ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第738話 藍と紫

「よし、体術スキル、ゲットだぜ!」

「う~ん、何となく体が動かしやすくなった気がするかも」

「多分トッププレイヤーの世界だと、この微妙な差が命運を分けるんだろうね」

「この調子でどんどん強くなるわよ!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 そして一同は、誰が言い出すでもなく、周囲に自生している花の採取を始めた。

強くなる為には、先立つものは絶対に必要なのである。

 

「結構多いな……」

「確かおばば様は、時間と共に増えるって言ってたから、

相当長い間、誰も採取しなかったんだと思うわ」

「そういう事なら全部採取しちまおうぜ!」

「そうね、とりあえず全部回収して、後は定期的に様子を見にきましょう」

 

 一行はそのまま綺麗に採取を終え、スモーキング・リーフへと凱旋した。

 

「おばば様、ただいま~!」

「戻ったよおばば様、スキルも素材もバッチリ、かなりの収穫が得られたわ!」

「そうかいそうかい、それは紹介した甲斐があったというもんじゃ」

「現地で他のギルドの人と遭遇するってトラブルもあったけどね」

「ほ?あそこを知っている者なぞそんなに多くは……ああ、もしかしてヴァルハラかの?」

 

 そのローバーの言葉でランは、おばば様はヴァルハラの関係者なのではと疑いを持った。

 

「うんそう、もしかしておばば様って、ヴァルハラと関係が深かったりする?」

「そうさのう、色々と情報交換をしたり、素材と製品のやり取りをしているから、

関係は確かに深いかもしれんのう」

「取引相手って事?」

「まあそうじゃな、そもそもこの店もヴァルハラの援助で出来た店じゃし、

ここの素材もそのほとんどが、ここの店員とヴァルハラのメンバーが、

仲良く一緒に取りに行った物じゃしな」

「あ、そうだったんだ、それじゃあここに来るメンバーは極力絞って、

フードでも被った方がいいかしらね、いずれやり合う予定なのに、

こういう所で馴れ合うのもどうかと思うし」

「ふむ、まあ好きにするがええ、だが別に戦争がしたい訳じゃないんじゃろ?

競い合いたいというなら、そこまで気にする事は無いと思うがの、

それだと何か、お前さん達がヴァルハラから逃げてるみたいじゃないかえ?」

「た、確かにそうかも……ちょっとみんなで相談してみるね、ありがと、おばば様」

 

 そしてランはリツの方を向き、取ってきた素材を差し出した。

 

「それじゃあリツさん、素材の買取だけど、この花が品薄って事でいいのよね?」

「これにゃこれ、本当にありがとうにゃ、これでアシュレイさんの依頼を果たせるのにゃ」

「アシュレイさん?これってアシュレイさんからの依頼なの?」

 

 思わずそう言ったランに、ローバーは驚いたように言った。

 

「何じゃ、アシュレイとも知り合いじゃったのか?」

「うん、今日ここを出た直後にたまたま知り合ったの」

「ほうほう、それはそれは偶然もあったもんじゃのう」

「お店の場所も教えてもらって、後で行ってみようかなって思ってたんだけど、

あっ、そうだリツさん、もし良かったら、

その素材は私達がこのままアシュレイさんの所に届けようか?」

「いいのにゃ?それは凄く助かるけど……」

「うん、任せて!顔繋ぎにもなるだろうし、輸送料はタダでいいわよ」

「ありがとにゃ、それじゃあ今準備するにゃ」

 

 そしてリツは、素材の買取料と共に、綺麗に箱詰めされたその花をランに差し出してきた。

 

「えっ、この花ってこんなに高いの?」

「需要と供給の関係って奴にゃね、とにかく品薄なのが問題なのにゃ」

「なるほど……二層の素材とはいえ、物によってはこれだけの値がつくと……

ありがとうリツさん、これでそれなりの装備が整えられそう」

「こちらこそありがとにゃ、それじゃあ配達の方、お願いにゃ」

「うん、それじゃあおばば様もリョクさんも、またね!」

「ああ、またのう」

「気をつけて行ってくるじゃん」

 

 そしてラン達が去った後、リョクがローバーに話しかけた。

 

「あの子達、着々と人脈を築いてるみたいじゃんね」

「そうじゃのう、まあいい事じゃろ」

「しかしおばば様もまあよくやるよねぇ……」

「過保護とはよく言われるの」

「まあ程ほどにね、あの子達ならすぐに助けがいらないくらい成長するじゃん」

「そうじゃな、まあそうなったらこの老婆も役目を終えるというもんじゃ」

「はいはい、それまで頑張って」

「おう」

 

 

 

 その少し後、リツにもらった地図に従い、

スリーピング・ナイツの一同は、アシュレイの店の前にいた。

 

「ここかしらね」

「うわぁ、綺麗なお店だねぇ、それに立地も凄く目立つ所なんだね」

「でも準備中みたいだぜ?」

「あ、中にアシュレイさんがいるよ?」

「今回はお客としてというより仕事の一環って感じだから、このまま中に入りましょう」

 

 十九層のアシュレイの店は、表通りのど真ん中にあり、

まだ準備中の札が出ていたが、入り口自体は開いていた為、

ラン達はそのまま中に入る事にした。

 

「ごめんなさい、まだ準備中……って、あらあなた達、早速来てくれたのね」

「アシュレイさんこんにちは!準備中なのに入ってしまってごめんなさい、

実は今日は、買い物とかでここに来た訳じゃなくて、

スモーキング・リーフにアシュレイさんが発注した素材を届けにきたの」

「あら、あなた達はあそこに入れるのね、

ALOに来たばっかりだって言ってたのに凄いわねぇ」

「えっ?」

 

 そのアシュレイの言葉は、ラン達にはまったく意味不明だった。

 

「あの、アシュレイさん、あのお店って、入れない事とかあったりするの………?」

「というより、入れない人の方が多いわよ、

あそこは会員制みたいな感じで、本当に信頼出来る人しか中には入れないのよ。

ほら、入り口もパスワードを入力するようになっていたでしょう?」

「あっ、そう言われるとそうかも……」

「それにしても偶然よねぇ、そっか、もしかして彼が前に言ってたのは……」

「ですね、あっ、これ、頼まれた花です」

 

 その言葉に同意しつつ、ユウキがアシュレイに荷物を差し出し、

アシュレイは笑顔でそれを受け取った。

 

「ありがとう、本当に助かるわ、これが無いせいで、

一部の基本の素材がまったく作れなくて困ってたのよ」

「そうだったんですね」

「あら、こんなに沢山?これでまた色々作れるわね、ありがとうね、みんな」

 

 アシュレイと他の者達がそんな会話を交わしている最中に、

ランは一人、考え込むようなそぶりを見せていた。

先程のアシュレイの言葉が気になったからである。

 

『それにしても偶然よねぇ、そっか、もしかして彼が前に言ってたのは……』

 

(本当に偶然なのかしら、彼ってもしかしてハチマン?

って事は、これはハチマンに仕組まれた偶然なのかしら)

 

 ランはそんな引っかかりを覚えていたが、そんなランの思考を、

ユウキの明るい声が吹き飛ばした。

 

「見てよラン、この装備、凄くかわいいよ!

これを着てハチマンの前に出たら、喜んでくれそうじゃない?」

「えっ、どれどれ?私にも見せて?」

 

 途端にランは、そんな引っかかりの事は忘れ、ユウキのいる所に駆け寄った。

ハチマンが絡むとポンコツになる系譜は、ランにもまた受け継がれているらしい。

 

「素敵なデザインね、それに性能も凄くいい」

「はいはい、毎度あり!」

「アシュレイさん気が早い、凄く欲しいのは確かなんだけど、

ごめんなさい、まだ私達の資金はそれほど豊富じゃないの、

今回の素材を取ってきた報酬を全額突っ込んでも全然足りないレベルかな」

「あらそう?それは残念、でもまあそれなら今日の素材があればいつでも作れるし、

他の素材が手に入ればこれ以上の性能の物も作れるだろうから、

またお金がたまった時にでも声をかけてね」

「はい、その時は宜しくお願いします!」

「絶刀と絶剣を名乗る覚悟でここに来たんだし、装備もそれに相応しい物を揃えないとね」

 

 二人はアシュレイと知り合えた事に感謝しつつ、そうお礼を言ったが、

当のアシュレイは、そのランの言葉を聞いて、一瞬ハッとした顔をした。

 

「ねぇあなた達、半月前に私が全力で作った装備があるんだけど、試しに見てみる?」

「いいんですか!?」

「是非!」

「事情があって普段は展示はしていないんだけど、今日は特別よ」

 

 そう言ってアシュレイは、スリーピング・ナイツの一同の前に二つマネキンを置き、

そこにとある装備を二着出現させた。

 

「うおっ……」

「同じデザインで色違いなんだ」

「これはまた別格の凄い迫力だな……」

「さすがは全力装備ですね……」

 

 その二着の装備は、片方は藍色、そしてもう片方は紫色に染められていた。

 

「こ、これ、見るからに凄そうですけど、一体どんな装備なんですか?」

「全能力全耐性アップが付いてるわ、

ついでに防御力もなまくらな大剣で斬られたくらいじゃ傷一つ付かないわね」

「ぜ、全能力!?」

「デザインも素敵……アシュレイさん、どうしてこれを販売していないんですか?」

「う~ん、実はこれ、ヴァルハラのスクナちゃんとの合作で、

あそこの幹部用の制式装備なのよ、名前はオートマチック・フラワーズって言うのよ」

「あっ、そういう……」

「でもこれ欲しいなぁ」

「でもアシュレイさん、どうしてそんな装備がここに二着もあるんですか?」

「その答えが知りたいなら、この装備の背中の部分を見てごらんなさい」

 

 そう言ってアシュレイはマネキンをひっくり返した。

その背中には、二着とも『絶』の文字と共に、

藍色の方には刀の絵が、そして紫の方には片手直剣の絵が描かれていた。

 

「絶刀に絶剣……」

「これってそういう事?」

「ハチマン兄貴の差し金か!」

「試練だ、とか言う兄貴のドヤ顔が目に浮かぶね……」

 

 そしてその文字をじっと見つめていたランが、アシュレイにこう尋ねた。

 

「アシュレイさん、これを売ってもらうとしたら、お値段はいかほどに?」

「ハチマン君からはこう伝えるように言われてるわ、

黒鉄宮の三十層のボスをぶっ倒してそのドロップ品を持ってきたらくれてやる、ってね」

 

 アシュレイは、それでやっと肩の荷がおりたように、大きく伸びをした。

 

「はぁ、ここまで半月、長かったわぁ」

「うおおおお!」

「やっぱり試練きた!」

「っていうか黒鉄宮って何だろう?」

「アシュレイさん、事情を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 ランとユウキが呆然とする中、シウネーがアシュレイにそう問いかけた。

 

「半月ほど前、この装備が完成した時に、ハチマン君が二着分の素材を別に持ってきてね、

『絶刀』『絶剣』という言葉を知っている人達が来たら、

これを見せてやってくれないかって言われたの。

背中の文字も、その時にハチマン君の指示で私が入れたわ。

色もハチマン君の指示よ、藍色はそのまんま、木綿はさすがにこじつけようがないから、

江戸紫の紫でいいか、とか訳の分からない事を言っていたけどね」

「あはははは、兄貴らしい」

「でも多分ユウキには似合うよきっと」

「うん、自分でもそう思う!」

 

 そう盛り上がる一同に、アシュレイは笑顔でこう言った。

 

「どうやらこれは、ランちゃんとユウキちゃんの為に用意された物で間違いないみたいね」

「と、思います」

「絶刀と絶剣っていうのは、私達が自分で名乗るつもりの二つ名なんです」

「まあ名付け親はハチマン兄貴なんだけどな!」

「なるほどね、で、当然試練は受けるのよね?」

「はい!」

「必ず達成してきますから、それまでこの子達を預かっておいて下さい」

「ええ、必ず」

 

 アシュレイはそのランの言葉に力強く頷いた。

 

「それでですね、アシュレイさん」

「何かしら?」

「この金額で、出来るだけ性能のいい装備を私達の人数分欲しいんです」

 

 ランはそう言って、今回の仕事の報酬の半分にあたる金額をアシュレイに見せた。

 

「任せて、私チョイスで在庫からいい物を選んでくるわ」

「宜しくお願いします!」

 

 こうしてスリーピング・ナイツには、とりあえずの目標が出来た。

目指すは黒鉄宮、その三十層である。


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