ」
ハチマンはそう言って、NPCの所に向けて歩き出し、他の者達もそれに続いた。
「ここだ、とりあえず順番に話しかけてくれ」
その指示通り、ランを先頭に、スリーピング・ナイツは順番にクエストを受けていった。
最初にクエストを受け、後ろに下がったランの顔を見て、
何故かユキノが驚いた顔をし、口をパクパクさせながらハチマンの方を見た。
「まあ、お前的には嬉しいクエなんだろうな……」
「もちろんよ、猫屋敷ではひどい目にあったもの、これは神様からの贈り物に違いないわ」
その二人の会話の意味が分からず、ランはきょとんとした。
そこに同じくクエストを受けたユウキが戻ってきたが、
ユウキはランの顔を見て、一瞬動きが止まった。
ランもランで、こちらに近付いてきたユウキの顔を見て、その動きを止めた。
そんな二人にいきなりユキノが抱き付いてきた。
そしてユキノは満面の笑みで二人に言った。
「猫耳が無いのは残念だけれど、二人ともとても素敵よ」
二人はそんなユキノから逃げ出そうともがいたが、
ユキノの力は見た目と違って恐ろしく強く、二人はどうしても脱出する事が出来ない。
二人は助けを求めるようにハチマンの方を見たが、
ハチマンは首を横に振りながら、二人にこう言った。
「諦めろ、こうなったユキノは当分どうにもならん。
こいつはギネスに乗るレベルの猫好きだからな」
「え、ええ~!?」
「私も猫は好きだけど、さすがにこれは……」
そこに続々とスリーピング・ナイツの残り五人が戻ってきた。
五人はお互いの顔を見て、大爆笑していた。
「あはははは、何だよお前ら、その顔は!」
「言っておくけどお前も今、そんな感じだからな」
「ノリ、凄くかわいいね」
「シウネーも凄くかわいいよ」
そんな盛り上がる一同に、ハチマンがこう声をかけてきた。
「よ~しお前ら、今からスクリーンショットの撮影をするからそこに並べ。
よ~し撮るぞ~、はい、チーズ」
その言葉を受け、ランとユウキもこの時ばかりはハチマンの方を向いてニッと歯を見せた。
この写真は、ハチマンの手によって他の写真と共に現像され、
後にリアルでスリーピング・ナイツの全員に配られる事になった。